「そういえばアストロメリアさんて、色々と武器を持ち歩いているんですね」



 ツイカのグラスを傾けながらカーマインはアストロメリアに話を振る

 周囲はかなり酔いが回り、たけなわ状態
 ロイドはその場に突っ伏し、バイオレットは豪快に笑いながら部下に絡み
 メルキゼに至っては意識が飛んでいるのか、宙を睨んだまま呆けている

 まともに会話が出来そうなのは酒に強いカーマインとアストロメリア、
 そして一滴も飲んでいないシェルだけだった


「さっき、風呂に入る時に見たんですが…
 サーベルの他にもナイフみたいなの、持ってますよね?」

「ああ…お気付きでしたか
 この小刀は私が自立をした証として父から譲り受けました
 生活に困った時、換金するようにとの事だったのですが…
 ですが幸いにして海賊業のおかげで金欠とは無縁ですし、
 デザインも気に入っているのでそのまま手元に置いてあります」


 アストロメリアは懐からナイフを取り出すと無造作にテーブルの上へと置く
 お気に入りと言うわりには意外と扱いは荒っぽい




「父の話に寄るとマジックアイテムの一種で、
 持ち主を守護してくれる効果があるらしいです
 武器としての威力は皆無ですが、御守りとして持ち歩いています」

「へぇ…お守りですか
 でもナイフなんて懐に入れていたら逆に危ないんじゃないですか?」


 ナイフは一応、鞘に納まってはいる
 しかし簡単に抜けてしまいそうだ

 転んだ拍子に胸に刺さりでもしたら洒落にならない


「先程説明しましたが、これは武器としての威力は皆無です
 絶対に怪我をする事はありません……抜けないんです、これ」

「………は?」

「鞘がどうしても抜けません
 接着されているわけではないのですが…」

「中で何かが引っ掛かっているとか、もしくは錆付いてるとか…?」

「いいえ、父や祖父がそう思い鍛冶屋に持って行ったりしたそうですが
 何故抜けないのか、結局原因はわからずじまいでした
 もしかすると物理的な原因ではなく、呪いか何かで鞘が抜けなくなっているのではないかと」

「…って、そんな呪われているかも知れない物を
 お守りとして持ち歩いているんですか?」

「実に私らしいでしょう?」


 ………。
 確かに、その通りだ
 カーマインとしては頷くしかない



「呪いは別として…強い守護の力を受けている事は確かです
 それにこの小刀には少なからず運命的な物を感じます
 これを持ち歩くのは、私達の目的に役立つかも知れないとの考えもあっての事です」

「………?
 海賊にも何か目的があるんですか?」


 目的の財宝でもあるのだろうか
 しかし、自由気ままを絵に描いたかのような海賊業

 1つの目的に向かって進んでいるようには、あまり見えない


「ご存知の通り、バイオレット海賊団はディサ国に協力しています
 海賊として世界中の海を渡り、得た情報をディサ国に流すのも我々の役目…
 無法者に国境など関係ありません
 ディサ国領土にもティルティロ国領土にも容赦無く船を乗り上げられる
 ある意味、海賊という立場は都合が良い…少なくとも騎士様よりは身軽です」

「まぁ、ティルティロ国もまさか海賊がディサ国に味方しているとは思わないでしょうし
 その辺に関してはティルティロ国からの監視も甘いのかも知れませんね
 …海賊である時点で全くの無警戒と言うわけには行かないでしょうが」

