「…うぅ〜…」


 同じ場所を行ったり来たり
 時折外を眺めては、何度目かもわからない溜息を吐く

 朝からその動作の繰り返しだ


「…カーマイン、もう少し落ち着いたら…?」

「だ、だって!!
 やっぱり心配じゃないか…!!」


 昨夜、火波の来訪があって以来、
 カーマインはずっとこの調子なのだ

 火波とシェルの関係に亀裂が入る事を心配しているらしい



「シェル、泣いてないかな…
 それとも喧嘩に発展してるかも
 火波さんの言い分も、わからなくは無いんだ
 でも…だからって、シェルが哀しい思いをするのもなぁ…」

「カーマイン、これは二人の問題なのだから
 これ以上私達が首を突っ込むのも良くないと思うけれど」

「そんな事くらい、俺だってわかってるさ!!
 でも…わかってるけど、やっぱり気になるんだ…」


 そして、再びドアを開けて外の様子を窺うカーマイン

 本当は彼らの元まで様子を確かめに行きたいのだろう
 しかし二人の恋愛沙汰に口を挟むわけにも行かない
 こればかりは彼らの問題なのだ

 下手に訪ねて行って状況を拗れさせてもいけない
 感情的になった自分は冷静な判断など出来ないだろうから
 だから…ここで彼らが自分達を訪ねてくるのを待つしかない

 しかし、それがもどかしくて歯痒いのだ



「……はぁ…今頃、二人ともどうしてるんだろ…
 この世界に携帯があればメールで状況が聞けるのに…」

「今、私達に出来る事は無いよ
 シェルが来た時…落ち込んでいるようだったら慰めてあげればいい」

「……ん…そう、だな…」


 火波は帰り際、落ち着いたら報告に来ると言い残して行った
 遅かれ早かれ彼らはここに訊ねて来るだろう

 しかし熱愛真っ只中の恋人に突然別れを告げられて
 そんなシェルが今まで通りの笑顔を浮かべていられるかどうか…

 悲しみに深く沈み込んだシェルの姿を想像するだけで胸が痛む



「…はぁ…」

「カーマイン、そんなに暗い顔をしないで
 君まで落ち込んでしまってはシェルを元気付ける事も出来ないよ」

「…うん…そう…なんだけどさ…」

「まずは君を元気付ける事から始めないといけないみたいだね」


 少し困ったような苦笑を浮べると、
 曇った表情の恋人に、そっと口付けるメルキゼ

 想像していなかった彼の行動に、
 カーマインは唇から驚愕の声を漏らす


「…ぁ…っ…!?」

「少し、元気出た?」

「……まだ…こんなんじゃ足りないって…」


 悪戯っぽく舌を出して笑うと、
 今度はカーマインの方からメルキゼの唇を奪う

 メルキゼは少し躊躇いがちに恋人の背に腕を回した
 しっかりとその身を抱き留めると目を閉じて口付けを深める

 じんわりと生まれる体の熱に息が上がり始めた矢先――…




 ドン、ドン、ドン!!


