「わぁ……凄いですね!!」



 カーマインの口から出た言葉は決してお世辞などではない
 本当に、心の底からそう思った

「やっぱり素人のコスプレとは違いますね」

「まあ……これも仕事の一環ですから」


 ここはアストロメリアの部屋

 いつも雑然としている彼の部屋は現在、
 まるで空き巣にでも入られたかのような惨状と化していた


 至る所に衣類が散乱している

 ありふれたデザインと大きさのクローゼットに、
 よくこれだけの物を詰め込む事が出来たものだと
 その面でも感心せざるを得ない





「これ全部がアストロメリアさんの変装グッズですか……」

「はい、用途に合わせて使い分けています
 一般庶民から中流階級、上流階級……
 他にも商人や書生、魔法使いにも変装出来ます」


 カーマインのコスプレ暦もなかなかのものだが、
 ここまで揃えられると、流石に敵わない

 所詮は趣味のカーマインと、
 仕事の一環であるアストロメリア

 そこには越えられない壁があるようだ



「今回使用するのは、こちらの魔法使い用ローブです
 装飾として魔力を上げるアミュレットとサークレット……
 ああ、こちらの鞄には魔法書と折り畳み式のロッドが入っています」

「どれも使い古した感じが出ていて、それっぽいですね」

「はい、真新しい物では怪しまれますから
 念には念を入れるようにしていまして……
 本番数日前からこの衣装で過ごして肌に馴染ませるつもりです」


 アストロメリアは手馴れた仕草でローブを羽織ってみせる
 年季の入ったローブはしっくりと、既にその身に馴染んでいた

 その姿は誰が、どう見ても魔法使いそのもの
 長い裾に足を取られる事無く歩く姿からは、貫禄さえ感じる



「似合いますね……
 本業の海賊姿が一番違和感あるような……」

「私自身もそう感じています
 昔は仲間に馴染めない自分の姿にコンプレックスを感じていましたが、
 だからこそ担える役目があると知り……
 今ではそれなりに存在意義を感じています」

「唯一、カタギに見えますからね……」


 アストロメリアの存在は絶対、重宝している筈だ

 ロイドは見るからに危険人物のオーラが出ているし、
 バイオレットも悪い意味で目立ち過ぎる

 これでは町での買い物も一苦労だろう


「積荷の買い付けも商談も情報収集も、大半が私の役目です
 あまり人と話す事は得意では無いのですが……
 ですがこれも仕事、仕方がありません」

「その割には結構、饒舌ですけど……」


 淡々と表情も変えずに、しかし案外喋る
 先程からも、カーマインよりアストロメリアの方が言葉数が多い

 最近では打ち解けて来たのか、他愛もない雑談も増えてきた





「それは――……」


 アストロメリアが宙を見つめる

 少し視線を彷徨わせながら、
 次に続ける言葉を選んでいるようだ

 カーマインとしては無理に話を促す事も出来ず、彼の言葉を待つしかない



「……貴方を見ていると、胸が……ざわついて落ち着かなくなります
 それで……場を、自分を何とかしたくて……それで、喋るのだと思います」

「えっ……」

 それはやっぱり、初日のワカメ攻撃が原因だろうか
 あの一件のせいで自分の存在が彼のストレスとなっているのでは……

 いや、他にも色々ある
 小さな事を挙げていれば限がない

 更にシェルとメルキゼのやらかし分も加えると、
 そろそろ土下座の必要性も見えて来るような――……



「す、すみません……
 本当に色々と、多大なご迷惑を……」

「トラブルに巻き込まれる事はスミレちゃんと兄で慣れています
 私が言いたい事は、そういった物ではなくて――……」


 宙を彷徨っていた視線が、
 今度は真っ直ぐにカーマインに向けられる

 光を反射させて、眼鏡がキラリと輝いた


「貴方を見ていると、何とかしたくなります」

「……あの、何とか……って?」

 あまりにも漠然とし過ぎていて、
 それが良い意味なのか、悪い意味なのかさえわからない



「むしろ、私が……どうにかなりそうと言いますか……
 開放的……いえ、自棄……とも、少し違いますね
 ですが、今までの自分を全て投げ打って貴方に何かをしたくなります」

