「カーマイン、おはよう!!」


 ゆっさゆっさ

 肩を揺らされて強引に眠りの淵から呼び起こされる
 薄く目を開くと、そこには既に身支度を整え終えた恋人の姿

 びしっと着こなした鎧とマント
 寝癖一つ無い丹念にセットされた髪

 その表情は嫌味なほどに涼しげだ


「お前……あれだけ飲んだんだから、もう少し寝坊くらいしろよ」

「お酒のおかげでぐっすり眠れたからね
 目覚めは爽やかでスッキリしているよ」

「酔い潰れてたくせに……
 二日酔いにでもなられてたら、そっちの方が面倒だったけどさ」

 もぞもぞ

 欠伸を噛み殺しながらベッドから起き上がると、
 タオルを手にしたシェルと目が合った



「あれ……早いな
 シェルももう起きてたんだ?」

「もう……って、既に8時を過ぎておるぞ?
 拙者が早いのではなくて、カーマインが寝坊しておるのじゃよ」

「え……マジ?」

 ちらり

 壁に掛かった時計に視線を向けると、時刻は8時36分
 学生時代なら朝の講義には間に合わない時刻だ

 流石に年下のシェルの前で寝坊と言うのはバツが悪い


「あー……昨夜は一戦あったから寝不足なんだわ」

「一戦じゃと?
 アストロメリアと飲み比べ勝負でもしたのか?」

「違う違う、そういうんじゃなくて――……」


 メルキゼから手渡されたシャツに着替えながら、
 昨夜の事をどう説明したものかと思案を巡らせる

 カーマイン自身、あの状況は上手く言葉にする事が難しい




「お前たちが寝た後に、殺し屋の襲撃があったんだわ
 バイオレットさんが剣で応戦していたんだけど途中で危なくなってさ
 でも最後にアストロメリアさんが魔法で倒してくれたんだ、凄かったぞ?」

「なっ……!?」

 メルキゼが目を見開く
 シェルも手に持っていたタオルを取り落とした


「ちょっ……大丈夫だったの!?」

「いや、魔法のせいで甲板がコゲた
 ロイドさんたちが修理してた筈だけど……もう直ったかな?」

「そうじゃなくて、怪我っ!!
 カーマインは怪我しなかったの!?」

「ああ、殺し屋の狙いは海賊の首だったみたいだからな
 一般人の俺は華麗にスルーされていたぞ」


 ケロリとしたカーマインの表情に、
 ホッと胸を撫で下ろすシェルとメルキゼ

 モンスター化したとはいえ、護身術どころか武器すらまともに握った事が無いカーマインである

 いざという時は自分が彼を守らなければ――……
 メルキゼだけでなくシェルまでもが、本能的にそんな使命感を持っていた

 それなのに『寝ている間にやられました』では、悔やんでも悔やみ切れない





「あー……でも、バイオレットさんは足を痛めたみたいだったな
 本人は『風呂に入りゃ治る』って言ってたけど、やっぱり心配かも
 そうだ、メルキゼ――……お前ちょっとバイオレットさん診てやってくれよ」

「うん、いいよ
 それじゃあ一足先にバイオレットの部屋に行ってくるよ
 カーマインとシェルは支度を終えてからおいで」


 先に支度を終えていたメルキゼが部屋を後にする
 カーマインはシェルからタオルを受け取ると顔を洗いに向かい、
 シェルは鏡の前でバンダナを片手に髪のセットに専念し始める