「はい、表向きはあくまでも中立の立場
 国の争い事には興味の無い態度を貫いています
 ……ですが、裏ではスパイ業のような事をさせて頂いています」


 それが恐らくバイオレット海賊団なりの恩義の返し方なのだろう

 騎士団よりも身軽な分、情報収集もやり易い
 少々手荒な行為に出た所で元々が犯罪者、行動にも幅が広がる

 直接、ティルティロ国へ赴いて情報が仕入れられる協力者の存在
 それはディサ国にとってかなりの強みとなる




「……お主らがスパイをしておるのはわかったのじゃが…
 それが小刀と何の関係があるのじゃ?
 目的と申しておるが、どうも結びつかぬのじゃが…」

 ジュースをすすりながらシェルが首を傾げる

 確かに、目の前の小刀と彼らの目的とするスパイ業
 この2つを直接結びつけるのは難しい


「そうですね…貴方たちになら話しても問題ないでしょう
 これは私達が手に入れた最新の機密情報なのですが…」

 そう言うとアストロメリアは酒のグラスを置き、代わりに水を注ぐ

 酒の席という事もあって、そう堅苦しくは感じない
 しかしこれから彼が語るのは紛れも無い機密情報

 彼なりに酔いを醒まそうとしているらしい



「ティルティロ国は強大な存在ですが…どんな相手にも弱点は存在します
 魔女達、そして魔王が最も恐怖する弱点に関する情報を私達は入手しました」

「弱点…」

 それさえわかれば、小さなディサ国でもティルティロ国に勝てるのだろうか
 もしかしたら今、自分達はとてつもない情報を耳にしようとしているのかも知れない

 彼らが情報を提供してくれるのは、あくまでも自分達を騎士と信じての事だ
 ……良心が痛む

 しかし、ここで得た情報がいつか、何らかの役に立つかも知れない
 少なくとも自分達はこれからも旅を続ける身だ

 そう思う事で少しでも罪悪感を軽減したかった





「それで…魔王の弱点とは…?」

「勇者です」

「………は?」

「魔王は勇者に倒されると言うのがセオリーです」


 ………。
 どっと肩の力が抜ける
 罪悪感と戦いつつ、真面目に聞いてしまった自分が悲しい

 彼は…アストロメリアは、どこまで本気なのだろう

 カーマインの世界にだって、もちろんこの世界にだって
 悪の魔王が正義の勇者によって討伐される物語は大量にあふれている

 誰だって一度は目にした事があるだろう、小説やコミックの定番ストーリーだ



「…アストロメリアさん…確かに俺はその手の話、大好きですよ?
 でも、流石にその話を鵜呑みにするほど子供じゃないんですけど…」

「御伽噺のようですが、これは本当の事です
 そのようにお告げがあったそうです」

「…………。」

「……その目は…信用していませんね…」

「ええ…まぁ…」


 いくらファンタジーな世界だからって、流石にそれは信じられない
 2番煎じどころか10番煎じを軽く越している

 あまりに古典的過ぎて、逆に新鮮な気さえしてくる

 信じていないと言う事を知ると、アストロメリアは話の方向を変えた
 どうやら真っ向から説得しても無理だと悟ったらしい




「魔女の中には強い予知能力を持つ者も存在します
 俗に言う預言者…精霊王からのお告げを聞く事が出来る存在です
 貴族や王族など、身分の高いティルティロ国民は冠婚葬祭…
 事ある毎に預言者からお告げを聞く風習があるそうです」

「ふぅん…精霊王からのお告げねぇ…」

「……ティルティロ国とディサ国が争う事になった根本的な原因をご存知ですか?」

「へっ…?
 ええと、魔王が王子に王座を渡したくないとか…そんな話でしょう?」

「要約すればそうですが、それでは何故魔王は実子である王子に王位を渡したくないのか…
 その理由はご存知ですか?」

「…………。」


 知るはずが無い
 本物の騎士であれば知っているのかも知れないが、自分達は所詮、一介の旅人だ
 一度も踏み入れた事すらないディサ国とティルティロ国の諍いの原因など想像も付かない

 カーマインは素直に首を横に振った


「…そうでしょうね
 ティルティロ国の中ですら、殆ど知られていない事ですから」

「………何が原因だったんですか?」

「現魔王…クレージュが即位した際にも預言者を呼び、国の未来を予言して貰ったそうです
 大抵は在り来たりなお世辞混じりの言葉と国の発展を望み祝う恒例行事なのですが…
 魔王クレージュの場合は、そうではありませんでした」


 アストロメリアの言葉は相変わらず淡々としている

 もっと含みを持たせてくれれば重みも出るのだが、
 口調のせいか、どうも機密情報を聞いている気がしない

 カーマインの方も、ついつい軽い気持ちになってしまう




「何か、悪い内容のお告げがあったんですか?」

「ええ…魔王クレージュに姫は授からない、と
 ティルティロ国は女王が治める魔女の国です
 姫が授からないとなれば、王子の元に有能な魔女を嫁がせるしかありません」

「女王国家かぁ…
 俺が知っている国では王子が重宝されるのばっかりだけど、
 ティルティロ国は魔女の国だけあって逆なんですね」


「はい…しかし、不幸は重なりました
 予言には続きがあり、魔王クレージュには2人の王子が授かる
 しかし…その2人は妻を娶る事は無く、そして子を宿させる事も無い、と」

「……えっと…それは……」

「つまり、クレージュの…アイニオス家の血筋は途絶えると言う事です」


 女王に即位して間もなく
 血筋は途絶えると告げられたクレージュは、一体どんな心境だったのだろう

 新たな魔王の誕生に祝うムードは瞬時に絶望へと変貌した筈だ



「このままでは、行く末に待つのは滅亡…
 それを防ぐには新たな世継ぎを得るしかありません
 実子に世継ぎの希望が無いとすれば、養女を当てにするのが自然な流れです」

「養女…ですか?」

「ええ、子供を授からなかった王族が優秀な魔女を養女として迎えたと言う前例もあります
 ですがそれは、あくまでも子供を授からなかったからです
 まだ若い女王が…しかも王子の誕生を告げられた身です
 新たに養女を得ようとするのは体裁が悪過ぎると言えるでしょう」


「……身分が高い分だけ、そういう周囲からの目も気になるんですね」

「魔王はその預言者を遠国へ追放し、断絶の話を揉消しました
 そして、彼女なりに考えた結果が…王子を亡き者にするということ
 第一王子は逸早く魔王の目論見に気付いた側近が遠国へ隠したそうです
 表向きは魔王による追放と言う形になっていますが…実際は逃げられたようです」

