「……あぁ…風が冷たいな…」

 夜風に吹かれながら、
 星の見えない空を眺めるメルキゼ

 吐息が白く濁って消えて行く



「…1人の世界に入るな」

「黄昏たい気分なんだよ
 私の傷心を察してくれ…
 傷付いた心を癒すには時間が必要なんだ…」

「わかったから、とりあえず窓は閉めさせろ、寒い」

「……傷心だって言っているのだから、
 慰めてくれても良いと思うのだけれど」

「それはカーマインの役目だろう」


 ピシャッ
 窓をしっかりと閉じると、
 何事も無かったかのように席に戻ろうとする火波

 彼の後姿にメルキゼの恨みがましい視線が突き刺さる



「…わかったから、睨むな」

「こう見えても、かなり落ち込んでいるんだ
 君には私の疎外感なんて想像も付かないだろうけれど…」

「一体、何にそこまで落ち込む?」

「…だって…」

「うん?」

「だって、これで…
 これで童貞は私だけ…!!

ンな事で落ち込むなッ!!


 思わず額を押さえる火波


「そんな事で一々疎外感を感じていたら、わしなんてどうなる?」

「…まぁ、確かにこの中で掘られた経験があるのも火波だけだけれど…」

「わしの古傷を抉るなッ!!」

 眉間がピクピクと痙攣してくる
 少し気を落ち着かせようと席を立った火波は、
 キッチンの方へと足を伸ばす

 冷たい水を一杯貰おう
 今頃は、カーマインとシェルか洗い物に精を出している筈だ



「…シェル、片付けご苦労――…」

 ドアの隙間から顔を出すと、
 丁度シェルとカーマインは洗い終えた皿を拭きながら
 話に花を咲かせているところだった



「…だからさ、言っちゃえよ?
 どうだったのさ、ん?ん?」

「そ、そ、そう言われても…っ…!!」

「火波さんの乳首って綺麗なピンク色だけどさ、
 あそこの色もやっぱりピンク?それともバラ色?」

 何の話をしているんだお前ら


「技術面で何か困った事とか無いか?
 俺も多少は経験があるからさ、何でも相談に乗るぞ?
 火波さんが我を失う位、熱く激しく燃え上がらせてあげないとな」

「あー…それなのじゃが
 燃え上がらせる以前に、拙者の方が冷えて困るのじゃ
 ほれ、火波って体温が無いから冷たくてのぅ…」

「アンデット特有の悩みだな、それ…」

「むぅ…尻穴から熱湯でも流し込むか…」


 お前、人の尻を何だと思ってる
 わしの尻は湯たんぽじゃないぞ!!


「そういう時は、暖めたローションを注入すれば良いんだよ」

「ふむ…コーヒーを尻から飲む男にとっては、
 ローションくらい楽勝じゃろうな
 まぁ、どちらにしろ後片付けは大変そうじゃが」

「じゃあ…いっその事、お風呂でエッチはどうかな?
 それなら火波さんの体も温まるし、片付けも楽だろ?」

「おお、なるほど…」


「湯船の中だと座位がいいかな
 お風呂グッズでも色々と使えるものがあるから教えてやるよ」

「うむ、それは助かる」

「だから、良い子だからさ
 火波さんのお尻に熱湯を注いじゃダメだからな?」

「ふむ…」


 そこは『はい』と素直に頷け!!

 確かにわしはマゾだが、
 そこまで危険を伴うプレイは好きじゃない…!!

 そしてカーマイン…
 頼むから、あまりシェルに妙な知識を吹き込むな…!!

 まだまだビギナーのわしに、
 あまり無理をさせるな…ッ!!


