「再度念を押させて頂きますが、
 決して船から下りることはしないで下さい」



 アストロメリアの口調が普段より固い


 彼に変装用の衣装を見せて貰った一週間後、
 海賊船は目的地である、小さな漁村に入港した


 これから、戦闘が始まる


 荒くれていながらも基本的にはフレンドリーな海賊達も、
 今日だけは異様な緊張感をかもし出していた

 彼らは神妙な面持ちで食堂の席に着き、
 ロイドが彼らに一杯ずつ、酒や茶の器を渡して行く

 確か、アストロメリアが以前に言っていた

 バイオレット海賊団は一戦を交える前、
 あえて酒や茶を飲む習慣があると



「そう言えば、戦国武将もそうだったっけ……?」

 合戦前に酒を飲む武将の姿を昔、テレビで見たような気がする

 それが祝杯フラグを立てる前祝的な、験担ぎなのか
 それとも恐怖心を打ち消す為の興奮剤的役割だったのか

 異世界に来てしまった今となっては調べる術はない


 流石に朝から酒を口にする気にはなれず、
 カーマインはシェルと一緒に茶の器に口を付けた

 しかし、バイオレットに酒を勧められ、
 断り切れなかったメルキゼは見事なまでに酔っている

 ……これは潰れるのも時間の問題だろう



「しかし、まるでコスプレ大会後の打ち上げのような光景じゃな」

 緊張感を解そうとしているのか、
 シェルはあえて明るい口調で海賊達に視線を向ける


 魔法使いの衣装に身を包んだアストロメリア
 そして、一目でカタギではないとわかる盗賊ファッションのバイオレットたち

 その他に、村人や旅人を思わせる服に袖を通している海賊たちもいる
 スパイのように村中に溶け込む作戦なのだろう

 その一方で、視線を引き付けるためなのか
 あえて目立つ旅芸人風の鮮やかな衣装に身を包んだ海賊の姿もある

 想像以上にバリエーションが豊かだ




「……確かに、このバラバラなジャンルの人たちが、
 揃って座っている光景はコスプレ会場っぽいよな……」

 その『バラバラなジャンル』の中には当然、カーマインたちも含まれる


「小さな漁村じゃが、船が補給に訪れるおかげで賑わっておるそうじゃ
 仕事が片付いたら散策にでも行きたいのぅ」

「そうだな、俺も久しぶりに土の上を歩きたい」


 戦闘を控えた海賊達の中で、
 カーマインとシェルだけが暢気なものだ

 ……ちなみに、メルキゼはカーマインの隣で既に酔い潰れている



「ありゃ、騎士様潰れちまいましたね
 キャプテンが無理させたみたいで、すんません」

「俺達が責任持ってベッドに運びますんで」


 突っ伏したメルキゼに気付いた海賊たちが、
 頭を下げながら彼を運ぼうとする

 メルキゼ自身が大柄なので3人がかりだ


「……農民と盗賊と旅芸人に運ばれる騎士
 これは何とも異様な光景じゃのぅ……」

「現実さえ直視しなければ、凄く平和な光景だな」


 出来ることなら、ずっとこの平和な空間にいたい
 しかし彼らは間も無く、血が流れる場所へ行くのだ

 倒すか、倒されるか
 命懸けの戦闘が繰り広げられる




「さて――――……私も、そろそろ出掛けます
 騎士様だけでなく、お二方も出来る限り船からは出ないようお願い致します」


 全員が一度に船を出ては怪しまれる

 まずは村人や旅人が出て人々に溶け込み、
 続いてアストロメリアが外に出る

 それから旅芸人が周囲の視線を引き付けて、
 最後に盗賊たちがアストロメリアの後を追う

 彼らの連携は実に見事なものだ


「はい、ご武運をお祈りしています」

「船の留守番は拙者たちに任せておくれ」


 あえて『出掛ける』と、
 軽い表現を使ってくれたのだろう

 彼の気遣いに答えるように、
 カーマインとシェルも笑顔で手を振り、彼らを見送った








「静かじゃな……」



 まさに『しーん』という表現が適切な静寂


 海賊たちが船を出ると、
 船内は異様な程に静かだ

 普段の喧騒とのギャップに、不気味さまで感じる


「……さて、全力で暇になったのぅ」

「そうだな……メルキゼも寝てるし
 皆が戻って来るまで、どうしようか」


 起きたばかりで眠くない
 入浴も食事も済ませてあるし、洗い物はロイドが終わらせてしまった

 船内は既に探検し尽くしたし、
