「バイオレットとロイドだウリ!!」


 ゴマ粒のような瞳でも視力には影響無いらしい
 見知った海賊の姿を見つけ、ウリ坊は小さな手をブンブン振り回す



「おっ、久しぶりだなウリ坊
 それとカーマイン―――……って、何でカーマインがここに!?」

「あー……えっと、それは……」

 約束を破って船を飛び出しました
 ……なんて、とてもではないが言えない

 しかし、この状況を何と説明したものか――……



「ウリ坊が呼んだウリ」

「ウリ坊が?」

「ご主人とアストロメリアは事情があって、今はここに来られないウリ
 だから代理としてカーマインを呼んだウリよ」


 このウリ坊――……出来る!!

 カーマインがこの場にいるフォローに加え、
 ローゼルとアストロメリアがこの場にいないフォローまで同時にこなすとは……!!

 主が頼りない分の穴埋めを、このウリ坊がしているに違いない


 関心、感激、感謝、そして労い……
 色々な感情を込めてカーマインはウリ坊の頭を撫でてやる

 世話の焼けるパートナーを持つ身同士としてのシンパシーを感じたのは内緒だ






「アストロメリアたちは何があったんだ?」

「え、ええと……」

 今度は別の意味で説明に困る
 さて、あの惨劇を何と説明したものか――……

 ウリ坊に視線を向けると、腹を決めたのだろう
 視線を泳がせながら歯切れ悪そうに口を開く


「アストロメリアが……そこの酒場で、
 うんこ、ぶち撒けたウリ……」

「!?」

「で……ご主人が、それを主に顔面に浴びてしまったウリよ」

「え―――……っと……それは……大変だった……な………」


 バイオレットが視線を酒場へ向ける
 そこには『臨時休業』の貼り紙が

 隣に控えていたロイドが俯き気味に口を開く




「そうか……またか……
 今度は人前で……なんて不憫な……」


 …………。

 ……『また』……?


