散々だ


 何とかシェルを説得して、
 急いで外に飛び出したものの

 積もった雪に足を取られて顔面から転倒
 起き上がろうとしたら、今度は雪の下に隠れていた氷で滑って後頭部を強打

 今度こそはと慎重に立ち上がろうとしたら、
 マントを踏んでいたらしく三度目の転倒で腰を痛めた


 通ろうとした道は見事に全て通行止め
 更には酔っ払いに絡まれストレスは溜まる一方
 たまに屋根からの落雪という不意打ち攻撃に泣かされてみたり

 ようやく港に到着した時には既に日付が変わっていた


 今日は天候も悪いせいか、釣りを楽しむ者もいない
 船員たちも全て深い眠りについてしまった後らしい
 いくら呼んでも返事は無く、扉が開く事は無かった



「……わし、何しに来たんだろうな……」

 ぽつんと独り

 港で落ち込むその姿は
 今にも海に飛び込みそうなほど哀愁が漂っている


 見事なまでの無駄足だ

 流石にこの時間ではカーマインたちも家に帰っているだろう
 どっと押し寄せる疲労と痛みに溜め息の数が増える

 ちょっぴり遠い目で荒れた海を眺めて自分を慰めてみたり





「……はぁ……」

「ダメだ、早まるなぁ―――っ!!」

 ばきっ


 背後からの激しいタックル
 痛めていた腰が断末魔をあげた


「〜〜〜っ!!」

 火波本人はもう、悲鳴さえ出ない

 腰へのダメージと精神的ダメージ
 ダブルの攻撃に火波はその場にゆっくりと崩れ落ちる


 そんな彼とは正反対にハイテンション野郎は今日も元気だった

 ぐったりとした火波を抱え上げると、
 妙に真剣な表情で顔を覗き込んでくる


「ダメだって!!
 こんな季節に身投げしたら、心臓麻痺で即死だって!!」

「………ひ、久しぶりに聞いたな、その『早まるな』ってセリフ……」

 ついでに久々のタックルも、かなり効いた
 腰の骨が数ミリずれた気がする




「あ、相変わらず…
 清々しいほどの勘違いでダメージを与えてくるな、お前は…」

「だ…だって!!
 火波、すっごい落ち込んだ顔してたし!!
 こりゃあ早く止めなきゃー…って思ってさあ!!」

「杞憂だ…」


 これ以上死ねない火波である
 入水なんてしても風邪を引くだけだ

 しかし、そこまでの事情を知らない遊羅は余計な心配が止まらないらしい


「何か悩みがあるなら相談に乗るよ!?
 ……あ、もしかしてシェルちゃんと破局したとか!?」

「不吉な事を言うな
 確かに、たまに喧嘩はするが…関係は至って良好だ」

「…なんだ…残念だなぁ…」

「そこで露骨にがっかりするなっ!!」


 この男
 まだ火波を諦めていないらしい

 意外と執念深い性格のようだ



「…シェルちゃんに捨てられたら、すぐに言ってな?
 火波を回収して、オラがうーんと幸せにしてやっからさ」

「回収言うなっ!!」


 熱っぽい視線で手を握ってくる遊羅
 そんな彼の手を振り払うと、火波は深い溜め息を吐く

 遊羅の事は決して嫌いじゃない
 例え彼が暗殺者だとしても、人を狩るという点では火波も同じだ


 少々お節介だが優しい心の持ち主であることは知っている
 それに彼の面白い性格は一緒にいると退屈しない
 友人として付き合う分には申し分の無い相手なのだ

 しかし、彼に恋愛感情を抱けるかと問われれば答えは否だ





「…でも、火波…悲しそうな顔してた
 オラが恋人なら、火波に絶対にそんな顔させないのに…」

「別に…シェルのせいで、というわけでは無いんだ
 あの子は関係ない…悪いのは、お偉いさん方だな」

「………?」


 首を傾げる遊羅

 彼に相談しても無駄だと言う事はわかっている
 それでも火波は現在の状況を彼に話していた


「…ディサ国に渡りたい
 だが、戦争のせいでディサ行きの船が凍結されている
 ったく…お偉いさんの考える事は全く持って理解出来んな
 実の親子で命の奪い合いとは…国民の苦労も考えて貰いたい」