「新しく養女が欲しいから実子を殺そうとするだなんて…
 さすがは魔王だ、考える事が鬼畜過ぎますね」


 自分の子供よりも王家を取る
 王子の死より血筋の断絶に恐怖する

 …凡人には理解出来ない
 むしろ、絶対に理解したくない




「魔王と言えども民の心を得てこその統率力
 表立って王子を手に掛ける事は出来ませんでした
 第一王子は事故を装って殺害しようとし…事前に見抜かれて逃がしてしまった
 魔王は今度は確実な手段を取りました
 ディサ国へ追放した第二王子に反旗の罪を擦り付ける事で戦争に正当性を持たせました」

「言い掛かりで戦争に持ち込まれるなんて、いい迷惑じゃな」

「いや…迷惑どころの話じゃないから」


 黙って話を聞く事に飽きてきたのか、シェルが言葉を漏らす
 外し気味のシェルに、とりあえず突っ込みを入れるカーマイン


「…失礼致しました、話が逸れましたね
 つまり、この戦争も元は予言が発端と言う事です」

「戦争に発展するほどティルティロ国では予言が大きな存在で…
 事実、魔王には姫は授からず王子が2人授かった
 要するに、勇者の予言も信憑性がある…というわけですか」

「はい、そういう事です」


 ティルティロ国で預言者によるお告げが、
 国を左右するほどの重要な役割を果たしていると言う事は理解出来た

 それほど信じられている予言だ
 勇者の話もあながち嘘ではないのだろう





「…わかりました、勇者の話を信じます」

「ありがとうございます……」


 普段からあまり話さないというアストロメリア

 一度に多くを語った為、疲れたのだろう
 一旦、言葉を切るとグラスの水を口に含む

 騎士ではないカーマイン達にとっては、あくまでも興味本位の要素が強い
 しかしアストロメリアにとってはこれも仕事の内だ

 しっかりと喉を潤してから彼は再び口を開いた



「……それで、勇者の話に戻りますが…」

「勇者はどこにいるんですか?」

「わかりません」

 ………。
 あまりにもあっさりと会話が終わってしまった

 いや、確かに
 勇者の居場所がハッキリしているなら既に大きな動きがある筈だ

 それが無いと言う事は、勇者の発見には至っていない…という事なのだろう



「本来ならば勇者は既にこの世に現れ、魔王を討伐している筈でした
 しかし、勇者が世に生を受ける直前…
 魔女の手により、その魂を真っ二つに砕かれたと聞きます
 そのせいで勇者には魂が半分しか残らなかったと…」

「魂が半分でも、とりあえず誕生はするんですね
 …でも、魂を砕かれたらどうなるんですか?」

「魂が半分失われた状態で生まれる…
 それは本来、身に宿す筈だった勇者としての能力を
 半分しか受け継いでいない状態で生まれると言う事になります」

「つまり、勇者としては未熟って事ですか?」

「平たく言えばそうなります
 勇者として、そして人として大切なものが半分、欠けてしまった状態…
 未熟で不安定な勇者には、既に魔王を討ち取る力は残っていません」


 ……何というか
 始まる前からバッドエンドのフラグが立っている

 勇者が生まれる直前の攻撃
 この行動の早さもお告げあってのものなのか





「ですが、希望が完全に失われたわけではありません
 打ち砕かれた魂の半分はその場を逃れ、長い年月を掛けて再生しました
 そして限りなく完全の形に近い状態で新たなる勇者として生を受けたと聞きます」

「勇者は2人いるんですね」

「いいえ、もっと大勢いる筈です」

「……は?」


 勇者と言えば物語では主人公
 そんな主人公クラスの存在が大勢いても良いものなのか

「最近になって判明したのですが…
 魂は打ち砕かれた際、大きく2つに分かれました
 しかし…その際にほんの小さな魂の欠片も生じたのです
 そして、その魂の欠片も各々その場を逃れて新たなる宿主を探し散り散りになりました」


 ………それって……

 何か、嫌な予感がする
 でも恐らく、この予感は間違っていない

 つまり……



「…その魂の欠片を宿した勇者も探さなきゃダメ…って事ですか?」

「はい、気の遠くなるような話です
 先にも述べましたが勇者の魂は砕かれています
 砕かれた破片も含め、全ての魂を併せなければ本来の勇者の力が発揮されません
 そして、勇者の力無くしてディサ国の勝利はありえない…」

「な、なかなか…厳しいですね」

 何人存在するかもわからない勇者
 しかも、所在地すら不明

 ……これ、勇者が揃う前にディサ国が壊滅するんじゃ……?