 くらくら
 軽い眩暈を感じて、そっとその場を後にする火波

 この場で自分を話題にした怪しい会話を立ち聞きするくらいなら、
 メルキゼに付き合っていた方が、まだ精神的に楽な気がする





「…あれ、火波?
 ちょっと顔色悪くない?」

「気にするな
 少々、愛欲について考えていただけだ」

「火波も活発になったね」

 どういう意味合いで言っているのか気になるんだが


「じゃあ今日から火波の事、
 ほなみんぐ、って呼んであげるよ」

 なにそれ

「火波にingをつけて、ほなみんぐ
 ちょっと活動的で健康的な雰囲気になるでしょう?」

 勝手に人を、
 現在進行形にするな



「気に入らない?
 じゃあ、記念に花でも贈ろうか?」

「いや…そこまでして貰うものでもない…
 というか何の記念だ、何のッ!!」

「そうだね…火波に似合う花っていうのも思いつかないし」

 悪かったな


「火波、食器洗い終わっ―――……って、何を話しておるのじゃ?」

 タオルで手を拭きながら、シェルが話に参入してくる
 その隣りではカーマインが興味深そうな視線を送ってくる


「…2人とも、お疲れ様
 今ね、火波に似合う花は何かー…って、考えていたのだけれど」

「火波に似合う花?
 ああ、そうか…そろそろ命日か」

 違う


「命日じゃない!!
 誕生日だ、誕生日!!
 人が生まれた日に殺すな!!」

「はっはっは、冗談じゃよ」


 ヘラヘラと笑うシェルの横で、
 カーマインが何かを考えている

 やがて何か答えが浮かんだのか、
 口を開いて、ぽつりと呟いた




「…火波さんなら…柳、かな…」

 やなぎ!?

「…カーマイン…柳って…花、咲いたか…?」

わかりません

 即答か


「でも、何と言うか…
 柳の木の下で佇む火波さんって、絵になるなー…って」

「つまり、あれじゃな?
 幽霊っぽいと言いたいのじゃろう?」

「うん、まぁね」


 うらめしやー…

 本気で化けて出てやろうかと
 そう思った火波(32歳)の冬だった



「カーマイン…火波が、恨みがましい視線を送っているよ…」

「あ、すみません…
 幽霊と吸血鬼を一緒にしちゃダメですよね」

 いや、そういう意味で怒っていたんじゃなくて


「そうじゃよな…
 火波なんかと一緒にされては、
 幽霊に対して失礼じゃ

 やかましい



「あ…そういえば、火波っぽい花を知っているよ
 赤と白で…あれは何という名前だったかな…」

 何か心当たりを思い出したのか、
 メルキゼがうーん、と唸る


「……ああそうだ!!
 思い出した――…確かあれは、ベニテングダケだ!!

 菌類!?


「メルキゼデク、よく聞け
 それは花ではなくキノコの一種だ

 しかも猛毒だ


「どんどん、花から遠ざかっておるのぅ…」

「ああ…まさか最終的に、菌類に辿り着くとはな…」

「まぁ、ジメジメと湿っぽい男じゃからな、仕方があるまいて」

 シェル…お前の言動が、
 わしの湿っぽさを増幅させている事に、早く気付け


 







「まぁまぁ、シェルも…火波さんで遊ぶのはその辺にしておいて」

 適当な所でフォローに入ってくれるカーマイン
 一見良い人だが、彼もしっかりと楽しむ時は楽しむので油断ならない


「はい、火波さん
 気を取り直して…スルメでも如何ですか?」

「………スルメ?」

「スルメです」

「………どうも」

 とりあえず受け取ったスルメを齧る火波
 しかし…何故、スルメ?


「火波さん、思いっきり力を入れて噛んで下さい
 渾身の力を込めて、奥歯でバリバリと噛み砕くように」

「カーマイン、お前…
 スルメに何か恨みでもあるのか…?」


「奥歯にギュッと力を込めると、
 つられて全身に力が入るんですよ」

「…そ、それが何か…意味があるのか…?」

締まりが良くなるんです

 ……………。
 どこの?とは聞かない方が良いんだろうな…



「シェルは体格のわりに巨根ですから
 しかも、まだまだ成長期です…これから更に大きくなるでしょう」

「か、か、カーマイン…?」

 突然何を、とか
 何故知っている、とか
 そんな不吉な事を言うな…とか
 言いたい事は沢山あるが、火波よりも先にカーマインが口を開く


「火波さん…今から括約筋を鍛えましょう
 じゃないと貴方、あっという間にガバガバになりますよ!?」

「……がっ……!?」

 口を半開きにしたまま固まる火波
 その場に戦慄が走る


「ちっ…ちょっと待たれぃ
 カーマインよ…それは…流石に…」

「いや、俺は断言する
 シェル…お前は将来、ビッグになる!!


 そういう意味合いで言われても嬉しくない



「べ、別に…その…
 拙者としては、特に構わぬし…」

「でも、あんまり拡張されるとさ、
 行為の途中で空気が沢山入っちゃって…
 ちんこを引き抜くと同時に、爆音の屁が響き渡る事になるんだぞ?」

 それは悲しい

 想像して、思わず頭を抱えるシェルと火波

 甘く気だるい余韻が屁で吹っ飛ばされるなんて…泣けてくる
 とても第二ラウンドに突入出来るような雰囲気じゃないだろう



「シェルは良いのか!?
 最悪の場合屁で押し出される可能性もあるんだぞ!?」

「…な、萎える…」

「いや…屁だけならまだ良い
 屁に誘発されて『実』まで出たら大惨事だぞ!?

