「へぇ…これを使えば、ねぇ…」


 物珍しそうに、騎士団の証を眺めるカーマイン
 シェルも目を輝かせて小さなエムブレムに釘付けになっている

 一方、メルキゼは特に興味が無いらしい

 寝たまま起き上がれない火波の為に、
 キッチンでお粥を炊いている

 火波は普通の食事で良いと主張したのだが…
 寝たきりの人にはお粥、というメルキゼなりの拘りがあるらしい



「火波さん、ありがとうございます
 あの雪の中…寝込むくらい奔走して、
 このエムブレムを探して来てくれたんですね」

「……いや、何と言うか……」


 流石に『犯り過ぎました』とは言えないシェルと火波

 メルキゼとカーマインの2人には、
 雪道で転んで腰を痛めた、という説明をしておいた

 …まあ、それもある意味正しいのだが




「はい、火波
 お粥が出来たから食べて」

「あ、ああ…悪いな」

「いや…火波も頑張ってくれたから
 後は私たちに任せて、ゆっくり養生してくれ」


 メルキゼなりに火波の功労を称えているつもりらしい

 怪我人というよりは病人扱いをしているのが気になる所だが、
 掃除や洗濯など、朝から積極的に家事をこなしてくれている


「じゃあ、後はこの証をメルキゼに持たせて…
 メルキゼがディサ国の騎士で、俺とシェルがそのお供
 そんなシチュエーションで行けば大丈夫なんですよね?」

「ああ、そう説明を受けた
 堂々としていれば怪しまれる事は無いだろう」


 …ただ、メルキゼのことだ
 何かと心配事は尽きない

 ここはカーマインとシェルのフォローを頼みの綱にするしかないだろう




「でも…良くエムブレムが手に入ったね
 通りすがりの騎士に譲って貰ったって事だけれど…
 その騎士相手に、随分と交渉したんでしょう?」

「あ、ああ…いや……
 事情を説明したら、快く譲って貰えたんだ」


 港であった事を全て正直に話すわけには行かない

 矛盾しないように話に改変を加えながら3人に説明をしたのだが、
 あまり深く聞かれると、いい加減苦しくなってくる

 火波は内心では冷や汗をかきながら、
 笑顔で『ディサ国騎士は優しい人が多いな』と話を締めくくった



「…確か以前、コスプレ用に買った鎧があったよな?」

「う、うん…でも、どうして?」

「一応は騎士を名乗って船に乗るのだろう?
 ローブ姿よりも、鎧姿の方が説得力があるだろう」

「……う……」


 メルキゼは途端に表情を曇らせる
 重い上に動きにくい鎧は大嫌いなのだ

 逆に、カーマインは瞳を輝かせる


「メルキゼって鎧着ると一層逞しく見えて格好良いんだよな
 じゃあ船に乗ってる間、鎧姿のメルキゼと一緒かぁ…
 うん、今からすっごく楽しみだよ!!」

「か、勘弁してくれ…」


 頭を抱え込むメルキゼと、
 何やら妄想を膨らませて暴走を始めるカーマイン

 そんな2人をさらりとスルーして、
 シェルは火波の方へ関心を向ける



「……体調はどうじゃ?」

「腰に力を入れると痛むな
 まあ…暫く寝ていれば治る」

「それならば良いのじゃが…」


 心底安心した、というように表情を緩めるシェル
 その背後からカーマインの声が掛かった


「それじゃあ、俺たちは必要物資の買出しに行って来ます
 火波さんの分も買って来ますので、
 必要な物があったら言って下さい」

「あ…ああ、すまないな」


 今回は船旅なので大量に水や食料を買い込む必要もない
 常備薬の補充や着替え、その他の消耗品の買出しが主流だ

 特に重くて力が要る物でもないので、
 メルキゼとカーマインの2人に任せても大丈夫だろう


 火波はメモ帳に必要な物を書き込むと、
 それを遠慮がちにカーマインに手渡す

 彼は笑顔で『買い物が終わったらまた立ち寄ります』と言い残して、
 メルキゼと一緒に宿の一室を後にした





「………ふぅ……」


 メルキゼとカーマインが出掛けたせいだろう、