「カーマイン、おるか〜!?」
 威勢の良いノックの音と響き渡る少年の声

 ――…そして

 しゅばっ!!
 忍者のようなスピードで離れる二人


 ずっと彼らの訪問を待ち侘びていた筈なのに、
 ちょっとだけ恨めしい気持ちになるのは何故だろう

 しかしメルキゼとカーマインは、
 何事も無かったかのような涼しい表情でシェルと火波を出迎える



「…やあ、良く来てくれたね
 朝からずっと待っていたんだ」

「もう少し早く来るつもりだったのじゃが、
 昨夜は床についたのが遅くてのぅ…夕方近くなってしまったのじゃ」

「それで…大丈夫なの?」

「何がじゃ?」

「…………。」


 きょとんとした表情で聞き返され、言葉を失うメルキゼ

 シェルの様子は至って通常通り
 微かな笑みを浮かべたそこに悲しみの色は見られない

 それどころか…いつもより顔色が良く見える気さえする



「…ええと…火波…?」

 火波に視線を向けると、バツの悪そうな視線が返って来た

 あまり話を振られたくないのか、
 入り口のドアに寄り掛かったままメルキゼたちに近付こうとしない


「…シェル、火波と…喧嘩とかはしてない?」

「仲違いをしておるように見えるか?」

「………見えないね…」


 シェルと火波
 二人の間に流れる空気は平穏そのもの

 その場の空気に緊張感を抱かせているのは、
 むしろメルキゼとカーマインの方だった


「……ま、まぁ…その様子だと、丸く収まったみたいだな」

 少し離れた場所で様子見をしていたカーマインが口を開く
 拍子抜けして苦笑を浮かべているが、
 平穏無事に片付いたならそれに越したことは無い


「…まぁ、多少の口論はあったのじゃがな
 ほれ、拙者って聞き分けの良い子じゃから」

「………自分で言うな」

 すかさず火波の突っ込みが入る
 そんな二人の漫才じみた遣り取りもいつも通りで

 相変わらずな二人に安堵の息を吐くメルキゼとカーマインだった





「そうか…でも本当に良かったな、無事に済んで
 喧嘩でもして、シェルが痛い目に遭ったらどうしようかと…」

「そんな物騒な心配をしておったのか」

「うん、どんどん悪い方向に考えちゃってさ
 仲違いしたまま、どんどん二人の距離が離れて行って…
 修復不可能なくらいまで仲が拗れた場合、
 どうやってフォローしようかな〜って…昨日の夜から考えてた」


「…ははは…そこまで想像しておったのか…」

 カーマインの想像力の逞しさに脱帽のシェル
 シェルだけでなく、火波とメルキゼまで苦い笑みを浮かべていた



「じゃが、そんな心配は無用じゃよ
 拙者と火波は仲違いするどころか…
 むしろ雨降って地固まると言った方が正しいのぅ」

「…そうなの?」

「うむ、火波との距離が更に近くなった気がするのじゃ
 二人で共に過ごせる時間はそう長くは無いが…
 縮まった火波との距離が拙者の自信となっておる
 じゃから、一時の別れなど恐れるに足らぬよ」


 胸を張って笑うシェル

 堂々とした自信に満ち溢れたその姿は、
 今までの彼とは思えないほどに男らしくて逞しい



「…シェル…何だか変わったね
 顔付きと言うか雰囲気というか…」

「むぅ…そうか…?」

「うん、少年から大人の男に成長した感じがするよ
 たった一晩で人って様変わり出来るものなんだね」

 しみじみと感慨に耽るメルキゼ


「…ふむ…それは精神的な要素だけでなく、
 肉体的な要素も絡んでの事なのじゃろうな…のぅ、火波?」

「……わしに一体何のコメントを求めているんだ…」

「いや、拙者が男らしくなったと言うのなら、
 お主の方にも多少の色香が出て来る可能性が…」

「そんなもの、出て来てたまるか」


 眉間の皺を深くさせて、
 ガリガリと頭を掻く火波

 心底不機嫌そうだ




「…まぁまぁ、火波さん…
 そんな顔していないで、こっちでお茶でも飲みませんか?」

「いつまでそうやって立っているつもり?
 せっかく来たのだから、座って寛いで」

 湯気の立つティーポットを持ったメルキゼが手招きをする


「…あ…いや、わしはここで良いんだ」

「………は?
 火波…何言っているの
 ふざけていないで、早く座ってよ」

「い、いや、わしは本当に…ここで…」


 何故か座る事を頑なに拒む火波
 いつもと違う彼の様子に眉を顰めるメルキゼ
 状況が呑み込めず頭に疑問符を浮かべるカーマイン

 そんな彼らの攻防を一頻り楽しんだ後、
 ようやくシェルが助け舟を出す



「今朝から火波は座れぬ状態なのじゃよ
 じゃから、そのまま立たせておいてやっておくれ」

「…座れない…?
 火波、何かあったの?」

「あ、あ、え、ええと…」

 言葉を濁らせながら、視線を泳がせる火波
 その頬を冷や汗が流れ落ちる


「し、シェル!!
 何かフォローしろっ!!」

「この場を後障り無く処理出来る言葉が見つからぬ
 多少の痛みを伴うフォローなら出来るのじゃが」

「それでも構わんから、
 この状況を何とかしてくれ…」

「うむ、心得た」




 そう言うとシェルはメルキゼとカーマインに向き合う
 そしてキッパリと言い放った


「火波は昨夜、
 拙者に抱かれたせいで尻が痛いのじゃ」

「それはフォローじゃなくて、
 暴露だあぁぁぁッ!!

 血を吐くような火波の叫びと共に、
 痛む尻を庇いながらの裏拳が炸裂した


「だ、だから多少の痛みは伴うと…」

「どこが多少だっ!?
 思いっきり致命傷じゃないか!!」



「じっ…じゃあ、何と申せば良かったのじゃ!?」

痔が悪化しました、とか
 便秘で尻が裂けたとか…色々あるだろうッ!?」

そっちの方が恥ずかしいわ!!


