「この瓶詰めはイセンカ産の塩辛だ、味は保障するぞ
 ……こっちの木彫りはエルフが手掛けた物だな、モチーフに特徴がある」



 港には露店が立ち並び、
 所狭しと並んだ商品をバイオレットが解説して回る

 流石は各港を網羅している海賊なだけある
 その知識は自分たちの比ではない

 以前、火波やメルキゼと市場を見て回った時とはまた違った楽しさがある



「ここの港はレンガ造りの建物が多いですね」

「ああ、この地域は特に強い潮風が吹く特徴がある
 鉄で作ると、あっという間に錆びてボロボロになっちまうんだ
 だが石材となると山から岩を切り出す手間が掛かるからな
 手軽に運べて修繕も容易なレンガが多く使われるようになったってわけだ」

「へぇ……」

「バイオレットは見かけに寄らず博識だウリ
 言葉遣いは乱暴だけど、教え方は丁寧だウリ
 気になる事があったら教えて貰うと良いウリよ」

「……ウリ坊……
 一言、二言、多くねぇか……?」


 近頃のガキは可愛い顔して毒を吐きやがる、とボヤくバイオレット
 そこには確実にシェルの存在も含まれている

 恐らく自分はそこには含まれてはいない……筈だ
 そう自らに言い聞かせるカーマイン


 ……断言出来ないのが辛い所ではある


 何か話題を変えようとウリ坊へと視線を向け、
 ふと彼の主の存在を思い出す

 本来なら有意義な話が聞けたかもしれない
 しかし自業自得とも言えるが、彼とまともな会話をする事が出来なかった

 そもそも自分は自己紹介すらしていなかった事に今更ながらに気が付く





「……そう言えば、ローゼルさんって具体的には何をやっている人なんだ?」


 一見すると魔法戦士っぽい外見
 しかし、ローブを脱げばスーツに眼鏡という一変した姿になる

 丁寧な口調に洗練された物腰
 只者ではないと思うのだが、具体的な正体の予測が付かない


「……ええと、主に各地を回って情報を集めたり、
 その情報を利用して状況を変えたりする仕事をしているウリ」

「そっか、情報屋か……」

 あれはビジネスモード用のスーツ、という事なのだろう

 信用が何より大事な情報屋だ
 服装もスーツの方が良いに違いない



「と言う事は、今回……
 ローゼルさんはバイオレット海賊団に、
 何らかの情報を売りに来たって事なのか?」

「売ると言うより、今回の場合は情報交換だウリ
 バイオレットたちも職業柄、各地で色々な情報を得ているウリよ」

「持ちつ持たれつの関係って事か」

「兄弟の交流も兼ねているウリ
 家族との縁が薄い海賊達にとって、
 ご主人と弟との家族関係は憧れの対象でもあるウリ」


 それは以前にも聞いた事がある

 基本的に家族を持たない海賊達だからこそ、
 アストロメリアとローゼルの関係を大切にしてやりたいという気持ちがあるのだろう

 ……時々、今回のような兄弟喧嘩に発展する事もあるのだろうが





「カーマインたちは何をしている人なんだウリ?」

 今度はウリ坊が質問してくる

 どう答えたものかと迷った後、
 嘘ではない部分を要所的に話す事にした


「俺達の仲間……シェルは記憶喪失なんだ
 ただ、時々断片的に思い出すビジョンがあって、
 どうやらそれが火山に関係があるらしくってさ

 ディサ国の近くにある火山に向かおうとしたんだけど、
 今って戦争のせいで色々と規制されているだろ?
 だからバイオレットさん達に頼んで、一緒に行動して貰っているんだ
 自由に動かせる船がある分、応用が利く行動が出来るだろうし」



「さっき話に出ていたメルキゼデクって誰だウリ?
 バイオレットたちがディサ国騎士だって言っていたウリ」

「ああ……ええと、うん……
 実はメルキゼも記憶喪失なんだ
 だから彼に関しては俺もシェルも、当のメルキゼ自身も良くわかっていない
 シェルの記憶探しの旅に同行しているついでに、
 何か手掛かりでも見つけられればラッキー……って状況だな」

