◎小林武彦著『なぜヒトだけが老いるのか』(講談社現代新書)

 

 

タイトルもそうだけど、「はじめに」の次の文章を読んで、ふと思い当たったことがあった。「ヒトでは老後が30〜40年と非常に長いです。しかも、いわゆるヨボヨボな状態――シワが増え、動きが緩慢になり、物忘れがひどくなる――は、ヒト特有のものです。実は、これら長い老後もヨボヨボな状態も、ヒト以外の生物にはほとんど見られません。「老い」は「死」とは違い、{全ての生物に共通した絶対的なものではない/傍点}のです(5頁)」。「ヨボヨボ」などという言葉を使うと、ポリコレ全盛の今日では、「年齢差別だああああ!」という突っ込みが入りそうだなと思ったことは別として、ふと思い当たったこととは何かというと、銀河系一のイケメンジューシー(ジュウシマツ)だったトイちゃん(わがツイッターアカウントのアイコン参照。とうの昔にお星さまになって、今では銀河系のどこかで眠っているはず)を始めとするジューシーちゃんたちは、見た目はまったく老いずにお星さまになったこと。ただしトイちゃんや、お姉ちゃんの銀河系一のべっぴんさんジューシー、ピュリちゃんは飛翔力が次第に落ちていったけど、それは老化というより健康が悪化したということなのかもしれない。ただあとの章に「飼いイヌや飼いネコの老いた姿は目にしますが、野生ではあり得ません(52頁)」とあるので飼いジューシーのトイちゃんたちも、実際には顔がシワシワだったのに、体が小さすぎてその事実がわからなかったのかも。いずれにせよジューシーは最大でも七年程度しか生きられないようなので、特に不思議には思っていなかったわけだけど、人間以外の生物は野生ではたいていそうだというのは少し驚いた。

 

最初の「第1章 そもそも生物はなぜ死ぬのか」は、前著『生物はなぜ死ぬのか』(講談社現代新書)の復習なのだそう。ちなみに私めはそちらも読んでいる。その答えを一言でいえば、予想されるように「進化のゆえ」というものになる。次のようにある。「「分解=死」は進化に必須でした。これがないと、多様な新しいものが作れなかったのです。多様な新しいものが作れなければ、変わりやすい地球環境の中では、何も生き残れずに全て絶滅です。(…)実際には「死」には絶対的な理由があり、それは進化のためなのです(38〜9頁)」。

 

「第2章 ヒト以外の生物は老いずに死ぬ」という章は、タイトルや「はじめに」の主張を実証する自然界における、サケ、ネズミ、ゾウなどの例があげられている。「第3章 老化はどうやって起こるか」は、老化が生じる生物学的メカニズムが説明されている。テクニカルな説明なので、ここではこれ以上触れないけど、高校レベルの生物学の知識がありさえすればそれほどむずかしくはないので実際に読んでみましょう。

 

「第4章 なぜヒトは老いるようになったか」は、次の一文がすべてを表わしている。「「老化はヒトの社会が作り出した現象」と考えられます。生物学的に表現すると「なぜヒトだけが老いるのか」ではなく、老いた人がいる社会が選択されて生き残ってきたのです(117〜8頁)」。これは個人的な見方であって著者の主張ではないんだけど、ここで言う「老いた人」とは必ずしも人間だけを指すのではなく、文化や慣習などの形態で蓄積されている知識や知恵も含むと捉えたほうが妥当なのかも。

 

それから本論からはやや逸れるけど、政治家に関する興味深い記述があったので紹介しておきましょう。なお著者の言う「シニア」とは、単に高齢者を指しているのではなく、「集団の中で相対的に経験・知識、あるいは技術に長じた、物事を広く深くバランス良く見られる人を意味します(107〜8頁)」。政治家に関する記述とは次のとおり。「今でもシニアは組織をまとめ、利害を調整し生産性を向上させる上での重要な役割を担っているのです。¶国をまとめる政治家ももちろんそうです。これこそいろいろな人の利害関係がよくわかり、それらの調整ができるシニアが適材です。極端な理想や現状の批判だけを掲げて当選する政治家も時々いますが、その後の始末が大変なことになっている場合があるのはご存じの通りです。政策はもちろん大切ですが、刻々と変化する情勢の中で、適切に判断していく能力・経験・知識と人を説得できる人間性を持った人を、政治家には選ばないといけませんね(112頁)」。

 

著者は科学者だけど、この見解は正しいでしょうね。世の中は複数の事象や要因がますます錯綜し複雑化しているのだから、それらの事象や要因を解決する責務を負う政治家は一つの理念に凝り固まった革命家や活動家ではなく、調整に長けた人物でなければならないということ。ここで言う調整とは人間関係(内政)や国際関係(外交)の調整もあるけど、その時代の錯綜した事象の諸条件を最適な形態で調整することをも含む。たとえば現代で言えば、気候変動、エネルギー、経済安全保障などの問題を、目下の状況やそれら相互の関係を勘案しながら最適な形態で解決するなどといった具合。それにみごとに失敗した典型例がフランス革命と見ることができる。絶対君主制を倒すには、理念に基づく革命が必要だったのは確かとしても、革命家が退場せず政治に関与し続けたおかげで恐怖政治に陥ったのは、まさに政治が調整であることが忘れられてしまったからなのでしょう。革命家たちは、「刻々と変化する情勢の中で、適切に判断していく能力・経験・知識と人を説得できる人間性を持った人」に実権を早々と明け渡すべきだったということ。エドマンド・バークのような人がフランス革命を批判するのは、「老いた人がいる社会」、私め流に言い換えると文化や慣習などの形態で知識や知恵が蓄積されている社会が選択されて生き残るということを直観的に理解していたからなのでしょう。

 

それ以後の数章は、ポピュラーサイエンス本というより、自己啓発本的な印象が強く、よって特にコメはないけど、一点だけ、本書の結論とも思しき一文をあげておきましょう。「なぜヒトだけが老いるのか。それは死を意識し公共を意識するためです。死は何のためにあるのか。それは進化のためです。進化は何のためにあるのか。それは私たちも含めた地球上の全ての生物の存在理由なのです(218頁)」。厳密に言えば、最後の文章は直前の問いの答えにはなっていないように思えるけど(その存在理由が進化だという答えなら、循環論法?にすぎないし)、まあ言いたいことはわからないでもない。ということで、全体的には、かなり軽いポピュラーサイエンス本であるという印象を受けた。「よせばいいのに」と思えるようなオヤジギャグも漏れなくついてくるしね。

 

 

一覧に戻る

※2023年7月26日