「そのままズバリな事を言われるよりマシだッ!!」

「じゃあ火波が自分でそう言えば良かったじゃろうが!!」

恥ずかしいから嫌だ!!

今更何を言うかぁ!!


 全くだ
 思わずそう心の中で頷くカーマインとメルキゼ

 しかし二人は更にヒートアップを続ける



「もう少し頭を働かせろ、このクソガキ!!」

「黙れ裂け尻男!!

「誰のせいで尻が裂けたと思ってるんだっ!!
 本当に痔になったらどうしてくれるっ!!」


「お主にはお似合いではないか
 脆弱胃腸の万年下痢痛ウンコタレ男が!!」

「タレとらんわッ!!
 お前こそ出来るものならウンコたれてみろ、
 この万年便秘小僧がっ!!」



 クソ以下の世にも醜く下劣な口論が繰り広げられる

 ショックで眩暈に襲われるメルキゼとカーマインだったが、
 目の前で繰り広げられる耳を塞ぎたくなる様な惨劇を前に何とか平静を保つ

 そして勇気を振り絞って、カーマインは二人の背に声をかけた


「……あ、あの…もしもし……?」

 ぴくっ、と二人の背が反応する
 やがてゆっくりと振り返るシェルと火波


 ………。

 ………………。


 しーん…

 しばしの沈黙
 その場にいた全員の視線が宙を彷徨った




「え、ええと…実は火波は痔を患っておって…」

「いや、今更遅いって…」

「……じゃよ、な……ははは…」


 気まずそうに愛想笑いを浮かべながら、
 微妙な距離感のまま言葉を交わすカーマインとシェル

 ショックで思考が停止しているのか、
 唖然とした表情を浮かべたまま硬直しているメルキゼ

 そして、壁に向かってブツブツと何かを呟き始めた火波


「…お、おい…火波よ、大丈夫か?」

「……宇宙が…大宇宙が見える…
 …あの星へ…あの星へ行くんだ…そう…あの星へ…」

「おーい…戻って来ーい…」


 現実逃避で脳内が宇宙へ旅立ってしまったらしい
 これは戻って来るまで時間が掛かると踏んだシェルは、
 あっさりと火波を放置する事に決める



「……め、メルキゼ…しっかりしろ…」

 一方のカーマインも放心状態のメルキゼを介抱していた
 …こちらの方は、それほど重症ではないらしい


「…あぁ…眩暈がする…」

「まあ…気持ちはわかるけどさ
 俺だって凄く驚いてるよ、昨日の今日だし…」


 まだまだ子供だと思っていたシェルが、
 自分たちよりも先に恋人と一線を超えてしまったという事実

 それは多大なダメージをメルキゼとカーマインに与えていた


「…まぁ…俺もコンドームとか渡してたし、
 ある程度の予測はしていたけど…いきなりだもんなぁ…」


 何となく婿に行く息子を持つ父親の心境を味わうカーマイン
 少し平静さを取り戻すと、今度は気恥ずかしさと嬉しさが込み上げて来る

 しみじみと、『男になったんだなぁ…』と呟いてみたり




 その一方で、未だショックから抜け出せていないのがメルキゼ


「あぁぁ…そんな…
 まさかシェルと火波が…シェルと火波が…」

 ふるふると肩を震わせるメルキゼ


「まぁ…お前もそんなにショック受けるなよ」

「だ、だって!!
 シェルと火波が…シェルと火波が、
 ここ掘れワンワンな関係に…ッ!!」

 その表現の仕方はどうかと思う


 ある意味正しいのだが、
 四つん這いで尻を向けて『ここ掘れワンワン♪』
 とシェルを誘う火波の姿を一瞬にして想像してしまうカーマイン

 自分の想像力の逞しさが恨めしい



「じ…じゃあ、何て表現すれば…!?
 お…お花摘み?