「記憶喪失繋がりで仲良しウリ?」

「うん、まぁ……そうかな
 ちょっと歳が離れた兄弟みたいなものだよ」


 最年少の弟ポジションのシェルが、
 ある意味では一番しっかりしているのが辛い所ではある

 そして、最年長のメルキゼが一番頼りないのが悲しい所である




「じゃあ、最後にカーマインについて教えて欲しいウリ」

「えっ……俺?」

「カーマインは命の恩人だウリ
 恩人の事は良く知っておきたいウリよ」

「……うーん……そうだなぁ……」


 カーマインはメルキゼやシェルと違って記憶はしっかりしている
 しっかりはしているのだが……彼らとはまた別の意味で話し難い

 まさか『異世界から来ました』などと言うわけにも行かない



「………俺は、凄く遠い所から来たんだ
 あまりにも遠過ぎて元の場所に帰る方法がわからなくてさ
 その方法を調べるために、最初はティルティロ国を目指して旅をしていたんだ」

「ティルティロ国に?」

「うん、あそこなら凄い量の情報がある筈だってメルキゼが教えてくれてさ
 だから俺の故郷についても何かわかるかなって思ったんだ」


「カーマインは遠い故郷に帰りたいウリね」

「うーん……最初はそうだったんだけどね
 旅に同行してくれるメルキゼや、
 シェルたちと知り合って親しくなって行く内に……
 心身共に変化が生じてきたって言うか、無理に帰らなくても良い気がしてきたんだ」


 魔物の血が訴えている
 自分はもう、この世界の住人なのだと

 元の世界にメルキゼを連れて行くわけにもいかないし、
 自分自身も魔物へと姿を変えてしまったのだ

 どちらにしろ、もう日本には戻れない

 それならば
 この世界で楽しく生きる選択をするのは間違いではない筈だ





「ディサ国騎士団長も各地に遠征をしながら、
 生き別れの弟を捜しているって聞いた事があるウリ
 ……ディサ国の騎士って色々な捜しものを抱えているウリね」

「まぁ、騎士に限ったことじゃないと思うけど……」

「きっとご主人なら力になってくれるウリ
 さっきは頼りない姿を見せたけど、知識に関しては凄いウリよ
 カーマインの故郷の事、ご主人に聞いてみるウリ」

「うーん……
 こればっかりは、どうかなぁ……」


 胸を張るウリ坊には申し訳ないが、
 自分が異世界からきた事を話すつもりは無いし、そもそも話す勇気も無い

 ウリ坊の思考を故郷の事から逸らせようと、
 新たな話題を探そうとした矢先

 小さな前足がカーマインの足に触れた



「カーマインだけの問題じゃないウリ
 故郷にいる大切な人の為にも帰る方法を探すウリよ」

 小さなゴマ粒のような瞳は、どこまでも真っ直ぐだ

「今は戦争中だウリ
 そのせいで凄くたくさんの人が、いなくなっちゃったウリよ
 これから、もっと増えるだろうってご主人が言っていたウリ」

「……うん」

「『さようなら』を言えないままお別れをするのは悲しいウリ
 だって、残された人はずっと『ただいま』を待ち続けなきゃならないウリ」

「………………。」



 真っ先に思い浮かんだのは、両親の顔

 自分はこの世界で新たな人脈を築き、
 それなりの幸せを掴む事が出来る


 しかし、元の世界に残された両親はどうだろう


 行方不明になった一人息子の身を案じない筈が無い
 自分が消えて、もう何年も経った
 しかし、家族の存在は数年で風化してしまえるような、そんな薄っぺらなものではない