 実際に口に出せば海賊達から袋叩きにされそうな考えが過ぎる
 アストロメリアではないが、本気で気の遠くなる話だ




「ですが、雲をつかむような話…というわけでもありません
 勇者の情報はティルティロ国に探りを入れれば随時、最新の物が得られます
 魔女達にとっても勇者の復活は死活問題…情報に不足はしません」

「魔王側が必死に勇者の情報を集めれば、
 その分だけこっちにも情報が流れ込むって事ですか」

「ええ、海賊は世界中の海を旅していますから様々な地域の情報が耳に入ります
 そこに目を付けたティルティロ国の方から私達へ情報を求めて来る事もあります
 こちらからは偽の情報を流し、代わりに有益な勇者の情報を得る…実に効率的です」


 ……良い性格をしている
 味方だと心強いが、敵に回すと厄介だ

 ディサ国は彼らを味方に付けて良かったと心底思う



「それで、具体的にどんな情報が…?」

「勇者達は皆、未熟で不完全な状態です
 しかしそれを補うべく、勇者を守護する存在が傍らにいるという事が判明しました」

「勇者を守護する存在ですか…?」

「はい、魔女達は彼らを『ガーディアン』と呼んでいます
 不完全な勇者を守護しながら完全な姿へと成長を促す存在のようです
 勇者とガーディアンは強い絆で結ばれ、互いの弱点を補い合います
 魔女達にしてみれば厄介な敵が増えたようなものですが、私達にしてみれば好都合」

「………。」


 何で、勇者は漢字でガーディアンは片仮名なんだろう…
 どっちかに統一すれば良いのに

 魔女は何でも片仮名にしたがるのだろうか――…
 いや、今はそんな事はどうでも良いか





「ガーディアンと勇者の情報も微々たる物ですが入手しています
 私達は、これらの情報から該当する人物を探し当てディサ国へ導く役割を担っています
 どちらが早くガーディアンと勇者を発見出来るか…魔女との競争です」

 競争、と聞くと何となく平和的な感じがする
 しかしこの競争に負ければ勇者とガーディアンは命を落とす
 そしてそれはディサ国の敗北へと繋がる

 響きとは裏腹に、なかなか過酷な役割だ


「ふむ…バイオレット海賊団が何をしておるかは、よくわかった
 じゃが、アストロメリアの小刀と勇者の話がどう繋がるのじゃ?」

「勇者を探す際のヒントとなる情報に、この小刀に良く似た話が出て来ます
 確か月の勇者を指し示す内容だったと記憶しています」

「月?」

「あ…はい、魂が砕かれた結果、複数の勇者が誕生しました
 各々の勇者を区別する為、魔女達が名付けたそうです
 全ての勇者を一括りに呼んでしまっては混乱しますので」

「ふむ…一歩間違えば勇者Aや勇者1号という名称になっていた可能性もあるのじゃな」

「……勇者って響きが一気に安っぽくなるな、それ…」


 それならまだ『月の勇者』の方が響きが良い



「…月がいるって事は、太陽もいるんですか?」

「はい、月と太陽は勇者の中でも代表格となる存在です
 他にも4名の勇者の存在が明らかとなっています
 黄金の輝きに守護された光の勇者
 慈愛の信念に守護された海の勇者
 忠誠の誇りに守護された命の勇者
 そして転生の風に守護された死の勇者
 現時点で把握出来ているのは、この6名です」

「慈愛の信念とか言われても、よくわからぬのぅ…」

「ですが守護という言葉から察するに、
 このキーワードがガーディアンを指し示していると考えられます
 ただ漠然とし過ぎているせいで個人の特定に困難を極めているのが辛い所です」


