「――……というわけで、式神は色々な種類がいるんだ」

「ふむ、成る程……」


 謎のお守りを作り上げてから暫く後――……

 気を取り直したカーマインとシェルは、
 再び陰陽師トークに花を咲かせていた



「この時代は医療がまだあまり発達していないから、
 怪我や病気の治療の為にお呪いや祈祷を行っていたんだ
 流行り病は魔物がばら撒いていると本気で信じられていた時代だな」

「今ではウィルスの一言で片付けられて、ワクチンを打って終了
 ある意味、医療の発達のせいでロマンの無い事になっておるな」

「まぁ……おかげで死亡率は下がったけどな」


 カリカリとペンを走らせる事、数時間
 シェルは勉強熱心な生徒のようにカーマインの話に聞き入っている



「病気の治療の為に薬師と一緒にお坊さんまで呼ばれたんだ
 今の時代なら『まだ早い!!縁起悪い!!』って言われるだろうな」

「あははは……」

 話が堅くならないように、時々笑いも取る
 目の前の少年に少しウケたらしく、静かな室内に笑い声が響いた


 そして、シェルの声に誘われたかのように、
 壁際の柱時計が鈍い音を立てる





「……わ……!!
 急に鳴るでない、驚くではないか」

「おっ、もう昼か
 話をしていると時間が経つの、早いな」


 気が付けば時計の針は正午を指し示している
 部屋の中にずっといるせいか、時間経過の感覚が全く無い



「動いてないからなぁ……
 あまり空腹感も無いけど、どうする?」

「そうじゃのぅ……
 拙者としては外の空気でも吸いたい所じゃが、
 皆が戻って来るまでは船から出るわけにも行かぬし……」

「うーん……じゃあ、せめて甲板に出てみるか
 俺、軽く何か用意するから先に行っていてくれ」


「メルキゼも誘うか?」

「いや、あいつは一度潰れたら暫く起きないから
 起こすとしても夕方近くなってからだな」

「了解した」



 食欲は湧かないが、無理にでも何か詰め込んでおいた方が良い
 カーマインはそう判断して軽い食事を用意する事にした

 戦況が全くわからないからこそ、常に体調は整えておくべきだろう
 最悪の場合、食事どころではない展開が待ち受けているかも知れないのだ

 バイオレットたちの勝利を信じてはいるものの、
 魔女達の戦力がどの程度の物なのか想像すらつかない


「甲板に出たら望遠鏡で様子を見てみるか
 何か情報が得られると良いけど――……」

 カーマインはパンを包むと鞄に入れ、手にジュースの瓶を持ってシェルの後を追った





 考える事は同じらしい


 甲板に出ると、シェルは既に望遠鏡で街の様子を観察している最中だった
 何かを発見したのか、しきりに何かを目で追っている様子だ


「シェル、何か面白い光景でもあったか?」

「うむ……そこの奥にある山なのじゃが……
 見慣れぬ動物が凄い速さで走り回っておるのじゃよ」


「どんな動物なんだ?
 もしかするとモンスターの一種かも」

「色は茶色くて……大きさは恐らく、枕くらいだと思うのじゃが
 申し訳程度の長さの手足がコミカルで面白いのぅ」


 シェルの情報から想像を巡らせてみる
 足が速い、短足の枕サイズの動物――……




「うーん……コーギー犬かな……?
 こっちの世界にいるかどうかは自信無いけど」


 カーマインは自他共に認める動物好きだ
 そして、その中でも特に馴染み深い犬や猫の類が大好きなのだ

 シェルにジュースの瓶を渡し、代わりに望遠鏡を受け取ると、
 期待に満ちた瞳で謎の動物を探し始める


「ここからそう遠くは無い、そこの奥まった場所にある森じゃ」

「んー……あ、いたいた
 まだ本格的に緑が芽吹いていない季節で助かった」



 しかし、人間とエルフでは動体視力が違うのだろうか

 何か茶色くて小さな生物が走り回っているのはわかるが、
 あまりのスピードで足の長さまでは確認する事が出来ない

 と言うより、何の動物なのか
 それを判別する事も難しい状況だ



「凄い速さじゃろ?」

「ああ……こんな生き物、良く見つけたな――……」


 しかし、それにしても速い
 物凄い速さで駆け抜けて、勢い余って目の前の木々に激突している

 あまりのスピードにブレーキが利かないらしい


「何でこんなに走ってるんだろうな
 ぶつかるくらいなら、普通に歩けば良いのに……」

 カーマインがそう呟いた時
 小さな茶色い動物に、ゆっくりと近付く岩の様な物が見えた



「……な、何だ……?
 良くわからないけど……岩が、動いてる……?」

「動く岩?
 それ、サイクロプスではないか?」

「えっ……」


「以前、セーロスに聞いた事があるのじゃ
 全身が隆起した筋肉に覆われた一つ目のモンスター
 そのゴツく重量感ある姿は、まるで歩く岩のようじゃったと」

「まさか、そんな……」




 望遠鏡で、改めて動く岩の姿を確認してみる

 ゴツゴツとした、見るからに硬そうな姿
 その姿は鉛のように暗く沈んだ色で、
 しかしその中央には真っ赤に光る巨大な目――……


 動きは遅い
 遅いおかげで、カーマインの目にもハッキリと見えた

 その岩のようなモンスター、サイクロプスは手に巨大な棍棒を持ち、
 逃げ回る小さな動物に向かってそれを振り回していた



「た、大変だ……!!」

「街の近くとは言え森の中じゃし、
 サイクロプスは単純に狩りをしておるのやも知れぬが……」

「でも、あの動物は誰かの飼い犬かも知れない
 だったら早く助けに行かないと―――……!!」


 全てのモンスターが悪さをするわけではない

 あのサイクロプスが人里には下らず森で生活をする、
 分別の付いたモンスターである可能性も少なからずある


 食物連鎖、自然の摂理

 そんな言葉も脳裏を過ぎるが、
 一度、犬だと想像してしまったからには見捨てる事など出来ない



「シェル、俺1人なら目立たないから行って来る!!」

「―――……えっ!?
 え、え、あ、だ、駄目じゃ……駄目じゃあぁぁぁ―――ッ!!!!!」


 自他共に認める動物好き
 その動物好きは、時として仇となるらしい

 シェルの絶叫と表現した方が正しいような悲鳴が響くのも構わず
 カーマインは脇目も振らず船から飛び出して行ったのだった……





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