 旅に出ている間、髪は切らないと決めた
 火波という専属美容師以外には自分の髪を任せたくない

 旅に備えて少し短めにカットして貰った髪
 火波と再開する頃には、どこまで伸びているのだろう


「……ふぅ……」

「お待たせー……って、どうした?」

「い、いや、何でもない
 それではバイオレットの部屋へ参ろうか」

 下手に寂しがるとカーマインたちに余計な心配を掛けてしまう
 これ以上、彼らの優しさに甘えるわけにも行かない

 シェルは出来る限りの笑顔を作るとドアノブに手を掛けた







「よお、朝から元気だな」

 廊下で厳つい大男が手を振る
 手を振り返すシェルと、軽く会釈するカーマイン


「ロイドさん、おはようございます
 船の修理は終わりましたか?」

「おう、ついさっきな
 アストロメリアの奴も派手にやってくれたからな――……
 っと、そうだ、騎士さんならアストロメリアの部屋に行ったぞ」

「へっ……?
 何でまたアストロメリアさんの部屋に?」


 料理の話でもしに行ったのだろうか
 それとも一緒に食事を作る約束でも――……

 ……駄目だ、料理関連の用事しか思いつかない


「キャプテンが頼んだんだ
 『僕よりアストロメリアを診てくれ』ってな」

「診て……って?
 あれから何かあったんですか?」

 昨夜の様子から見ても、アストロメリアが怪我をした様子は無かった
 だとすると、自分が部屋に戻った後に何かがあったとしか考えられないが――……



「あー……アストロメリアは昔から体が弱くてなぁ
 魔法を使った翌日は必ず熱を出して寝込みやがる
 昔よりはかなり良くなったんだがな……こればかりは仕方がねぇ」

「そうだったんですか」

「おう、ここに来たばかりの頃なんざ酷かったぜ?
 病弱を絵に描いたような青白い顔したヒョロヒョロのガキでよ
 ちょっと姿が見えねぇと思ったら、寝込んでるか倒れてるかのどっちかで!!
 キャプテンとはまた別の意味で手の掛かる野郎だった……!!」

 力が込められた彼の言葉から、当時の苦労が推測出来る
 どうやら、ここに来た当初からアストロメリアはロイドの寿命を縮め続けていたらしい


「アストロメリアの部屋に行くなら、こいつを渡しておいてくれ」

 懐から白い封筒を取り出すロイド
 アストロメリア宛に届いた手紙らしい

「あ……はい、わかりました」

「それじゃ、よろしくな」

 カーマインは手紙を受け取ると、
 ロイドに軽く会釈をしてアストロメリアの部屋へ向かう



「……なぁ、シェル」

「何じゃ?」

「ここって船の上だよな?
 手紙って……どうやって届けるんだ?」

 確かシェルはダナン家と手紙の遣り取りをしていた
 彼ならその辺の事も知っている筈だろう


「伝書鳩を使うのじゃよ
 実際には精霊の一種らしいのじゃが……」

「へぇ、そうなんだ」

 この世界には特に手紙を出すような知り合いはいない
 手紙の出し方なんて気にした事も無かった


「シェル、伝書鳩なんて扱えるんだ」

「いや、拙者には無理じゃよ
 精霊と意思の疎通をする特殊な能力が必要なのじゃ
 この能力が無ければ郵便屋にはなれぬのじゃよ
 郵便局に行って手続きをして手紙を出して貰うのが一般的じゃな」

「へぇ……」


 手紙を運ぶ鳥の姿をした精霊
 そして、その精霊と意思の疎通をして仕事を依頼する郵便屋

 異世界ならではのシステムだ

 いつかシェルが火波と暮らすようになったら、
 自分も彼ら宛てに手紙を出すようになるのだろう

 その日が来るのが待ち遠しいような、少し寂しいような
 そんな複雑な心境に、思わずしみじみとするカーマインだった







「……おはようございます」


 相変わらず生活感が出まくった部屋のベッドで、
 アストロメリアは1人、横たわっていた

 起き上がろうとする彼を慌てて制する


「駄目ですよ、寝ていないと――……
 あれ……メルキゼは?」

「私の代わりに食事の支度を買って出て下さいました
 本来なら私がやるべき仕事を……申し訳ない限りです」

「あいつは好きでやってる事ですし、
 アストロメリアさんは休んで体調を治す事に専念して下さい」


 熱のせいだろう

 頬が赤い
 唇はカサカサに乾いている

 相変わらずの無表情だが、細められた瞳から気だるさは伝わってくる


「カーマイン、手紙……」

「ああ、そうだな
 アストロメリアさん、ロイドさんから手紙を預かりました」

 封筒を手渡すと、彼は無言で目を細める
 相変わらずの無表情で感情は読めない

 しかし、軽く手紙を振ったり重さを量るような仕草から
 彼が何かしらの警戒心を抱いている事だけは推測出来る



「何かトラップでも仕掛けられているんですか?」

「……どうでしょうか
 彼からの手紙は毎回、一筋縄では行きません
 読む前に、ある程度の心の準備が必要な事は確かです」

「差出人の怨みでも買ってるんですか……?」

「怨まれるどころか、心の底から深く愛されています
 愛という物は形は見えませんが重さは感じるものです
 このような一通の便箋でさえ私にとってはとても重たい存在です」