「悪いのは魔王クレージュ様だ
 カイザル王子は悪くない…あのお方は、ただ生きたいだけなんだ
 生きる為に抗戦し続けるしかない、とてもお気の毒なお方なんだ…」


 悔しそうに唇を噛む遊羅

 悲劇の王子として彼に同情する声は後を絶たない
 現魔王のクレージュよりも息子のカイザルを支持する声も決して少なくはない

 どうやら目の前の遊羅も、カイザル王子の熱狂的な支持者らしい




「………そういえば、どうして火波はディサ国に?」

「シェルの為に…どうしても行く必要があるんだ
 可能性は僅かだが、他に手掛かりも無いしな
 ……ああ、いや…本当に、個人的な事なんだが…」


 記憶喪失云々は出来れば伏せておきたい
 適当に言葉を濁すと、遊羅の方が察してくれたらしい


「ああ、話しにくい事なら無理しなくて良いから
 つまりシェルちゃんがディサ国に行きたがっていて、
 それで火波はディサ行きの船を探してた…って事なんだな?」

「ああ、そうだ」

「でも船が見つからなくて落ち込んでた…って解釈でいいかい?」

「……ああ」


 まさにその通りなので、素直に頷く火波
 遊羅は軽く唸ると、氷のような瞳で港を見渡す

 荒れた波を見てるのか、寝静まった船を見ているのか
 それとも全く違う遠い存在に思いを馳せているのか…それはわからない

 ただ、遊羅の瞳が今までの元とは違う、
 別のものになったような…そんな気がした




「……遊羅?」

「火波さぁ…」

「うん?」


 ゆっくりと火波に向き合う遊羅

 その表情は、どこか呆けている
 心、ここに在らず…と言った方が正しいだろうか


「もし、オラがディサ国行きの船を知ってる…って言ったらどうする?」

「えっ…!?」

「ディサ国行きの船を教える代わりに…
 火波にとって屈辱的な交換条件を出したら、どうするかな…?」

「――――……。」


 今度は火波の方が唖然とした表情になる

 何か言わなければと頭では考えているのだが、
 結局言葉は浮かばずに、唇を微かに震わせるだけだった




「そうだなぁ…シェルちゃんを捨てて、オラの所に来い…とまでは言わないよ
 でも、一晩くらいなら来てくれても良いかな
 その位ならバレないだろうし、簡単だよな?」

「……………。」

「悪くない条件だとは思わないかな?
 減るもんじゃないし…火波もシェルちゃんの望みは叶えてあげたいでしょ?」


 にっこりと人懐こい微笑を浮かべて遊羅は火波の手を取る

 彼はそのまま火波の手を引いて歩き始めた
 遊羅が泊まっている宿の方向だ


「……遊羅」

「心配しなくても大丈夫だって
 優しくするし、バレないように跡は残さないから
 それとも…ちょっとくらい乱暴にされた方が火波は好きかい?」

「…遊羅、いい加減にしろ
 そんな条件…呑む筈が無いだろう」



 遊羅の手を振り解くと、
 火波は真っ直ぐに遊羅を見据える


「お前の要求は呑まない
 シェルを裏切るくらいなら、
 ディサ行きを諦める選択肢を選ぶ」

「…火波…」

「わしは、あの子を決して裏切らない
 この世が終焉を迎えようと永久に愛し続ける
 遊羅の存在そのものを否定する事は無いが、
 お前の想いを受け入れる事は出来ない…諦めてくれ」



 はっきりとそう言い捨てると、
 話は済んだとばかりに踵を返す火波

 その背に微かに震えた声が響く


「…………れた」

「……?」

「惚れた、惚れ直したっ!!」

「はあ!?」

 思わず振り返ると、
 そこには感極まった遊羅が両手を握り締めてぷるぷると震えていた



「いやぁ…やっぱり格好良いな火波はっ!!
 その一途にシェルちゃんを想う姿…堪んないっ!!」

「あ、あ、遊羅…っ…!?」


 感涙の遊羅の迫力に、
 思わず数歩後ろに下がる火波

 涙でウルウルとした瞳で熱っぽく見つめてくる忍者

 これは…ちょっと怖い
 いや、かなり怖いかも知れない



「じ、じゃ…そゆことで……」

 こそこそと逃げの体勢に入る火波
 すかさず遊羅の手がマントをつかんで引き戻す


「待って待って
 オラ、感激してんだ
 今時…少女漫画にさえ出て来ないような陳腐でクサいセリフを、
 恥ずかしげもなく言い放つ程の強い愛…ああ、何て感動的なんだ!!」