 …うはぁ…!!


 ふらり
 よろめいて椅子から落ちそうになる火波

「ほ、火波…しっかりせい!!
 だ…大丈夫じゃ、安心致せ!!
 拙者の愛は屁の一発や二発で吹っ飛ぶようなものではないぞ!?」


 慌ててシェルがフォローするが、
 当の火波は神妙な表情で固まっていた

 …マズい…
 視線が泳いでる

 どうやら、最悪の事態を想像してしまったらしい



 



 多大なダメージを受けたシェルと火波
 そんな彼らに追い討ち的な言葉が掛けられる

「絶え間なく腸壁が刺激される行為の中だろ?
 ただでさえ胃腸の弱い火波さんは大変だよな…
 犯ってる最中に下痢痛に襲われた場合、どうなるんだろうな」

 知ってはいけない世界がそこに

 椅子ごとその場にひっくり返る火波
 盛大な音が響き渡った



「……はひ…はひ……」

 凄い想像をしてしまった

 くらくら眩暈が止まらない
 思わず突っ伏するシェル


 その隣りでは、ひっくり返った姿勢のまま火波がスルメを噛んでいる
 それこそ親の敵を噛み砕くような勢いだ

 …もぎゅ…もぎゅ…


「火波よ…頼むから、
 そんな悲痛な表情でスルメを噛むでない…」

「わし…今日から括約筋を鍛える…
 悲劇を回避出来るなら、それに越した事は無い…」

「…火波…無理はしなくて良いぞ…?
 拙者はお主のなら汚いとは思わぬし
 むしろ、火波のうんこなら…食える!!」


 食うな!!

 心の中で突っ込む火波、メルキゼ、カーマイン
 3人の心の声がひとつになった瞬間だった


「い、いや、それはちょっと…」

「大丈夫じゃ!!
 毒を喰らわば皿までと申すじゃろう!?
 尻の穴を舐めるついでに、うんこを喰うくらい造作も無い!!」

 造作あるって!!
 一気にハードル高くなったって!!