 両親は今でも自分の事を捜しているだろうか
 毎日、玄関のドアを眺めながら『ただいま』の声を待っているのかも知れない

 玄関のチャイムが鳴るたびに期待に胸を膨らませ、
 そして落胆する両親の姿が脳裏に浮かぶ




「…………そうだよな、別れの言葉くらい……言うべきなんだよな」


 つん、と鼻の奥に痛みを感じて
 それを誤魔化すようにウリ坊を抱き上げる

 けれどその温もりが一層、人恋しさを掻き立てた


「はは……嫌だな、もう乗り越えたと思ったのに……ホームシック再発しそう」

「ごめんなさいだウリ
 思い出させちゃったウリね」

「うん……でも、忘れちゃいけない事なんだよな
 両親はきっと今でも俺の帰りを待っている
 なのに、俺は忘れて……いや、あえて思い出さないようにしていたのかも」


 辛いから深くは思い出さないようにしていた自分と、
 思い出したくても思い出せないシェルとメルキゼ

 一体どちらが辛いのか――……などと考えてみるが恐らく答えは出ないだろう
 人の苦しみや悲しみは、そもそも他者と比較できるものではない




「それにしてもウリ坊って子供くせに大人びた物の見方をするよな」

「ご主人のそばで良い物も悪い物も、いっぱい見てきたウリ
 出会いと別れも繰り返して……ちょっと渋みが出ているかもしれないウリ」

「ウリ坊はローゼルさんに飼われて、もう結構経つのかな?」

「んー……30年くらいだウリ」

!?


 このウリ坊
 まさかの年上



「ちょっ……待て待て待て!!
 イノシシは!?
 お前、いつイノシシになるんだ!?」

「ウリ坊は永遠のウリ坊だウリ」


 ウリ坊
 それ即ち永遠なる存在

 ウリ坊は永久に不滅―――……



「―――……って、それイノシシの立場無いからッ!!
 お前の中のゲノムが許してもイノシシ界が黙っちゃいないぞ!?」

「ちょっと話が壮大になってきてウリ坊、困るウリ」

「ウリ坊暦の壮大さの方が深刻だよ!!」


 吹っ飛んだ
 涙もホームシックも、キレイに吹っ飛んだ

 そして、改めてここが異世界だと思い知らされた





「あー……眩暈がしてきた」

「気分転換に美味しいものでも食べるウリよ」

「美味しいものって言われても……
 初めて見る物ばかりで味の想像も付かないからなぁ」

「それなら大丈夫だウリ
 さっきバイオレットとシェルがお菓子を買いに行ったウリよ」

「え」


 改めて周囲を見回す
 ……いつの間にかバイオレットたちの姿は消えていた



「隣りでホームシックの件を聞いていたバイオレットが、
 カーマインを元気付けようって、シェルを連れてお菓子のお店に行ったウリ」

「あー……気を遣わせちゃったな……」

「お菓子を貰ったら元気な笑顔でそれを食べるウリ
 そうすればバイオレットとシェルも安心するウリよ」

「……うん、そうだな……」


 自分の周囲の人たちは皆、優しい

 皆が揃って甘やかすから自分に甘え癖が付きそうだ
 申し訳なさと気恥ずかしさが込み上げて来る

 それでも

 今だけは好意に甘えさせて貰おう
 カーマインはそっと、乾いた涙の痕を拭った







「カーマイン、お待たせ!!」


 程無くして大きな紙袋を抱えた二人が戻って来た

 ……凄いボリュームなのが袋越しにも伺える
 海賊の買い物は規模も豪快なようだ


「ここらで一休みしようぜ」

「面白い菓子が売っておったのじゃよ」


 あえて何事も無かったように振舞う優しさを感じる

 カーマインは精一杯の笑顔を二人に向け、
 大袈裟なほど元気な仕草で紙袋を覗いた


 …………。

 紙袋の中は何が何だかわからない物が詰まっている
 自分の目には、それが本当に食べられる物なのかどうかもわからない


「…………えっと、この塊りは?」

「ああ、それは牛の頭蓋骨を甘辛く煮た菓子だ」


 それは本当に食べられるのか
 そしてそれは菓子に分類して良いものなのか



「…………こ、こ、こっちは………?」

樹齢3000年の杉の根


 縄文杉!?

 いや、それ以前に
 菓子どころか食べ物ですらない



「これは根っこじゃが、安心致せ
 粉砂糖とジャムが添えられておる」

 甘い物を添えれば良いって物じゃない




「ちょっとバイオレットさん!?
 何処に行って何を買って来ているんですか!!」

「はっはっは!!
 安心しろ、今までのは見た目のインパクトを狙ったネタ枠だ!!」

「で、こっちがガチな奴じゃ」


 まだあるのか



「見た目、食感共に忠実に再現した、
 巨大ワーム型グミキャンディだ!!


「ぎゃあああああああああああああああッ!!!!!!」


 グロい!!
 グロ過ぎるッ!!