「されても困るんですけど……」

「ええ、やりません
 その辺の自制は出来ています
 お互いにメリットもありませんし……
 そもそも私は生涯、スミレちゃんに仕えるつもりですから」


 アストロメリアはローブを脱ぐと、
 少し乱れたベッドに深く腰掛ける

 ……そこしか座れる場所がないのだから仕方が無い
 椅子はカーマインが既に座っている物の他は全て、変装道具に占拠されていた





「気持ちが、無いのが不思議です」

「は?」


 彼の話が千切れることは、今に始まった事ではない

 カーマインはそう自分に言い聞かせると、
 幼い子供に問いかける保育士になった気持ちで口を開いた


「……気持ちって……例えばどんな?」

「人の気持ちは移ろい易く儚い物です
 君主に忠誠を誓った従者が敵国の姫に心奪われ裏切る話
 想い交わした相手がいながら、一目で他の者と恋に落ち駆け落ちする話
 ……どれもありふれた、どこにでも転がっている話です」

「そ、そうですね」


「ですが、そこには激しい感情が存在します
 今まで築き上げてきた物全てを失っても手に入れたいという想い
 裏切りをも厭わないほどの熱い情熱――……愛、というものでしょうか」

「はぁ……」

「それが、私にはありません
 理由も感情もなく、ただ機械的に生まれた意志
 『全てを捨てて彼に尽くさなければ』という冷たい衝動です」

「何でそんな感情が、突拍子もなく湧き上って来るんですか」

「……わかりません
 その答えを最も知りたいのは、この私です」



 カーマインが腰掛けている椅子と、アストロメリアのベッド
 そこには多少の距離があって、かなり話し難い物がある

 しかし……今、この状況で彼との距離を縮めるのは良くない
 特に自分の方から彼のベッドに行くのはマズい

 彼の言葉を信じるのなら恐らく無害だろうが……
 感情が読めない相手というのは、こういう時に厄介だ




「私の兄には信頼していた上司がいました
 彼の方も兄を信頼していた筈です
 危険な任務に兄を伴って赴いたくらいですから」

「はあ……」

「決して短くない時間を兄はその上司と過ごしていました
 互いに気心も知れていて、理解もし合っていて……
 だから任務に同行させる部下に自分が選ばれたと、
 兄は本当に……とても、喜んでいました」


 淡々と語るアストロメリアに、
 どう相槌を打てば良いのかわからない

 しかし彼は特にカーマインの反応は求めてはいないようだ
 あくまでも自分のペースで話を続けるつもりらしい


「……それが、たったの一晩
 初めて出会った人間に心奪われ、
 その男は兄を、組織を、そして国を裏切り――……
 文字通り全てを捨て去って、その人間と生きる道を選びました」

「そんな事が……」

「彼は後に言ったそうです
 後悔も未練も無く、ただ運命の人に全てを捧げ生きられる悦びのみがあった、と
 ……私には到底理解出来ませんし、理解したくもありませんが……」


 相変わらず口調は静かで淡々としている

 しかし、その指先が硬く握られていることで、
 彼の怒りの感情は読み取ることが出来た


「兄がどんなに嘆き悲しんだ事か……
 絶望に打ちひしがれ荒れた生活を送り、人を信じる事も出来なくなって……
 あの時の兄を思い出す度に、今でも私の胸は痛く締め付けられます」