 予言というのはそういう物なのかも知れないが、
 もう少し、わかり易いストレートな表現が欲しい所だ

 あまりにも情報が少ない






「……ん…うぅ……アストロメリア、水……」


 酔い潰れていた筈のロイドが微かに呻く
 どうやら目を醒ましたらしい

 アストロメリアが飲み掛けの水を差し出すと、ロイドは勢い良くそれを飲み干した


「ふー…生き返った―――…って、何だぁ?
 宴の席には似合わねぇ、真面目腐ったツラしやがって」

「勇者とガーディアンについて話していました」

「うーん…もう少し情報が欲しい所ですよね
 他には何か無いんですか?」


 カーマインがロイドに話を振る
 今まで潰れていた相手に大した回答は期待していなかったが、
 ロイドは懐から適当に丸められた紙を取り出すと、それをテーブルに広げた


「そういや忘れてたが…
 魔女から聞き出した予言をあんたらにも教えとこうと思ってな
 宴が始まる前に書き写しておいたんだ、受け取ってくんな」

「わざわざすみません」

「いいや、気にすんな
 あんたらなら構わねぇよ」



 どこにでもあるような便箋だ

 そこに並んだ文字は無骨で、お世辞にも上手とは言えない
 しかし、一文字ずつ丁寧に書かれているのが傍目からもわかる

 綺麗な走り書きよりも、汚いながらも丁寧に書かれた文字の方が、ずっと嬉しい

 目の前の見るからに不器用そうな男が、
 便箋に向かって丁寧に文字を書く姿…想像するだけで和んでくる


「…本当に、ありがとうございます」

「ちょっ…よしてくれ、照れるじゃねぇか…」

 ぼりぼりと頭を掻くロイド
 耳と頬が赤いのは酔っているせいだけではないだろう


「あー…オレの字なんざ読めたもんじゃねぇかも…
 とりあえず読み上げとくわな」

 照れを誤魔化したいのかロイドは便箋を手に取ると、その文字を読み始める



「えーっと…空は分かれ太陽と月が生まれた
 零れ落ちた空の欠片は時を越え時空を越え星になった
 光り輝く星は黄金の輝きに護られ仲間を照らし、
 海をたゆたう星は慈愛と揺ぎ無い信念に護られ海原を馳せる
 古の命を受けし星は忠誠の誇りに護られ呪縛を断ち切り、
 死せる星は転生の風に護られ諸刃の血潮で穢れを祓う
 太陽は聖なる炎に輝き天空を舞い、堕ちた月は闇に震え傷付けぬ刃の裁きを待つ
 太陽、月、星々が重なる時、空は甦り新たなる世界が産声を上げるだろう」


 基本的に、先程アストロメリアから聞いた話とそう変わらない
 この情報で何処の誰が勇者だと断言するのは難しい

 匙を投げたと言わんばかりにシェルがうな垂れる


「……さ、さっぱりわからぬ…
 これが特定の誰かを示しておるのか?
 難解過ぎるじゃろう…」

「うーん…とりあえず、月の勇者の『傷付けぬ刃』ってのが、
 アストロメリアさんが持っているナイフの事なんですか?」

「この決して鞘から抜けない小刀で傷付ける事は不可能でしょう
 …刃の潰れた剣やペーパーナイフなど、同条件の刃は数多く存在しますが…」

 しかし、それでも『傷付けぬ刃』という記述はこのナイフを指している
 そう彼に確証させる何らかの要素を持っている筈だ

 目で促すとアストロメリアは静かに言葉を続けた



「このナイフには月…上弦の月のレリーフが彫られています
 それも普通の半月ではなく、強引に砕かれたかのような…
 ひび割れのような傷がデザインされた月のレリーフが」

「このひび割れは…途中で付いた物ではなさそうですね」

「はい、最初から『砕かれた月』をモチーフにデザインされているようです」


 魂を砕かれた月の勇者と、砕かれた月のレリーフ
 恐らくそれがアストロメリアが感じた『運命的なもの』なのだろう

 『砕かれた月』をモチーフにしたものなんて、そうあるものではない


「現状では、あまりにも情報が少な過ぎます
 この小刀を手掛かりにするしか無いと言った方が正しいかも知れません」

「こんな少ねぇキーワードから個人を特定するなんざ無理に決まってらぁ」

 半ば自棄気味に吐き捨てるロイド
 シェルもそれに頷こうとして――…ふとカーマインに目を留める

 彼はロイドから手渡されたメモを眺めながら、しきりに何かを呟いている



「……カーマイン、どうしたのじゃ?」

「いや、俺なりの解釈だけどさ
 ここから個人を特定…出来るかも知れない
 流石に完全には無理だけど、それなりに絞り込めるんじゃないかな」

「なっ…!?」

 思わず立ち上がるロイド
 その衝撃で空のグラスが倒れたが、既にそんなものに気を払う者はいなかった


「いや…あくまでもキーワードから想像しただけなんだけど…」

「是非、お聞かせ下さい」

「あ…はい、それでは俺なりの解釈なんですが…
 ここにある『古の命』っていう記述がありますよね?」

「はい…」

「これって命を『いのち』と読むか、
 『めい』と読むかによって意味合いが変わってくるんです」

「命を『いのち』と読むのなら、そのままの意味合いですが…
 成る程、『めい』は…命令、使命…そのような意味合いと取れると…?」


 アストロメリアの言葉にロイドとシェルが唸る
 カーマインは静かに頷くと、更に言葉を続けた



「古の『いのち』なら古くから生きている存在…長寿な種族を指すのかも知れません
 そしてこれが古の『めい』と読むのなら、
 何らかの過去とのしがらみが関連しているとは考えられませんか?」

「……と、申しますと…?」

「ここからは完全な俺の妄想なんですが…
 例えば……昔々、ある所に1人の戦士がいました
 彼は力試しがしたくなり、封印された恐ろしい怪物を呼び出してしまいます
 しかし怪物はあまりに強く、戦士は倒されてしまいました
 このままでは人々は怪物に食べられてしまいます
 そこで代々、戦士の子孫を怪物に生贄として捧げる事で人々は安全な暮らしを手に入れました」


 シェル、ロイド、そしてアストロメリア
 彼らは一言も言葉を発する事無く、カーマインの話に耳を傾けている


「…さて、時は流れて数百年後
 とある村にとても美しい娘がいました
 彼女は戦士の子孫で、生贄となる呪われた運命を背負っていました
 ある日、1人の騎士が村を訪れます
 騎士は美しい娘を一目見るなり恋に落ち、彼女を助ける事を誓いました
 怪物を再び封印できるのは、封印を解いた戦士の子孫である彼女だけ
 騎士は彼女を護りながら怪物の巣窟へと向かい、
 そして見事、怪物を封印する事に成功しました
 古の呪縛を断ち切った娘は騎士と幸せに暮らしましたとさ――…めでたしめでたし」

