森崎東アーカイブズ
シナリオ掲載
女生きてます 盛り場渡り鳥
公開 昭和47年(1972年)12月9日
同時上映『喜劇 快感旅行』(瀬川昌治監督)
松竹大船映画
88分
『シナリオ』
1972年7月号
pp.141-169
打ち消し線や、ピンク文字は実際の完成作品との異同
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本ページ作成者は池田博明。
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スタッフ 制作 上村 務 原作 藤原審爾 『わが国おんな三割安』 脚本 掛札昌裕 森崎 東 監督 森崎 東 助監督 今関健一 撮影 吉川憲一 音楽 山本直純 美術 佐藤之俊 録音 平松時夫 調音 松本隆司 照明 八亀実 編集 杉原よ志 スチル 梶本一三 |
キャスト 金沢 森繁久弥 竜子 中村メイ子 初子 川崎あかね 善吾 山崎 努 尊臣 なべおさみ 富子 春川ますみ 春江 根岸明美 辰五郎 藤原釜足 ツエ 浦辺粂子 石井医師 財津一郎 鳥子 光映子 礼美 瀬戸ゆき 西川 大辻司郎 こでまり 葵三津子 |
常子 南美江 和技 内海和子 三太郎 三夏伸 美代 空みよ 掃除婦 水木涼子 男. 小田草之介 スクラップ屋 山谷初男 その女房 後藤泰子 看護婦 日高百合子 ホステス 秩父晴子 現場監督 中田昇 |
午近い街の情景。 氷配達がバーや食堂の裏口に氷を配って歩く。 |
「はい、お待ちいっ」 ニキビ面の若い出前持ちがボイラーマンに丼を届ける。 出前持「夏になると ボイラーマン「ああ、お前好みの尻のでっかいのが入ったよ」 出前持「ホント?」 ボイラーマン「今、支配人自らモミモミ技術の特訓中だ。スペシャル、ダブル、本盤、泡踊り、ひと通りのことマスターしてねえと通用しねえからな。この商売もきびしいよ(丼を食い始める) |
ランニングに模様入りパンツの支配人・西川(大坂伺郎)が、ベッドに仰向けになったまま、ブラジャーにパンツの新入りトルコ嬢・初子(川崎あかね)を指導している。 西川「さ、のぼって」 初子、真剣な表情で西川の頭をまたぐようにベッドに上がる。 西川「手はここについて、足を開いて、面膝をこことここに・・・・・(ふんづけられて)痛いっ} 初子「ごめんなさい」 西川「気をつけて、こないだ客にくすぐられた拍子に落っこって腰の蝶つがいをはずした子がいるんだから。落ちついて」 初子「はい」 緊張のあまり、ほてった初子の顔に、汗がふき出している。 西川「これがダブル。この体勢から本番に移る時は、腰をこのままこう、相手のほうへずらして(と初子の腰を両手で抱えるように移動させる)」 初子の体がブルブル震え始める。 西川「(真剣そのもの)落ちついてっ」 |
腰タオルの金沢(森繁久弥)が、馴染みのこでまり(葵三津子)とベッドで鮨をつまんでいる。 浴槽を掃除しているお掃除のおばさん(水木涼子)に、 金沢「おばちゃんも一つどうだい」 おばさん「すみませんねえ、息子が盲腸で入院したもんで、掃除が遅くなっちゃって」 ドアがバタンと開いて、初子が飛びこんでくる。 呆気にとられる金沢たちを尻目に、ホースの水を頭からかぶり始める初子。飛び込んで来た西川に叫ぶ。 初子「寄らないでッ」 西川「(金沢に)や、どうも、すみません」 金沢「一体どうしたんだい、支配人」 西川「いやね、レッスン中に突然痒い痒いって喚き出しちゃって(初子に)君、僕あ何も本当の本番をやろうとした訳じゃないんだぜ」 初子「(ザブザブ水をかぶりながら)私、男の人に変なところさわられると蕁麻疹が出るの」 こでまり「ジンマシン?」 なるほど初子の背中や腰から太股にかけて、斑々と赤い蕁麻疹が出ている。 金沢「(のぞき込んで)こりゃ凄えや、痒かろう」 西川「そんならそうと初めから、そんな水なんかかぶったって直りやしないよ、薬つけてやるから、こっちに(と手を出す)」 それをホースで払いのけて、 初子「イヤッ、さわらないで」 のぞいていた金沢、水をモロに浴びてビショ濡れになる。 初子「これ以上、さわられるとお腹ん中まで痒くなる ブラジャーやパンツをずらしてヘチマで体中をゴシゴシとこすり終わり、 「どうもお邪魔致しました」 すてゼリフを残して、濡れたまま飛び出して行ってしまう。 西川「(ガックリ)参ったなあ、本番アレルギーとは知らなかったよ」 金沢「(ドアから立ち去る初子の後ろ姿をシゲシゲと見送って)だけど、惜しいね、あのお尻は・・・・」 こでまりに耳を引っ張られて内に入りながら、金沢、大きなクサメをする。 |
ブラウスをはだけて風を入れ乍ら、ジーパンの足も大股に雑踏の中を歩く初子に、タイトルがかぶさる。 すれ違うアベックたち。 華やかなショーウィンドー。 何者かに体当たりでもするかのように一直線に突き進んでゆく初子。 街角のコーラボックスの瓶を持参のセン抜きで開けて、うまそうに飲む初子。 捨てられた紙コップに |
初夏の日ざしの中を、一台のスクーターが来て停まる。 白衣の石井医師(財津一郎)下りて、「新宿芸能社裏口」の看板のある路地に入る。 |
石井、往診カバンをブラ下げてやって来る。物干し越しに二階の窓がガラっと開いて、寄宿の踊り子・鳥子(光映子)の顔がのぞく。 鳥子「何だ、先生か」 石井「何だとは何だ」 鳥子「ごめんなさい、痴漢と思ったの 鳥子のそばに同じく寝巻き姿の礼美(瀬戸ゆき)ものぞいて咳をする。 石井「 |
金沢と、この家のおかみ・竜子(中村メイ子)が布団を並べて寝ている。 石井「 竜子「アラ、先生、どうも 石井「 金沢「そんなこと言わねえで早いとこ直してくれよ、頭がガンガンして死にそうなんだ」 竜子「朝っぱらからトルコなんか行ったバチだよ」 金沢「へえ、俺のがトルコ 竜子「何だって、トルコの女から貰った汚 石井「(ペロリと出した金沢の舌をみながら)ま、夫婦喧嘩は直ってからゆっくりやるんだな」 「ごめん下さい」 と声がして表の事務所に若い女が一人現れる。初子である。 初子「あのう、 石井「(起きあがろうとする竜子を診察しながら)ここんちは当分集団風邪で開店休業だ。ストリッパー志願より女中さんが欲しいところさ、見てくれ、この散らかりよう」 なるほどあっちこっちに食器類や汚れ物が散らかっている。 初子、ノコノコ入り込んで、手早くそこいらを片づけ始める。 金沢、鎌首をもたげて、「どうも見た顔だ」と言う風に初子を眺める。 初子、金ダライに水をくんで石井のそばに置き、 初子「お手伝いいたします」 と石井の手のアンプルを取って手際よく切り、金沢の腕をゴムでしばる。(チリ紙交換車が通るのが聞こえる) 「このお布団も一度干したほうがいいですわね、風邪のビールスは日光に当てれば二十分で死ぬんですよ。よくお掃除して、新鮮な空気のお部屋で、沢山食べればすぐ治りますよ、あたし、ちょっと看護婦見習をやってたことがあるんです」 竜子「まア、看護婦さんを。助かるわァ」 初子「使っていただけますでしょうか」 竜子「いただけるも何も、地獄に仏とはこのことよ、とうさん、住み込みで手伝っていただけるかしら」 初子「(その辺を片づけ乍ら)そのつもりで参りました。あたし、川上初子と申します、よろしくお願いします」 金沢、その間にやっと初子のことを思い出す。 石井「君、見習看護婦は何年くらい、やってたの」 竜子「ダメ、引っこ抜こうたってそうはいかないわよ」 石井「さてと、お前らも打っとこう」 階段口でのぞいている鳥子や礼美を招きよせる。 初子「それでは、その間に二階の掃除、すましてしまいます」 鳥子たちにニッコリ会釈しながら、トントンと階段を登ってゆく。 竜子「捨てる神あれば助ける神あり。全く私ぁついてるね、何だかもう治ったような気がしてきたわ」 と起き上がって大きくノビをしてトイレへ入る。 金沢「ふん、現金なものだ」 鳥子、注射をこわがって後ずさりする。石井につかまって目をつぶった途端、キャーッという悲鳴がトイレでする。 竜子の声「コラッ、待てっ、 飛び出して来た竜子に、 金沢「どうしたんだい」 竜子「痴漢だよ」 金沢「えっ、またか」 竜子「しゃがんだ途端に、下の掃き出し窓が開いてるから何気なくしめたのよ、そしたら外からパチンて開いたのっ、外でじいーっとしゃがんで待ってたんだよ、畜生め」 金沢「外からパチンか、しびれるね」 竜子「何言ってんだい、早くつかまえ 金沢「だって俺あ 階段口で布団をもって聞いていた初子、布団を放りだして手近の箒を手に脱兎の如く裏口へ飛び出してゆく。 竜子「ちょっと、あんたッ」 一同、初子の飛び出した跡を見送る。 そこへ、こでまりの声がずり上がって、 |
こでまり「(金沢をもみ乍ら)へえ、すごいのね」 金沢「すごいの何のって、痴漢こそつかまえなかったが、家 こでまり「そんなやり手なのに、どうしてまたストリッパーなんかなる気になったんだろ」 金沢「そこよ、そんな具合だから、初子が来て三日目にはもうみんなケロリと風邪は治っちゃって商売始めたんだが、ご本人は踊りのオの字も言い出さない。そんなことより痴漢をつかまえることの方が大事なんだ」 (セリフの「そのまた段取り・・・・」から後が次のニシーン一杯にズリ下がる) |
鳥子、礼美たち、仕事に出かけてゆく。 初子、送り出して食事の後片付けを終え、竜子に茶を出すついでに金沢に座布団と灰皿を出してやり、二階に切れる。 |
