「う――……わっ!?
 とと……と……?」



 ぐらり


 急に足元がグラついて、咄嗟に屈み込んだカーマイン

 あれから随分と飲んだ
 流石に酔いが回ったか――……とも思ったが、
 良く見ると周囲の海賊達、皆がバランスを崩している


 テーブルの上に置かれたグラス
 その中身は激しく波打ち、遠くで何かが軋む音がした



「……アストロメリアさん、地震ですか?」

「いえ、ここは海上です
 地震と言うよりは高波や風の影響であると考えた方が良いでしょうが……
 ですが、この揺れは自然現象と断言するには少々不自然な気がします――……」

 アストロメリアは目を細めると、
 周囲の海賊達に視線を向ける


「……戦える状態の者は少ないですね……」

「まー仕方ねぇだろ、宴の真っ只中なんだからよ
 ロイド、動けそうな奴ら見繕って甲板に来い!!
 僕とアストロメリアは先に行ってるからよ」


 聞き流すにしては物騒過ぎる台詞が耳に飛び込んでくる
 カーマインも思わず席を立つ


「ちょっ……バイオレットさん、まさか敵襲ですかっ!?」

「まぁな……ま、奴も馬鹿じゃねぇって事だ
 わざわざ宴の日を狙って仕掛けて来やがった」

 ニヤリ
 不敵な笑みを浮かべるバイオレット

 彼も随分と飲んでいる筈だ
 この状態で、果たして戦う事が出来るのか


「っ……こんな時に限ってメルキゼはいないし……!!」


 メルキゼは既に酔い潰れ、ロイドに部屋まで運んで貰い、
 夜も遅いと言う事で、シェルも一緒に部屋へと戻っていた

 他の海賊たちも、かなり泥酔している
 この状態で戦えというのも酷だろう

 唯一、頼りになりそうなのは散々飲んでいながら顔色1つ変わっていないアストロメリアだが――……



「――……よし、行くぜ!!」

「はい」

「あっ……ち、ちょっと待っ……!!」


 甲板に向けて走り出した2人の後を追って、
 思わず勢いに任せて走り出してしまったカーマイン

 走りながら、自分が付いて行っても足手まといでしかない事に気付く
 付いて行く位なら、酔った海賊たちに水でも用意していた方がずっと役に立っただろう

 ――……が、ここまで来てしまっては今更引き返す事も出来ない

 流石にそれは格好悪過ぎる
 人は無謀と知りながらも引っ込みが付かず、突き進むしかない時というものがあるのだ



「せ、せめてナイフの一本でも持って来れば良かった……ッ!!」

 見ればアストロメリアもバイオレットも、
 手にはしっかりと武器を握り締めている

 既に戦闘体勢に入っている2人に比べ、当の自分は見事な丸腰


「……お、俺……何をしに行くつもりなんだろうな……」


 脳裏に浮かんだ『邪魔』という文字を振り払っている内に、
 気が付けば突き刺さるような冷たい潮風が頬に当たっていた

 ――……結局、その場の勢いに流されて甲板まで来てしまった





「さて、奴の事だ
 どう仕掛けて来るか――……」

 まるで状況を楽しんでいるかのように唇の端を上げるバイオレット

「あの、もしかして敵の事を知っているんですか?」

 どうも相手の事を知っているような口振りだ
 てっきりモンスターが船を襲って来たのだと思っていたが――……


「襲って来るのはモンスターだけじゃねぇ
 海賊ってのは恨みも買っているし、敵も多いって事だ
 この首には多額の賞金も掛かってるしな……」

「えっ……賞金稼ぎが襲って来たって事ですか!?」

「はい、我々を執拗に狙う賞金狙いの殺し屋――……
 彼とは既に何度も対峙していますが、侮れない相手です」


 互いに背を合わせ、周囲を警戒する2人

 月明かりを反射する2本の剣
 武器を構える姿が凄く絵になって格好良い

 しかし――……いよいよ、この場における自分の存在意義がわからないカーマイン



「カーマイン様、敵の目的は我々海賊の首のみです
 何もしなければ貴方には危害を加えない筈――……手出し無用です」

「あ……その辺はご心配なく……」


 手出し無用と釘を刺されたものの、
 そもそも手出し出来るような余裕なんて微塵も無いのが現実である

 むしろ『協力して戦え』と言われなくて助かった、というのが正直な所だ