「…………。」


 どうしよう
 いきなり愛について語り始めてしまった

 彼の言葉は色々と返答に困る
 真顔で淡々と喋るせいで、冗談なのか本気なのか判断が付かない

 笑顔で相槌を打つべきか、それとも真顔で神妙に話を合わせるべきか
 表情の読めない相手との会話は場の空気までもが読めなくなる



「カーマイン様」

「は、はい?」

「貴方は幼い頃、将来に夢は持っていましたか?」

「…………は?」


 思わず聞き返してしまうカーマイン

 薄々と気付いてはいたが
 この男、突然会話を千切れさせる事がある

 いっそ清々しいまでの唐突さで話の内容が変わるせいで、
 聞いている方は展開に付いて行くのが大変だ


「幼い頃に思い描いていた夢、願望、希望……
 この手紙の送り主は、まさに私の理想を形したような人物です」

「は、はぁ……」

「彼の存在は私の理想であり誇りでもあります
 そんな彼に愛されて嬉しいと思う反面……嫉ましいとも感じます
 嫉妬心と劣等感、そして自己嫌悪に苛まれて、私は未だに彼と正面から向かい合う事が出来ません
 それもまた人生なのでしょうが……難しいものです」

「…………。」


 今度は人生相談
 こういう場合、どう相槌を打つべきなのか

 ……迷子だ
 彼と話していると、迷子になる

 会話で迷子と言うのも変だが、他に表現が見つからない




「すみません、愚痴っぽくなってしまいました
 こうして寝込む度に自分と彼を比べては落ち込んでしまいます」

「えっ……落ち込んでいたんですか?」

「客人の前で表情を曇らせるべきではありません、失礼致しました」

「表情、曇らせていたんですか!?」


 正直、表情が変化したようには見えない
 彼からは喜怒哀楽といった感情は全く読み取れない

 表情を曇らせてくれた方が、まだ話し易いというレベルだ

 彼の言葉を聞くまでアストロメリアが落ち込んでいた事に全く気付かなかった
 どうやらコンプレックスを抱いていた相手から手紙が来た事でナーバスになっていたらしい


「……む、難しい……」


 長年の付き合いがあるバイオレットでさえ、
 未だにアストロメリアの表情が読めず上手くコミュニケーションが取れないでいる

 ……彼の苦労が、何となく理解出来たような気がした



「アストロメリアは具合が悪いのじゃし、そろそろ……」

「あっ、そうだった
 すみません、お邪魔してしまって」

 正直、確かに顔色は悪いものの、
 あまりにも無表情過ぎて彼が熱を出している事さえ忘れかけていた


「気を遣わせてしまい、すみません」

「い、いえ、お大事に……」


 軽く会釈をしてから、そっと部屋を後にする
 音を立てないように静かにドアを閉めると、ようやくカーマインは肩の力を抜いた




「よお、お疲れさん」

 ニヤニヤと笑みを浮かべた海賊が声を掛けてくる
 焼けた肌に光る白い歯が妙に健康的だ


「あっ……ロイドさん」

「騎士さんが朝メシ用意してくれたってよ
 キャプテンも食堂にいるから、お前らも一緒に食ってやってくれねぇか?」

 笑顔ながらも不安げに泳ぐロイドの視線から、
 『奴らを二人きりにさせておくと不安だから早く食堂へ行ってくれ』
 という切羽詰ったメッセージが読み取れる


「は、はい、すぐに向かいます」

「すまねぇな……アストロメリアに飯食わせたら、すぐ行くからよ」

 ロイドは手に持った鍋を軽く振ってみせる
 恐らく、病人用に作った粥か何かだろう



「キャプテンが騎士さんに妙な事やらかしてなきゃいいんだが……」

「メルキゼがまた妙な勘違いして、アホな事をしていない事を祈るばかりかな」

「むしろ、相乗効果を発揮して……
 二人揃って大暴走していたら悲惨じゃな」


 ポツリと呟いたシェルの一言に、
 露骨に顔色を変える二人の男

「……し、洒落になってねぇぞ、ボウズ……」

「こ、こらシェル!!
 不吉なフラグを立てるんじゃない!!」


 メルキゼがお約束の如く、妙な勘違いを起こし
 『面白そうだから』と、それに便乗するバイオレット――……

 ……ありそうだ
 普通に、ありそうな事態だ

 しかも今日はバイオレットのストッパー役であるアストロメリアがいない


 思考という物は一度マイナスに傾くと、坂道を転がるように悪い方へと行ってしまう
 むしろ彼ら二人が大人しく座って食事をしている姿の方が珍しい気もしてきた

 カーマインとシェルは話もそこそこに、小走りで彼らの元へと向かったのだった






 一方、その頃


 当のバイオレットとメルキゼは、
 互いに神妙な表情のまま向かい合っていた

 彼らの手にはペンが握られている


「……さ、さっぱりわからねぇ……」

 ガリガリと頭を掻くのはバイオレット

 彼の視線の先にはテーブルが
 そして、テーブルの上には一冊のノートが広げられている


「カーマインが時々シェルに勉強を教えているんだ
 私も戦闘能力や料理の腕だけでなく、少しは頭も鍛えた方が良いと思って
 それで、無理に頼んで宿題を貰ったのだけれど――……」