洗濯物のうち下着だけを残して取り込む初子、エプロンのポケットから、釣り針の付いたテングスを出して、干してあるパンティに針を引っ掛ける。 |
初子、金ダライ洗面器を風呂場の軒下にブラ下げ始める。 テレビを見ていた金沢、ノコノコ来て、 金沢「何だい、そりゃ」 初子「痴漢退治の仕掛けです、すみません、とうさん、そっち持って下さい」 とテングスの端を渡し、自分はトイレの窓から、物干しの下に垂らしたテングスを引っ張る。 初子「とうさんピンありませんか・・・あ、ここにありました」 言いながらトイレの壁に貼った「急ぐとも心静かに手をそえて・・・」の短冊のピンを取ると、下に一万円札が数枚たたんでかくしてある。 初子「アラ」 金沢「(気づいてあわてる)おい、そりゃ俺の・・・・」 初子、心得て、にっこり笑い、シーッと唇に指をあてる。 電話を終った竜子が」何して 金沢、大あわて、テングスを引っ張る途端に金ダライが落っこちて、ガランガランと大きな音を立てる。 飛び上がる金沢。 金沢の声「俺あ、その時、悪い予感がしたんだ」 |
ねむっていた金沢と竜子が飛び起きる。 ガランガランと大きな音がしている。 金沢、何のことか判らずウロウロする。 金沢「おい、それは俺のヘソクリだよ。そりゃ」 竜子「あんたっ、何ねぼけてるんだい、痴漢だよ痴漢」 二階から鳥子たちも駈け下りて来る。 礼美「とうさん、こわい!」 金沢「落ちつけ落ちつけ、箒 竜子「そんなもの要らないよ、早く追っかけなよ」 金沢「追っかけろったって、相手は痴漢だ、痴漢といや男に決まってる、追いつめりゃ何するか判ったもんじゃ・・・・」 竜子「うるさいッ、トットとお行きったら 金沢、その剣幕にあおられて、飛び出す。 (ワイプ) |
金沢、ブツクサ言いながら、こわれた裏木戸を力まかせに開けて入って来る。 こでまりの声「つかまえたの?」 金沢の声「つかまる訳がねえや、直ぐ引き返したんじゃ体裁悪いから、十分位その辺をうろついて帰って来ると、何だか様子がおかしいんだ」 居間に竜子と鳥子が、ぼんやり気抜けした様子で坐っている。 金沢「全く逃げ足の早え野郎だ、つかまえたらブッ飛ばしてやろうと思ったんだが、まだその辺にかくれちゃいねえか」 と暗がりをのぞいたりする。 竜子「もういいんだよ」 金沢「え?・・・・・」 礼美が二階からベソかき面で下りて来る。 礼美「かあさん、私のボールペンもないわの、彼から貰ったネーム入りの・・・」 金沢「何ねぼけてんだ、そんなもの持ってく筈ねえじゃねえか、痴漢が」 鳥子「痴漢じゃないのよ、泥棒なのよ」 金沢「泥棒? 何盗られたんだ」 鳥子「かあさんのライターと私の結婚祝い 金沢「座布団?」 竜子「それに 金沢「てやんでえ、座布団や灰皿持ってく泥棒が何処に有る、初子が何処かにしまってるに違いねえよ」 鳥子「その初子がいないのよ」 金沢「いない? 痴漢でも追っかけて行ったのかな(外を見る)」 鳥子「 金沢「 竜子「そうさ・・・・はじめっからそのつもりで住み込んでやがったんだ、お目見え泥棒だったんだよ、あいつは」 金沢「だけど泥棒なら、どうしてそんなガラクタばかり・・・・」 竜子「それが私も不思議なんだよ、外に金目のものがないわけじゃないし(金庫を叩いて)この通り現金だってなくなってないんだから・・・」 金沢、ドッと悪い予感におそわれ、おそるおそるトイレへ行く。 竜子「ちょっとどこ行くんだい」 |
金沢「いや、一寸ションベン・・・」 言いながら、おそるおそる短冊をあけて見る。 札束は跡も形もない。 ゲッ! となる金沢。 金沢の声「まさか、ヘソクリがなくなったって大声あげるわけにもいかねえしよ、今思い出しても腹ワタが煮えくり返らア」 |
こでまり「いくら有ったの?ヘソクリ」 金沢「大枚七万円だよ、 ドアを開けて支配人の西川が入って来る。 西川「あの子を連れて 金沢「オタフクか、ようしッ、ふんづかまえて、オタフクの面ひんむいてやる」 |
ガラクタやスクラップの車がうず高く積まれた一角に、傾いた二階建ての呑み屋が一軒、おたふくの絵のノレンが風にゆれている。 金沢、来て表札を見上げる。 「川上初子」という下手クソな字。 |
金沢、入って来る。 煮込みの準備をしている腰の曲がった老婆ツエ(浦辺粂子)に、 金沢「おい、川上初子さん、いるかい」 ツエ(浦辺粂子)「(ジロリと見て、ニベもなく)そんな人いないね」 金沢「いないって、 ツエ「表札出てたって、いないものはいないよ」 金沢「何時帰って来るんだい」 ツエ「いないものが、 金沢「(グッとつまる)・・・・・」 派手なイデタチのホステス風の女が赤ん坊抱えて入って来る。 ホステス風「初ちゃん、いる?」 ツエ、二階へ怒鳴る。 ツエ「ハツウ・・・」 初子「アイヨウ、一寸待っててネエ」 と声がして、オシメの洗濯物を抱えた初子が二階から下りて来る。 金沢、開いた口がふさがらない。 ホステス風「この子、このオルゴールがすっかり気に入ったらしいよ、これ鳴らすとすぐ寝るんだから」 金沢、オルゴールに、ア! となる。 初子「そう、よかったわね(赤ん坊を抱き取り乍ら金沢を見て、ニッコリする)アラ、いらっしゃい」 ホステス風「じゃ、お願いね」 初子「(赤ん坊の手を振り乍ら)バイバイ、早く帰って来てね。きのうみたいに朝帰りはイヤですよ」 ホステス風「(赤ん坊に)ゴネンね、酔っ払うと時々あんたのこと忘れちゃうんだよ。悪いかあちゃんだね、(初子に)借りた金なるべく早く返すからね」 初子「何時でもいいわよ(金沢に)さ、どうぞ」 傾いた梯子のような階段を昇ってゆく。 |
襖も障子も破れ放題の狭い部屋中に雑多な玩具類がちらかり、あずけられたらしい子供が二人、ミルク呑んだり、オマルにウンチしたりしている。 階段や窓には子供が落ちないようにバリケードがしてあり、天井にはガラガラがブラ下がっている。 初子、入って来てびっくりしている金沢に例の座布団を勧める。 初子「さ、どうぞ。皆さんお変わりありませんか」 金沢「ま、そんなことより、早いとこ用件を片づけようか、俺が何で 初子「(例の灰皿を出し乍ら平然と)何でしょう?」 金沢「(二の句がつげない)ナ、何でしょうってお前・・・・人をオチョクルのもいい加減にしろよ、この灰皿だって座布団だって俺のうちのものじゃねえか」 初子「何だって、じゃ私が盗んだとでもいうの?」 金沢「おい、俺あお前を警察に突き出そうていってんじゃねえんだ。座布団と灰皿と一緒に俺のヘソクリを返して貰 初子「(赤ん坊のオシメを替え乍ら)返せといわれても返せるわけがないだろ、自分のものを」 金沢「(鼻白んで)自分のものだと、おい、そのオルゴールだってな、鳥子が別れた亭主と新婚旅行の時買ったもので、亭主のカタミに大事にしてるもんなんだぞ、 初子「そんなに言うんなら、調べてみりゃいいだろ」 と灰皿とオルゴールを突き出す。 金沢、受け取ってオタオタする。 初子「裏を見てごらんよ」 金沢、灰皿の裏を見ると、年代の判る汚れ方で「初子さまへ、昭和三十年一月、親友つた子より」書いてある。 初子。オルゴールの蓋を開けると、これまた古びた彫り文字で「北海道旅行記念、初子」 彫ってある。 オルゴールの甘いメロディー(北海道記念と彫っているのに「五十木の子守唄」!)が流れる中で、子供たちがじっと金沢を悪者を見る目つきで見守っている。 オルゴールを取り上げられて泣き出したあかんぼうをあやしながら、 初子「ヨシヨシ今返して貰ってやるからね」 金沢、段段に自分が子供をいじめる悪者であるような錯覚にとらわれる。 バタバタと階段を駆け上がる音がして、派手な着物を着たバーの女風の女・春江(根岸明美)が、四つ位の女の子・和枝を抱いて入って来る。 初子「和枝ちゃんまた病気?!」 春江「来たのよ(ハアハア息を切らしながら窓から外をうかがう)」 初子「誰が?」 春江{別れた亭主よ」 初子「だって、旦那さん刑務所にいるんでしょ」 春江「それが 初子と金沢、ギョっとなる。 春江「あいつ、 初子、泣いている赤ん坊を金沢に押し付け階段を下りてゆく・ 金沢「オイッ」 その口を春江におさえられて、目を白黒する金沢。 |
六訳近い大男が、鬼瓦のような四角い顔にギョロッとした大目玉をヒンムいて仁王様のようにつっ立っている。 水道配管工、柿本善伍(山崎努)である。 初子、オッカナビックリ声をかける。 初子「いらっしゃいませ、・・・・・何にいたしましょうか」 |
春江、金沢の耳に口よせて囁く。 春江「あんた、そっと行って 金沢「俺が?どうして?」 春江「あいつ、酒が入ったら最後訳がわからなくなるの、あの目つきじゃ、きっとここへ上がって来ておお暴れするわ」 |
善伍の連れらしい腰の曲がった老爺・辰五郎(藤原釜足)が息を切らし乍ら入って来て、椅子にヘタリ込む。 辰五郎「(ロレツの回らぬ口で)バアさん、ショーシュ。ショーシュ」 ツエ、醤油でなく焼酎であると判ってツエ「ショーチューだっぺ」、恐る恐るコップに焼酎をつぐ。 その間に、金沢、階段口へ下りて来て、初子をしきりに小声で呼ぶ。 初子に耳打ちするが、初子何のことか判らない。 辰五郎、一杯飲んで善伍を見る。 善伍、頬をピクリと動かす。 辰五郎うなづいて喋り始める 辰五郎「いいかい、これからわしがこの人の通訳をするから 善伍「(吃る)カツカツカツ・・・・」 辰五郎「もとえ、和子の・・・・」 善伍、ますますじれて、辰五郎のコップを取り上げる。 金沢、横合いから、そのコップを取り上げようとする、善伍、ジロリと金沢を睨みつける。 ゾっとちじみあがる金沢を睨みすえたまま、善伍、一息にコップの焼酎をあおる。そのスキに逃げ出そうとした金沢の襟首をつかんで引き戻す善伍、なにか訳の分からぬことを叫ぶ金沢をドンと押し倒す。 |