 火波を慰めたいのか、追い詰めたいのか
 良くわからない展開になってきた

 とりあえず断言出来るのは、
 シェルの発言のせいで火波の顔色が更に悪くなったと言う事だろう



「…シェル…確かにわしは浣腸趣味はあるが…
 その域まで到達されてしまったら、流石のわしも引くぞ…」

「いや、今のは物の例えと言うか…
 拙者もそういう願望は無いから安心しておくれ」

「そ、そう…か…?
 それなら良いが…
 だが、どちらにしろ括約筋は鍛えさせてくれ」

 ギリギリと音を立ててスルメを噛み締める火波
 シェルの一言のせいで、危機意識を更に強めたらしい


「むぅ…ならば、拙者も付き合おう
 2人でこれから共にスルメを齧ろう…」

「……シェル……」


 2人の間にしっとりとしつつも、どこか間の抜けた空気が流れる

 そんな彼らを眺めながら、
 まったりとグラスを傾ける1人の青年






「…いやー…あの2人って、からかうと面白いなー…」

「…カーマイン…今、言ってたのって…嘘…なの?」

「本気にするとは思わなかったなー…
 まぁ、そっちの知識が豊富な俺が実しやかに語ったから、
 信憑性が無駄に出たって事なのかな…ははは、面白いな」

「…お、鬼か…君は…」

「だって俺、2人のせいで随分心配させられたからさ
 この程度ならまだ甘いって…おつりが来るくらいだな」


 ぱちぱち

 暖炉の火でスルメを炙ると、
 それを食い千切るカーマイン

 アルコールで満ちていたグラスが次第に空になって行く


「ぷはー…あ、メルキゼ
 そこのマヨネーズと一味唐辛子、取って」

「…カーマイン…その姿、オヤジ臭いよ…」

「お洒落に乾杯、って雰囲気でもないだろ
 それに俺、基本的に肉と米と酒があれば生きて行けるから」

「良い子だから、野菜も食べようね…」


 溜息を吐きながらスルメに手を伸ばすメルキゼ
 既に諦めているらしいのか、それ以上彼は何も言わない



「お前って甘党だけどさ、こういう珍味系も好きだよな」

「うん…わりと生臭い食べ物も好きなんだ
 臭いがキツかったり、見た目がグロテスクなものって
 意外と美味なものが多いと思う…好き嫌いは分かれるだろうけど」

「ふぅん…物好きだな」

 あまり、ゲテモノを好む趣味は無い
 好奇心は強いが、常食するのは勘弁だ


「ホヤとか、ナマコとか
 ドリアンも強烈だけれど、私は好きだよ」

「ああ、なるほど…そっち系統ね
 俺もユムシとか好きだな」

「……ゆむし…それ、虫?」

 眉をひそめるメルキゼ
 軽く首をかしげている




「えっ…知らない?
 俺が住んでいた所では、普通に食べてたけど…」

「知らない」

「……嘘だろ?
 こっちの世界にはいないのか…?
 火波さん、火波さんは…ユムシって知ってます?」


 突然話を振られた火波は、
 頬張ったスルメを強引に飲み込んでから口を開く

「…ユムシ…は、知っている
 わしは釣りエサとして使っていた」

「む…?
 ユムシとは何じゃ?」

 シェルもメルキゼ同様、知らないらしい
 好奇心旺盛な少年は早速質問攻めにしてくる


「ユムシとは虫なのか?
 バッタとか、コオロギのような感じじゃろうか?」

「うーん…そっち系じゃないな…
 どちらかと言えば巨大なミミズというか、ナメクジというか…
 あれを何て説明したら良いのか…ねぇ、火波さん?」

「……そうだな…」

 火波は少し宙に視線を向けて考えた後、
 ゆっくりと口を開いてシェルに告げた



「一言で説明するなら…
 包茎ちんこだな」

 …ぐほっ
 シェルとメルキゼはスルメを喉に詰まらせてむせ返る


「ほ、ほ、火波よ…流石にその説明は…」

「いや、だって…まさにそのものだぞ?
 色といい、形といい…少年時代を思い出させる」


「そう言われて見れば…確かに似てますね
 言うなれば食用ちんこ、と表現するべきでしょうか」

 そんな表現しないで下さい

 心の奥底で叫ぶメルキゼとシェル




「……で、その包茎を…どうやって食すのじゃ…?」

「俺は刺身が好きだな
 まぁ、煮物とかもあるけど」

「…ちんこの刺身…
 ぐ、グロい…かなり、グロい…」


 シェルとメルキゼの脳内では、
 少年の股間に包丁を当てるビジョンが映し出されていた

 これ以上想像してはいけない…と、慌てて脳内を切り替える
 そんな2人を前に、カーマインは笑顔で言葉を続けた


「亀頭に近い部分に包丁をざくっと入れると、
 血がドバーって出てさ、萎んで行くんだよ」

 亀頭言うな
 そして、痛々しい説明は要らん

 額に青筋を立てるシェルと、
 無言で股間を押さえるメルキゼ

 そんな彼らを知ってか知らずか、今度は火波が口を開く


「内臓を取り除いたその姿は、
 ちんこと言うよりは、使用済みのコンドームだな」


 あんたら、そんなもの食ってるんですか




「カーマイン…君…そんな趣味が…」

「こ、こら、何だその目は
 北海道では普通に食べるんだって!!」

「そう…君の故郷では、
 男根食文化が根付いているのだね…」

 そんな食文化、嫌だ


「人の故郷に勝手にマニアックな食文化を根付かせるなッ!!
 見た目が似てるだけだ、似てるだけッ!!」

「まあ、吸血鬼のわしから言わせて貰えば…
 カニバリズムは愛の境地だな
 気が狂う程の強く激しい愛の果てに行き着く場所は、そこなのかも知れん」

そんな愛は要らぬわッ!!


 ぺちん
 スルメで叩かれる火波

 実にコミカルな光景だ




「メルキゼもさ、機会があったら一度食ってみろよ
 ここって港町だし、探せばあるかも知れないぞ」

「いや…私はカーマインの股間があれば充分だから」

 何気に凄い発言


「…火波よ…頼むから食卓にそんなもの、並ばせないでおくれ」

「わしは自分で食うというよりは、
 釣りエサに使う事が多いんだが…」

「そんなもので魚が釣れるのか?」


「釣れるも何も…タイなどの高級魚を狙うならユムシだぞ」

「ほう…エビで鯛を釣る、という言葉は知っておるが…
 最近はちんこで鯛を釣るのじゃな
 …となると、先程まで食していた鯛の刺身も、
 ちんこをエサに釣ったものかも知れぬのぅ…」

 ちんこ言うな
 そして、今更だがユムシに謝れ



「…いや〜何というか、
 一気に会話の流れが下ネタに行ったなぁ…
 全く…エッチだなぁ、みんな」

 のんびりと呟くカーマイン


「………。」

「………………。」


 彼の言葉に押し黙る三人
 無言のまま、互いに顔を見合わせる

 そして―――…


「「「お前が言うなッ!!!」」」


 見事にハモった怒涛が、寒空に響き渡ったという――…





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