 コンプレックスを抱きながらも、
 基本的に、とても仲の良い兄弟なのだろう

 それは日頃から手紙の遣り取りをしている様子からも明らかだ



「……私は、裏切りが嫌いです……憎んでさえいます
 当事者達に、どのような大義名分があろうとも、
 その影で涙する者は必ず存在するのですから……」

「アストロメリアさん……」

「私は絶対に裏切りません
 誰も……何も、手放したくありません」


 アストロメリアが宙を睨んでいる

 その視線はどこか遠く、
 彼の心が此処ではない何処かへ向けられていることがわかった

 それが家族なのか、それとも仲間たちなのか
 想いの矛先はわからないが、彼の意思の硬さだけは伝わって来る




「でも、わかる気がします
 俺もメルキゼやシェルを裏切ったり捨てたりなんて考えられないし、
 そんな事、想像だってしたくないですから」

「貴方達も非常に仲が宜しいようで」

「まぁ……今では家族みたいなものです
 生まれも育ちも、種族だって違うのに
 そう考えると不思議な感じがします」


 魔族のメルキゼ、エルフのシェル、モンスターの火波、魔女のリャンティーア

 それぞれ出会い方が違っていたら、
 敵対していても不思議ではない顔ぶれだ

 そう考えると自分の交友関係に感心してしまう
 更に現在は、そこに海賊まで加わっているのだ

 今後、どんな出会いが自分を待っているのか
 それが楽しみでもあり、不安でもある


 何せ此処は異世界
 自分が信じてきた常識は通用しない世界

 ……何が起こったとしても、おかしくは無い世界なのだ



「人生は予測不可能だとは良く言うけど、
 ここまで想像を超えた展開になるとはなぁ……」

「思い通りにならないからこそ楽しいのでしょう
 人生、先が見えてしまったら希望が持てなくなります」

「まぁ……そうですよねぇ……」

 うんうんと頷くカーマイン
 そして、次の話題を探そうと周囲を見渡した時――……


 突然、ドカドカと荒い足音がドアの外から聞えて来た
 それはどんどんと近くなり、そしてアストロメリアの部屋の前で止まる


「おーいアストロメリア!!
 ちょっと手伝ってくれ!!」

 ノックもせずにドアを開け放ち、
 大声て叫んだのはキャプテンのバイオレットだ



「……スミレちゃん、何事ですか?」

 いつもの事なのだろう
 彼の態度を特に咎める様子は無い

 アストロメリアは実に落ち着いたものだ


「いや……今、釣り糸に巨大なタコが掛かってな
 騎士さん達が料理するって言うから、お前も手伝ってやってくれ」

「タコ、ですか」

「おう……凄かったぞ!!
 そのタコを釣り上げた拍子に奴の口からスケルトンが飛び出して来たんだ
 手に持ったサーベルで斬りつけて来やがる……まぁ、ロイドが大砲で吹っ飛ばしたがな」


 スケルトン……

 カーマインの知識がこの世界で通用するのなら、
 それは確か人を襲うガイコツのモンスターの筈だ



「それって、人を1人飲み込めるサイズのタコってことじゃ……」

「おう、凄いデケェぞ!!
 足一本が丸太サイズだからな!!」

「……………。」


 口からガイコツが飛び出す巨大ダコ
 そんな物、良く食う気になれるな……

 しかもバイオレットの話から察するに、
 率先して料理をしようとしているのは間違いなくメルキゼだ


「それでは……参りましょうか」

「は、はい……」


 アストロメリアに促されて、しぶしぶカーマインは腰を上げる

 もう、嫌な予感しかしない
 具体的に何が起こるか想像付かないが、とにかく何かが起こる

 それはもう、確信に近かった



 カーマインは、ふと先程の会話を思い出す
 『人生は、何が起こるかわからないから面白い』

 確かに自分もそう思う
 そうは思うが――……


「だからって、波乱万丈過ぎやしませんかねぇ……」


 その後

 メルキゼが巨大ダコを使用して覚えたてのサバト料理を振舞い、
 食卓を地獄絵図に変えたのはまた別の話である――……





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