下をうかがっていた春江、決心して窓から外へ出る。 春江「(じっと見守る和枝に)和枝、かあちゃんしばらく居なくなるからね、当分ここんちに厄介になるんだよ」 捨てゼリフで、裏のガラクタの上に飛び降り、逃げてゆく。 下では初子の叫び声が聞える。 |
初子「何するんだよ、ここは私の家よ、理由も言わず、押し入るのはひどいじゃないのッ」 善伍、頬をピクリと動かす。 辰五郎「だから理由は今言うように和子を引き取りに」 初子「和子なんて子いないわよ、出てッてよッ」 物凄い目で初子を睨みつける善伍、いきなり持ったヘルメットを土間に叩きつけ、階段口の柱をユサユサとゆすぶりはじめる。 初子「(赤ん坊を抱きしめて、叫ぶ)やめてッ、上には子供がいるのよッ。(金沢に)やめさせてッ」 金沢「(必死で) あんたッ、やめなさいッ。話せば判るよ、話せば……」 善伍、一瞬動きをとめて、何か言おうとするが、言葉にならず、目の前の柱をガン!とブン殴る。 途端にはずれる柱、 キャーッという初子の悲鳴。 落ちて来た梁の角で脳天に直撃を食う金沢、頭を抱えてひっくり返る。 一瞬、動きのとまる善伍、 善伍の顔に赤い灯が当たり赤くなると、それが次のシーンに重なって |
軒灯が赤くついている。 |
働いている看護婦。 石井が金沢の頭の傷を見乍ら、 石井「あの部落には僕もときどき行くけど・・だけど何だってまた一人で行ったんです、腕っ節の強い奥さんと行きゃよかったのに」 金沢[女房にゃ知られたくない事情って奴があったのさ」 石井「成る程、そういや、ちょいと男好きのする女でしたな」 金沢「え?」 石井「白ばくれなくても大丈夫、バラしやしません」 金沢「バレてまずいのは盗られたヘソクリ七万円の一件だよ」 石井「ということにしておきますか」 金沢「まアいいや、万更その気がなかった訳じゃねえ……」 <26B 芸能社・庭> 竜子が風呂を焚きつけている。 ヒョイと気づいて振返ると、何時の間にか、和枝を連れた初子が立っている。 竜子「あんた・・・・」 初子「(頭を下げて)どうも、申訳ありませんでした」 竜子、何か言おうとするが、言葉がなく、じっと和枝を見る。 竜子「(和枝に) 和枝、コックリうなづく。 <26C 石井医院・待合室> 診察室から出て来る石井と金沢。 石井「レントゲンも異常ないし、 金沢「(頭のガーゼにさわり乍ら)時にね、先生」 石井「え?」 金沢「男にさわられると蕁麻疹が出るってえなア、 石井「どこをどうさわったか 金沢「おどかしっこなしにして貰いてえな、 |
こわれた裏木戸をガタピシ開けて、金沢が帰って来る。 灯りのついた風呂の中から竜子の声で、 竜子「あんたかい、おそかったね、お風呂入る? 金沢「有難えがとてもそんな気にゃならねえよ、(ブツブツ言い乍ら居間に上る)若え頃なら兎も角、この上お勤めまでさせられた日にゃ身がもたねえや」 「お帰えりなさい」 その声に金沢、飛び上らんばかりに驚く。エプロン姿の初子が台所からやって来て、例の座布団をすすめる。 初子「(素早く詫びる)先程はどうも済 金沢「(シドロモドロで)そんなことはどうだっていいんだよ、いや、それより、……お前、例の七万円は……まさかバラしちゃ…」 寝巻きに着替えた竜子が、寝巻替りに大人用のシャツか何か着せられた和枝の手を引いて風呂場から現われる。 二階の鳥子たちに、「あんた達もお風呂早くすましちゃいなよ」と声をかけておいて、鏡台の前にすわり、和枝の髪をとかしてやる。 竜子「ちっちゃい子を風呂に入れてやったのは何年振りかねえ、この子ったら、 黙ってされるままになっている和枝。 竜子「(金沢に)あんた、今まで何処ほっつき歩いてたんだい」 金沢「(ドギマギ)いや何、一寸駅の階段でころん 竜子「犬も歩けば棒に当るってね、 どうせロクなことしてなかったんだろうけど、何も聞かない 金沢、初子が何処まで喋舌ったか気になって仕方がない。 竜子「(そばへ来て)びっくりしたかい、初子はね、改心してもう一度ここの家で働くんだってさ、なくなったものは皆返って来たし、この子にもそれなりに事情があったことなんだから、 初子、竜子にビールを金沢にお茶を出す。 鳥子たち、降りて来て風呂に入る。 竜子「私、感心しちやったよ、お詑びに七万円分只で働かしてもらう 金沢、返事のしようがない。 初子「(竜子に半テンを着せかけてやり乍ら和枝に)さ、小父ちゃんにご挨拶なさい、さっき教えたでしょ」 和枝、畳に手をついて殊勝に挨拶する。 和枝「はじめまして、よろしくお願いします」 金沢、挨拶のしようもなく、モジモジする。 初子「さ、もうネンネしようね、とうさん、かあさん、おやすみなさい」 和枝「とうさん、かあさん、おやすみなさい」 竜子「はい、おやすみ(見送って、金沢に自分の肩をむける)」 金沢、階段をのほる初子を見送り乍ら、竜子の肩をもみはじめる。 竜子「初子が帰って来てくれて助かった、あしたの日曜日遠出 金沢「遠出は久し振りだな、何処だい?」 竜子「箱根、寿楽荘で二日つづきの宴会にまた踊りを出したいんだってさ」 金沢「 竜子「 金沢「 竜子「 金沢「どうして……」 竜子「あの子は本気でここに居つきたがって 金沢「そうかねえ、また悪い手癖が出るんじゃないのかい」 竜子「 金沢「 竜子「 金沢、くさるところへ、礼美が裸のまま風呂から飛び出して来る。 金沢「どうしたんだ」 礼美「誰かいるのよツ、隣の屋根から見てるのよ。こんな恰好で(と四つん這にな る)」 |
隣家の屋根で逃げ場を失ってウロウロしている学生服の男を見つけるや否や、物干に飛出して、エイッとばかり竿を振りかぶる。 ウワーッと悲鳴を上げて、屋根からすべり落ちる男。 <28B 同・庭> 竜子、庭に飛おりて、初子の渡した物干竿で、縁の下の痴漢を突き出す。 初子、バケツを下げて飛んで来て、痴漢に水をブっかける。 オロオロしている裸の礼美たち。 |
「イテ、イテ・・」 学生服を裏返しに着た痴漢・姉小路尊臣(なべおさみ)が情無い悲鳴を上げる。 金沢「情ねえ出歯亀だな、おい、痴漢、立って見ろ、歩けるか」 尊臣「(小心者らしく懸命に返事する)はい歩けます」 立って、ヒEコヒョコ歩き出すが、忽ちよろけて縁側にひっくり返る。 初子、起こしてやる。 金沢「これじゃ警察に突出すわけにも行かねえな。救急車でも呼ぶか」 尊臣「(服を着直し乍ら) 竜子「あんた、家何処なの」 尊臣「目黒です」 金沢「目黒か、遠い所からご苦労だな」 尊臣「あのう、今何時でしょうか?」 金沢「十一時過ぎだが、どうして?」 尊臣「家は十一時が門限だもんですから、でもご心配いりません」 金沢「心配なんざしやしねえが、でもだいじょうぶか」 尊臣「窓から入れますから、どうも 長居は無用とばかり、勿々に一礼して立ち上る途端に、縁側から転げ落ち、植木の棚と一緒にひっくり返る。 キャッと悲鳴を上げる鳥子と礼美。 |
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金沢「おーい、タクシー 「はーい」と鳥子、礼美が鞄下げて下りて来る。 竜子「大丈夫かい、衣裳はちゃんと持ったろうね」 礼美「アッ、忘れたっ」 バタバタ階段を駈け上る。 初子「あ、衣裳ケースなら、もう車につみましたよ」 竜子「それじゃとうさん、行って来るからね」 金沢「ああ行っといで、せいぜい箱根の湯につかってほうぼう洗ってこいよ。 竜子「アイョ、あんたも朝トルコでまた風邪ひかないようにね、さァ乗った乗った」 初子「いってらっしゃい」 和枝「(も送りに出る)いってらっしゃい」 「バイバーイ」 「土産かって来るからね」 三人の賑やかな声をのせて車、去る。 洗面所から顔を拭き乍ら出て来る金沢の前に、初子、新聞と茶をおき、食卓の用意をはじめる。 金沢「(アグラをかいて)これで久し振りにのんびり茶が呑めるってもんだ」 金沢の後ろの板戸がゴトゴトと音を立てる。 ギョッとなるが、直ぐに思い出して、 金沢「そうか、あいつまだ居のか(板戸の心張棒をはずして)コラ、出て来い」 女物のネマキを着せられた尊臣がゴソゴソ這い出して来る。 尊臣「お早ようございます」 金沢「お早よう、眠れたかい」 尊臣「はい、お蔭様で……あのう(モジモジする)」 金沢「いいから、顔でも洗いな」 尊臣「すみません……僕、失敗しました」 金沢「(新聞を読み乍ら)そりゃゆんべ聞いたよ、修学院大学の入学試験に三度失敗して、今や浪人四年目って言うんだろ、 尊臣「 金沢「 尊臣「あのう……違うんです」 金沢「違う?じゃ何を失敗したんだい……(尊臣の手が股の辺りをつかんでるのを見て)お前……まさか」 初子「(来て、金沢に)どうしたんですか?」 金沢、くさって、手マネで布団に地図のジェスチャーをやる。 金沢「パンツ、パリパリになっちゃった」(夢精のこと) 消え入らんばかりに小さくなる尊臣。 |
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和枝「バィバーィ(と手を振る)」 尊臣、初子を時々振返り乍ら、ビッコひきひき帰ってゆく。 |