 部屋の中が一瞬、静まり返る

 シェルは騎士団の証であるエムブレムに興味があるらしく、
 それを一心不乱に眺めていた


 ようやく落ち着ける空気になったので、
 火波は少し冷えかけた粥を口に運ぶ

 ここ最近ドタバタと忙しかったので、
 こうやって静かに食事が出来るのはありがたい

 メルキゼ特製粥に舌鼓を打ちながら、
 火波は久しぶりにゆっくりと食事を楽しんだ



「…のぅ、火波…」

「どうした?」


 火波の食事が済んで

 洗い物を片付けたシェルが、
 少し深刻そうな顔で恋人の名を呼ぶ


「火波は…拙者のどこが好きじゃ?」

「………今更、何を言っている」

「だ、だって!!
 もし…もし、拙者が記憶を取り戻したら…
 拙者は今までとは違う、全くの別人になってしまうような気がするのじゃ」


 ベッドの上に腰掛けると、
 シェルはその手で火波の背を掻き抱く


「万が一、そうなった時の為に…
 火波の好きな部分だけは残しておくようにしようと思って…」

「馬鹿かお前は…」


 下らない、とばかりに一蹴する火波
 癪に障ったのか頬を膨らませるシェル


「ば、馬鹿とは何じゃ馬鹿とはっ!!
 拙者は…拙者なりに、悩んでおるのじゃぞ!?」

「例えお前が別人になったとしても…だ
 わしがそう簡単にお前を愛する事を止めると思うか?」

「だ、だって…」

「お前は永遠に、わしの恋人だ
 性格が変わろうと外見が変わろうと…お前が別人になろうとも
 お前を想い続けるわしの心は変わらんぞ、覚悟しておけ」

 厄介な男に惚れられたな、と笑う
 そんな火波につられてシェルもいつの間にか笑っていた






「……明日…なのじゃよな、出発……」


 ふと思い出したかのようにシェルが呟く

 少年は寂しそうに顔を曇らせるが、
 やがて悪戯そうな笑みに変わっていった


「火波、遊ぼう」

「……は?」

 寝たきりの相手に何を言うんだ、と火波は顔を顰める
 しかしシェルは全く気に留めずに横たわった恋人の上に圧し掛かった


「火波はそのまま大人しく寝ておれ
 拙者がお主で遊ぶだけじゃ、気にするでない」

「…って、気にする!!
 気にするだろう、それはっ!!」


 シェルを押し退けようとして激痛が走る
 …そういえば、腰を痛めていた

 腰を抑えて唸る火波



「大丈夫じゃよ、ちと悪戯をして遊ぶだけじゃから」

「いやいやいや!!
 全然大丈夫じゃないだろうっ!?
 というか、何だその『悪戯』ってのはっ!!」

「最後にたっぷりと、
 可愛らしい火波の姿を目に焼き付けておきたいのじゃ」


 そう言うとシェルは鞄を漁り始める
 そして、目当ての物を取り出して火波の前に突き出す

 その瞬間
 青ざめた火波から悲痛な悲鳴が響き渡った







「シェル、火波さん、ただいま〜」

 荷物を抱えて戻ってきたメルキゼとカーマイン
 軽くノックをした後でその扉を開く


「火波さ……」

 カーマインの言葉が途中で途切れた
 買い物袋が彼の手からすり抜けて床に落ちる


 カーマインとメルキゼの視線の先には、
 セーラー服姿でベッドに横たわる大男の姿があった

 漆黒の髪は鮮やかなリボンで飾られて

 丈の短いスカートからは、
 むき出しの太ももがその白さを強調させている



「……あ、お帰り」

「ただいま、シェル」

 咄嗟の判断か
 火波の存在を無かった事にしたカーマイン


「買って来た物、ここに置いておくから」

「うむ、すまぬな」

「いやいや」


 にこやかだ
 とても平和に会話が進む

 そんな中、怯えた表情のメルキゼが恐る恐る口を開く


「あ、あ、あの、シェル…
 火波と一体…何を…?」

 もっともな疑問
 そんな彼にシェルは笑顔で一言

思い出作りじゃよ」

「………そ、そう……」


 何の思い出?と訊ねる勇気は無かった


 ちなみに当の火波は、
 ベッドの上で転がったまま薄笑いを浮かべている