「……褒めているのか?
 それとも貶しているのか?
 むしろ、喧嘩を売っているのか?」


 ヒクヒクと唇の端が引き攣る火波

 ここは港だ
 いつでも突き落とす用意は出来ている




「いやー…いいもん聞かせて貰ったな
 あまりのクサさと寒さで性欲が吹っ飛んだわ」

「…おい…」

「本当はさ、卑怯な手を使ってでも良いから、
 一晩だけでも火波が欲しかったんだ
 でも…抱けなくて正解だったな、助かったのはオラの方だ」

 そう言うと遊羅は人懐こい笑みを浮かべる


「危うく…火波を永遠に失う所だった
 はっきりと拒絶して貰えて、本当に良かった」

「まあ…確かに関係は悪化しただろうがな」

「うん、助かった…
 火波といるとダメだな、理性が崩れる
 我に返ることが出来て良かった、本当に良かった…」

「人のせいにするな
 お前の自制心の問題だ」


 厳しく言い捨てると、
 遊羅は素直に頭を下げる


「本当に、魔がさしたんだ
 素直に手助けをした方が良いって、わかってはいたのに…
 どうして、こんな展開になったんだべか?」

「…知るか
 わしに聞くな」


 素で首を傾げる遊羅が滑稽で、
 火波は思わず笑みを漏らす

 火波が表情を緩めた事で、
 ようやくその場の空気から緊張感が抜けた




「いや、本当に悪かった
 とりあえずこれ、受け取ってな?」

 本日何度目だろう
 遊羅は火波の手を取ると、そこに何かを握らせる


「………何だ?」

「ディサ国に行くのに必要になる物」

「ほ、本当にディサへ行く手段を知っていたんだな…
 てっきり、ハッタリだとばかり思っていたんだが」

「いやいやいや!!
 それじゃ詐欺だべ!?
 流石のオラも、ハッタリで火波をモノにしようとは思わねって!!」


 憤慨の表情をする遊羅だが、
 火波を脅した事は事実だ

 バツが悪いのだろう
 ぶつぶつと、小声で言い訳じみた事を呟いている

 ちなみに当の火波は、
 そんな遊羅よりも手の中の物に興味を奪われていた




「……それで、これは何なんだ?」

「ああ、それ?
 ディサ国騎士の証」

 お前は騎士ではなく忍者だろう、とか
 そんなものでディサ国へ渡れるのか…とか
 疑問は色々と湧いてくる


「カイザル王子に忠誠を誓う連中はディサ国民だけじゃないんだ
 何でも良い、どんな形でも良いからカイザル王子の力になりたい
 そう思ってる連中は星の数ほどいるんだ」

「ふぅん…?」

「そういう連中にとってはな、
 カイザル王子の剣となり盾となる騎士も一目置かれた存在なんだ
 牧場に行けば馬を貸して貰えるし、鍛冶屋に行けば剣を鍛えて貰える」


 そう言うと遊羅は騎士団の証を指し示す


「つまり…これを使って騎士だって事をアピールすると、
 カイザル派の連中から、色々と施して貰えるってわけさ
 船だって例外じゃない…これを見せて『ディサ国へ行きたい』って言ってみ?
 例え目的地と正反対だったとしても、喜んでディサ国まで連れて行って貰えるから」

「そ、それは凄いな…」

「凄いべ?
 ディサ国騎士は皆、この証を使って遠征に行くんだ」


 自信満々に胸を張る遊羅

 どうやら彼が神出鬼没なのは、
 この証で船に乗っているからのようだ




「…だが、どうやってカイザル支持派の船を探せば良い?
 中には魔王派の者もいるだろう
 下手にディサ国の名を出すと身に危険が及ぶ事もあるが…」

「ああ、見分け方があるんだ
 カイザル派の連中は皆、緑色の布に白いラインを入れたものを飾ってる
 これがカイザル王子を示すシンボルなんだわ
 船の場合は帆を注意深く見てればわかる筈だ
 カイザル派の船には帆の一部に緑と白のラインが入ってる筈だから」

 遊羅の手が火波の肩を叩く


「火波の体格なら、充分に騎士だと言って通用する
 怪しまれずにディサ国まで送って貰えるから大丈夫さ」

「…いや、あくまでも行くのはシェルだ
 わしとは暫くの間、別行動になるんだが…」

「へぇ…意外だな、一緒じゃないんだ
 それじゃあ『騎士様のお使い』って言えば大丈夫さ
 手の空かない騎士が、お付きの者に騎士の証を持たせて、
 代わりに出かけさせるのも良くある事だから」