「ええと……じゃあ、俺はそろそろ戻――……」

「ちっ――……来やがった!!」

「こちらからも仕掛けます
 魔法の詠唱に入ります、隙を作って下さい」



 次の瞬間

 金属がぶつかり合う音が響く
 月明かりはあるものの、敵の姿は黒い影としか認識出来ない

 波の音に混じって響き渡る剣の音
 極限まで緊迫した空気に皮膚まで切り裂かれそうだ



「……やっぱり、てめぇか
 何度も懲りない野郎だぜ」

「ふん……今宵こそは貴様らの首を頂戴しよう」

「出来るものならやって見やがれってんだ!!」


 海賊頭と殺し屋
 どちらも、かなりの修羅場を掻い潜って来た筈だ

 彼らの能力差がどの程度あるのか
 そして、どちらの方がより勝算があるのか

 素人のカーマインには到底推し量れる物ではない
 ただ彼が、はっきりと理解出来る事

 それは―――……


「……逃げ出すタイミング、失ったな……」


 タイミングなど無視して、さっさと逃げるべきなのだろうが、
 いっそ芸術的とも言える戦闘シーンに目が離せない

 映画やドラマの中でしかお目に掛かれない、真剣勝負だ
 野次馬根性と恐い物見たさで、逃げ出す一歩が踏み出せない




「……っく……!!」

 濡れた甲板は滑る上に視界も悪い
 バランスを崩した一瞬の隙を突いて、敵の刃がバイオレットの頬を掠める

 紐を切られた眼帯が音も無く甲板に落ちた


「ふん、次は避けられんぞ」

「ちっ……!!」

 間合いを取ろうとバイオレットが後ずさった瞬間、

「――……エクスプロージョン!!」

 轟音と共に巨大な爆発が敵を包み込む
 爆発の衝撃で船は大きく揺れ、周囲には無数の火の粉が飛び散った

 炎に照らされ、視界が開ける


「くっ……魔法使いか……!!」

「そんな高尚な存在ではありませんが
 援護射撃を担当する程度には攻撃魔法も扱えます」


 殺し屋と言えどもアストロメリアの攻撃魔法の直撃を受けた
 かなりのダメージがあったらしく、その場に蹲っている

 バランスを崩した際に足を捻ったのだろう
 バイオレットもまた、片足を庇いながら殺し屋から距離を取った


 それと同時にアストロメリアが間合いを詰める
 彼の手に握られた1本の剣がギラリと光る



「――……っ…殺せ!!」

「殺しはしません
 貴方は実に面白い男です
 生かしておけば、また楽しめるというものです」


 ――……カチャ

 微かな金属音を響かせて、
 殺し屋の喉元に剣先が突き付けられる


「……さあ、行きなさい
 今ならまだ、見逃して差し上げられます」

「…………。」


 殺し屋が、よろよろと立ち上がる
 その時初めて、彼の姿が明らかになった

 火の粉と月明かりに照らされる彼の顔
 そこには圧倒的な存在感を放つ蝶の仮面が光っていた

 どうしよう
 変態と言う言葉しか出て来ない


 居た堪れず視線を顔から逸らすと、
 視界に柔らかそうなフサフサした物が映る

 見間違いだったと思いたい

 しかし、カーマインの視力が確かならば、
 そこには黒ウサギの耳としか言えないものが生えていた


 蝶の仮面にウサ耳の殺し屋


 ……ダメだ
 首から上は見ちゃダメだ

 あまりにもキツ過ぎる



「俺は何も見なかった俺は何も見なかった俺は何も見なかった……」

 そっと視線を下に向けるカーマイン
 深く暗い色に染め上げられた着物が視界に映る

 所々焼け焦げた生地が爆発の衝撃の強さを物語っている


「―――……あ」


 良く見たらこの着物

 チューリップ柄だ


 殺し屋という職業上、やはり顔を隠し、黒っぽい服を愛用しているのだろう

 しかし仮面は蝶々
 頭にはウサ耳
 着物はチューリップ模様




「……さあ、立ち去りなさい」

「…………ちっ……覚えていろ……!!」


 くるっ
 アストロメリアたちに背を向ける殺し屋

 その背中には
 何故か知らんが一匹の河童が必死の形相でしがみ付いていた

 爆発に巻き込まれたせいだろう、所々焦げているのが物悲しい



「……あ、あの……
 背中に河童が……くっ付いてるんですけど……」

「気にしてはいけません
 これは彼の武器です」


 河童が武器!?




