◎伊東俊太郎著『人類史の精神革命』(中公選書)

 

 

中公選書は初めて読む。ちょっと勘違いした。というのも、冒頭に「二〇年ほど前、東京大学の教養学部で「科学史」を教え、一七世紀に西欧で起こった近代科学の成立、「科学革命」の研究に取り組んでいたとき、筆者に新しい目を授けてくれたのは、近代科学は突如生まれたものではなく、それ以前の中世、さらには前五世紀頃に誕生したギリシア哲学と普遍宗教としてのキリスト教思想に深く根を下ろしているのではないかという「問い」であった(3頁)」とあるのを読んで、きっとこの本は私めには非常に興味のある、キリスト教や古代哲学や中世神学と現代科学の連続性について論じているに違いないと思って読み始めたのに、300頁近くまでは、ヤスパース言うところの「軸の時代」の精神革命に関する記述がほとんどで、近代科学との関係はイオニアの自然学との関係でちょっとだけ述べられていたにすぎなかったから。タイトルが「人類史の精神革命――ソクラテス、孔子、ブッダ、イエスの生涯と思想」とあるので看板に偽りがあるわけではないのは確かだけど。

 

「終章 精神革命と現代の課題」になって、ようやく近現代科学の話が出て来るんだけど、そこも少し疑問な部分があった。確かに次の提言には同意できる。「むしろここでは、従来の考えを一変させ、人と人、人と自然との{横の結びつき/傍点}こそ実のところ、{根源的なもの/傍点}であり、これを実現する「横への跳躍」のほうが第一次的に重要で、「神」や「無」への「垂直跳躍」は、この「水平跳躍」を可能にするために二次的に求められたものだと捉え直してみたい。そして今日の文化文明的状況においては、東と西の宗教的対立や、科学と宗教の不毛な拮抗を根本的に超え出てゆく「横への超越」の根源として、「宇宙連関」なるものを、新たに提起しておきたいのである(300頁)」。垂直より水平、本質より関係性という考えはポストモダン的とも言えるのだろうけど、私めにはポストモダンを全否定するつもりはないし、本質主義の問題は心得ているので、著者のこの主張には納得できる。

 

ただそのあとがいけない。科学におけるその一例としてあげているのがミラーニューロンで、次のようにある。「しかしこのような「ミラーニューロン」の現象はサルだけではなく人と人との間においても、その学習とか感情や情緒の生起において生じていることが実証された。ここにひとりの人が悲しんでいるとする。この悲しみを引き起こしているニューロンの部位を今ではfMRIなどで観測的に定めることができるが、そのときそれを見ている人(例えば私)の大脳の{同じ部位/傍点}のニューロンが発火している(活動している)のである。つまりそのとき私はその人の悲しみと同じ悲しみ(たとえ強度の違いはあれ)を感じているのであり、そこから同情や憐憫とかの感情同化(empathy)が起こる。すなわち「ミラーニューロン」とは「他者の意識、喜びや悲しみを直接に理解する」もので、自己を他者へとつなげる「他者理解」の基礎となるものと言える(301〜2頁)」。

 

これを読んだ私めは、「え! それって、つまり同情や共感などの心的機能をミラーニューロンによって説明することには科学的な根拠がないってことはもう一〇年以上前から言われていたんじゃ?」と思ってしまった。私めのほうが変なのだろうか? ちなみに何の本だったか忘れたけど最近読んだ科学本にも、ミラーニューロンがかつてそのようなものとしてとらえられていたのは、発見者のリゾラッティや、あるいは一般に名前がよく知られているポピュラーサイエンス本の著者ラマチャンドランらがそのような神話を流布したからだと書かれていた。さらに言えば、『The Myth of Mirror Neurons(ミラーニューロンの神話)』(Norton, 2014)などという、そのものズバリのタイトルがつけられた本を読んだこともある。

 

とはいえ選書本の著者伊東氏は、科学史家ではあっても科学者ではないし、90歳をすでに超えられているようなので最新の科学情報にはうといんだろうと思うことにした。しかし次のような文章には、事実関係としてさらに大きな疑問を感じた。「このように精神革命と科学革命との間に「宇宙連関」という共通項を導入することにより、この両者の対立面、つまり「宗教」と「科学」の長い根本的対立拮抗をのりこえようというのが、この終論の目指すところで、これは筆者が最近たどりついたアイデアなのである。しかしこのような考え方はまったく新しくまた今まで提出されたことがないから、にわかにすぐ理解されるものではないかもしれない。これから数十年もしたら、見直される可能性のあるものとして、ここに提起しておくのである(309頁)」。確かに「宇宙連関」などという言い方をした人はいないかもだけど、たとえば最近読んだ本だけでも、1か月前にツイした『The One: How an Ancient Idea Holds the Future of Physics』(Basic Books, 2023)は、古代哲学や中世神学の一元論と近現代科学の平行性について論じた本だった。あるいは単純に科学と宗教の連続性を確認し、それによって科学と宗教の対立を解消しようとする試みは、エドワード・グラント、デイヴィッド・C・リンドバーグ、リチャード・G・オルソンなどといった錚々たる科学史家たちの著書にも見られる。だからむしろ私めには、著者の主張はにわかにすぐ理解されないというより、当然のことのように思える。ということで、ちょっと肩透かしを食った感があることは否めない。

 

 

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※2023年4月28日