 そこでカーマインの話は終わった

 …………。
 話が終わっても3人は神妙な面持ちで黙り込んでいる

 カーマインは首を傾げながら再び口を開く



「忠誠の誇りっていうキーワードから騎士を連想してみたんだけど、どうかな?
 とりあえずこの場合、娘が勇者で騎士がガーディアンって事になるんだけど…
 美少年と旅の騎士の方が良かったかな、腐的な意味で」

「……いえ…何と申しますか……」

「カーマインよ…それだけの単語から、
 よくぞここまでのストーリーを想像出来るのぅ…」

 うん、うん
 シェルの言葉に力強く頷く海賊2人





「いや…こういう妄想力は俺の専売特許みたいなものだからさ」


 ひとつの単語をどこまでも深読みし、
 独自の妄想と解釈で肉付けして行ってストーリーを膨らませる

 それは決して難しい事でも、珍しい事でもない

 ゲームやコミック中の些細なセリフを取り零さず深読みし妄想を膨らませ、
 カップリングを築き上げる…二次創作に萌える腐女子の必須スキルだ

 腐男子であるカーマインも例外ではなく、このスキルを身に付けている


「すげぇ…あんた、すげぇよ…!!」

 ウルウルと瞳を潤ませて今にもカーマインの手を握りだしそうなロイド
 どうやら海賊達の中には、カーマインほど妄想力が逞しい輩はいないらしい

 オタクの妄想スキルに本気で感動している
 流石に感涙までされてしまうとカーマインの方が困る



「あの…俺の話はあくまでも一例ですから
 今回は『命』を『使命』という意味合いで解釈しましたけど、
 もしかすると両方の意味合いを含んでいるという可能性もありますし」

「ですが予言のキーワードからストーリーを導き出して解釈するという技術…
 素人業とは思えません、本当に素晴らしい…」

 素人…
 確かにパンピーと一緒にされては困る

 彼は正真正銘のオタクなのだから


「…まぁ、こうやって何通りかの例を立てて、
 それに該当する人物を捜せばヒントになるんじゃないかな
 例えば祖先が犯した罪を現在も償っている長寿の種族と
 忠誠心あふれる誇り高き人物の組み合わせとか…」

「ふむ…確かに、その組み合わせならかなり絞り込めるのぅ…」

「よし、何通りか例を考えてみよう
 もしかすると、その中に正解があるかも知れないだろ?
 思い付く限りの選択肢を挙げて総当たりで行くしかない」


「うむ…勇者とガーディアンは強い絆で結ばれておる
 つまり該当する人物は2人組みであると考えた方が良さそうじゃな」

「ああ、幼馴染や親友、恋人、肉親…色々考えられるけど、
 キーワードに当てはまる2人組みなら、それなりに絞り込める筈だ」


 軽やかに階段を駆け上がるかの如く話が進んで行く

 予言の内容を逸早く手にしながらも、
 頭を捻る事しか出来なかった海賊達はただ感心するしかない





「リーダー格の太陽と月の勇者に関しては、
 ガーディアンの情報が無いのじゃな」

「本当は真っ先に見つけたいんだけどなぁ…
 特に太陽の勇者は魂が完璧に近い形なんだろ?
 って事は、やっぱり勇者達の中でも一番強いんだろうし…
 出来れば一番早く見つけて味方にしたいよな」

 便箋に書かれた文字を指でなぞると、
 カーマインは目を閉じて暫く思案に暮れる

 この場では想像力の逞しいカーマインが頼みの綱だ
 黙って彼の言葉を待つ3人

 やがてカーマインはゆっくりと口を開く


「……空…と、太陽……月……
 もしかして太陽と月の勇者は対になる存在なんじゃないかな」

「…対になる存在?」

「天空を舞う太陽、堕ちた月
 輝く太陽、闇に震える月…
 対照的とも取れる記述があるんだ」

「ふむ…」

 確かに月と太陽

 それぞれ朝と夜の象徴だ
 正反対の存在を比喩する言葉に使われる事も多い


「成る程、この対照的な部分がヒントとなりうるというわけですか」

「………確かにそれも大切だとは思うんです
 でも、そうじゃない部分…例えば刃や炎の記述がありますよね
 俺はどうしても、そこが気になるんです」

 そう言うとカーマインは、テーブルの上の小刀を指でつつく




「対照な記述を意識しているのなら、刃や炎の記述だって対になる筈…
 でも、その部分には触れられていない…それは何故でしょう?」

「…んなもん、オレらに聞かれても…」

「聖なる炎の逆は何だと思います?」

「…えっと…邪悪な……水…か?」

 彼の言葉にカーマインは頷く

 ほっと安堵の息を吐くロイド
 抜き打ちテストをさせられている気分だ



「それでは傷付けぬ刃の裁き…これの反対は?」

「ちょっ…一気に難易度上がったぞ!?
 えっと…あー…刃の反対って何だ…盾か?
 盾…防御する物…一見、怪我しなさそうなモノで怪我する…みたいな事か?
 それで裁き…裁きって罰だよな…罰の反対……赦すって事か?」