「こいつ、武器屋にカッパー製の武器を注文したらしいんだがよ
 武器屋のオヤジがカッパーと河童を聞き間違えたらしくて……」

 カッパーとは銅の事
 そして河童とは沼に住む妖怪の一種

 響きこそ似ているが、モノがあまりにも違い過ぎる


「ま、そんな武器屋のオヤジのナイスな聞き間違いによって、
 こいつは河童を武器として使っている――……ってわけだな」


 返品しろよ
 何でそのまま使ってるんだよ



「というか、いくら聞き間違いとは言え……
 どうやって河童を調達したのか、その辺が謎です」

「武器屋のオヤジも頑張ったよなぁ……
 本当に、何処行って捕まえて来たのやら」


 しみじみとしつつも冷静な海賊2人
 そんな彼らに向かい、殺し屋が苦々しく口を開く


「まぁ……誰にでも間違いはある
 確かに武器屋から河童を渡された時には脳内が真っ白になった
 とりあえず家に連れ帰ってみたものの、当初は置き場と扱いに困ったのもまた事実」

 連れ帰るな

 調達するオヤジもオヤジだが、
 河童を武器にしようとする殺し屋も殺し屋だ


 もう少し疑問を持て
 現状を素直に受け入れ過ぎだ





「……な、何というか……ユニークな殺し屋ですね……」

「ええ、だから私も先程言いました
 面白い男だから殺さない、と」

 そのままの意味で言ってたんですね


「でも、過去に何度も戦っているんですよね?
 っていう事は……もしかして彼、あまり強くないんですか?」

「いや、実力はかなりある
 剣の腕も確かだしな……普通に戦えば強い筈だぜ
 でも……な、こいつは重い物を背負っている
 それが枷になっているせいで、本来の力を発揮できねぇでいる」

「彼は私達には無い重荷を背負っています
 それが足枷となり彼の剣を鈍らせています
 彼が重荷を下ろすには、彼自身の心を鍛える必要があるのですが……」


 やはり殺し屋という職業に就くからには、何かしら理由があるのだろう
 何か辛い過去や事情が――……


「ま、要するに河童が重たいんだ

 無理して背負うな



「甲羅とか……かなり重量あるだろうしな
 こんなに重てぇ河童を背負って戦ってんだ、そりゃ勝てねぇだろうさ」

「仕方が無いだろうっ!!
 さ、寂しがり屋なんだ!!
 それに河童が背中に乗ってくるし――……」


 懐かれてるんだ……



「こう……河童がギュッとしてくれているだけで、
 精神的にも落ち着くというか、孤独が癒えると言うか……」

 待て
 寂しいのはお前の方かい


「だから心を鍛えるべきだと……子供ですか、貴方は
 クマちゃんが無ければ眠れない少女と同レベルです」

「う、五月蝿いっ!!
 大人には大人の寂しさというものがあってだな
 年齢を重ねる毎に感じる孤独感とでも言えば良いのだろうか――……」

 実しやかに語るな





「あの、それで結局……
 彼は一体、何なんですか?」

「あいつは……通称、殺し屋★黒兎


 おい
 その★は何だ



「彼が持つユニークさを星を使用する事によって表現しています」

「そ……そーですか……」

「確かアクイレギアとかいう名であった筈ですが、
 外見のインパクトに負けて名は忘れ去られがちです
 はっきり言ってしまえば、姿は思い出せるけど名前が出て来ない人です」