「――……!!
 い、いえ、違うんです!!」


 まずい

 今の説明ではまるで、
 アストロメリアが酒場で公開脱糞プレイをやらかしたように受け取られてしまう

 これ以上彼のプライドを、ひび割れさせるわけには行かない




「あ、あれは――……そう!!
 ゾウの……ゾウの糞です!!」


 あの惨劇の引き金を引いたのは自分だ

 自分があんな事を言わなければ、
 アストロメリアも、あの場で暴走する事など無かっただろう

 その自覚があるからこそ、カーマインは必死でフォローする



「…………そうか」

 ふっ、と
 ロイドの瞳が優しく細められる

 そして太く無骨な手が、慣れない仕草でカーマインの頭を撫でた


「アストロメリアを気遣ってくれて……本当に良い子だな
 ああそうだ、あれはゾウの糞なんだな、うん……」

「………………。」


 この展開、覚えがある

 アストロメリアの寝糞事件が起きた時
 まさにその時の遣り取り、そのものだ




「あ、あの、いえ!!
 違うんです……本当に、ゾウの糞で!!」

「ああ、そうだな
 ゾウの糞だな、うん」

「――――…………」


 ああ
 ダメだな、これは

 海賊達の妙に優しい瞳が、全てを物語っている


 ごめんなさい、アストロメリアさん
 貴方のひび割れたプライド、粉々に打ち砕いてしまったかも知れません


 フォローするつもりが、最悪の形で止めを刺してしまった

 カーマインは熱くなる目頭を押さえながら、
 そっと心の中でアストロメリアに手を合わせた





「つまりアストロメリアが体調を崩して、
 ローゼルさんが介抱してるって見解で良いんだな?」

 良い様に解釈してくれたが、実態はそんな平和なものではない

 しかし、とても事実を伝える勇気など無いカーマインは、
 曖昧な作り笑顔で頷くしかなかった


「体調不良よりも精神的ショックが大きいウリ
 この話題はアストロメリアの為にも今後は――……」

「ああ、わかってる
 他の奴らには適当に誤魔化しておく」

「じゃあキャプテン、詳しい話は明日にしておきやしょう」

「そうだな……
 よし、今日は各々自由に過ごすよう伝えろ
 ただし魔女の残党が潜んでいる可能性もある
 充分に注意して、出来るだけ変装は解かないように」

「了解しやした」


 テンポ良く話が進んで行く
 こう言う時の決断力と指揮の上手さは流石だ

 時々問題行動は起こしても、
 やっぱりキャプテンたる所以なのだろう




「……で、キャプテンはこれからどうするんで?」

「そうだな……」

 ちらり
 視線がカーマインとウリ坊に向けられる


「長い事、船暮らしだからな
 シェルもストレスが溜まっているだろう
 どうだ、僕と一緒に港町探索でもしないか?」

「えっ……良いんですか?」



 それは嬉しい誘いだ
 カーマイン自身、気分転換がしたいと願っていた

 そして何より

 バイオレットとウリ坊が一緒なら、
 流石のシェルも、そこまで怒り狂って攻撃してきたりはしない――……筈だ


 ……いざとなったらウリ坊にフォローして貰おう

 一気に株を落としたローゼルとは反対に、
 カーマインの中でウリ坊は頼れる存在として認識されたのだった








「…………カーマイン…………」



 開口一番、怒号が襲って来ると身構えていた

 しかし
 カーマインを出迎えたシェルの表情は、何処までも暗い


「ど、どうした……?」

「うぅ……」


 シェルはその場でガックリと膝をつくと、
 両手を強く握り締め、絞り出すような声で叫んだ

「今日は散々じゃ……厄日じゃ……呪われておる……ッ……!!」

「い、いや、何もそこまで言わなくても……
 ほら俺だって無事に戻って来た事だし――……」

「それだけでは無い!!
 その後が酷かったのじゃ!!」


 余程の事があったのだろう
 少年の瞳には涙が滲んでいる



「あの後、拙者はメルキゼデクに助けを求めたのじゃ
 じゃが一向に起きやがらぬ!!
 拙者の長きに渡る戦いの火蓋が落とされた瞬間じゃった!!」

「そ、そう……」


 カーマインとウリ坊は本能的に悟った

 これは長くなる
 完全に愚痴りモードだ



「水をかけても、頬を叩いても起きぬし……
 強引に揺さぶったら寝ぼけて右ストレートが飛んで来たのじゃ!!
 咄嗟に枕でガードしたのじゃが、
 それでも未だに手がヒリヒリするダメージを受けたわッ!!」

