結局

 その後3日の間、
 アストロメリアは寝込む事になった

 そして、ようやく彼が立ち直った4日目の朝――……



「騎士さん達、悪いが少しばかり寄り道させてくれ」

 アストロメリアが入れた食後のお茶に舌鼓を打ちながら、
 バイオレットが年季の入った地図をテーブルに広げる

「ここの村で一旦、食料と水の補給に入る
 それから僕とアストロメリアは、
 人と落ち合う事になっているんだが――……」

 そこまで言うと、バイオレットとアストロメリアは互いに視線を交わす

 アストロメリアは軽く頷くと、
 腰に挿したサーベルを微かに鳴らして見せた


 その遣り取りに果たしてどんな意味があるのか

 彼らの言葉を待ちながら、
 カーマインは少し冷めかけたお茶に口を付けた



「次の村は、一見すると小さな漁村だ
 だが中ではティルティロ国の魔女が実験施設を構えている
 僕たちは協力者と落ち合って、そこを壊滅させる予定だ」

「えっ……」

「表向きは盗賊として施設に進入する予定だ
 間違いなく、魔女と一戦交える事になるだろうな
 で――……その場にティルティロ国と交戦中の、
 ディサ国騎士が現れると非常に厄介な事になるんだが……」

「そ、そうですよね……」

「だから、悪いが一目で騎士とわかる、
 メルキゼデクさんには船から出ないで貰いてぇんだが――……」


 確かに万が一、『ただの盗賊』が『ティルティロ国騎士』と、
 つるんでいる所を魔女に見られでもしたら大変だ

 外見だけは完璧な変装が裏目に出た――……が、仕方が無い



「わかりました
 メルキゼには俺から言っておきます」

「ああ、すまねぇ」


 バイオレットには謝られたが、
 本来の自分達は、あくまでも単なる旅人だ

 魔女との戦闘があると聞いて、外に出る気になる筈が無い

 今回はシェルとメルキゼと並んで、
 3人仲良く船の中で待機となるだろう


 ……ちなみに現在

 当のシェルとメルキゼは、2人仲良く洗い物をしている
 アストロメリアと家事を分担したらしい

 カーマインも手伝うと名乗り上げたのだが、
 『3人もいると逆に邪魔』と却下されたのだ

 そんなわけで手持ち無沙汰なカーマインは、
 目の前にある話題に食い付いて好奇心を満たすしかない




「ところでバイオレットさん
 その、魔女の実験施設って奴なんですが
 具体的に、どんな実験をしているのかわかりますか?」

「ああ、やっぱり気になるか
 今回は厄介だぞ、何せ大魔女カーンの部下だ
 実験内容は『敵の攻撃力を下げる為の薬物開発』
 村人を連れて来ては人体実験を行ってるって話だ……」

 バイオレットの口調は苦々しい

 ちょっとした好奇心で聞いた物だったが、
 その中身はカーマインの想像以上に重かった


「ディサ国騎士を対象とした物でしょう
 早急に施設を破壊する必要があります」

 控えていたアストロメリアが口を開く

 相変わらずの無表情だが、
 その落ち着いた姿はまるで軍師のようだ



「……でも、アストロメリアさんって戦闘が苦手なんじゃ……?」

 攻撃魔法を使うと倒れるアストロメリアが、
 敵組織に潜入して戦闘、というのも妙な話だ


「ああ、今回のシナリオを説明するぞ
 まずアストロメリアがティルティロ国からの使者として、魔女の施設内に入るんだ」

「えっ……使者って……
 そう上手く行くんですか?」

「その辺は大丈夫だ
 そもそもアストロメリアはティルティロ人だし、
 不健康な顔色や華奢な体付きは、
 実験室に篭っている魔法使いそのものだ」

 今の言葉にアストロメリアは気分を害したのではないか
 そう心配して彼に視線を向けるが、相変わらず表情が読めない



「私はティルティロ国大臣の書状を手に施設へ向かいます
 しかし、その書状を狙う盗賊たちに後を付けられ――……
 彼らは書状だけでなく施設内も荒らして行った、という流れで行きます」