 宿題開始早々に壁にぶち当たった

 カーマインに相談するのは、もう少し進んでからにしたい
 シェルに相談するのは少しプライドが許せない

 結果として、丁度暇を持て余していたバイオレットに目を付けたメルキゼだったのだが



「やっぱり、わからない?」

「難しい事は確かだ……」

 険しい表情でノートを睨むバイオレット

 しかし意外と根気強い性格なのか、それとも単なる負けず嫌いなのか
 わからないと言いながらも投げ出す事はせず、しっかりとノートに向き合っている


「悪いが、もう一度問題を読んでくれねぇか?」

「わかった
 ええと――……次の中で仲間外れのものはどれか述べよ
 1、馬 2、味噌 3、バナナ 4、消しゴム 5、メガネ」


 いわゆる計算問題の類ではない
 柔軟な思考を築くための脳トレーニングという奴だ

 俗に言う『なぞなぞ』である

 辞書を引いても正解が載っていない分、厄介だ
 この手の問題は大人よりも発想力が柔軟で自由な子供の方が得意だったりもする



「……馬じゃねぇか?
 これだけ動物だろ?」

「それを言えばバナナだって、これだけ植物だよ」

「うー……じゃあメガネだ
 これだけ食えねぇ」

「バイオレット……消しゴムは?」

「……………がっ、頑張れば根性で飲み込めんだろ!?」

「この問題は、そんな悪食根性は求めていないと思うけれど……」


 さっきからこの調子だ
 色々と案は出るものの、どれも正解とは思えない

 考えれば考えるほどに混乱して来る

 うーん、と首を捻ったところで、
 背後でドアが開く乾いた音が響いた





「お、おはようございまーす」

 振り返ると、そこには顔を覗かせるカーマインの姿

 妙に恐る恐るといった様子だ
 一体、何に警戒しているのだろう


「おっ、カーマイン……丁度良かった
 こんなに考えたんだ、もう聞いたって良いだろ?」

「う、うん……そうだね」

 メルキゼが頷くと、バイオレットはノートを手にカーマインの傍へ寄る


「あっ、それ……
 俺が出した宿題ですね」

「ああ、折角だから二人でやってたんだけどよ
 これがまたサッパリわかんねぇ……」

 苦笑を浮かべるバイオレットに、奥に控えていたシェルが静かに頷く

「カーマインが出す問題はクセがあるからのぅ……」

 どれどれ、とノートを覗き込むシェル
 そして程無くして――……


「……うむ、わかった」

「い゛っ!?」

 仰け反るバイオレットとメルキゼ

 脳トレ問題は子供の方が得意
 そう思ったのは確かだ

 しかし
 これは、あまりにも早過ぎないか




「流石はシェルだな
 じゃあ、この頭がカタい大人たちにヒントを」

「うむ」

 シェルはノートを受け取ると、それをテーブルに広げる
 神妙な表情でそれを覗き込み、少年の言葉を待つメルキゼとバイオレット

 大人が子供から教わる光景というのも、なかなか面白い


「バナナも消しゴムも、それそのものに意味は無いのじゃよ
 ここで重要なのは数字と文字数じゃ」

「も、文字数?
 ええと……1が馬で、2が味噌―――……あ!!」

 閃いたのか、メルキゼの表情がパッと明るくなる
 ややタイミングをずらして、バイオレットも正解がわかったらしい


「な、なるほど……な
 1が一文字、2が二文字、3が三文字……って具合に並んでんのか」

「……となると、仲間外れは5のメガネだね
 本来ならば五文字の物が入っていなければおかしい」

「ご名答〜
 深く考えると逆に難しくなるんだよな、こういう問題って」