「あ、ああ、無駄に攻撃力高いからな、あいつ……
 起きたら治して貰おうな、うん」

「拙者は手を傷めながらも、
 頑張ってメルキゼデクを起こそうとしたのじゃ……」

「うん、うん、頑張ったな、うん」


 ぽふぽふ

 頭を撫でてやりながら、
 カーマインは慰めモードに入る

 少年の髪から、ふわりとシャンプーの良い香りが漂った



「そうしたら拙者の頑張りが一瞬だけ報われたのじゃ
 ほんの一瞬だけじゃが……メルキゼが目を覚まして起き上がって!!」

「あ、起きたんだ」

「じゃが……」

「ん?」

「起き上がったメルキゼは、拙者の頭上に――……
 盛大にゲロを吐きやがったのじゃ……!!」



 ああ、成る程
 カーマインは納得したように頷く


「妙に洗い立てのようなシャンプー臭がすると思った」


 酒場のうんこ汁に船のゲロ
 実に臭い悲劇が続く日だ


「ゲロを洗い流して、部屋を掃除して!!
 その間にメルキゼデクは再び深い眠りに付きやがったのじゃよ……!!」

 そっか
 吐いたらスッキリしたんだね


 ……………。

 ………うん
 ごめん、シェル


 確かに悲惨な体験をしたんだろうけど、
 目の前でうんこ汁ぶちまけ事件を見た後だと、そんなにインパクト無いんだ




「あらゆる意味で不憫だな、シェル……」

「事の発端であるお主に慰められても……」

 確かに元凶は自分だ
 それがわかっているからこそ、カーマインはとことん下手に出るしかない


「ごめんな、俺が悪かったよ
 罵詈雑言も甘んじて受けるから」

「……そんな気力すら拙者はもう、残っておらぬ……」


 確かに目の前の少年は、目に見えて憔悴している
 カーマインの心配と目覚めないメルキゼへの焦りと苛立ちに加え、トドメのゲロ攻撃だ

 精神的にも、かなり参っているに違いない




「そっか……じゃあ、留守番しているか?
 バイオレットさんが港町探索に誘ってくれているんだけど」

「………いや、拙者も行く
 気分転換がしたいのじゃ……」

「そ、そうだな
 気持ちを入れ替えた方が良いな、うん」


 そう口では言いながらも、カーマインは思う

 気分転換をしてシェルが元気になったら
 ネチネチと嫌味攻撃を受ける事になるのではないかと

 ……その事を思うと、多少は弱っていてくれた方がありがたい



「久々に地の上を歩く事になるのじゃな
 ああ、カーマインは一足先に地面の感触を味わっておったな」

「う」


 まずい
 既に元気を取り戻し始めている

 その証拠にチクチクと言葉が刺さって来ている



「そう言えば犬はどうなったのじゃ?
 無鉄砲に飛び出して拙者の胃を痛めさせたのじゃ
 収穫無しでは割に合わぬぞ」

「えっと……」


 ちらり

 背後に視線を向けると、
 そこには借りてきた猫の如く置き物と化したウリ坊の姿

 自己紹介をするタイミングを失った上、
 シェルにも一向に気付かれず

 仕方なく、無言で成り行きを見守る事に専念していたらしい


 道すがら、だいたいの事情はウリ坊に話しておいた
 ついでにフォローも頼んでおいた

 シェルの攻撃が、どれだけ軽減されるか
 それはウリ坊にかかっていると言っても過言ではない




「うりー」

 カーマインの足の間から、おずおずと顔を覗かせるウリ坊

 『大の男が涙目になる毒舌っぷり』と聞かされている為、
 ウリ坊なりに警戒しているらしい


「おお、無事に救出できたのじゃな
 ふむ……間近で見るのは初めてじゃ……」

「可愛いだろ?」

「うむ、絶妙な愛らしさじゃ
 これが『コーギー』という種類の犬か」

「犬じゃないウリ
 ウリ坊だウリよ」

「ふむ……ウリ坊か」


 つんつん

 ピンクの鼻先を突きながら、
 シェルは物珍しそうにウリ坊を観察する



「しかし、このウリ坊とやらは――……何故、喋るのじゃ?」

「喋る動物って、結構いるぞ?
 ほら火波さんとかメルキゼとか」

「いや、あれはギリギリで人じゃろう?」

「際どいラインで?」

「うむ……あれを真っ当な人に分類したら人類を敵に回すじゃろうて」


 毒舌は完全に復活したのか、なかなか酷な評価だ

 何となくシェル基準で『ギリギリで獣』と
 判定される生物を見てみたくなるウリ坊だった




「そんな事言って、怒られないウリ?」

「怒られはしないと思う
 メルキゼなら、せいぜい泣くくらいかな」

「怒りはせぬな
 火波は落ち込むやも知れぬが、その程度じゃ」

「………………。」


 ウリ坊は実に賢く空気が読める獣だ
 だから、瞬時に悟ったのだろう

 ―――……これ以上、突っ込まない方が懸命だと




「じ、じゃあ、お外に行くウリよ
 港でバイオレットが待っているウリ」

「……何故、ウリ坊がバイオレットを知っておるのじゃ?」

「ええと……話せば少し長くなるかな
 まぁ、道すがら話すから……」


 言いながらカーマインは思った

 これまでの事を話すと言う事は、
 ローゼルの存在も話さなければならない

 ……酒場での事を、どうオブラートに包むか


 そして

 再びローゼルと顔を合わせた時、
 一体自分はどんな態度を取れば良いのだろうか


 想像するだけで、頭が鈍く傷むカーマインだった







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