「……で、何をする気だ?」


 興味深そうにカーマインに視線を向けるバイオレット
 我関せずとばかりに相変わらず無表情なアストロメリア
 そして、部屋の隅で身を寄せ合って成り行きを見守るシェルとメルキゼ

 そんな彼らを前に、カーマインはマイペースに口を開く


「ええと…この船にふえるわかめってありますか?」

 わかめ!?


「あ、ああ…
 僕の好物だからな、海草は常備してある…」

「それじゃあワカメを一握り
 それから温めの白湯を一杯下さい」


 それで一体、何をする気だ

 そのツッコミをぐっと抑えて、
 とりあえずカーマインの要望に応じる海賊たち



「……どうぞ、ワカメと白湯です」

「ありがとうございます」

 笑顔でそれを受け取るカーマイン
 しかし、すぐにそれをアストロメリアに付き返す


「それじゃあ早速ですが
 アストロメリアさん…このワカメ、口に入れて下さい

 何故!?


「………はい」

 周囲が疑問符を浮かべる中、
 1人無表情なアストロメリアはザラザラと音を立てて
 乾燥した大量のワカメを口に流し込んだ


「それじゃあ今度は白湯を口に含んで下さい」

「………はい」

 言われるままに行動するアストロメリア
 彼の心中は本気で計り知れない



「それじゃあアストロメリアさん
 そのまま暫く待機していて下さい
 ……あ、絶対に口の中の物は飲み込まないで下さいね」

 無言で頷くアストロメリア
 口の中に大量のワカメと白湯が入っているせいで喋れないらしい






「…お、おい……
 それで一体、どうする気だ…?」

「これで終了です
 このままアストロメリアさんを観察していて下さい」

「……は?」

 眉をひそめるバイオレットに、
 カーマインが胸を張って解説を始める


「乾燥したワカメって、水に戻すと凄く膨らむんです
 お湯だと戻るスピードが更に上がります」

「……そ、それで……?」

「その性質を利用した禁断のゲーム・緑の濁流です
 口の中で膨れ上がるワカメの圧力にひたすら耐える遊びです」

 遊びかい



「…そんな下らない事でアストロメリアが動じるか…?」

「生易しいものじゃないですよ?
 すぐに口の中はパンパンになります
 それでも尚、膨らみ続けるワカメはまさに凶器です

「凶器…ねぇ…?」

「アストロメリアさんの鉄面皮を
 苦悶の表情に変えるには丁度良いです」


 そこまで言うなら…と、
 疑い半分ながらもアストロメリアを傍観する事にするバイオレット

 メルキゼとシェルも恐る恐る彼へ視線を向ける



 ―――…やがて


「……っ…!!」

 突然アストロメリアが両手で口を押さえた
 一同が固唾を呑む


「あ、膨らんできましたね」

 にっこり…というよりも、
 ニヤリ、と表現した方が正しい笑顔のカーマイン


「ん…ん゛っ……!!」

「苦しくなってきましたか?
 でも、まだまだこの程度では済みませんよ」


 俯いて肩を震わせるアストロメリアの表情を覗き込みながら、
 カーマインは意地の悪い笑みを浮かべる


「その苦しそうな声…そそられますね…」

「ん…んんっ…!!」

「さあ…もっと苦しんで俺を愉しませて下さい…ふふふ…」




 どうしよう
 展開が妖しい


「ちょっ…か、カーマイン…?
 何だかキャラが違うよ!?」

「むしろ方向性が違って来ている気がするんだが…」

「突然別キャラが憑依するのもオタクならではの体質じゃからのぅ…」


 アストロメリアの危機を前に、
 意外と余裕のギャラリー3人

 モノがワカメなだけに緊張感は皆無だ



「ふふっ…そろそろ限界ですか?
 でも、そう簡単には楽にしてあげませんからね
 俺が満足するまで悶え苦しんで下さいね…ふふふ…」

 カーマイン
 ドS疑惑浮上


「貴方のようなクールな男を見ると…ね
 この手でそれを打ち砕いて乱れさせてやりたくなるんです
 この喜びが、充実感が…貴方にわかりますか…?」

「ん…ん゛―――…っ…ぅ…!!」

「征服欲を刺激するんですよ、貴方は…自覚あります?」


 うっすらと涙の浮いた瞳を指先で拭いながら、
 カーマインは満足気に笑みを浮かべる


 うーん
 完全になりきっている

 その姿はまさに、
 ちょっと鬼畜な悪役キャラ





「カーマイン、そろそろ許してあげてくれ…
 アストロメリアの顔が頬袋MAXのハムスターのようになっているよ…」


 もう、潔いほどの顔面崩壊

 そこにクールさは微塵も見られない
