「そう言えばアストロメリアの様子はどうだったんだ?」

「えっ?」


 食事が終わり、他の海賊達はそれぞれ持ち場へと散って行った
 後に残ったのは偽騎士一行とキャプテン・バイオレット

 そのまま食後のティータイムと洒落込んでいたカーマインに、
 船の主が神妙な表情で話し掛ける


「手紙、来てたそうじゃねぇか」

「えっ……あ、ああ……はい
 アストロメリアさんは落ち込んでいた……らしいですけど」

「表情に出てたか?」

「いえ、全く」

「……だろうな」


 ふっ……と、バイオレットの視線が一瞬、遠くなる



「バイオレットは手紙の送り主を知っておるのか?」

「ああ、ありゃアストロメリアの兄貴からだ
 僕も何度か会った事があるが……なかなか面白い男だぞ」

「面白い男……」


 ふと、昨夜の記憶が蘇るカーマイン

 アレもかなり面白いキャラだった
 友達として付き合うのはどうかと思うが、
 第三者として傍から眺めている分には悪くない



「……お前、今……昨日の暗殺者思い出したな?」

「うっ……す、すみません
 流石にアレと一緒にしたらアストロメリアさんに悪いですね」

「いや……そうでもねぇ
 ある意味、近い物があるのは否めねぇな」

「えっ!?
 ど、どんな珍獣なんですか!?」


「安心しろ
 外見だけは普通だ」

 それ以外の部分はヤバいって事ですか


「まぁ、外見がまともで真面目そうな分だけ、
 中身とのギャップに泣けて来るとも言うけどな」

 泣けるレベルでヤバいんですか



「ちなみに顔は……アストロメリアさんと似ているんですか?」

「双子だ」

 キツいな、それ

 というか
 アストロメリア本人も相当アレな感じの男だが

 恐らく、それに輪をかけた威力の持ち主なのだろう




「ま、まぁ……双子とは言え、二卵性双生児だからな
 目や髪の色も違うし、見分けがつかねぇって程じゃねぇ
 一目で兄弟だとわかる程度には似てるがな」

「そ、そうですか……
 それでアストロメリアさんのお兄さんは、どんな人なんですか?」

「…………。」

「……………………。」

「………………………………。」


 何故、そこで押し黙る



「ああ……うん、そうだな……
 アストロメリアにユーモアと色気とウリ坊を足した感じとでも言うかな」


 待て
 最後のウリ坊って何だ


「アストロメリアの兄貴……
 ローゼルって男は、筆舌に尽くし難い男だ
 機会があれば紹介してやる
 実際に見てみなけりゃ、あの破壊力はわからねぇ」


 それは友達を紹介してくれるという事ですか?

 それとも
 精神攻撃の予告ですか?



「ま、双子って言うと周囲から色々と比べられるからな
 そのせいで変にコンプレックスを抱いたりもするんだろうよ」

「へぇ……そういえばアストロメリアさん、
 将来の夢について語っていましたけど
 海賊って、やっぱり伝説の秘法を手に入れたいとかいう願望があるんですか?」


 海賊の夢

 やはり海を支配するとか、財宝を手に入れるとか
 定番だが、その系統しか想像が付かない


「あー……普通の海賊はそうかも知れねぇ
 だがアストロメリアは僕達とは少し違うんだ
 元々が牧場で静かに生活していたってのもあるんだろうが……」

「はぁ……?」

「あいつの夢はな、
 結婚して、幸せな家庭を築く事なんだ」

「……な、何やら普通の願望じゃな……」


 拍子抜けした様子のシェル
 アストロメリアの夢、と聞いて色々と想像を膨らませていたらしい



「いやいや、そうでもねぇぞ?
 海賊ってのは言わば犯罪者の集団だ
 陸に上がれば、いつ捕まってもおかしくはねぇんだ
 そのせいで家は持てねぇし、危険に巻き込みかねねぇから家族どころか友達も作れねぇ
 生まれ育った故郷を捨て、家族や友達とも縁を切って、危険な海の上で一生を過ごす
 そんなリスクを背負ってまで海賊に嫁ごうとする女なんざ滅多にいねぇ
 ましてや無愛想で面白味のねぇアストロメリアに、そこまで惚れ込む女もいねぇだろう」