 子供の頃

 なぞなぞの本を買ったり、
 自作の問題を作っては友達と楽しんだ

 しかし幼少期の記憶が曖昧なメルキゼと、
 海賊という特殊な環境で育ったバイオレットにとっては新鮮だったらしい


「勉強が出来ることと、頭の良し悪しとはまた別次元の問題なんです
 こういう頭の柔軟性を求める問題は、
 発想力を鍛える純粋な頭の良さに繋がる勉強なんですよ
 メルキゼには数式よりも、こういう勉強の方が必要かな〜って思いまして」

 とにかく勘違いの多いメルキゼである

 ここで頭を鍛えて、様々な方向から物を考える術を身に付けてくれれば
 そうすれば、カーマインの負担も格段に減るに違いない

 そんな希望も交えての宿題だったのだが――……


「彼の場合はむしろ、頭が柔らか過ぎるとも言えるやも知れぬが……」

「うっ……シェル、それを言わないでくれ……」

 少なからず
 そんな気もしていたカーマインであった





「しかし、カーマインは凄ぇな
 まだガキなのによ、知識がハンパねぇ」

 朝食のスープを温めに行ったメルキゼと、
 それの手伝いに行ったカーマイン

 結果、バイオレットとシェルはその場に取り残され暇を持て余す事になった

 手持ち無沙汰に口を開いた船の主は、
 カーマインに対して興味を持ったらしい


「うむ、カーマインは凄いのじゃよ
 拙者にとっては兄のような存在なのじゃが、
 1人の人間として尊敬しておるのじゃ……彼からは生涯、学ばされるじゃろうな」


 彼が異世界から来た事はシェルも聞いている
 そしてカーマインがこの世界に召喚される直前まで、死を考えていた事も

 故郷や家族との離別、恋人の死
 そしてモンスターとして生きる事を余儀無くされ……

 彼が背負っているものは計り知れない
 しかし、カーマインは全てを乗り越えて現在に至る

 メルキゼデクのように辛い過去を忘れたのではなく、
 言葉の通り、全て受け止めた上で乗り越えて来たのだ

 ……彼は強い
 純粋な力や体力ではなく、人としての心の強さという意味で



「カーマインが只者じゃねぇって事は、こっちも勘付いている
 だが深く詮索するつもりはねぇから安心しな
 善人か悪人か、目を見りゃわかる――……カーマインは信用出来る男だ
 勿論、お前らもな」

 バイオレットは頬杖を付きながら、目を細めて笑う

「バイオレット海賊団は一度気に入った相手は決して裏切らねぇ
 僕達はカーマインも、お前らも気に入った――……協力は惜しまねぇ、安心しな」


 善か悪か、目を見ればわかる――……
 そう口にしたバイオレットの目も、澄んで優しい光をたたえている

 彼は海賊だ
 殺戮と強奪を繰り返す海の荒くれ者

 それでも、少なくとも自分たちにとっては信頼出来る味方となった


「……うむ、拙者もお主らの事は信じておるよ」

 相手の素性が何だろうと、そんな事は二の次だ
 そんな事を言っていては吸血鬼の恋人など務まらない

 信じる事が出来て、そして一緒にいて楽しい
 傍にいる理由はそれだけで充分だ



「二人とも、食事の支度が出来たよ」

 メルキゼとカーマインが湯気の立つ皿を運んでくる
 タイミング良く部屋のドアが開き、ロイドも顔を出した

 もうすぐ、他の海賊たちも集まって来るだろう

 シェルとバイオレットはノートを片付けると、
 朝食を取るべく静かに席に着いた






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