 …わりと適当だ

 騎士でなくても騎士の証を使って、
 船に乗る事が出来るらしい

 騎士団の証というよりは、
 ある意味『手形』、もしくは『フリーパス』と言った方が用途的には正しそうだ



「でも、シェルちゃん一人で旅させるのは危ねぇべ
 今は何かと物騒だし…大人が同行するべきだと思うな」

「ああ、その点は心配ない
 成人した男が2人、同行する」


 その男の内の1人は、
 心強さよりも心配の念の方を強く感じさせるのだが

 …いや、どっちとは言わないが


「そっか…じゃあ、その大人に持たせた方が良いな
 出来れば、一番体格が良い男に頼めな
 その方が説得力があるし、変に疑われないで済むべ?」

「ああ、わかった」

 火波で大丈夫なら、
 メルキゼでも充分に騎士として通用するだろう

 メルキゼが騎士で、カーマインとシェルがお供の者
 そう説明した方が船員たちも、すんなりと納得する事だろう




「…だが、遊羅
 どうしてお前がこれを持っている?」

「それは秘密だ
 ミステリアスさを身に纏うのも、
 男の魅力として必要なことだべ?」

「………。」


 はぐらかされた
 そう簡単に喋りそうにない…そんな雰囲気が漂っている

 火波はそれ以上の追求を諦める事にした



「そ、それじゃあ…ありがたく、これは借りさせて貰う」

「ああ、それ…あげるわ
 オラはもう、それを使わない方が良いんだ」

 まるでサイズの合わなくなった服を、
 友人にあげるようなノリで、あっさりと首を横に振る遊羅


「えっ…だ、だって、旅をする上で重宝するだろう?
 こんな貴重な物…そう簡単に人にやるものじゃないだろう」

「ああ、凄く大切な物だな
 だからこそ、最初…火波に交換条件出したべ?
 タダであげるのは勿体無いな、って思ったから」

「……………。」


「でも、さ
 やっぱりタダであげるわ
 だってこのままじゃオラ、単なる当て馬の悪役キャラだべ?
 この辺りで太っ腹なところを見せて、
 火波からの評価を上げておいた方が良いかな〜って」

「…その打算、口に出さないままにしていたら、
 かなりお前の株は上がっただろうな…」

 まあ、強引に火波に交換条件を持ちかけた時点でアウトかも知れないが



「とにかく、それはタダで受け取ってな?
 どうしても対価を払いたいって言うなら、
 本気で火波の体を要求するけど、良いかな?」

「良いわけないだろうっ!!
 …わかった、ありがたく受け取らせて貰う」

「うん、賢明だな」


 満足そうに微笑む遊羅に曖昧な笑みを返しながら、
 火波は懐からハンカチを取り出す

 騎士の証だというエムブレムを丁寧にハンカチで包むと、
 再びそれを懐にしまい込む



「羨ましいな、火波の胸の中に入れるなんて」

「……何を馬鹿な事を言っている」

 軽く頭を小突いてやると、
 遊羅はおどけた仕草で舌を出す


「やっぱり、ダメだな
 また違う場所へ旅に出なきゃ」

「……うん?」

「このままじゃ、なかなか次の恋なんて見つけられねぇべ?
 火波の事ずっと諦められなくて…延々と引きずりっぱなしでさ
 どこか遠い別の土地へ行って、新しい出会いがないとダメだわ」


 そう言うと遊羅は火波のマントを手で摘む


「新しい恋を見つけるまでは、火波に執着し続けると思う
 赤い人影を見つける度に胸がドキドキして、苦しくなって…
 でも、いつか絶対に素敵な恋人見つけるからさ、応援してな?」