 紙袋の中から出て来た、巨大なミミズを前に全身の毛が逆立つ



「……コレだって見た目のインパクトを狙っているウリよ?」

「いや、これは見た目だけじゃねぇ
 この本物そっくりな手触りは職人技を感じるぜ
 子供騙しの駄菓子とは一味も二味も違いやがる……!!」

「実際、漁師はこのワーム菓子を餌にクラーケンを釣るそうじゃよ」


 ああ、そう……
 そっちの意味でガチな奴か……

 リアルな巨大ミミズを直視したくなくて、
 腕の中のウリ坊へと視線を落とす


 ぱたぱた

 視線が合ったウリ坊は全身を動かし始める
 ジェスチャーのようだ

 ……何か伝えたい事があるのだろうか




「…………?」


 注意深くウリ坊の動きを見ていると、
 漠然とだが、その意味が理解出来てくる


 両腕を大きく広げて、『元気に』

 ヒヅメを頬に当てて微笑み、『笑顔で』

 大きく口を開けて―――……『食え』



 …………。


 確かに、先程の会話ではそう言った
 言いはしたのだが、ウリ坊よ

 これを食えと言うか



「……これを口にしたら、俺はクラーケンと同レベルだぞ……」

「ちなみにゴボウ味らしいぞ」

 そっか……
 土臭い感じなんだね


「必要なら粉砂糖とジャム、かけるか?」

 ちっとも必要じゃない
 むしろグミそのものが不要




「ほ、他には!?
 他の選択肢は無いのか!?」


 この際、見た目がグロくなくて食べられるものなら何でも良い
 味の悪さなら鼻をつまんで飲み込むまでだ

 祈るようにシェルに視線を向けると、
 少年はニッコリと笑顔を返した

 それは何かを企んでいるような不適なものではなく
 本当に、純粋極まりない無邪気な少年の笑顔だった


「…………。」


 逆に信用ならねぇ




「おい……」

「そんな目で見るでない
 大丈夫じゃよ、コレは駄菓子屋の定番商品じゃ」

「……駄菓子?」


 シェルが袋から駄菓子を取り出す
 それと同時に、刺激臭がつんと鼻を突く

 とは言え、それは特に不快なものではなく



「ええと……酢イカ……か?」

 脳裏を過ぎったのは、
 甘酸っぱく味付けされた、干したイカの駄菓子

 おやつとして、酒の肴として
 異世界に来る前は時々口にしていた馴染み深い代物だ



「テンタクルスって巨大イカの甘酢漬けを燻製にした駄菓子で、珍味らしい
 ここの名物だってんで買ってみたんだ」

「へぇ……さすが港町ですね」

「そこらのイカとは比べ物にならねぇ風味が特徴らしいぜ」

「普通のイカを何十倍にも濃縮した感じじゃと、店主が申しておった」



 異世界スケールとは言え、イカはイカだ
 頭蓋骨や木の根に比べれば、余裕で口に出来る

 しかも、味の保障付き


「そっか、じゃあ……コレを貰おうかな」

「おう」

 駄菓子を手にしたカーマインの姿に、
 嬉しそうな笑みを浮かべるバイオレットとシェル



「あ、ちなみに注意事項としてじゃが……
 それを食すと3日程、体臭がイカ臭くなるそうじゃ」

「………………。」


 本当に

 すっごく嬉しそうな、
 満面の笑みを浮かべやがって



「カーマイン……クサい……ウリ……」

 ウリ坊が鼻を押さえる
 鼻が利く分、余計に臭うのだろう……が……

 それを食わされるこっちは更に辛い


 鼻をつまんで飲み込むつもりが、
 周囲の連中が鼻をつまむ結果になりそうだ





「僕の奢りだ、遠慮せず食え」

「カーマイン、臭いから早く食べるウリ」

「ほれ、早く食さぬか
 もたもたしておると、巨大ワームを尻から突っ込むぞ」

「……………。」


 えっと
 ちょっと自信無くなってきたんだけど……

 俺、慰められているんだよな?

 ちょっと過激な仲間達からの荒療治……だと、信じたい




 空を見上げると、故郷のものと同じ一面の青が広がっている


 父さん、母さん、お元気ですか
 俺は今日も全力で刹那を生きています

 函館のイカも美味しいですが、
 こっちの世界のイカも……色々と凄いです……


 甘酸っぱいイカを噛み締めながら、
 カーマインは心の中で、遠い家族へ思いを馳せたのだった






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