その朝、少年は激しい頭痛と共に目覚めた。 実のところ、ここ一週間ほど、度々頭痛に襲われることがあった。しかし今日の痛みは、今までのものとは比較にならないほどのものだった。 「……っぅ」 声にならないうめき声を上げ、少年はベッドから這い出る。なんとかシンクまで歩くと蛇口を捻り、冷たい水を頭から浴びる。けれどもそれは、痛みを和らげることにはならなかった。 少年は、頭から水滴を滴らせたまま部屋の隅まで歩く。引き出しから頭痛薬を取り出すと、カプセルを三つ引きちぎって口に放り込み、無理矢理に水で流し込んだ。 冷蔵庫の脇に置いてあったタオルをひっ掴み、頭を乱暴に拭くと、少年は再びベッドに倒れ込んだ。 ……ポ〜〜ンッ! 『遠くで何かが鳴っている。何の音だろう。よくわからない。遠くなのに、良く響くな……』 ピンポ〜〜ンッ!! 『……ン?』 ピクリと反応した少年は、もそりと起きあがる。そして周りを見回す。 ピンポンピンポ〜〜ンッ! 再び鳴るチャイムに、少年はようやく我を取り戻したようだ。重たそうな体を引きずりながら、玄関先へと歩き、扉を開けた。 そこには少女が、少し怒った顔で立っていた。 「なぁに?もしかして、今起きたの?」 「あ、うん……ゴメン」 「まったく、時々だらしないんだから。しっかりしてよね」 「ゴメン」 「……もしかして、体調悪いの?」 少女は少年の顔色を伺って、急に心配そうな声色に変わる。 「……とりあえず上がってよ」 「うん……」 ウーロン茶を注いだグラスをテーブルに置いて、少年は話し始めた。 「最近、どうも頭痛が取れないんだ。風邪じゃないと思うんだけど……。ずっと痛いわけじゃなくて、朝起きたときとかによく、痛くなるんだよ」 「病院には行った?」 「ううん」 「行った方がいいわよ」 「うん、そうだね……」 少年は生返事を返すと、グラスに口を付けた。ウーロン茶の渋みが、妙に気になった。 「それと……」 「え、他に何かあるの?」 「うん、最近、変な夢を見るんだ」 「変な夢?」 少年は暫し目を瞑ると、テーブルの上のグラスを見ながら続けた。 「僕が、誰かとケンカしている夢なんだ。それも、普通じゃないケンカ。僕は相手に助けを求めてるんだけど、その相手は僕を罵って蹴ったりしてるんだ」 「なに、それ……」 少女は眉間にしわを寄せ、険しい表情に変わる。 しかし少年は少女の変化には気付かずに、声のトーンを落として続けた。 「そして……」 「そのあとで僕は、その相手の首を絞めるんだ」 「えっ……」 「……殺し合いだよね、それって」 「……」 少女の表情は、ますます暗く変わっていく。 「で、相手はどんなヤツなのよ」 気を取り直したように、少女は聞く。 「わからない。相手の顔は見えないんだ。でも……」 「でも?」 「うん……。ゴメン、なんでもない」 暫く、沈黙が続いた。 「ゴメン、変な話して。大丈夫、なんてことないよ。逆夢って有るじゃない。きっとそれだよ、それ」 「さ、それよりも勉強しようよ」 「うん、そうね」 取り繕ったように笑う少年に、少女もぎこちない笑みを向けた。 「今日は数学からだよね」 「そうよ、ビシビシ行くから覚悟しなさいよ」 テーブルの脇に置いてあった教科書とノートを広げると、少年と少女は向かい合って勉強を始めた。 * 二人が少年の部屋で勉強をするようになってから、十日ほどが経っていた。あの事件以来、二人は図書館通いを止め、少年の部屋で勉強をすることにしていた。それは二人にとって、とても楽しい時間であり、空間だった。 昼になると、少年の作った昼食を二人で食べる。テレビを見ながら、他愛ない話をする。午後になってまた勉強を始め、夕方になると、見送りがてら二人で散歩する。 週に一度は、勉強を忘れて遊びに行く『休息日』を持つ。 それは、本当に楽しい毎日だった。 全てに終わりがあるように、今日という日にも終わりはやってくる。 少年と少女は、真っ赤な夕焼けの中を、今日という日が過ぎ去っていくことを惜しむかのように、歩いていた。 「じゃ、この辺でいい」 「うん」 「今日は早く寝なさいよね。変な夢を見ないように」 「うん、そうだね」 そう言って、少年は微笑んだ。少女も、少年に笑みを返す。 「じゃ、またね」 「うん、また明日」 明日という日の約束を交わし、二人は別れた。 少女の背中を暫く見送って、少年は帰途についた。 同人誌収録作品 目次 Evangelion Fan Fictions INDEX HOME PAGE |