 アストロメリアが所有する書籍は恐ろしくて読む気になれない



「……そうじゃ、イラスト!!
 カーマインの世界のイラストを描いておくれ」

「うん?」

「昔、描いてくれたじゃろう?
 サムライとかキモノとか」


 そう言えば

 シェルと初めて出会った当初、
 カーマインは少しでも彼と打ち解ける為に持ち前の創作スキルを利用した

 幼少期の経験が、その後の成長を大きく左右すると言うエルフ
 脱皮後の彼がこんな風に成長したのは、間違いなくカーマインのせいだろう

 つまり、それだけカーマインが描いたり語った世界に対して、
 シェルが強い関心を抱いたという事だ



「そうだな……じゃあ雅で煌びやかな平安時代にするか、
 それともモダン感溢れる大正ロマンにするか――……
 シェルは、どんなジャンルがいい?」

「そうじゃな……
 カーマインの世界にはモンスターと戦う勇者はおるのか?」


 モンスターなんて存在してたまるか

 人を襲う生き物と言われて思い浮かぶのは、
 せいぜいライオンやクマ等の猛獣やサメなどが関の山だ

 しかし、この世界しか知らないシェルにとっては、
 モンスターが存在しない世界の方が珍しいのだろう



「うーん……そうだなぁ……
 じゃあ怨霊と戦う陰陽師の話をしながらイラストを描こうか」

「うむ!!」


 好奇心に瞳を輝かせるシェル
 こうしていると、年相応の少年そのものだ

 とは言え彼の実年齢は謎なので、外見から推定するしかないのだが




「……平和だよなぁ……俺達は……」


 シェルが何処からか持ち出して来た紙にペンを走らせながら、
 カーマインは今も緊張状態にある海賊達を想う

 不意に、こうして暇を持て余しながら過ごしているのが申し訳なく感じたのだ

 しかし、かと言って自分が戦力になるとも思えない
 むしろ足手纏いになるのが目に見えている


「アストロメリアさん、大丈夫かな……
 作戦、順調に行っていると良いけど……」


 全員、無事に戻って来て欲しい

 安全な船の一室から、
 武運を祈る事しか出来ないのが歯がゆい




「そうだ、確か陰陽師って魔除けとか結界とかあったよな……」

「そうなのか?」

「ああ、折角だから陰陽師っぽいお札でも描いてみようか
 皆が無事に戻って来る様、願掛けの意味を込めて」

「そうじゃな」


 陰陽師の事は正直、
 あまり詳しい事まで知っているわけではない

 それでも何もしないよりは気が楽だ

 こういうのは気持ちが大切、と自分に言い聞かせて、
 カーマインは短冊型に切った紙に星の模様を描き込む



「ええと……後はどうするかな……」

「願い事を書いたらどうじゃ?
 例えば『勝てますように』とか『全員生還』とか

「……笹の葉に吊るしたくなるな、それ……」


 陰陽師の札から、
 徐々に七夕へと脱線しつつある

 そして彼らの脱線は時の流れと共に更に勢いを増し――……



「……カーマイン……これは、何なのじゃろうな……」


 我に返ったシェルが、札を手に取る

 そこには陰陽師風の五芒星
 そして『完全勝利』と書かれた願掛けと共に、
 何故か巨大な桃と鯛のイラスト、そして裏には『大吉』の文字

 札の上部には穴が空けられ、そこには紅白の紐が通されていた


「さ、さぁ……?
 自分で作ったモノだけど、わからないな……」

「…………。」

「…………………。」


 しばらく、無言で見つめ合う
 言葉を交わさなくても気持ちは伝わるものだ


 さて、この代物の処遇をどうしたものか――……



「そ……そうだ、こうしよう」


 カーマインは折り紙の要領で小さな袋を作ると、
 その中に謎の札を折り畳んで入れる

 そして――……袋の上に、丁寧な文字で書いたのだった


 『おまもり』



「……カーマインよ……」

「そ、それ以上言うな
 別に良いじゃないか、気持ちは込められているし縁起も良さそうだし!!」


 ただし、ご利益があるのかどうかは――……保障出来ない


 こうしてカーマインとシェルは、
 陰陽師トークをしながら謎の脱線を繰り返し
 1時間掛けて謎のお守りを1つ作り上げたのだった……





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