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自転車に乗った尊臣がやって来てソッと中をのぞく。 |
寝そべってのんびりテレビの浪曲を見ている金沢。 初子、台所を片づけおわって、金沢にお茶を出し、金沢の足の裏を踏みはじめる。 金沢「(さり気なく)和枝はもう寝たのかい ?」 初子「ええ、ゆんべは騒ぎで眠れなかったらしくて……」 金沢「そうかい・・・・一寸ここ(腰)押してくれ」 初子、金沢にまたがって腰を押しはじめる。 初子「浪華節っていいですね」 金沢「うん(テレビなんか見ていない)」 金沢の手が初子の膝をさわる。 初子「ダメ、かあさん帰って来るわよ」 金沢「あさってな(と尚もさわる)」 ゾッと身振いして膝をひきしめる初子、膝と腰の聞にはさまってしまう金沢の手、その手がコチョコチョと勣く。 初子「とうさん、やめて、痒くなるから」 金沢「何処が痒い? ここか?」 初子「とうさん、やめて。本当に痒いんだから、ホラこんなに赤くなっちやった」 金沢「やっぱり出たか、ドレドレ」と初子の内股をのぞく。 初子「(ひょいと庭を見て思わず)かあさん!」 金沢、飛上る拍子に茶袱台をひっくり返す。 金沢「(大慌てで片づけ乍ら)お帰えり、早かったな」 何時来たのか庭に派手な着物に厚化粧の大年増・富子(春川ますみ)が一升瓶片手に立って、凄い妖艶さでニーッと笑う。 富子「あら、仲の良いこと、 金沢「(しびれて)あんた誰だい?!(初子に) 富子「(裏口に向って叫ぶ)三ちゃーん、やっぱりここだよう」 一ぱい気嫌のギター流し・三太郎がフラフラし乍ら入って来る。 三太郎[これはお揃いで、一曲いかがですか」 富子「ああ 初子「かあちゃん!」 富子「何だいその面は、わざわざお前を喜ばそうと思ってやって来たんだよ、もっと 三太郎「 富子「何言ってんだ、 三太郎「俺、一寸トイレを……」 富子「いいから早く商売に行きなよ、何してんだよ、そんなところに立小便しちゃ駄目だってば、チンポコくさっちゃうよ、初子この男追い出しとくれ」 初子、庭の稲荷大明神に小便する三太郎を引はなす。 大明神のかげから首を出して見送る尊臣。 三太郎「あんたのかあちゃんもひでえよな、娘の見合相手を強姦しちまうんだから」 富子「 三太郎「ゼニあまだ貰ってねえや(金沢に)、それじゃ旦那、そのウワバミに頭から呑み込まれないよう、くれぐれもご要心」 初子に支えられ乍ら、千鳥足で去る。 富子「何言ってんだ、この気狂い野郎、さてと、コップはと……(と台所へ立つ)」 金沢、オッカナビッククリ、そのスキに風呂場へ逃げ込む。 富子「(戻って来て)アラ、旦那さん、何処?」 |
金沢、大慌てで着てるものを説ぎはじめる。 洗面器がガチャンと落ちる。 ちぢみ上る金沢。 ガラリと戸が開いて、富子がのぞく。 富子「アラ、お風呂? お流しましょうか、お背中」 金沢「い、いやもう結構」 富子「遠慮しなくていいわよ(裾をまくって入って来る)ねえ旦那、私ストリッパーに なれないかしら、私、肌にはちょっと自信があるの よ、一寸見て、どうこの形」 流し目を送り乍ら、クルリと廻って帯を解く。 富子「バッ(と胸元と裾をはだける)」 金沢、思わず目をつぶる。 富子「私、一緒に入っちゃおう(と着物脱いで、入って来る)」 |
竜子「人をバカにし 鳥子「ああくたびれた」 竜子「何だい、こりゃ」 茶袱台の上の一升瓶をとって、コップにつぐ。 風呂場で何か言い争う声がするのにキッと聞耳を立て大声で怒鳴る。 竜子「誰だい、そこに居るのは、初子かい」 初子、裏から帰って来て、 初子「 |
ガラリ!と戸が開いて、コップ片手の竜子が突立つ。 絶対絶命の金沢「なんでもない!なんでもない!」、ニッコリ笑って会釈する富子。 |
富子「おかみさんですね、はじめまして、娘がお世話になっております」 竜子「ムスメ? 娘って誰?」 富子「初子ですよ、お宅の旦那さんの 竜子「七万円?」 富子「あいつのイタダキは病気でね、 竜子「・・・・・」 富子「近所でもイタダキ初子っていや評判でね、チョイとお手洗いを拝借」 言い乍らトイレに入る。 黙って突っ立っている竜子。 声をかけられない一同。 ジャーと水洗の音がして、 富子の声「才シッコだってこの通り高い所から低い所に流れるんだから金だってある所からない所へ流れるのが当り前、なんて 笑い乍らトイレから出て来て、一升瓶を取る。 富子「さ、おかみさん一杯どうぞ、(竜子に酌をし乍ら)初子、何してんだい、皆さんのコップも持っといで」 竜子、いきなり一升瓶をふんだくって、茶袱台に叩きつけるようにドンと置く。 ドキンとする一同。 竜子「みんな、出て行きな」 鳥子「かあさん!」 竜子「うるさいッ、 ひっくり返る一升瓶。 富子「あーあ、こぼしちゃって、奥さん、 初子、黙ってひっくり返った茶袱台を片づけはじめる。 電話がかかる。 竜子「(出て、突剣純に)はい、そうですけど、男? うち、男はいませんよ、あたし? あたしはダメだ、石ほうるほうだから。 竜子、手にしたコップの酒を、キューッと一息にあおる。 稲荷大明神のかげからのぞいている尊臣の顔。 <40B 同・二階> 初子、上って来て目をさましている和枝に服を着せはじめる。のぞいている礼美。 <40C 同・座敷> 竜子、烈しい後悔を振切るように酒を呑む。 竜子「ふン、親なし児だなんて嘘つきやがって……」 だがその眼には、うっすらと涙が浮んでいる。 |
自転車で尾けてくる尊臣、思い切って初子に近づき、何事か話しかける。 |
ご休憩、お泊りの看板。 尊臣たち三人、来て、ゴテゴテと飾り立てたホテルの中へ入る。 |
狐面「いらっしゃいませ、 とスリッパを出し乍ら、ひょいと見てギョッとなる。 「尊臣!」 風呂敷包を抱えて和枝の手をひいた初子と尊臣が立っている。 <43B 石井医院・表> 富子の歌う声が聞える。 <43C 同・診察室> 富子、金沢と石井相手にヘベレケでワイ歌を歌っている。 金沢「(石井に)しばらく厄斤になるから ね、じゃオヤスミ」 富子「ちょいと、小父さん、逃げる気?」 金沢「ションベンだよ、この先生が朝までお相手してくれるよ、何しろ、先生は独身だからね、独身」 富子「うわー、のけぞっちやう」 石井「(ヘキェキして)あんた、ダメだよダメ。 |
ホテル王宮の窓があいて初子が顔を出す。 |
初子「くさい」 と鼻先を手であおぎ乍ら、乱れたシーツと布団カバーをはがし始める。 ちっちゃいスピッツを抱えた和枝が、手伝って枕カバーをはがす。 |
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鍵穴からのぞいていた尊臣、あわてて机の前にすわり、受験の参考書をひろげる。 尊臣「どうぞ」 初子、入って来て、 初子「坊ちゃん、洗濯物あったら出して下さい」 押入れをあけてフトンの間をゴソゴソやって、ヨレヨレのパンツを引張り出す。 尊臣「(慌てて)あ、それ、自分で洗濯するから……」 初子「いいですよ、私が(と引取って)アラ、濡れてるわ(とパンツをひろげて見る)」 隣室との襖が開いて、こないだの晩の狐面、尊臣の母・常子が入って来る。 常子「それ済んだらお掃除ね(和枝の抱いているスピッツを見咎めて)その犬どうしたの」 初子「買って来たんです」 常子「何時さ?」 初子「今朝、買物帰りに角の犬屋で、これ雑種だから安いんですヨ」 常子「(眉をしかめて)そこいら汚さないように気をつけてよ」 初子「はい、すみません」 シーツを抱えて出てゆく。 常子、初子の落して行ったパンツを取り上げ、ゾッと身振いして尊臣に投げつける。 常子「(さも汚らしそうに)きたない子」 パチンと襖をしめて去る。 尊臣、真赤になって逆さになった参考書を睨みつけている。 |
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外出着に着換えた常子、穿物を持って来て、 常子「私、出かけるからね、葵の間 初子「はい、生卵ですね」 常子「あんた、声がまだ大き過ぎるわよ、それからお客様の顔をジロジロ見ちゃ駄目」 サングラスをかけた昨夜の女優風が落ち着きなく入って来る。 常子「いらっしゃいませ、アラ、昨夜はどうも・・・」 女優「あたしのベアトリーチエ知らない?」 常子「ベア……?」 |
モノも言わずに入って来て、狭い室内で和江と遊んでいたスピッツを取上げ、出てゆく。 |