「僕やロイドたちは盗賊に変装して、
 身を潜めながらアストロメリアの後を付いて行く事になっている」

 海賊から盗賊への変装……

 彼らの日焼けした肌や逞しい肉体、粗悪な口調を思うと、
 そう難しい事ではないのかも知れない


「えっと、その、『協力者』というのは?」

「協力者……と申しますか、私の兄なのですが
 彼には事後処理を頼んであります」

「ああ、寝糞事件の手紙が――……」

「その事はもう忘れて下さい」

 無表情で静かに睨むアストロメリア

 再び寝込まれても困る
 カーマインはそっと、その話題を封印した



「と、とにかく――……
 悪いが騎士さんたちは、船内待機を頼むぜ」

 ごほん、と咳払いをしながら、
 バイオレットが話を締めにかかる

 確かに、この話はこの辺にしておいた方が良さそうだ


「無事に『用事』が片付きましたら、
 協力者……兄の事も紹介します」

「は、はい、わかりました
 ちょっと楽しみだな、アストロメリアさんのお兄さん……」

「年齢も三十路半ばになり、
 ようやく落ち着いてきましたが……
 それでも兄は充分に面白い男です
 きっと、カーマイン様とも話が合う事でしょう」


 つまり、少し前までは落ち着きが無かったらしい

 落ち着きの無い、ヤンチャなアストロメリア似の男――……
 ……想像してみようと思ったが、どうにもビジョンが浮かばない

 カーマインは思わず浮かべてしまった苦笑を誤魔化すように、一気にお茶を飲み干した






「ふむ……海賊も大変じゃのぅ」

 頬杖を付きながらシェルは軽く溜め息を吐く

 そんな彼の前に新しく淹れた紅茶を置くメルキゼ
 彼もまた難しい表情を浮かべている


「そんな危ない事を……
 皆、無事だと良いのだけれど」

「とにかく俺達は船から出ない方が良さそうだ
 シェルも久しぶりに土の上を歩きたいだろうけど、我慢してくれ」


 あの後すぐに、海賊達は作戦会議との事で食堂から出て行ってしまった

 仕方なくカーマインが、
 洗い物から戻って来た2人に説明をしていたのだが――……



「ティルティロ国とディサ国との戦争か……
 拙者たちには関係の無い事だと思っておったのじゃが
 バイオレットたちが魔女と戦っておるとなると、
 どうも他人事には思えぬのぅ……」

「でも、だからと言って彼らの争いに参入するのは反対だ
 私たちの目的は、あくまでもシェルの記憶を戻す手掛かりを探す事だよ」

「ああ、わかってるって
 俺達はバイオレットさん達の勝利を願って待っていよう」

「本当に……約束してくれ
 君達は好奇心が強過ぎる
 厄介事に首を突っ込みそうで心配ならない」

 メルキゼに念を押される
 彼の目は何処までも真剣だ


「俺って、そこまで信用無いか?」

「信用したいけれど、どうしても不安になる
 君は私が知らない所で、暗殺者とも対面していたし……
 いつ、どんな所でトラブルに巻き込まれるか想像も付かない」

「いや……その、あの時は――……」

 つい、勢いで
 ……そう言い掛けて、慌てて口を閉じるカーマイン

 そんな事を言ったら逆効果だ




「ふむ……そんなに心配なら、
 カーマインを縛り上げてベッドにでも転がしておくのはどうじゃ?

「シェル、もっと俺に優しい方法をだな……」

「カーマインにそんな酷い事……とても私には出来ないよ
 せいぜい部屋に監禁する程度しか――……」

「いやいやいや!!
 充分、穏やかじゃないって!!」

 シェルが冗談を言っているのはわかる
 しかし、メルキゼの場合は決して冗談では済まないのだ


「わかっておるって
 やはり監禁するなら腕の中じゃよな
 いやはや……ラブラブモード全開で拙者、困ってしまうのぅ」

「……シェル、俺で遊んでるな……?」

「だって暇なんじゃもん
 2人とも、拙者の前ではラブラブしてくれぬし
 せっかく用意したBLネタ帳も、おかげで白紙のままではないか」


 ごべしゃ

 ちょっと鈍い音を立てて、
 カーマインが机に突っ伏する

 もう、どこから突っ込みを入れたら良いのかわからない


 そんなカーマインの手を取ると、
 そっと小指を絡めてくるメルキゼ



「……何だ、どうした?」

「うん、とりあえず約束
 指切りげんまん、ね」

「はいはい……」

「指切り拳万、嘘ついたら
 センナ茶を飲んでリンボーダンス一時間――……

「ちょっ……
 な、何なんだ、その、
 身も心も蝕む罰ゲームは……!!」

「ちょっと刺激に飢えているんだ
 最近、ずっと同じ景色しか見ていないから……」

 お前もか



「頼むから、俺で暇潰しをするな……」


 こいつらが暇を持て余したら危険だ

 魔女よりも、海賊よりも
 暇を持て余した仲間の方が脅威に感じたカーマインだった





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