 ちょっと悲しいな、それ

 ひゅうううぅぅぅ〜……
 冷たい夜風に、ほんのりとした切なさを感じたカーマイン


「き、貴様ら……人が気にしている事を言いたい放題……!!」

 気にしてたんだ…



「河童背負ったウサ耳パピヨン仮面ってだけで充分通じるからな
 わざわざ名前を覚える必要なんざ感じねぇんだ」

「律儀に殺し屋の名を覚えてあげる義理もありません
 彼の名を覚えるくらいなら、魚の種類でも覚えていた方がまだ有意義です」

 アストロメリアの中では、彼は魚以下の扱いらしい
 まぁ、自分の命を狙っている相手なら仕方が無いのかも知れないが


「本来なら、とっくに貴方の命はありません
 キャラが面白くて笑えるから、という理由だけで見逃してあげているのだという事を忘れないで下さい」

「ほら、今日も見逃してやらぁ
 こっちの気が変わらねぇ内に、さっさと帰んな」

「くっ……い、言われなくとも長居する気は無い!!
 ふん、こんな埃っぽい船にいては結膜炎にでもなりかねんしな」


 悔しそうに吐き捨てる殺し屋★黒兎ことアクイレギア
 そんな彼の背で、河童が不意に首を傾げる



「……アクイレギア様……」

「何だ河童ッ!!」

「ケツ膜炎って……アクイレギア様のケツには膜が張っているッパ?」

「………………。」


 河童のナイス脳内誤変換

 仮面越しでもわかる
 アクイレギアは今、ちょっと悲しそうな顔をした


「……っ……!!
 尻の方のケツじゃない、血だッ!!」

 律儀に説明する殺し屋を傍目に、
 アストロメリアは静かに口を開く


「彼は男性ですから膜はありません」

 アストロメリアさん……
 冷静な下ネタありがとう


「アストロメリアも確か三十路半ばだったしな……
 もしかしたら、青年からおっさんへ推移する時期に差し掛かっているのかも知れねぇな」

「――……ッ!!
 貴様、こいつを基準にするな!!
 36歳の俺に謝れッ!!」


 お前……
 その歳でウサ耳パピヨン仮面やってんのか

 仮面のせいで年齢不詳だったが、
 実は四十路に差し掛かっていた事が判明

 途端に場の空気に切ない物が含まれ始める



「……歳が近いとは思っていましたが、まさか年上とは思いませんでした」

「お前……今ならまだ間に合うんじゃねぇか?
 一度、自分の姿を見つめ直して人生について考え直してみろよ」

 海賊に諭される殺し屋(36)

 ひゅうぅぅぅぅ〜……
 立ち尽くす殺し屋の背に、ちょっと冷たい夜の潮風が吹く

 主の物悲しさに耐えられなくなったのだろうか、
 背中の河童が慌ててフォローの言葉を口にする



「た、確かにアクイレギア様は見た目は酷過ぎるッパ!!
 でもアクイレギア様は正義の味方の血を受け継ぐヒーローだッパ!!」

 殺し屋じゃなかったっけ?


「アクイレギア様の家系は代々、世の為人の為に戦うヒーローをしているッパ!!
 今だって頑張って平和な世の中の為に海賊退治をしているッパ――……失敗したけど」

「じゃあ何で殺し屋を名乗ってんだ?
 正義のヒーローなら、そう名乗ればいいじゃねぇか」

「ふん……見てわからんか?
 この姿で正義を名乗ったところでまるで説得力が無いだろうが!!


 一応、自分を理解はしてるんだ……




「だったら着替えろよ
 何で正義のヒーローが悪の親玉みたいな服着てんだ?」

「この衣装は代々伝わるヒーローの正装だ
 我々の誇りでありヒーローの証でもある
 元々はシンプルなデザインだったらしいが、
 歴代のヒーロー達が少しずつカスタマイズして行ったらしくてな
 ……まあ、長い歴史の中では時に方向性を見失ったり出来心や悪戯心が暴走してしまう事もある
 その結果が―――……見ての通りの惨劇だ」


 確かに惨劇レベルの脱線っぷり

 方向性が真逆の方へ進み、
 ヒーローに退治される側の人物に見えてしまう


「ヒーローマスクをパピヨンデザインにカスタマイズした先祖がいれば、
 ヒーロースーツを着物にした先祖もいる、そしてそこにチューリップの模様を付け足した先祖もいる
 そして俺の代では河童がついた、それだけのことだ」

 その河童は受け継がせちゃ駄目だ

 というか
 最も無駄で邪魔なオプション付けやがって……




「ところでアクイレギアさん、
 初めてその衣装に袖を通す時――……躊躇しませんでしたか?

頼むから聞いてくれるな

「むしろアクイレギア様は未だに躊躇いがちに着替えるッパ
 そして着替えた後は絶対に鏡を見ようとはしないッパ
 うっかり見てしまった時は、もう……その日はずっとテンションが下がっているッパ」

 自分の姿を見て落ち込むな


「というかよ……こんな外見のヒーローに助けられても、あんまり嬉しくねぇよな……」

「むしろ助けられたくありません
 こんなのに助けられても、恥ずかしくて誰にも口外出来ません」


 ぐさっ

 殺し屋★黒兎は心に45ポイントのダメージを受けた
 仮面越しでも、彼の切ない表情が伝わってくる気がする



「あまりアクイレギア様を追い詰めちゃ可哀想ッパ!!
 ただでさえ、ここに来る途中……通りすがりのヤリイカに二度見されて軽く落ち込んでたッパ」

 イカも思わず振り返る変態ヒーロー
 その光景を想像したのか、バイオレットが小さく吹き出した


「ぷぷっ……お、お前、何の罪もねぇヤリイカを驚かせやがって……」

「ヤリイカが貴方に何をしたというのですか、可哀想に」

「全くだな……僕がヤリイカだったらトラウマになってる所だ……」


 何でそんなにヤリイカ目線?