常子「はい、どうぞ 女優「ごめんね、ベアちゃん」 スピッツを抱いて、ソソクサと去る。 常子「有難うございました」 初子「有難うございました、またどうぞ」 常子、振向きザマ、初子の顔をピシャリと叩き、穿物を突かけて出てゆく。 初子、その後ろ姿にペーと舌を出し、のぞいている和枝と尊臣に向ってニッコリ笑う。 ドアの開く音がして客が入って来る。 初子「いらっしゃいませ(とスリッパを揃え乍ら)お泊りでございますか」 「そうね、泊ってもいいね」の声におどろいて客の顔を見土げる。 富子がニコニコし乍ら、立っている。 富子「(見廻して)なかなかいいホテルじゃないか」 初子「お金ないよ、給料まだなんだから、(生卵を差出して)これでも持ってく?」 富子「何だい、親を乞食あつかいして(表に待ってる連れの男に)あんた、入んなよ」 ヌーッと入って来る男を見て、初子、手にした生卵を取おとす。入って来た仏頂面の男は、まぎれもなく例の刑務所帰りの大男、善伍である。 近くの部屋のドアが開いて、顔タオルのデブ男が顔を出す。 デブ「おい、生卵は(どうしたんだよ)」 振向いた善伍のギョロ眼にあわててドアをしめる。 富子「初子、あのナニはどこだい、和枝ちゃんは?」 初子、いきなり和枝を抱いて尊臣の部屋に飛込み、中から鍵をかける。 富子「(ドアを叩く)コラ、開けな、初子」 方々の部屋カら客たちが「何事ならん」とのぞく。 善伍、ドアのノブをつかんで、馬鹿力で引き開ける。 ドアごと引きずり出される初子、善伍につかみかかるが、忽ち突飛ばされる。 一緒にひっくり返る尊臣。 和枝を抱きかかえて、部屋を飛出す善伍、床の生卵にすべってシタタカ腰を打つが、和枝は捧げ持ってはなさない。 初子「(飛び出して来て叫ぶ)みなさん! つかまえて!人さらいですよッ、この男 は人殺した刑務所帰りですよッ」 客たち、出て来て、床にへたり込んだ善伍を遠巻きにする。 富子「(善伍を起してやり乍ら)親が子を引取って育てるのが何が人さらいだよ」 善伍、和枝をしっかり抱いたまま客たちを睨み廻す。 富子「お前こそ人さらいじゃないか、他人の子を黙って掻払いやがって、憚り乍ら私や今日からこの子のレッキとした母親だからね、この子を引取ることを条件に夫婦約束をしたんだよ、だから今夜はめでたい新婚第一夜ってわけさ、これからこの人の家庭でね、親子三人水入らずで仲よくくらすのさ、 こんな教育に 初子「人殺しと色気狂の傍じゃもっと教育に悪いよッ」 富子「(さすがにカッとする)何だってこの泥棒猫、もう逢うこともないだろうから、 この際はっきり言っといてやるけどね、いいかい、お前の手癖の悪いのは、私のセイじゃないよ、お前の休がもともとカタワだから 初子「何だって私がカタワなのさ」 富子「黙って聞きな、女は男とするから女なのさ、年の二十二にもなって、それが出来ない 見ている客たちに、 富子「どうも皆さん、お楽しみのところをお邪魔さま、あたしも今夜の初夜は頑張りますからね、皆さんもせいぜい頑張ってね」 すてゼリフを残して、表にまっている善伍と共に去る。 見守っていた客たち、それぞれ男女一組ずつ、部屋に入ってしまう。 初子、のぞいている尊臣と目が合っても今度は笑いもしない。 黙ってメイドの部屋に入り、やがて雑巾をとって出て来て、汚れた床をふきはじめる。 |
辰五郎「あ、お帰り」 和枝を抱いた善伍と富子が帰って来る。 富子「 |
一回の布団に和枝を抱いたまま善伍もぐり込む。 富子、辰五郎と入って来て、辺りを見廻す。 壁に貼ってあるヌード写真。 |
尊臣、ドアの開く音に素早く本を参考書と取りかえる。 入って来る初子、お茶を尊臣の前におき、そばに坐る。 初子「受験勉強て大変なのね」 初子、所在なげに傍にあるテープ・レコーダーのスイッチを押して見る。 テープ、尊臣の声で喋舌りはじめる。 「六月二十三日、土曜曇時々小雨、午後十時二十分開始、男、三十過会社員、女、二十位のBG風……」 初子、ぼんやり聞いている。 テープが、愛の睦言をはじめる。 「 「 尊臣、スイッチを押して、 尊臣「これ 初子「(カブリを振る)……嫌いなの、(呟ぐように)私やっぱりカタワなのかしら・・・」 尊臣「そんなことないさ、ためして見る?」 初子「………?」 尊臣「大丈夫、 初子「…………(じっと見る)」 尊臣「俺、はじめから愛してたんだ」 初子「ホント?」 尊臣「(頷く)ホントよ」 じっとみつめ合う二人。 初子、さっと立って入ロヘ歩く。 尊臣、ガックリ来るが、その顔がパッと喜びに変る。 初子、人口近くの押入れから布団を出して敷きはじめる。 尊臣、思わずブルッとふるえる。 初子、敷きおわって、パンティだけになり布団に入る。 尊臣、起ってズボンを脱ぎ出すところへドアの開く音。 つづいてブザーの音。 切子「奥様かしら」 尊臣「ブザー押すのは 初子、服を着ようとする。 尊臣「いいよ、僕が出る」 大急ぎでズボンを穿いて出てゆく。 |
尊臣[すみません、満員です」 アベック、尊臣のズボンのファスナーがはずれているのを変な顔で見乍ら、出てゆく。 |
布団に入っている初子。 尊臣、ズボンを説ぎ乍ら、カーテンをしめ、スタンドを暗くし、ドアに鍵をかけ、パンツ一つになって、枕元に「愛のテクニック」を置き、おそるおそる布団に入る。 じっと大きな眼を開いて、尊臣を見つめている初子。 初子「どうするの?」 尊臣「(シドロモドロで)はじめはキッスして、それからだんだん下に・・・・下へいくの」 初子「そう、じゃして」 尊臣、キスしようと韻を近づける。 尊臣の見た目で、初子の顔がグッと近くなり、大きな目が両方から近づいて、一ツ目小僧になる。 ギョッと身を引く尊臣、仕方なく布団にもぐり込む。 鼻息も荒く懸命に乳房を吸う気配の尊臣。 じっと我慢している初子。 布団の中の尊臣、モゴモゴうごめき乍らだんだん下にズリ下ってゆく。 カッと目を見開き、歯をくいしばる初子のクローズ・アップ。 |
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倒れるスタンドの灯影で、歯をくいしばった初子の必死の形相。 ノックの音と共に、常子のヒステリ。クな声がする。 「何してるの、尊臣ッ、開けなさいッ」 アッとおどろく尊臣、逃げようともがくが腰が立たない。 常子の足音、隣室から廻って末て、ガラリ!と襖を開ける。 常子「あんた達ッ、何してるのッ、けがらわしいッ」 常子に踏みつけられて、テープが、「いいわッ」と怒鳴る。 シーツにくるまってゴロゴロころがっていた初子、唸り声と共に怪獣のように立ち上る。 休中に斑々と真赤なバラのような発疹。 恐怖におそわれる常子と尊臣の大きく見かれた両眼。 さながら火焙りにされる魔女の断末魔にも似て、神への呪いに悶える初子。一声高く、「痒い!」と絶叫して、その場にドウと倒れる。 同時にキャーと悲鳴を上げて失神する常子。 |
富子「うるさい びっくりする花札の労務者と辰五郎。 |
「気をつけな、また痴漢がのぞいてるよ」 風呂の中で礼美たちの騒ぐ声に、金沢、あわてて去る。 すまして算盤を入れてる竜子。 |
ガン! スクラップ屋の親爺が、ハンマーでスクラップをひっぱたいている。 横断用の黄色い旗で陽差しをよけ乍ら、やって来て、親爺に声をかける。 初子「こんにちわ!」 親爺「初ちゃんか、おかえり、べッピンになったなア」 初子「ありがと、お礼にこれあげる」とゴム製品の箱を渡し、駈け寄って来た子供を抱き上げ、旗をもたせる。 親爺「(あけて見て)何だ、これ?」 堀立小屋から親爺さんの女房が出て来る。 女房「アレ、初ちゃん、お久しぶり(大声で怒鳴る)みんなア、ごはんだよう」 スクラップの山で遊んでいた子供たちが七八人、ワーッと駈けて来る。 |
一間っ切りの狭い部屋で、耳の遠いらしい老婆(ツエ)が一人、破れた枕を繕っている。 ガンガン鴫っているテレピ。歌は『花嫁』 初子、ツエに金を握らせ、ほったらかしになっている店の掃除をはじめる。 初子「ばあちゃん、また呑み屋はじめようよ、母ちゃん居なくなったから、今日からはまた二人切りだよ」 初子、ブラ下ったままのノレンを掛けかえ乍ら、テレビにあわせて大声で歌う。 そこへ、美容院帰りらしく、髪をゴテゴテに盛り上げた富子が和枝を連れて帰って来る。 富子「ばァちゃん、布団干しといてくれたかい、それから枕カバー、やってるね、 (初子に気づいて)オヤ、何しに来たんだい」 初子「・・…(黙って和枝にガムをやる)」 富子「(取り上げて)変なものやらないでおくれ、うちの子には、 と和枝の持った買物寵を置き、善伍がはずした柱をまたいで、ギシギシ音をたて乍ら二階に上ってゆく。 富子の声「何だい、まだ布団干してないじゃないか、もうじきうちの亭主が帰って来るんだよッ」 |
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スクラップ小屋の子供たちと一緒にロープを引張る。 初子「今度はきっとシンチュウだよ」 錨に引っかかって乳母車の残骸などが上って来る。 少し誰れたところで、和枝がそれを見ている。 初子、気づいて、和枝に近づく。 |
辰五郎の和枝を探す声が聞える。 「和ちゃーん」 富子の声[和ちゃーん」 初子の前に路地を探していた善伍が凄い顔で現われ、奪うように和枝を抱き上げる。 富子と辰五郎が、息をきらして走って来る。 富子「あら、いたの? よかったよかった、さ、母ちゃんと一緒にに帰ろうね(初子に)なんだい、お前まだいたのかい、連れ込み宿追い出されたんなら、また芸能社にでも行ってストリップでもやるんだね、ウロチョロそこいら泥棒みたいにうろつくんじゃないよ」 善伍の腕の中で、じっと初子を見守っている和枝。 |
