1997年2月18日、
翌日からの大雪を予感させる寒さの中で
ついに記念すべき瞬間がやってきた。
憧れのシルバーのRX−7が今、ここにたたずんでいる。
赤いランティス・クーペがいたはずの、この場所に…
思えばとても早い決断だった。
その年の正月、
私は布団の中でゆっくりと、ある考え事をしていた。
経営不振のマツダを傘下に収め、その再建に着手し始めたFordが
ロータリーエンジンの存続に難色を示しているという記事のこと…。
自分がサーキットで声をからして応援し続けたレーシングロータリー。
あの素晴らしい技術が消えるなんて、絶対にあって欲しくない。
REはマツダの個性の象徴ではないか。
これまで育んできた固有の技術を放棄することは
過去・現在・将来のRotaryユーザー、そして自分も含めた
世界中の多くのRotaryファンを悲しませることになる…。
そう思うと、いてもたってもいられなくなった。
いつかはRotaryに乗りたいと思っていた。しかし
そんな悠長なことは言ってられないのかもしれない、そう思えた。
今、自分がRotaryの将来のために何かできることはないのか?
私が契約書にサインしたのはそれから僅か数日後のことだった。
これから自分のものになるコクピットに初々しく沈み込み
ゆっくりとイグシッションキーをひねってみる。
「ブルルンッ」と一瞬、驚いたようにボディを揺らしながら
シーケンシャルターボで武装した13B−REWは
突如、目を覚ました。
明らかに今までのクルマとは違う、独特な鼓動が伝わる。
その瞬間、何ともいえない感情に包まれた…
この左足のすぐそばで、あのロータリーエンジンが動いている…
夢にまで見た、憧れのオリエンテッド・テクノロジー
そう、このクルマの心臓部で鼓動しているパワーユニットは
FISCOで、デイトナで、そしてル・マンで
その勇壮な孤高のサウンドとともに
輝かしい歴史を一から刻んできたエンジンとその源を同じにするものだ。
事実、ルマンを制覇したR26Bエンジンと比べても
その数こそ違えど、ローターのサイズは全く同一なのである!
とても誇らしい気分で一杯になった。
コイツとこれから付き合っていけるよろこび。
所有することの満足感。走らせることによって得られる充実感。
これほどまで熱い思いを傾けることのできるクルマが今あるだろうか。
…たしかにあるかもしれない、
熱狂的なファンの心をとらえて離さないクルマ達…。
でもきっと、それは世界中探しても少数派であることには違いない。
広く万人に適度な満足を与えるクルマ、そしてそれを支える技術
たしかにそれは必要だし、評価されて然るべきだ。しかし、
私は一人の熱狂的なクルマ好きとして、
自分の価値観にゆるぎない自信を持ち
より深い満足・より大きな喜びを求め続けていたい、と思う。
存在自体がメッセージを語りかけてくるクルマ。
かつて全世界が注目した革新的技術。
衝撃的なデビュー、長い道程の果てにつかんだ栄光。しかし…
少なくとも、このロータリーエンジンに関しては
RX−7・FD3Sが唯一の現在進行形であり、
この孤高のスポーツカーがまさに最後の砦となっている。
信じ難いかもしれないが、これは紛れもない事実なのである。
だから、このクルマの持つ使命はとてつもなく大きく
語りかけるメッセージにはただならぬ重みがあるのだ…
こうして1997年2月18日、私もその語り手の一人となった。
−第2話 おわり−