 というより、この海賊2人
 明らかに遊んでやがる

 そして
 どんどん暗く沈み込んで行く暗殺者





「た、確かに今回は不可抗力で無実のヤリイカを驚かせてしまったッパ!!
 でも普段のアクイレギア様は凄く立派なお方ッパよ!!」

「ヒーロー崩れの殺し屋だろ?
 響きからしても、あんまり立派とは言えねぇな」

「アクイレギア様は普段は聖職に就いているッパ!!」

 ねぇ、河童?
 聖職の意味、理解して言ってる?


「アクイレギア様の家系は代々、教会を守って来た由緒正しい聖職者ッパ!!
 ご先祖様は懺悔や相談事を聞かされる事が多かったッパ
 そんな人々を救いたいと思ったご先祖様は魔法や剣の腕を磨いたッパ
 でも聖職者としての立場上、表立って戦う事が出来なかったッパよ
 だから、もう一つの裏の顔――……素性を隠しヒーローとして戦う事によって、人々の暮らしを守ったッパ!!」

 あの……
 今、河童が思いっ切り素性を暴露しちゃったような気が

 ああ、ほら
 ご主人様のアクイレギアが、肩をプルプルさせてるよ……


 河童自身も失言に気付いたのか、サッと顔色が変わる

 変態殺し屋は、わりとどうでも良い
 ただ、河童が怒られるのは忍びないらしい

 即座にアストロメリアが河童のフォローに入る



「聖職者と殺し屋の二束草鞋という情報しかありません
 具体的な身バレはしません、今の所は大丈夫です」

「ま、まぁ……初代のヒーローは真面目な奴だったって事は理解出来たな」

「俺だって真面目にヒーロー活動やってるわッ!!
 ただ外見で損をしまくっているせいで、
 どんなに正義の為に頑張っても悪事を働いているようにしか見えんだけだ!!
 もう悲しいからヒーローなど名乗らん!!
 俺は殺し屋として悪人を切り捨てて生きる事に決めたんだッ!!」