富子「さ、入って入って、さてと、スキ焼は二階の方がいいね、(善伍に)あんた、一っ風呂浴びておいでよ、髭なんかそってさ」 善伍「モ、モ、モ……(と吃る)」 富子「何だよ、はっきり言いなよ」 辰五郎「もう風呂はすまして来たよ(と入って来る)」 富子「何だい、お前また何でノコノコくっついて来るんだい」 辰五郎「何でったって……俺あずっとこいつにくっついて暮らして来た 富子「何でくっついてるんだよ、こいつが繩取紙で、お前が繩でもあるまいし」 辰五郎「何でったって……くっついてなきや、アゴが干上っちまって、首吊りでもするるしかねえもの」 富子「(コンロを焚きつけ乍ら)なら首吊りするんだね」 辰五郎「首吊りするのはいいが、通訳 富子「困るもんかい、私がついてるよ、夫婦は一心同体、ぴったりくっついて、何から何までツーといやカーさ、ねえあんた」 善伍「(辰五郎に向って)コツコツコツ(と吃る)」 富子「何だよ、ニワトリがゼン息わずらったみたいに、 辰五郎「ここにいてくれっていってるのさ」 善伍、黙って和枝を抱いて二階へ上る。 富子「一寸あんた、まさか、寝る時もあの爺イと一緒じゃないだろうね(とくっついて ニ階へ上る)」 初子、入って来て、 初子「ふん、繩取紙にくっついてるのは自分のほうじゃないか(辰五郎に)おじさん、入んなよ」 辰五郎「それじゃ、ま、遠慮なく」と入って来て地下足袋を脱ぎはじめる。 初子、食卓の用意をし乍ら、 初子「アラ、 |
グツグツ煮えているスキ焼。 富子「はい、卵」 と卵を二つ入れた碗を善伍に渡し、 富子「和ちゃん、こっちおいで」 と善伍の膝から和枝を取ろうとする。 はなさない善根。 富子「じゃ一杯いこうかかね、取敢えず」 善伍「ダッダッダッ……」 富子「一杯ぐらいいいじゃないの、お祝だからさ(無理に杯をもたせる)」 善伍、仕方なく一杯呑んで、目を白黒させる。 富子「(艶然と)しびれるだろ、これ、マムシ酒」 |
二階から賑やかなテレビの笑い声が聞える。 初子、辰五郎の皿に御飯をよそってやり乍ら、声を上げる。 初子「アラ、坊ちゃん」 何時来たのか店に尊臣が、しょんぼり立っている。 初子「(立って寄り乍ら)どうしたの? よくここが判ったわね」 尊臣「流しのギター弾の人に聞いて……俺、おふくろと喧嘩して家出して来たんだ」 初子「そう、ま、上んなさいよ、おなかすいてる、 尊臣「うん、とっても」、ノコノコ上って来る。 初子、尊臣にもヤカンの蓋か何かで御飯をよそってやる。 尊臣、腹がへってるらしく、犬のようにガッガツ食いはじめる。 富子の声「何だいもう寝るのかい、じゃ布団ひくからね」 |
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突然、二階から、「うわーッ」という凄い嘆き声と共に、ドカドカドカッと階段をおりる足音がして、家鳴り震動する。 飛起きてウロウロする尊臣を踏みつけて毛布をかぶった大男が飛込んで来る。 悲鳴を上げて逃げまどう尊臣。 つづいてシタタカに酔ってるらしい富子が飛込んで来る。 富子「何だって逃げるんだいツ、取って食おうてんじゃないんだよ、図体ばかりでかくて何だ、そのザマは、床入りの晩に女房から逃げ出す男が何処の世界にあるんだよツ」 初子、立って電灯をつける。 善伍、和枝を毛布にくるんで、部屋の隅の布団にもぐり込む。 富子「よくも恥をかかせやがってこの野郎、やい起きろ、それでも男かよ、キン玉ある のかよ、あるなら出して見せな(と布団をはぐ)」 善伍、うなり声を上げて、再び布団をかぶり、もぐり込む。 富子、その背中を蹴飛ばす。 辰五郎「(とめに出る)まアまア、気持は判るが、それじゃ子供が可哀想だよ」 富子「何言ってんだい、女房よりガキと寝たいなんて変態じゃないか、こいつらは惚れ合ってやがるんだ、畜生(とまた掴みかかる)」 善伍、和枝を抱いたまま表に飛び出す。 初子「母ちゃん!(と引とめる)」 富子「ひっこんでろツ、お前みたいな穴無しレンコンに何が判る(初子を突飛ばす)」 尊臣「痛いッ」 富子「(尊臣に気づいて)何だい、この男は、何で連れ込み宿の息子がこんなところにいるんだいツ(初子に)お前また何時からパンパンになったんだいツ」 辰五郎「いや、この青年はね……」 富子「畜生! みんなで寄ってたかって私に恥かかそうってんだね、ここは私の家だからね、出てって貰いたいね、出てけってんだよツ」 布団をひつぱって、尊臣たちにおつかぶせる。 富子「出てけーっ」 布団ごと土間にころがり落ちる尊臣と辰五郎。 初子、足をくじいたらしく動けない辰五郎を助け起こす。 |
辰五郎をオンブした尊臣に破れ傘をさしかけて初子が出て来る。 背をむける善伍に何も言えず、雨の中へ出てゆく三人。 初子、気がかりらしく振返る。 眠っている和枝を抱いて立ちつくしている善伍。 家の中で、まだ何か喚いている富子の声。 |
堤防の上をランドセルの小学生たちが駈けてゆく。 すぐそばで工場のサイレンが咆える。 |
子どもたち、「ごちそうさま」もそこそこにランドセル持って飛び出してゆく。 「おじさん、お早よう、ゆうべはごめんね」 着のみ着のまま寝てたらしい初子、尊臣、辰五郎の三人が這い出して来る。 親爺「ゆっくり寝てなよ」 初子「(外の水道で顔を洗い乍ら)小父さん、今日一日手伝うわよ、ゆんべの泊り賃払わなきゃね」 女房「 初子、元気に天突体操を始める。 尊臣も真似してやって見る。 |
善伍、仕事の手をやめて、じっと何か考え込む。 頭らしいのが近づいて声をかける。「何を考えてんだい、ブタ箱帰り」 頭「どうした新入り(一方を見て怒鳴る)コラーッ、お前ら何してるんだ、そこで」 少し離れたところで、初子と尊臣が子供たちと一緒にほったらかしになった鉄材を、赤錆だらけのリヤカーに積んでいる。逃げ腰になる尊臣に、 初子「大丈夫だよ、あいつらだって時々トラックで売りに来るンだから(と構わず積み込む) |
学校帰りのスクラップ屋の子供たちが駈け寄って来て、リヤカーの後を押す。 <75B 「おたふく」> アッパッパーの富子が店を片づけている。 善伍、来て土足のまま二階に上がる。 富子「和枝ならいないよ、 善伍、血相替えて二階から下りて来る。 |
初子、リヤカーから下ろしたコカコーラの自動販売機ボックスをバールで壊し、中からコーラの瓶を取り出して、子供たちや尊臣に渡す。 初子「(うまそうに飲んで)労働のあとの一杯はうまいね」 その手をムズ! とつかむ男の手 何時来たのか善伍が立っている。 善伍、明らかに激怒の色を滾らして、初子にかみつかんばかりんに烈しく吃る。 初子「何するんだよ。離してよッ(持った瓶で殴りかかる)」 善伍、初子の瓶を取り上げ、叩きつける。 子供の中の一番腕白そうなのが瓶を投げつけて叫ぶ。 「こいつデカだ! 追っぱらえ!」 尊臣「おねえちゃん、連れてゆかれるぞ」 手に手に石や空き缶などを投げつける子供たち。尊臣も小石を拾って投げる。 まるで孤立無援のキングコングのように、飛んで来る石を払い落して、凄まじい唸り声を上げる善伍、初子を突飛ばして、鉄材を積んだままの こぼれ落ちた鉄材が、倒れた初子の股に当たる、にじみ出す真っ赤な血。 辰五郎「(叫ぶ)やめろ! また刑務所行きだぞ!」 尊臣「(叫ぶ)そうだッ、お前なんか死刑だッ」 尊臣、善伍に睨まれ、ゾッとして後ずさる拍子にスクラップの山から転がり落ちる。 善伍、差し上げていた 息を呑む一同。 スクラップ屋の女房が恐れる風もなく傍にノコノコ出て行って、逞しい大きな腕にヒョイと初子を抱き上げる。 女房「(腕白小僧に)医者呼んできな」 腕白「医者なんか来てくれないよ、この部落には」 女房「ばか、一人だけ来るのがいるだろ、あれが丁度今、金さんちに来てるんだよ」 |
と、尊臣と一緒に石井が鞄下げて入って来る。 自分で脚に包帯していた初子が「アラ」と声を上げる。 石井「何だ、お前か、ドレ、見してみろ」 初子「大丈夫です。自分で処置しました」 石井「自分で処置した? 見習看護婦が何ぬかす(包帯を取って見る)ふん、縫うほどでもないな(と股のツケ根をさわって見る)」 初子「あの、骨は大丈夫ですから(石井の手をのけて)包帯、自分でやります」 石井「(皮肉に)医者の俺がさわっても蕁麻疹が出るかい」 初子「?」 石井「聞いたよ、芸能社の親爺さんに」 尊臣が、突然口を出す。 尊臣「先生!」 石井「あ?」 尊臣「初子さん、カタワでしょうか?」 石井「君、いうことがいちいちオーバーだな、大怪我で死にかかっているとかカタワとか、この子の蕁麻疹はアレルギー うしろに何時の間にか富子が立っているのに気付き、慌てて靴を穿く。 富子「アラ、先生。もう帰るの、私この先で呑み屋やってるの、一寸寄っていかない(と腕を取る)」 石井「(それを慌てて振り払い乍ら初子に)君な、いっぺんこの母ちゃんガン!といってやれ、そうすりゃ蕁麻疹 富子「何言ってんだい、ヤブ医者」 立ちふさがる尊臣を、軽く押しのけて入って来ながら、 富子「だから言わないことじゃない、親の言うこと聞かないから怪我なんかするんだyp、あの吃り何処いった?」 辰五郎「(表をのぞいて)何処へいったんだか・・・・いったい何を怒ってんだい、あいつ?」 富子「あん畜生、私から逃げ出そうとしやがったんだよ、午過ぎ突然やって来て、和枝を探すから、言ってやったのさ、あの子はいないよ、初子にでもくっついて行っちまったんじゃないかねって、そしたら泡食って飛び出して行きやがった」 初子「(キッとなって)母ちゃん!和ちゃんを何処へやったの」 富子「実の母親のところへ戻してやったのさ、生みの親に育てられるのが、あの子だって一番だからね。だけど、あの吃りにゃ秘密だよ」 初子「…………」 辰五郎「じゃ、もうあいつ、あんたんとこには戻らないね」 富子「と思うのが素人のあさはかさ、あいつは 辰五郎「どうだかね」 富子「ま、見てなって、細工は粒々、子供恋しさにウロチョロしてるところをふん掴えて、一寸慰めてやりゃ、一コロさ、男なんて他愛ないもんさね」 辰五郎「そううまく問屋が卸すかな」 富子「(カチンと来て)いちいちさからうね、この糞爺ッは、 言いすてて去る。 辰五郎「(呟く)また追ん出されか」 <77B 芸能社・表> 石井医院のスクーターが置いてある。 <77C 同・事務所> 鳥子が石井に 鳥子「とうさん、トルコのボイラーマン、つづけてるの?」 石井「三日坊主さ、ヤレ腰が痛いの、肩が突張るのとうるさくてしょうがねえよ、(奥の竜子に)どうだい、そろそろ許してやっちゃ」 竜子「許して貰いたきゃ自分で来ればいいでしょ(ハッと裏木戸を見る)あんたッ」 石井「(見て)来たな、どうだい、あの喜びよう」 鳥子たち、縁側に出て見る。裏木戸に和枝がポツンと一人立っている。 |