 見るに耐えかねたメルキゼが助け舟を出す


「そう?
 じゃあアストロメリアさん、吐いていいですよ

 待て
 ここで吐かれても困る



「どうせなら飲み込ませて貰えないか…?」

「それは無理です
 飲み込むにはワカメが大き過ぎます
 しかも、もう口の中は限界まで開き切ってますから、
 今更口を閉じて噛み砕く事なんて不可能ですよ」

「吐き出すしかないのか?」

「はい」


「……そうか……
 僕としてもアストロメリアの嘔吐姿を見るのは忍びないが…
 この際、止むを得ないな」


 そう言うと、
 どこからか洗面器を持ってくるバイオレット

 準備万全である




「さ、アストロメリアさん
 緑の濁流を盛大にどうぞ」

「ん゛ん゛〜ッ!!」

 苦悶の表情で呻きながら首を横に振るアストロメリア

 まぁ…
 そりゃそうだ


「さあ…苦しいでしょう?
 もう出したいでしょう?
 良いですよ…皆の前で、恥ずかしい姿を見て貰って下さい…」


 何のプレイだ

 というか…今更だけど、
 ここで出す必要がどこにある!?

 そしてそれを、
 全員で見守る必要がどこにある!?




「何と言うか…
 世にもマニアックな公開プレイじゃな」

「私は生まれて初めての、
 SM調教ショーを観ている気分だよ」

「海賊の公開嘔吐ショーってか?
 マニアックにも程があるな、正直言ってよ」


「で、それ…君たちは見たいの?

「いや…あんまり……」

「実は俺も見たくない

 きっぱりと言い切るカーマイン


 …と、いうわけで



「アストロメリアさん、
 トイレ行って吐いて来て下さい


 両手で口を押さえながら、
 全力疾走でトイレへと掛けて行くアストロメリアを見送る一同

 最初っからそうしろよ

 その一言を誰もが心に抱きながらも、
 結局口にする事は無かったという…






「……お見苦しい姿をお見せしました」


 たっぷりと30分後

 トイレから戻って来たアストロメリアは、
 再びいつもの鉄面皮に戻っていた


「いや…こっちこそ、
 カーマインが多大な迷惑を掛けてしまって…」

 顔を引き攣らせるメルキゼとシェル
 頬をパンパンに膨らませたアストロメリアの顔が脳裏から離れない

 しかし、そんな2人の隣りでは


「あぁ…凄ぇぜカーマイン!!
 アストロメリアのあんな顔、初めて見た…!!」

 瞳をキラキラと輝かせたバイオレットが、
 感極まったとばかりにカーマインの手を取っている

 どうやらかなり感動しているらしい



「よし、気に入った!!
 何でも好きな褒美を取らせてやらぁ!!
 これでも海賊船だからな、財宝はたんまりと積んでるんだぜ?
 樽一杯の金貨でも拳大の宝石でも好きに持って行ってくれて構わねぇ!!」

「い、い、いえ、そこまでの事はしてないんで…!!」

「さあ何でも欲しい物を言え!!
 黄金の剣か?
 白銀の盾か?
 水晶の邪神像か!?」

「本気で要りませんって!!
 …っていうか、最後の怖いですッ!!」


 軽い押し問答が始まっている
 こっちはこっちで大変そうだ



「財宝を分け与えるという行為は海賊にとって親愛を表します
 彼…スミレちゃんに相当気に入られましたね」

 アストロメリアが呟く
 反射的に頭を下げるシェル

「…す、すまぬ…
 ちと悪ふざけが過ぎて…」

「いえ、私も更に彼の事が気に入りました


 何故に!?

 アストロメリア以外の全員が、
 心の中でそう叫んだ


「私…彼のおかげで目覚めました

 爆弾発言

「ちょっ…目覚めたって…お前Mか!?
 あれで自分の隠された欲望に気付いたのかッ!?」

「いいえ、Sです
 どうやら私、サディストだったようです」

 唐突過ぎるカミングアウト



「彼の調教を受けて思いました
 私もいつか大切な人が出来たら、
 愛を込めて苛め抜きたいと…」

 誰か
 彼を何とかして


「カーマイン、どうするのじゃ!?
 アストロメリアが歪んだ愛に目覚めてしまったではないか!!」

「うーん…それもまた人生かな」

 そんな一言で片付けるな



「これから私はS系海賊として、
 その道を極める修行に励みたいと思います」

 ビシバシという幻聴が聞こえて来そうだ


「アストロメリアが明るくなった気がする
 カーマインのおかげだな…感謝するぜ」

 明るくなったというよりは
 邪悪になったといった方が正しい気がする

 というか
 この展開は一体、何?