 冷や汗をかきながら首を捻るロイド
 見るからに無骨な海賊は、頭を使うことが苦手なようだ


「恐らく、その解釈で間違っていないと思います
 俺の推測ですが…この書かれなかった対の部分
 妙に引っ掛かる違和感…俺はその部分に深い意味を感じずにはいられない
 この隠された部分こそがガーディアンを表すヒントなのではないかと思うんです」

 あえて記述されていない部分に潜んだヒント
 恐らく、ただ予言の内容を読んでいるだけでは気が付かない

 まるで探偵のようなカーマインに、思わず拍手を送る3人




「つまり月の勇者のガーディアンは邪悪な存在で、
 海なのか川なのかはわかりませんが、水と深い関わりのある人物
 …確証はありませんが、俺ならそう考えます」

 カーマイン本人はあくまでも推測、確証は無いと断言する

 しかし、他の考察など想像も付かない海賊達は
 彼の案を全力で支持するしかない


「オレはその考えで良いと思うぜ
 …つーか、オレらじゃ想像もつかねぇしよ
 それで…太陽のガーディアンはどんな奴だと思うんだ?」

「そうですね…
 月の勇者の記述に『震える』とあります
 震えから連想されるのは恐怖や怯え…
 その反対の意味を汲み取って…太陽の勇者にとってガーディアンは、
 信頼出来る…傍にいると安心出来るような存在だと考えられます」

「まぁ、強い絆で結ばれてるって話だからな
 信頼関係が無きゃ、ガーディアンにはなれねぇだろう」



「ええ、それから傷付けぬ刃の裁き…
 これを正反対にして人物に当て嵌めて考えましょう
 盾という言葉から俺はボディガードのようなものを連想します
 きっとガーディアンは身を盾にするほど勇者を大切にしているんだと思います
 そして勇者の方も盾となって護ってくれるガーディアンを心から信頼している…
 …でも、結果的に護るべきガーディアン自身が勇者を傷付けてしまう
 それが精神的な裏切りなのか物理的な暴力なのか、
 もしくは殺人未遂なのか…そこまではわかりませんが」

「何だか…哀しい存在じゃな」

「ああ、でも救いもあるんだ
 ロイドさんが言った『赦す』というキーワード
 勇者がガーディアンを赦すのか、ガーディアンが勇者を赦すのか
 それとも互いに赦し合うのか…それはわからないけど
 でも『赦し』によって2人の絆は断ち切れる事無く繋がり続ける…そんな気がする」