子供たちが例のロープのついた錨で“夜投げ”をやっている。 上って来るのはドロドロと気味の悪い得体の知れないものばかりである。 堤防の上にしゃがんで、それを眺めている辰五郎、初子、尊臣の三人。 三人、一方を見る。 堤防の端っこで一人立って、たまり水の面をみつめている善伍。 辰五郎「また身投げでもする気かな」 尊臣と初子、辰五郎の顔を見る。 辰五郎「俺と奴とは、奴さんが刑務所から出た日に身投げしたのを助けたのが因縁でね、尤も俺が助けなくても、河の水あ膝までしかなかったがね」 初子「どうして身投げなんかしたの?」 辰五郎「奴あヤクザを一人殴り殺して、刑務所にいってたんだが、よく有る奴でつとめ上げて帰ってくると、女房は有り金一切さらってドロン、探す子供も見当らねえってわけさ」 初子「たったそれだけで身投げしたの」 辰五郎「(首をヨコに振って)そうじゃねえよ、よしゃいいのに、和枝って子の実の父親が、奴の殺したヤクザってことを教えたバカがいたのさ」 じっと水の面をみつめている善伍、 尊臣「 辰五郎「女房の間男の相手だったのさ・・・・ある雨の降る晩に、仕事からおそく帰って見ると、あの和枝ってガキが、家の外にたった一人で立ってたってんだ、家の中じゃ勿論女房の間男の最中さ……雨ん中でたった一人奴の帰りをまってたガキの面を見てるうちに、奴あカーッと じっと善伍の姿を蹟めている初子。 〈ある雨の……以降が次のシーンにズリ下がる) <78B 幻想> 棟割り長屋に降る雨。 立って居る和枝。 見下ろしている善伍、 Wって。 < 78C 回想> おたふくの軒先で、和枝を抱いた善伍が雨をよけて立ちつくしている。 雨足をつづめたまま勣かない善伍。 <78D もとの堤防の上> 初子、立上って、歩き出す。 辰五郎「何処いくんだい?」 初子「何処か、ここじゃないところ」 尊臣「ここじゃないって……」 初子「あんた達、いたけりゃここにいたら。私たのんで上げる」 ビッコひきひき歩き出す。 尊臣も辰五郎もビッコひき乍らあとにしたがう。 <78E スクラップ屋の附近(薄暮)> やって来る三人。 初子、急に一方を見て立止り、弾かれたようにビッコ引き引き走り出す。 初子「(走り乍ら叫ぶ)かあさん!」 和枝の手をひいた竜子が車を降りて歩いて来る。 初子に気づいて手を振る二人。 初子、二人に駈け寄って、 初子「どうも、その節は色々お世話になりました、みなさん、お元気ですか」 竜子「お蔭様でね、とうさんは意地はってまだ帰って来ないけど、その方がサバサバする 和枝「(うなずく)」 竜子「びっくりしたよ、パッと見たら、この子がたった一人で庭に立ってるじゃないの、何処からどうやって来たんだか、どんな事情があって来たんだか、聞いてもさっ ぱり判らないし……でも、あんたに逢いたい一心だけではるばるやって来たことだけはこの子の顔見た途端に判ったわよ」 初子「・・・・(黙って和枝の手を握りしめる)」 竜子「(涙ぐんで)……いいかい、もうこの子の手を決して 初子「……はい、お願いします (頭を下げる)」 竜子「さ、 |
運転手「 そのままスタートする。 ぼんやり見送っている尊臣と辰五郎。 タクシー、「おたふく」の前にさしかかる。 ヘッド・ライトの中に、酔っぱらった善伍が飛び出して来る。 追って来た冨子がつかまえて、店の中に引きこもうと争う。 運転手「 除行する車の前に、立ちはだかる善伍、車の中に和枝を認めて走り寄り、ドアのガラスに顔をくつっける。 振切るようにスピードを上げるタクシー 善伍の姿が遠ざかる。 振向いて、じっとその姿を見つめる和枝、 遠ざかる善伍の顔。 初子「(急に叫ぶように)止めて!」 タクシー、とまる。 竜子「どうしたんだい?」 初子「かあさん、一寸まってて下さい、私、あの二人に逢って行きたいんです」 竜子「(頷いて)そうだね、はっきりしたいことは、はっきりさせといた方がいいさ、行っといで」 |
初子、和枝の手をひいて、善伍と富子の前に立止る。 富子、ツカツカと進み出て、いきなり初子の頬を叩く 富子「この根性曲り、また来やがったな、どこまで親にタテつきゃ気がすむんだッ、この親不孝者(とたて続けに殴る)」 黙っている初子にイラ立って、富子ますます荒れ狂う。 富子「判ってるよ、お前が何しに戻って来たか、お前はこの男を盗りに来たんだ、実の母親の亭主をイタダキに来たんだよ、その位ちゃんと見通しさ、お前はもともと手癖が悪いんだからね、泥棒なんだからね、泥棒!」 タクシーの傍で竜子が、じっと見守っている。 富子「この吃りはやっと母ちゃんがつかまえた男だよ、さア、盗れるものなら盗って見ろ! 泥棒猫! 母ちゃんの目の前でいただけるもんならいただいて見ろ!」 集った近所の人のうしろから、尊臣と辰五郎がのぞく。 店の中でツエが、ボソボソと言う。 ツエ「初子ゥ、折角母ちゃんが言うだ、遠慮しねえでいただいちまえ」 富子「何いうんだ、ばあちゃんは、余計な口出ししないでおくれ!」 ツエ「それより外に丸くおさまる道ああんめえよ」 尊臣が飛び出して来る。 「だけど初子さんが、この吃り・・・・じゃない和枝ちゃんの父さん、を好きかどうか……」 ツエ「(事もなげに)そったらことは、本人がきめることだっぺ」 じっと善伍をみつめる初子、和枝を抱き上げて善伍に渡す。 善伍の大きく見開いた両眼に、急にキラキラと涙が溢れ出る。 和枝と善伍の四つの瞳が、初子を見つめる。 和枝の手が初子の手を握りしめて離さない。 じっと見返す初子、振向いてタクシーの後の竜子を見る。 竜子、頷いて車の中に入る。 走り去るタクシー。 初子、和枝の手を離して、善伍の腕をとり、寄り添うようにし乍ら、店の中に入る。 富子「初子!」 尊臣「(追いすがって)初子さん!」 初子、振向きもせず、善伍を誘ってニ階への階段を上る。 富子「(尊臣をはねのけて)まてッ、ここは私んちだよ。勝手なマネはさせないよッ」 ツエが、驚くべき早さで駈け寄り、拳固ををかためて富子をポカリ!と殴る。 ツエ「何抜かす、ここは さすがに毒気を抜かれる富子、二階を見上げて、口惜しさまぎれに毒づく。 富子「ふん、カタワ者同志、やれるもんならやって見ろ、半人前同志が一緒になっても一人前になれるもんか」 |
初子、布団を敷きおわり、善伍の腕から和枝をとって、布団の真ん中に寝せ、素早く裸になって、その傍に入る。 善伍も、フンドシーつになって、反対側の布団に入る。 和枝、安心したように目を閉じる。 下では富子が、まだ未練たらしく、 「あの吃りはもともとあの子の父親じゃないんだ」とか、 「和枝は生みの親に育てさせるのが一番だ」とか、 「ワレ鍋に閉じ蓋じゃ、どうせうまく行きはしない」とか喚きつづけている。 |
富子「コラ、そんなところで痴漢みたいにのぞいてないで、こっち来て酌しな」 柱のはずれた天井がギシギシ音がしてゆれる。 富子「(喚く)畜生! おいこら、こっちこい。こいといったら来なッ」 |
汗だらけで頑張っている善伍の顔から目を離し、不思議そうにほんのりと上気した自分の下半身を眺める。 善伍、初子の脚の包帯に気を使い、ハッと身を引く。 初子「ううん、何でもない」という風に微笑み、和枝とつないでいた手を離して、善伍の体を抱く。 生れてはじめて知る安らかな歓喜に、吾と吾が身をひたして行く初子。 |
富子の声「いい女だよ、もっとこっち寄りなって、おっかなくないから……」 一つ布団の中でモゴモゴやっている富子と尊臣。 富子「あんた、はじめてかい」 尊臣「はい」 富子「大丈夫だよ、大船にのった気でいな」 尊臣「いたくない?」 富子「なにが?」 店では老人二人が差向いで、ツクネンとすわっている。 辰五郎のすするコップの焼酎がギシギシという天井のきしみに合わせて、幽かにゆれる。 |