 もう何もかも諦めた顔だった



「…シェル…ダメだよ、火波さんは腰を痛めてるんだから
 そういうプレイはただでさえ白熱しちゃうんだ、もっと労わってやらないと」

「大丈夫じゃ、単に鑑賞しておるだけじゃから
 見ておるだけで充分、笑える光景じゃよ

 もう、シェルが何をしたいのかわからない


 彼の意図は計り知れないが、
 恐らく単なる暇潰しだろう

 そう結論付けると、営業顔負けのスマイルを浮かべるカーマイン



「それじゃあ、俺たちは明日の準備があるから」

 何かヤバそうだから帰るね

 そんな内心が見え見えな一言を残して、
 カーマインはメルキゼを引きずって去って行った

 後に残されたのは、飄々とした少年とセーラー男




「ほれ、火波
 こっちがお主の荷物じゃぞ」

「………どうも」


 自分の姿は忘れる事にしたらしい
 何事も無かったかのように、手渡された買い物袋を覗き込む火波


「…火波、その本は何じゃ?」

 興味深そうに火波の荷物を覗き込むシェル

 いつもと変わらないシェルの様子にうろたえながらも、
 火波は平静を装って口を開く


「これは…日記帳だ
 旅の間、記録を付けておこうと思ってな
 お前と離れている間に何が起きたか…これがあれば説明し易いだろう?」

「ほぅ…良い心掛けじゃな」

「ああ、早速今夜からつけるつもりだ
 今日から初めて、お前と再び会う時まで書き続ける」

「ふむ…それは楽しみじゃな」


 まじまじと日記帳を眺めるシェル
 無邪気な笑みを浮かべると、その柔らかな頬を火波に摺り寄せる

 シェルの機嫌は良さそうだ

 頃合を見て、そろそろ着替えても良いかと問うと、
 しかしシェルは頬を膨らませて首を横に振る





「…………。」


 軽く眉間を押さえる火波

 着慣れない服に息が詰まりそうだ
 シェルの奇行に対して一番疑問を抱いているのがこの火波だろう

 お前は何がしたいんだ、と問いただした所で
 正直な答えが返ってくるとは思えない

 しかし……聞かずにはいられなかった


「なあ、シェル…
 お前…わしにこんな格好をさせて、何がしたい?」

「だから、思い出作りじゃって」

「わざわざ着替えさせる事なんて無いだろうっ!!
 正直に言え、何を企んでいる!?」



 凄んで見せたところで、所詮自分はセーラー姿
 別の意味で迫力はあるだろうが、シェルは全く怯まない

 しかし、シェルは悪魔のような笑みを浮かべて言い放った


「実は、火波から奪いたいものがあるのじゃよ」

「……は!?」

 全く予期せぬ言葉に目を見開く火波

 奪いたい?
 自分から?



「…わしからこれ以上、何を奪う気だ?
 もうこれ以上失う物は何も無い気がするんだが

 率直な感想

 するとシェルは、のんびりと一枚の紙を差し出す
 何も書かれていない、白紙のメモ用紙だ


「……お守りを作りたいのじゃよ
 拙者と火波が、また逢える為のお守りを」

「そ、そう…か…
 なら…作ればいいじゃないか…」


 それと女装と、一体何の関係があると言うのか
 疑問は尽きない



「…火波…そのお守りを作るには、
 お主の体の一部を切り取る必要があるのじゃ」

「なっ…!?」

 途端に身構える火波
 その頬から冷たい汗が流れる

 いつの間にか、シェルの手には一本のカミソリが握られていた



「ち、ち、ちょっと…待て!!」

「大丈夫じゃ、すぐに済む
 お主が大人しくしておれば…じゃが」


 キラリとカミソリが光を反射させる
 びくり、と火波の体が反応した

「ま、待て…お前、一体わしから…何を…!?」


 お守り作り…なんて、そんな可愛らしいものじゃない
 これではまるで呪いの儀式だ

 シェルは何かに憑かれたかのような虚ろな笑みを浮かべて火波を見据える



「というわけで、火波よ…
 お主の大事な所の毛、今すぐ寄越せ」


 ………。
 ………………。

 は?