 『傷付ける盾の赦し』

 このキーワードから、よくぞそこまで複雑な関係を考え付くものだ
 カーマインの妄想力に底知れない物を感じる

 逸早くカーマインを『只者ではい』と捉えていたアストロメリアだったが、
 良い意味で想像を遥かに裏切られた




「全部、俺の勝手な想像です
 所詮は即興で作った物語…信憑性は皆無です
 その辺は忘れないで下さい、見当外れだったと怒られても責任は取れません」

 冗談っぽく舌を出しておどけるカーマインに、その場の空気が和らぐ
 自然と力が入り、場の空気が緊張していた事に今更ながらに気が付く


「あー…大丈夫だ、あくまでもこれは酒の肴に持って来た話…
 そうだよな、アストロメリア?」

「はい、宴の席に持ってくる話題としては少々硬過ぎましたが…」


 交わされた話の内容は、決して軽くは無い
 それはそうだろう、ディサ国の運命を左右するような機密情報なのだ

 しかし海賊達にとっては、あくまでも酒の肴として出た話題という感覚らしい
 それでも構わない…というより、その方がカーマインたちも気が楽だ

 場の雰囲気が先程までとは打って変わった、無礼講の宴モードに変わる

 堅苦しい話はここでお終いとばかりに、
 アストロメリアは再びグラスに酒を注ぎ始めた



「…あ、すみません
 俺…ちょっとトイレ行って来ます」

「じゃあ、拙者も」

 カーマインとシェルが連れ立って席を立つ

 彼らの姿が完全に部屋から出て行くのを確認してから、
 2人の海賊は互いに顔を見合わせた


「…アストロメリア、お前の見込みは間違いねぇ
 あのカーマインってガキは、やっぱり学者か賢者だ」

「はい…私も確信しました
 あの発想力に読解力…どう見ても素人ではありません」

「あいつらは示し合わせたかのように連れ立って出て行った
 恐らくは今得た勇者やガーディアンの情報に関して話し合いに行ったんだろうな」

「そう考えて間違いないでしょう
 やはり彼らはお忍びで訪れたディサ国の重役…」

「重役どころか重臣クラスかも知れねぇ
 あの才能ならリノライ様のブレインとしても一役買えそうだ…」


 当の本人が聞いたら笑い転げそうな過大評価
 短時間で随分と株を上げてしまったカーマインだった





 一方、トイレで用を足しているカーマインたちは――…


「いやぁ…それにしても、勇者とガーディアンの話はアツいよな」

「むっ…カーマインもそう思ったか
 そうじゃよな、あれは完全に萌えネタじゃよな!?」

「俺…アストロメリアさんやロイドさんの説明聞きながらさ
 どっちが受けかなってカップリング妄想が止まらなくて…」


 ロイドとアストロメリアの読みは間違っていない
 確かに2人は勇者とガーディアンに対して互いの意見を述べていた

 しかし、その内容は既に彼らの理解の範疇を超えている



「拙者の見解としては死の勇者はヤンデレ系の受けだと思うのじゃ」

「あー…いいな、それ萌えだわ
 こういう場合カップリング表記としては風×死ってなるのかな?」

「月と太陽ならば、どう見る?」

「本来1つだったのが2つに分かれたって設定だろ?
 じゃあ二卵性双生児の兄弟で近親相姦ネタとかどうだ?」


 どこまでも暴走する腐男子2人
 暴走を通り越して既に異次元へ迷子とも言える

 萌えネタを手にしたオタクとは、まさに水を得た魚
 鬼に金棒、オタクに萌えネタ

 もはや誰にも止められない



「あー…久々に創作したくなったな
 輝×光とかでエログロな18禁モノとか」


 シャレにならない
 こいつの場合、本気でシャレにならない

 言葉を実行に移せるだけの妄想力も画力も文章力もある
 更には製本技術までもを持ち合わせている

 やろうと思えば勇者総受け本を世にバラ撒く事だって可能なのだ

 魔王の敵は勇者だが、
 勇者の敵はカーマインなのではないだろか


 少なくともモンスターや魔女を刺客として向けられるより、
 自分を題材にしたエロ本をバラ撒かれる方が精神的に辛い

 この上なくタチの悪い無差別テロとも言える

 もしシェルが勇者の立場だったら、
 魔王より先にカーマインを殺る



「魔王が貴腐人だったら俺とタッグを組んで欲しいよな」


 勇者を追い詰めてどうする

 というか
 魔王をどんな目で見ているんだ、お前は

 ティルティロ国は魔女の国だが、
 決して腐女子の巣窟ではない


 ロイドがこの場にいたら全力で、そう突っ込んだだろう
 しかし不幸か幸いか、彼らを止める事が出来る存在は誰もいなかった…






「お待たせしました〜」


 妙に血色良く戻って来た2人の腐男子
 そんな彼らを半ば尊敬にも似た眼差しで迎える海賊達

 知らない方が幸せ、とはよく言ったものである


「丁度今、新しい樽を用意した所です
 カーマイン様はとても強いようですから…」

「アストロメリアさんだってお酒、強いですよね
 あんなに飲んでるのに顔色がずっと変わらないじゃないですか」

 カーマインもアストロメリアも酒量は大して変わらない

 既に大きな酒樽が空になるほど飲んでいる
 周囲が酔い潰れる中、彼らだけがケロリとしていた


「…良かったな、アストロメリア
 お前と同等にやれる奴なんざ、そういないぜ」

 げんなりとしたロイド
 既に二日酔い気味なのか、顔色が悪い
 飲むのは好きだが決して強くは無いタイプなのだろう



「あー…気持ち悪ぃ〜…」

「ロイドさん、それじゃあ俺の挑戦を受けてくれませんか?」

「ち…挑戦だぁ!?」


 ぎょっ、とロイドが目を見開く
 思い出すのは昼間のアストロメリアの姿

 流石に、ああはなりたくない


「そんなも警戒しないで下さい
 大丈夫、ちょっとしたクイズですよ
 軽く頭を使えば気持ち悪さも紛らわせるかも知れないでしょ?」

 ちょっとしたクイズ
 しかし彼らにとってカーマインは賢者だ

 どんな無理難題を出されるのか
 海賊達の間に戦慄が走る


 彼らが固唾を呑んで見守る中、カーマインは笑顔でテーブルに手を伸ばす

 そこにあったのは、どこの家庭にでもありそうなティッシュの箱
 カーマインは一枚抜き取ると、それをロイドの前に広げた



「さあ、ロイドさん…俺からの挑戦です
 このティッシュを10回折りたたんで下さい

 どんな挑戦だ

 緊張して身構えていた分、拍子抜けする
 半ば脱力視ながらもロイドは素直にティッシュに手を掛けた


「折角ですからアストロメリアさんも挑戦してみて下さい」

「これは半分半分に折り畳めば良いのですか?」

「そうです、頑張って10回折って下さい
 …難しかったら9回でもいいですよ?」

「なっ…バカにすんじゃねぇよ
 この位、余裕で出来るに決まってら」


 屈強な海賊たちが神妙な面持ちでティッシュに向かう

 ……実に珍しい光景だ
 一見、内職に見えるのがまた切ない

 興味が沸いたのか、シェルまでもがティッシュを折り畳み始める



 そして、3分後―――…



「………ダメだ、8回目で心が折れた


 ティッシュを白旗代わりに掲げる海賊達の姿がそこにあった

 海賊VSティッシュ

 この世にもどうでもいい勝負の行方は、
 ティッシュに軍配が上がり幕を閉じたのだった




TOP