「本当の自分を知って、視野が開けました」

「……そ…そーですか……」


 アストロメリア、34歳
 ふえるわかめと一杯の白湯により人生を変えた男

 彼はこうして、サディストととしての一歩を踏み出したのであった




「よーし!!
 僕は今、最高に気分が良い!!
 褒美だカーマイン、持って行け!!」

 どこからか巨大な彫像を持ってくるバイオレット

 ビカビカと蜂蜜色の光を放っているその像は、
 ハッキリ言って、物凄く悪趣味


「オリハルコンの悪魔像だ!!
 相当な値打ちモンだぞ、これをくれてやる!!」

「だから要りませんって!!
 こんなの背負って旅しろって言うんですか!?」

「おお…それもそうだな
 じゃあこっちのミスリルの海亀像を持って行け!!
 これなら背負った姿もスタイリッシュだぜ!!」


 そんなシュールな騎士御一行なんて嫌だ

 海亀を背負って歩く男の姿を、
 周囲は一体、どのような目で見るだろう

 しかも自分たちがこれから向かう先は
 砂浜ではなく火山地帯である

 とんださらし者




「本当に、本気で!!
 心の底から要りませんからッ!!」

「そうか…そうかも知れねぇな!!
 騎士様って言ったら金持ちだからな
 じゃあ金目のモノじゃねぇ方がいいか…」

「いや、だから何も要りませんって…」

「よし…じゃあ女だな!?

 なぬ!?


「僕たちが利用している店の招待状を書いてやる!!
 全部僕のツケにしてくれて構わねぇからよ、
 5人でも10人でも、好きなだけ指名して買いやがれ!!」


 次の瞬間


 ばきっ

 目の前のテーブルが、
 綺麗に真っ二つに割れた




「……気持ちだけで充分だから…ね?」


 わなわなと怒りに震えるコブシを振り上げながら、
 バイオレットにニッコリと微笑むメルキゼ

 その額には見事に血管が浮かび上がっている
 彼の怒りの鉄拳が炸裂した瞬間だった


 …最終的に

 バイオレットお気に入りの
 猫カフェのサービス券を貰う事で落ち着いたのはまた別の話である





「カーマイン…本当に凄ぇな
 僕はお前のような男、初めて見たぞ」

「そ…そうですか…?」

「おう、まさかワカメで調教するたぁ…普通は想像も付かねぇ
 一体、どこでそんな知識を得たんだ?」

「空腹に耐え兼ねてワカメを摘み食いしたのが事の発端です
 口の中で想像以上に膨らんだワカメを前に、『これは使える!!』と思いまして
 以来、うちの部で定番の罰ゲームとして利用されています」


 嫌な部だ



「ば…罰ゲームだったのじゃな…」

「うん、新刊に間に合わなかった奴がやらされるんだ
 おかげで入稿率はかなりアップしたぞ」

 やっぱり同人誌関連か

 流石は萌えエネルギーを破壊エネルギーに変えて戦う男である



「見た目に反して意外とキツいんだぞ
 …ねぇ、アストロメリアさん?」

「そうですね…独特の風味がまた吐き気を催して辛いです
 あの青臭さと磯臭さの混じった風味と微かな塩味の組み合わせは酷いですよ

「つまり、精液のような味なのじゃな」


 シェルの一言で、
 味の壮絶さが倍増した


 吹き出すカーマイン
 その場に突っ伏するメルキゼ
 思いっきり額に青筋を立てて引いてるバイオレット




「飲んだ事が無いので私にはわかりませんが…
 とにかく吐き気を催す味である事は確かです」

 一人相変わらずの冷静さを保ったアストロメリアだけが言葉を返す


「シェル…確かに青臭くて塩っぽい味だけどさ…」

「塩分濃度でその日の塩分摂取量が何となくわかるのじゃよ
 今日は塩辛い物を食し過ぎたな、とか…」

 そんな健康管理、嫌だ



「ああ…でも、濃度で判断する事は俺もあるな
 こいつ昨日一人で抜きやがったな、とか…」

 味覚鋭過ぎ
 むしろ臭覚と表現した方が正しいのか


「ふむ…つまりここで、
 『昨日一人で抜いただろ?正直に言ってごらん…?』
 …という流れに持ち込んで再現させて楽しむというわけじゃな?」

「まぁね」

 あっさり肯定

 この男
 どうやら言葉責めが得意と見た





「騎士さんよ…
 僕たちが言えた立場じゃねぇのは理解してるけどよ、
 付き人の教育を、もう少し考えた方が良いんじゃねぇか…?」

「教育出来るものならしたい所なのだけれど…
 正直、私の手には負えないのが現状なんだ…」

「まぁ…そうでしょうね

だろうな

 納得されてしまった



「…まぁ…頑張れよ」

 ぽふぽふ
 うみうし男に優しく肩を叩かれるメルキゼ

 優しくされると逆に悲しい



「………………。」

 恨みがましい視線を向けつつ、
 無言で泣く事しか出来ないメルキゼだった




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