◎千々和泰明著『戦後日本の安全保障』(中公新書)

 

 

ウクライナの件もあってまさにタイムリーな本だね。戦後の日本の安全保障政策がいかなる経緯をたどってきたかがよくわかる。時間がない人は、「第1章 日米安保条約」「第2章 憲法第九条」だけでも読んでおくといいと思う。

 

細かいことには触れないけど、一つだけ指摘しておくと、「日本さえ平和であればいい」という一国平和主義は、奇妙な平和が続いた冷戦時はまだしも21世紀に入ってからはまったく通用しないってこと。

 

それは今回のウクライナ戦争でのヨーロッパの動きを見ても一目瞭然だよね。フィンランドやスウェーデンのNATO加盟問題もそうだけど、もっとよくわかるのはポーランドの態度だよね。今回のウクライナ戦争でもっとも強硬にロシアに対峙している国の一つはポーランドだけど、彼らがそうしているのはまさにウクライナをロシアに取られれば次は自国であることを歴史的な経験からよくわかっているから。つまり一国だけ平和を保つなどということは現実的には無理であることを経験的に知っているってこと。

 

日本は歴史的に領土を攻められたことは3度しかないそうで(歴史家の倉本氏による)、つまりこれまでは地政学的優位性のおかげで自国のことだけを考えていてもある程度通用してきた(だから鎖国もできた)。

 

でも世界中が経済を含め密接かつ複雑に関連し合うようになった21世紀においては、一国平和主義は、倫理・道徳的な問題はとりあえず脇に置くとしても現実的に成り立ち得なくなっている。それどころか地政学的に言えば、一国平和主義のせいで世界の平和が乱されているとも言える。

 

ニュースで報じられていたように、ロシアは極東軍をウクに投入しているらしい。なぜそんなことが可能かと言えば、直接国境を接している中国や北は中ソが対立していた時代とは違ってお仲間だろうし、一国平和主義に染まった日本はロシアからすれば安全パイに成り下がっているからだよね。だからロシアは、安心して兵力をウクライナに投入できる。これは、ウクライナからすればたまったものではない。

 

それから左右を問わず日本が安保常任理事国になるべきという見解をときに見かけるけど、その資格は今の日本にはない。だって安保理常任理事国になったら、国連憲章に規定されている集団安全保障を積極的に推進して、いざとなったら日本とまったく関係のない国であってもその救助のために兵力を出さんとならないから。安部たんの部分改正でも自国にまったく関係のない国に兵を出すわけにはいかんから、さらなる法改正をしない限り日本は安保理常任理事国になれるわけがない。

 

またそれと同じ理由で、NATOが太平洋地域に門戸を開いたとしても日本は現状では絶対に加入できない。もちろんいかなる見解を取るかは個人の自由ではあるけど、歴史を含めた事実関係を無視したらいずれたいへんなことになるよ。そのためにもこの新書本を読むことをお勧めする。

 

その意味では、私めは少なくとも安全保障に関しては、保守というかリアリストの立場をとっているけど、アイデアリストのなかにも傾聴に値する人はいる。その一人として、もうお星さまになったけど加藤典洋氏があげられる。彼の『戦後入門』(ちくま新書)を読んだとき、極左だと聞いていたから、またどうせ一国平和主義を唱えるのかと思って読んでいたけど、やがて全然違うことに気づいた。

 

彼は国連主義者だったと思うけど、まさに日本も国連の安全保障に貢献すべきで、そのためには武力衝突のために犠牲者が出る可能性があったとしても、日本の若者にも世界平和に貢献する機会を与えるべきだと書かれていて、「おお!これこそリベラルの鏡じゃ」と思った。もともとリベラルに対して私めが持っていたイメージは、たとえばスペイン内戦などで鉄砲を持って馳せ参じ自由のためにファシスト政府と戦った人々がその典型例だったから、「一国平和主義とはリベラルでもなんでもないじゃん」と思っていたしね。だから今の国連の機能不全は別としても、加藤氏の本は実に新鮮だった。

 

いずれにしても21世紀の現代においては、しかもウクライナ戦争が起こった今となっては、経済安全保障を含めた安全保障を軽視すればそれこそ国が亡びる結果になりかねない。だから戦後日本の安全保障政策の経緯を知るためにも、『戦後日本の安全保障』は有益な本だと言える。

 

 

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※2023年4月28日