「…………。」


 散々な言われ様だな、アストロメリア……
 一応、お前の片腕だろ

 そう思いながらもフォローの言葉が見つからない


「僕もロイドも……他の連中も皆、肉親とは死別か離縁だ
 いつ裏切られるかもわからねぇからな、
 恋人も作らねぇし、結婚なんざ考えた事もねぇ
 そんな中で未だに家族と通じてるアストロメリアだけ異質な存在なんだ」

 確かに、アストロメリアはこの船で浮いた存在だ
 容姿や性格だけではなく、彼を取り巻く環境もその要因のひとつなのだろう




「ここにいる奴らは皆、それぞれ事情を抱えている
 過去について触れる事や、家族の話題はタブーってのが暗黙の了解だ
 ついでに言えば、必要以上にプライベートな部分に踏み込むのもな」

「へぇ……」

「だから、僕からは何も言わない
 あいつの人生は、あいつ自身が決めれば良い
 だが……あいつには夢を叶えて幸せになって貰いたいと思っている」

「バイオレットさん……」


 宙を睨むバイオレット
 その瞳には、強い意志が宿っている


「だって……
 その方が面白いじゃねぇか!!

 力強くそんな本音を言うな



「あいつが子供から『パパ♪』なんて呼ばれたりするんだぞ!?
 似合わな過ぎて笑えるじゃねぇか!!
 こんな面白ぇネタをみすみす逃してなるものか!!」

 側近の幸せ=ネタ!?


「カーマイン……僕はキャプテンとして、
 流れが常に面白く笑える方向に行く事を常に第一に願っている」

 部下の幸せを第一に願えよ


「こんな調子で大丈夫なのか、バイオレット海賊団……」

「まぁ……大丈夫だから今まで何とかなっておるのじゃろう……」


 しかし
 それで良いのか、部下達よ


 少し冷めた茶と共に、
 胸の奥も、ほんのり生温くなるカーマイン達だった





「おや……皆さん、お揃いでしたか」


 微かに音を立てたドアの隙間から、
 長い銀髪が揺れて光る


「あ、アストロメリア!?
 お前、まだ熱があるんだろ!?
 寝てなきゃ駄目だろうが……!!」

「水差しが空になったので汲みに来ただけです」


 噂をすれば影を指す
 いきなり現れたアストロメリアに少しバツが悪そうな笑みを返すバイオレット


「あー……今、お前の兄貴の話してたんだ」

「ロゼの?」

「家族からの手紙なんざ、僕からして見りゃ別次元の事だからな
 やっぱり気になるって言うか……少し羨ましいって言うか……」

「羨ましい……ですか」


 相変わらず淡々とした返答をしながら、
 アストロメリアは水差しをテーブルに置く

 彼は静かに席に着くと、懐から一通の便箋を取り出した




「先程届いた、兄からの手紙です
 近況報告と幾つかの質問が書かれていました」

「へぇ……ローゼルは元気だったか?」

「最近、象を飼い始めたそうです


 象!?


「えっ……な、何で……?」

「ダンボールに詰めて捨てられているのを拾って来たそうです」

 先生、どこから突っ込みを入れたら良いのかわかりません


「それで……象の飼い方を教えて欲しいと聞かれたのですが」

「お前、象の飼い方なんて知ってんのか?」

知りません……普通は知らないでしょう
 参考までに牛と馬の飼い方を教えるつもりです」

「そ、そうか……
 しかし流石はローゼルだ、思い切った事をしやがる……」


 思い切り過ぎだろ

 というか
 どんな兄だ



「あ、あの、それって冗談だったりしないんですか?
 アストロメリアさんを揶揄って遊んでいるとか……」

「そうであればまだ良いのですが
 証拠として象の糞が同封されて来ました」

 糞!?