 何か卑猥だな、それ

 メルキゼなりに露骨な表現を避けているらしいが、
 それが余計にエロく感じるのは何故だろう――…


「…で、シェル?
 火波の菊花の味はどうだった?」

 何聞いてんだお前



「ちょっ…!!
 こら、メルキゼッ!!」

「だ、だって気になるじゃないか!!
 私の知らない未知の世界が…っ!!」

「だからって、もう少し場を読めって――…なぁ、シェル?
 …そういえば、やっぱり初めての時って血は出るものなのか?」


「……………。」

 この二人は…


 結局、好奇心には勝てないらしい

 瞳を輝かせながら矢継ぎ早に質問してくる二人を前に、
 シェルは痛む頭を抱えながら
 未だ宇宙を彷徨う恋人に助けを求めたのだった






 その日の食卓には赤飯と鯛の刺身が並んだ

 思いっきりお祝いムードな食卓を前に、
 気恥ずかしそうに頭を掻くシェル
 そして、地獄の門を前にしたかのような表情の火波


「ほら、火波
 そんなに暗い顔しないで」

「……ほっといてくれ……」


「こういう時って、お赤飯よりもお餅の方が良かったのだろうか?」

「……もう…何でもいい……」


「火波さん、お尻は大丈夫ですか?」

「………まぁ…それなりに……」


 あの後すぐに、
 椅子の上にクッションを重ねて貰った

 この気遣いは嬉しいけれど、正直言って切なさが勝る



「…それで、初体験の感想はどうでした?」

「……………。」

 気遣いは嬉しいが、
 もう少し、こっちに関するデリカシーが欲しいと思うのは我侭だろうか…



「特に語るほどの事は無いが…」

 というより、聞かないで
 お願いだから語らせないで…という意味合いを込めてみるが、
 知ってか知らずか、カーマインには見事に聞き流される


「だって気になるんです!!
 火波さんとシェルの体格差で、
 椅子に座れなくなるほどのダメージがあるなら…
 俺とメルキゼの場合に至っては、入院レベルにまで行くかも…って!!」

「……いや、流石にそこまでは…」

「ちなみに回数は!?
 いくら何でも一回でそこまで酷い状態にはなりませんよね!?」

「……………。」


 お願い、助けて

 救済を求めようとシェルの方へ視線を向ける火波
 しかし、そこで火波が見たものは―――…



「……シェル…ついに、君まで…
 あぁ…君も私の知らない世界へ行ってしまったのだね…」

「め、メルキゼ…」

「……シェル…あぁ……
 君の背中が遠いよ…うぅぅぅ…」


 …………。

 火波の視線の先には、
 泣きながら酒をあおるメルキゼに絡まれるシェルの姿があった

 ……そっちはそっちで、かなり大変そうだ
 とりあえず恋人に助け舟を出してみる火波




「…シェル、お前の方からは二人に何か質問は無いのか?」

「そっ…そう言えばカーマインよ
 拙者、ちと訊ねたい事があったのじゃが…!!」

「えっ…何?」


 火波の計算通り、カーマインの関心は火波からシェルへと移り、
 メルキゼはとりあえず愚痴る口を噤んだ

 心の中で安堵の息を吐く火波



「で、俺に聞きたい事って?」

「うむ…それなのじゃが
 火波の早漏を直す手段は無いじゃろうか?」

 待てぃ


「そんなの俺が知りたいよ!!
 俺だってメルキゼの早漏を直したいぞ」

「むぅ…そうか…
 カーマインも恋人の早漏に悩んでおったか…」

「ああ、でも火波さんはまだ受けだから早漏でもいいじゃないか
 メルキゼは攻めだから救われないぞ、ハッキリ言って」


 頼むから連呼しないで



「火波の早さは異常じゃぞ!?
 もう…奴は秒速の男じゃぞ!?」

 一分持ちません
 電光石火と呼んで下さい


「メルキゼなんて俺が服脱ぐのを見てるだけで
 勝手に何発もイきやがるんだぞ!!
 さあ犯るぞ――…って時には既にこの野郎、
 ハイパー賢者タイムに突入してるんだよ!!」

 ベッドの上で悟りでも開いてるのか


「…まぁ、カーマインよ
 それだけお主が魅力的なのだという事じゃよ」

「シェルだって…相当なテクニックの持ち主だって事じゃないか」

「どちらにしろ早漏の不甲斐無さは変わらぬが」

「まぁ、そういう事なんだけどさ」



 チクチク
 二人の視線が突き刺さる


「…………。」

「……………。」

 そっと部屋の隅へ寄って、
 静かに酒を酌み交わすメルキゼと火波

 2つのグラスがカチリと音を立てた


「…まぁ、飲め」

「うん…飲んでるよ
 …ところで、火波…」

「何だ?」

「やっぱり…初めての時は痛いの?」

「………………。」


 ふり出しに戻った



「…お前…」

「だ、だって、やっぱり気になるでしょう!?
 来たるべきカーマインとの日に備えて、
 参考までに色々と聞いておきたいと…!!」

「もう勘弁してくれぇぇぇ……!!」


 頭を抱えて突っ伏する火波
 出来ればこの件に関しては、そっとしておいて欲しい

 遠くの空でカラスが鳴く声を聞きながら、
 ここ暫くの間はこの話題で質問攻めにされるであろう
 己の惨状を悟り、さめざめと嘆いたのだった




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