 本音が散りばめられてる魂の叫び

 飾り気の無い素直な本音だからこそ伝わる、何とも言えない切なさと物悲しさ

 ただ……ごめん
 自分たちには『着替えたら?』としか掛けられる言葉が無いよ……





「ふ……ふっ、今日の所は退くとしよう
 だが次に出会う時、それが貴様らの最期だ!!」


 場の空気に居た堪れない物を感じたのだろうか

 格好良い台詞を吐き捨てた格好悪い殺し屋
 彼はそのまま船から飛び降りると、夜の海へと飛び込んだ

 ざっぱーん
 盛大な波飛沫が上がる



「ちょっ……!?」


 今の季節、夜の海は氷のような冷たさだ
 流石にそこに飛び込んだとなると最悪の場合、心臓麻痺もありえる

 慌てて船から身を乗り出すカーマイン
 そこで彼が見たものは


 ぱちゃぱちゃぱちゃぱちゃ……

 必死に海を泳ぐ河童
 そして、その背にちょこんと正座する暗殺者の姿だった



「…………。」


 あの河童
 移動手段かよ


「というか……船で来いよ……
 絶対濡れるし、寒いんじゃないかな、あれは……」

「以前は船を所持していましたが、
 前回の戦いでロイドが彼の船を大砲で木っ端微塵にしてしまいまして」

「まさか河童に乗ってくるとは僕も思わなかった
 というか、河童って……海、泳げたんだな……」


 あの変態丸出しな殺し屋よりも、
 河童の方がずっと使えるんじゃなかろうか

 それぞれが思い思いに勝手な事を言いながら、彼らは甲板を後にした――……






 その後

 千鳥足で駆けつけた海賊達に、
 アストロメリアの魔法でコゲた甲板の修理を言い付けて
 もう遅いからと、カーマインとアストロメリアをそれぞれの部屋へと帰らせて


「……はぁ〜……」

 ようやく1人になれたキャプテンことバイオレットは、
 少し冷めかけた浴槽に身を沈め、1日の疲れを癒していた



「今日は客の多い日だったな……
 ま、退屈するよりは疲れるくらい賑やかな方が良いんだがな」

 基本的に、同じ顔ぶれを眺めて過ごす毎日だ
 たまにはこうして来客があった方が新鮮味がある

 ……約一名、招かれざる客もいたが

 しかし、彼は彼で面白みのある男だ
 決して嫌いな部類にいる人物ではない


「しかしアストロメリアがなぁ……
 珍しい事もあるもんだ、他人に興味の無ぇ野郎なのによ」

 忠義は尽くしながらも、どこか冷めた側近
 彼が特定の人物に興味を示すのは珍しい

 彼自身は特に意識していないのかも知れない
 しかし、バイオレットから見れば彼がカーマインを特別視しているのは明らかである


「……意外と年下に弱いタイプなのか……?
 それとも雑学が豊富なインテリ系が好きだとか……?
 どちらにしろ、カーマインからは学ぶべき事が多そうだな」

 長年、アストロメリアとの関係に対しては手を焼いてきた
 幼い頃からキャプテンとして、また彼の弟的な存在として接しながらも、どうしても縮められなかった彼との距離

 その距離を、初対面にしてあっさりと縮めてしまったカーマイン


「うーん……ただのガキかと思いきや…侮れないな……」

 そう呟いた最中、
 不意に背後で扉が開く音が響く

 振り返ると、そこには銀髪の側近の姿があった




「おや、スミレちゃんも入浴中でしたか」

「……アストロメリア、お前――…さっき、カーマインと風呂に入らなかったか?」

「ええ、ですが潮風で体が冷えてしまったので
 このままでは風邪を引くと思い、少し温まってから寝ようと思いました」

 側近とは言え、兄弟のように育った仲だ
 当然、一緒に入浴した事だって数え切れないほどある

 何の躊躇いも無く湯船に身を沈めたアストロメリアは、
 そのまま静かに瞳を閉じて、その言葉通り身を暖める為だけにその場に存在していた


「……………。」

 彼は一言も、言葉を発さない

 良くある事だ
 元々、アストロメリアは必要な事以外、口にはしない性分だ

 そんな彼に戸惑い、どう接して良いのかわからず
 未だに彼との付き合い方に疑問を感じるバイオレット

 もし、この場にいるのが自分ではなくカーマインだったら
 彼は口を開いて他愛も無い雑談にも応じるのだろうか



「……アストロメリア」

「はい」

「お前……カーマインをどう思う?」

奇人

 結構キツいな、お前


「ま、まぁ……僕が言えた立場じゃないが、変わり者ではあるな」

「スミレちゃんはカーマイン様を見て奇妙に思いませんでしたか?
 私はずっと、彼を見る度に上手く言葉に出来ない違和感のようなものを感じます」

「……いや、特には感じねぇが……」

「私は感じます……不快というわけではないのですが、どうにもスッキリしません
 その違和感の正体が気になり――……つい、彼を気に掛けてしまいます
 無意識の内に彼を目で追い、そして気が付くと彼の隣りに立っている自分がいます」

「そ、そう……か」



 頼むからストーカーにだけはならないでくれ
 その一言を、どうにか呑み込むバイオレット

 彼の場合、何を考えているのか……というより感情そのものが全く読めない分、
 ついつい余計な部分まで過剰に心配してしまう


「……あ、あまり思い詰めるんじゃねぇ
 明日は朝も早くねぇし、こっちで適当にやってるからよ」

「不本意ではありますが……後は頼みます」

「無理しないで、明日はゆっくり寝てろ
 僕は先に上がるから、しっかり暖まるんだぞ」


 アストロメリアをその場に残し、
 そそくさと浴室を後にしたバイオレット




「……ああいう真面目な野郎ほど、
 妙に思い詰めて奇行に走ったりするものなんだよな――……」

 ちょっとだけ、注意しておくことにしよう

 信頼していないわけではないが、
 何せ、彼は何を考えているのかが全くわからないのだ

 バイオレットとは違う意味で、何をやらかすのか予測がつかない


「……一応、ロイドにも話しておくか……
 いや、でも何と言って説明したものか――……」


 これでも一応はキャプテン
 キャプテンは、キャプテンなりの悩みどころや気苦労がある

 普段、対人関係には大して気を使わないが、
 ディサ国が絡んでいるとなれば、今回ばかりはそうも言っていられない

 バイオレットは濡れた髪を拭きながら、甲板で船の修理に当たっている部下の元へ歩を進めたのだった



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