「ち、ちょっと待て
 じゃあ……その便箋の中には……」

「糞がビッシリと
 詳しく調べてみましたが、兄の物では無いようです
 恐らく、本物の象の糞では無いかと」

 冷静だね



「ろ、ローゼル……マジで思い切ったな……」

「糞が入っているとは知らず、
 ベッドの上で豪快にぶちまけてしまいました
 シーツが汚れたので、水を汲み終えたら洗濯をします」

「あー……お前は悪くねぇ
 熱が上がりそうな事はするな、ロイドにやらせておけ」

「いえ、そんな事をすれば、
 私が寝グソをしたと思われます」


 確かに


「どんなにこれが象の糞だと説明しても言い訳にしか聞こえないでしょう
 寝グソの汚名を被る位なら、もう一日熱で寝込む道を選びます」

「そ、そう……か……」

 アストロメリア
 彼は体調よりプライドを選ぶ男だった


「それでは私はこれで失礼します」

 再び水で満たした水差しを小脇に抱え、ドアを開けるアストロメリア


 ドアの向こうに広がる光景

 少し埃っぽい廊下
 潮の香りが混ざった空気

 そして
 シーツを抱えて歩くロイドの姿



「……お、こんな所にいたのかアストロメリア
 様子を見に行ったんだが、行き違いになっちまったな」

「ロイド……
 その、貴方が手にしている物は……」

「あー……シーツが汚れてたからな、洗濯しておくぜ」

「…………。」


 ロイドさん
 見ちゃいましたか


「……熱あったし、そういう事もあるわな」

 少し気まずそうに作り笑いを浮かべるロイド
 そのフォローする優しさが逆に心に突き刺さる


「ロイド、良く聞いて下さい
 違います、そのシーツの汚れは……」

「何も言うな、わかってらぁ」

「いいえ、貴方は誤解をしています」

「わかった、わかったから」


 皆まで言うな、とアストロメリアの言葉を遮るロイド

 しかし
 その理解の良さが彼にダメージを与えている

 固唾を呑んで見守るキャプテンと偽騎士一向達の前で、
 1人の男のプライドを掛けた遣り取りが繰り広げられている



「それは、象の糞です」

「……ん、そっか
 そうだな、象の糞だよな」

「本当です」

「はいはい、わかったって
 ついでに洗ってやっからよ、パンツも出しとけ」

「信じて下さい
 私じゃありません」

「信じてるって、象の仕業だろ?
 だから寝てろ」

「ロイド、一度きちんと話を……」

「はいはい」

「ですから――……」


 駄目だ
 見事に聞き流されている


 不毛な弁解を続けるアストロメリア
 適当に相槌を返しながら流すロイド

 彼らの足音は、洗濯場へ向かって遠ざかって行った




「あーあ……
 こりゃ完全に寝グソと思われたな」

「うむ……
 シーツに残る褐色の痕跡
 それでも私はやってない、主張する男の末路やいかに……」

「大丈夫でしょうか……
 このままじゃロイドさんの中でアストロメリアさんが、
 うんこたれ男になってしまう……」


「……兄貴からの手紙、羨ましいと思ってたけどよ
 ウンコが送られてくるリスクを思うと案外、そうでもねぇな……」

「なぁに、ウンが付いて運気が上がる事もあるやも知れぬぞ」

「運が良くなるどころか、
 今日のアストロメリアさん……
 散々な目に遭っている気がするけどな」


 好き勝手に言いたい放題な彼らを前に、沈黙を守っていた男が口を開く



「彼を気遣っているように聞こえるけれど、でも君達……
 一言も、彼をフォローしなかったよ、ね……?」

 メルキゼの言葉に三人が振り返る
 そして―――……


当然じゃろう」

「だって、その方が面白いじゃねぇか」

「人生、時にはそんな事もあるさ
 人はこうして成長して行くものなんだ
 メルキゼ、お前も覚えておくと良いぞ」


 ……。

 …………。

 君達……


 結局、彼らは皆同類だ
 流れを全て面白い方向へと進めてしまう



「アストロメリア……健闘を祈るよ……」

 今頃、寝グソ疑惑を弁解するべく奮闘中の彼を思い、
 そっと涙ながらに合掌するメルキゼだった




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