「ああ…応援する
 恋人が出来たら紹介してくれ」


 嬉しそうに、でも隠し切れない悲しみが滲み出ている
 遊羅はそんな、見ている方が切なくなるような微笑を浮かべた

 彼が傷付いていることはわかる
 しかし、だからと言って恋人になってやるわけには行かない

 火波に出来る事は、『友人』として彼の幸せを祈るだけだ




「それじゃあ、オラはもう行くわ
 旅に出る支度をしなきゃならねぇし」

「あ、ああ…」

「火波も帰るだろ?
 ちょっとだけ、お願いがあるんだ」

「えっ…?」

 軽く身構える火波

 要求の内容によっては全力で逃げよう
 そう心に決め、こっそり逃げの体勢に入る


「いやいや、そんな警戒しないで
 本当に…大した事じゃないんだ」

「…な…何をやらせる気だ…?」

「うん……」


 遊羅は一瞬だけ俯くと、
 少し真剣な表情で口を開く


「オラの姿が見えなくなるまで…ここで、見送っててくれないかな?」

「えっ…」

 火波が思わず聞き返しても、
 遊羅は少し寂しげな笑みを浮かべるだけで

 それ以上は何も言わずに踵を返す


「―――……。」

 呼び止めたくても、それが出来るような雰囲気でもない
 火波は無言のまま彼の背を見送る事しか出来なかった

 懐に入れた騎士の証
 小さなエムブレムが妙にずっしりと重く感じる


 見送って欲しい

 遊羅は、どんな気持ちでその言葉を告げたのだろう
 自分に背を向けて歩く彼は、どんな顔をしていたのだろう

 胸が痛い

 締め付けられるような胸の痛みに、
 火波は思わずその場に屈み込んでいた









「………ん……?」

 軽く身動ぎする華奢な肢体
 寒さのせいか、その身を縮めて丸くなる


「すまない、起こしたか?」

「………んー……帰って来たのか…?」

 シェルは眠そうに目を擦りながら、
 隣りにもぐり込んで来た男に手を伸ばす

 冷え切った体はベッドの中の熱を見る間に下げて行った


「冷たい…」

 寝間着に着替えた火波は、
 シェルの体温で暖められたベッドの中で暖を取っている

 気持ち良さそうに目を細めている火波とは反対に、
 シェルは眠りを妨げられた上に体温を奪われて軽く気分を害する



「こんなに冷え切ったままベッドに入って来るでない
 寒いのなら暖炉に当たるなり、
 シャワーを浴びるなりしてきたらどうじゃ」

 隣りで寝そべる火波を足で蹴り落とそうとすると、
 抵抗のつもりなのか、火波はその足に全身でしがみ付いて来る


「こ、これっ!!
 冷たい…冷たい、触るでないっ!!」

「……お前は…暖かいな…」


 一瞬、シェルの足から手を離したかと思うと、
 今度は両手でシェルの体を抱き寄せる

 すっぽりと火波の腕の中に納まってしまう体格差が悔しい


 強引に抱き枕にされて、
 どう反撃してやろうかと思考を巡らすシェル

 しかし、火波の腕が微かに震えている事に気が付く
 寒さから来る震えだとは思えない




「……火波…どうしたのじゃ?」

「ただいま」

「……へっ…?」

 目が点になる
 折角心配しているのに、何なのだ一体


「ただいま」

「……お…おかえり……」

「…帰って来た…」

「…………?」


 火波が何を言いたいのか、よくわからない

 ただ、何となく勘で
 火波に何か傷付くような事があったのだろう、と予測する



「…また、トラブルにでも巻き込まれたか…?」

「いや…お前への愛を再確認していた
 わしが帰る場所はお前の腕の中だ
 こんなに幸せな場所を見つける事が出来た…わしは幸せ者だな」

「…またお主は…良くわからぬクサい事を…」


 呆れながらも、ちょっと嬉しい
 とりあえず害していた気分が晴れた事は確かだ

 寒いのなら、暖めてやってもいいかな…という気持ちになってくる




「火波、お主が望むなら…
 朝までこうしていてやっても良いぞ?」

「…………。」

「…火波?」


 返答のない恋人を怪訝に思い、
 シェルは火波の顔を覗き込む

 火波は少し、バツの悪そうな微笑を浮かべていた


「もう一段階…上の望みを聞いてくれないか」

「む?」

「………抱いて欲しい」


 ……………。

 一瞬、時間の流れが止まる
 目を見開いて驚愕の表情を浮かべるシェル


「……火波よ…朝の事、忘れたのか…?
 あんな目に遭っておきながら、よくそんな気になるのぅ…」

「いや、流石にあそこまで激しい行為は望んでいない
 もう少しソフトに…今度は失神しない程度に頼めないか?」

「………まあ…一回くらいなら……」


 シェルの細い指が、火波の寝間着のボタンを外す

 露になった白い胸に唇を寄せながら、
 シェルは火波の体をゆっくりとベッドに横たえる



 夜闇に舞い落ちる白い雪が降り止み、
 朝陽が港町を淡く照らす頃

 散々ダメージを重ねられた火波の腰は、ついに耐え切れず…ぶっ壊れた


 火波たちを訪ねて宿に訪れたメルキゼとカーマインが見たものは、
 ベッドの上から起き上がる事が出来ず、涙目で唸る吸血鬼の姿だった――…




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