「……し…シェル……?」

「ほれ、足を開け
 絶対に動くでないぞ?
 手元が狂えばお主の性別が変わってしまうからな」


 テキパキと火波の下着を脱がせると、
 その股間にカミソリを当てるシェル

 じょり…という音に、真っ白になっていた火波の頭が覚醒する



「こ…こら!!
 待て、馬鹿な真似は止せ!!」

「ああほら動くでない!!
 危ないじゃろうがっ!!」

 怒涛を含んだシェルの声が響く
 そして―――…


「すぐに済ませると申しておるじゃろう
 痛い目に遭いたくなければ、大人しくしておれ」

「い…嫌だ!!
 何なんだ、そのコアなプレイはっ!?」

「抵抗するでない!!
 ……切り落とすぞ」

 ギロリ
 鋭い目で睨み上げると火波は悲鳴を上げて縮み上がる



「…な…な、なんで、わしがこんな目に…っ…」

 涙目を通り越して、
 既に頬を濡らしている火波


「気にするでない
 お守り作りに必要なだけじゃ」

 どんなお守りだ
 というか、それって…やっぱり呪いの儀式なんじゃないか!?


「そもそも、どうして女装をさせる必要がある!?
 お前の行動は、全くもって意味がわからんっ!!」

「……わかっておらぬな…」

 やれやれ、と首を振るシェル
 そして真っ直ぐに火波の目を見据えると、胸を張って言い放つ



剃毛プレイと言えば女子高生じゃろう!!

 違う

 声を大にして叫びたい
 その認識は間違ってると

 そして
 あまりにもマニアック過ぎると



「ま…また、妙な本を読んだな、お前……」

「とりあえず黙って毛を剃らせろ
 …ああ、後ろの方が剃り難いのぅ
 ちと後ろを向け、尻を突き出して」

「誰がするかっ!!
 というか、どこから得たんだその知識っ!!」

「このお守りの作り方か?
 カーマインから教わったのじゃよ
 火波のチン毛を袋に詰めてお守りを作れと」


 あの野郎

 心の奥で呪いの言葉を吐く火波
 今ならきっと、彼を呪っても神様は許してくれる筈だ



「というわけじゃ
 さっさと協力せぬか
 …さもなければ性転換させるぞ?」

 カミソリ片手に言われると怖さ100倍


「うぅ…悪夢だ…
 これはきっと、悪い夢だあぁぁぁ…」

 はらはらと涙が落ちる
 チン毛と共に


「案ずるでない、必要なのは少量じゃ
 全てを剃り落とすわけではないから、安心致せ」


 じょり…じょり…

 シーツの上に置かれたメモ帳の上に、
 剃り落とされた体毛が、こんもりと積もって行く



 上機嫌でカミソリを操っていたシェルだったが、
 不意にピタリとその動きを止めた

「……あっ…」


 その呟きは、何?
 ねえ…何があった!?


「ちょっ…し、シェルっ!?」

「火波、済まぬ…勢い余って…
 つい一本残らず剃り落としてしまった


 嘘吐きぃぃぃぃ―――…!!!!

 声にならない火波の悲鳴
 何とも言えない眼差しでシェルの良心に訴えてくる





「す…すまぬ…
 つい、面白くって…」

「お、お、面白いで済むかっ!!」

 つるりん
 違和感たっぷりの股間を、思わず両手で押さえる火波


「まあ、許せ
 これが不慮の事故と言う奴じゃ
 とりあえず、これだけあればお守りは作れる筈じゃな」

 そう言うとシェルは小袋に火波の毛を詰め込み始める
 小さな袋はあっという間にパンパンに膨らんだ


 メモ帳の上には、まだ半分くらい残されたチン毛が盛られている


「…………。」

「………………。」


 無言のまま、それを見つめるシェルと火波
 やがて、おもむろにシェルが口を開く




「……余った、返す

 返されても困る



 差し出されたチン毛を片手に、
 シーツに顔をうずめて咽び泣く火波


「パイパンセーラー男、か…
 もう変態丸出しじゃな」

「お前のせいだ、お前のっ!!」


 妙に風通しの良くなった股間を押さえながら、
 その晩、火波は涙ながらにペンを執った


 記念すべき日記の第1ページ

 そこには涙に滲んだ文字で、
 恋人にチン毛を剃り落とされた、という一文が記されていたという――…




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