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看護婦「(ドアをあけて)先生、往診の時間ですよ (ドアの外に)どうぞ」 「失礼します」と初子が入って来る。 初子「その節はお世話になりました」 金沢「(気づいて)何だお前か、どうした? 赤ん坊でも出来たか」 初子「十ヵ月さきにはひょっとすると……その節はよろしくお願いします(と石井に頭を下げ る)」 石井「(往診の用意をし乍ら)ついにセイコーか」 初子「かあさんに聞いて来たんですけど、家へはまだ帰らないんですか」 金沢「まだまだ、もう一と月位は独身生活を楽しまなきゃな、色んな女が来て面白いんだ、ここは」 石井「ふン、帰りたくてウズウズしてるくせに、(と出てゆく)」 金沢「(石井に)このままにしておくからな (初子に) 初子「これ(と封筒を渡して)長い間すみませんでした」 金沢、封筒から一万円札を出してかぞえる。 初子「うちの人が、借りたものはスッキリしろって……」 金沢「結婚したのか 初子「はい、ゆうべ、でも式はまだなんですよ」 金沢「そうか、よしそれじゃ俺が仲人になってやる、善は急げだ、これから行って花婿連れて来い、俺あ家に帰って内祝の用意してるからな、さ、早くしろ、早くしろ」 と飛立つように将棋を片づけはじめる。 石井「(戻って来て)エート、忘れ物…… (金沢を見て)何だい、帰るのかい」 金沢「当りめえだ、こんな薬くせえところに何時までもおれるかってんだ(石井を突きのけて出てゆく)」 石井「(将棋盤を見て) またウマ取りやがったな」 |
礼美「かあさん! とうさん、帰って来たよ」 竜子、茶袱台に帳簿をおいて、算盤入れ乍ら 竜子「とうさんて誰だい、うちにゃそんな人間いないよ」 金沢、緑側から上って来て 金沢「オイ、今夜初子の内祝やるからな、早いとこ用意しろよ(鳥子たちに)お前らも支度しろよ、もうすぐ初子が花婿を連れて来るんだ、オイかあさん、俺の紋付何処だい? 花婿に着せてやるんだ」 竜子の反応がないのに鼻白んで、最初の勢何処へやらといった風情の金沢、仕方なくトイレに入る。 |
金沢「酒はビールがいいな、それからオツマミとピーナツと鮨と、そんなもんでいいだろ・・」 大声で喋舌り乍ら、金沢、ポケットの金を大便所の壁に貼りつける。 竜子がのぞいているのも気づかず、 金沢「それから礼美、花買って来いよ、花 ……」 竜子「何してんだい、そんなとこで……」 金沢「(大慌てで)いや、その、痴漢がのぞかねえかと……」 ゴマ化し乍ら、後ろの窓を開ける拍子に金を便器の中に落っことす。 |
初子「どうしたの?」 尊臣「 初子、ハッとして工事現場に集った人垣の中の救急車を見る。 辰五郎が呆然とこっちを見ている。 富子が飛んで来て叱るように叫ぶ。 富子「何をしてるんだい初子。早く行ってやれ、お前の亭主が死にかかってるんだよッ」 初子、声にならぬ叫びを上げて動き出した救急車に駈けより、後ろのドアを挙でガンガン叩く。 係員がドアを開ける。 富子「怪我人の女房だよッ、乗しておくれッ」 初子、係員に抱きかかえられるように救急車に這い上る。 「 意味の分らぬ叫びを上げて、地面を叩く尊臣。 |
初子、担架の中の善伍の手をしっかりと握る。 応急処置を受けたばかりの善伍、頭の包帯に夥しい血をにじませ、初子の顔をじっと見る。 何か言おうとするが声にならない初子、善伍、焦点の定まらない瞳で初子を見つめながら、幽かに口を勣かす。 唸り声のようなゆるく長い声音は、歌を歌っているのだ。 おどみや島原のォ おどみや島原の 梨の木育ちよゥ 何のナシやら 何のナシやら、色気ナシばよ しようがいなァ おろろん おろろん おろろん ばい おろろん おろろん おろろん ばい 急速にひいていく意識の潮の中で、車の震動に身をゆだね乍ら、悠々と歌いつづける 善伍。 |
子供たちの黒い影がユラユラと川面にゆらめく。 |
転がるように降りる竜子、和枝の手を引いて、家の中へ入る。 集ってヒソヒソ噂している近所の人々。 誰が書いたか下手糞な“忌中”の貼り札が、夕闇の中に、ほの白く浮かんでいる。 |
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鳥子と礼美が食事の後片づけをしているのを手伝っている金沢。 鳥子「(金沢に小声で)かあさん、何時まで□効かない気かしら」 ぼんやりテレビを見ている竜子、交通事故のニュースを途中でプツンと切って、 竜子「私、やっぱり火葬場までついてって 金沢「(鳥子たちと顔見合わして)どうして?」 竜子「あの子、もうここへは戻って来ないんじゃないかねえ」 金沢「でも行くって言ってたんだろ」 竜子「(急に立上って) 一寸駅まで迎えに行って見る」 金沢「オイオイ、そんなことしたって……」 竜子「何だか急に胸騒ぎがして来たんだよ、とうさん、久し振りにトルコでも行っといでよ」 千円札を二枚、茶袱台の上に置いて庭におりる。 金沢、呆気にとられて見送り乍ら、 金沢「気つけなよ、車に」 竜子「(出て行き乍ら)あいよ、とうさん 金沢「気味が悪いな、一体どういう風の吹き廻し 竜子「(裏木戸をしめ乍ら)カケガエのない亭主を、ムザムザと殺されちゃ女がたまんないからね(と去る)」 金を手にしたまま見送る金沢。 |
やって来て、横断待ちに立止る竜子、向 う側の歩道を見て、パッと顔を輝かす。 向う側の歩道に、骨箱と風呂敷包みを抱えた初子が和枝と辰五郎を連れて立って いる。 竜子、手を振る。 初子、竜子を認めてニッコリする。 途端に、竜子を発見した和枝が、竜子目がけて、アッという間に車の往き交う横断歩道に飛出す。 凄い悲鳴を上げる竜子。 初子、突磋に骨箱と風呂敷包を投げ出して車道に飛び出す。 骨箱を轢いて急停車するトラック。 顔を覆ってその場にヘタリ込む辰五郎、走る車の蔭で見えない和枝の体を、まるで車の大海から引き上げるように、車道の真ん中で抱き上げる初子。 生きている初子と和枝を見た竜子の両眼に、ドッと涙が吹き出す。 信号が青に変る。 足がすくんで勤けない竜子、泳ぐような手をさしのべて、初子を招く。 和枝を抱いたまま、ひしゃげた骨箱と風呂敷包を拾う初子。 涙の溢れる竜子の眼に、やがてこっちに向って駈け寄って来る三人の姿が、鮮やかに灼きつく。 和枝の顔がストップ・モーションになって、「完」 |
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完成作品とシナリオの違いが非常に少ない作品である。 それだけいわば思いどおりに作れた作品ということができよう。 森崎作品でこれまでコンビを組んできた音楽の山本直純は、本作でとうとう森崎さんと意見が合わなかったらしく、これ以降は組んでいない。 作品は民放のテレビで一度放映されたことがあるが、春川ますみ演ずる富子の強烈なパワーと、放送禁止用語の炸裂で、お茶の間向きでないため、それ以降は一度も放映されていない。 しかし、本作を除いて森崎作品を論することはできない超傑作である。 (池田博明記) 追記:衛星劇場で一度放映されたという情報もある(2013年11月16日)。 |
森崎 東 「{わが国おんな三割安」脚色note 生ムと生マレルの間 (シナリオ 1972年7月号 『女生きてます・盛り場渡り鳥』) 「ヨイシナリオハ組ミ立テラレタヨウニハ見エナイ。ソレハ、イキナリポッカリ生マレテキタヨウニ見エル」(伊丹万作カタカナ随筆) 伊丹万作氏は、イキナリポッカリ生マレタヨウニ見エルための生ミノツラサについて語ったのであって、イキナリポッカリ、シナリオが生レルと言ったのではないと思います。 だが、イキナリポッカリ生れるシナリオもある。或る巨匠はシナリオを書く時、まず布団を敷く(若しくは敷かせる)。布団に入ってシーン・イチと言う。すると、助監督だかな何かが、紙に丸だか四角だかを書いて、1と書く。巨匠が続けて、×子の家、×子いきなり欠伸をする、とか何とか言う・・・・助監督だか何かが、同じことを書く・・・・ワイプして何時間後か、巨匠は言う、ラスト・シーン、×子の家、×子、今日もまた欠伸をする、エンドマーク。助監督だか何かが、同じことを書いた紙の一番しまいに丸を書いて完とか終とか書く。 つまり、ポッカリ生レタのです。出来上がったシナリオがヨイシナリオかどうかは別として、出来ることなら、私もそういう具合にシナリオを生みたい。だが、巨匠と私では、コンピューターの出来も違えば、入れるファイルの数も違うのだから、それは不可能です。そこで、シナリオを書くたびに必ずコンピュータがヒートして故障する。訳の分からぬ歌を歌い出したり、コノコンピューターデハ、ゼッタイニヨイシナリオハデキナイなどと無気味なシャガレ声で言ったりする。 既に伊丹万作氏は言っています。イイシナリオヲ生ミ出スモノハ、結局才能ダケダ。コノコトヲアマリ深ク知リスギルト凡才は仕事ヲスルノガイヤニナル。ソコデ我々ハ人造才能スナワチ努力デモ結構マニアウトイウ迷信ノ信者トナラナクテハナラナイ。 だが生憎コンピューターには既にメイシンガツーヨースルノハ限ラレタ才能ダケデアルが一札入っている。 そんな迷信を信じて努力しすぎると、このコンピューターは忽ち壊れてバラバラになることをコピューター自身が知っているのです。そういう時、私が苦し紛れに使う手はこの、出来の悪いコンピューターに「コノハナシハヒトクチデユウト、ドウイウハナシカ?」というプログラムを命ずることでした。この呪文で結構間に合う筈なので今回もそれを試みたのです。 だが、コンピューターは例のシャgレ声で言いました。・・・・コノハナシハ、ヒトクチデモセンマンクチデモイエナイ、ハナシニナラヌ 恐らく、その答えが出たところで、私たちはシーン1から書き直すべきだったのかも、常識はずれの登場人物たちのうち、せめて二人位は退場して貰ったほうがよかったのかも、一口で言えるテーマの単純性という呪文が通用する門に入り直すべきだったのかもしれません。私は、苦し紛れに中島貞夫風に総括することにしました。「俺タチハコノ人物タチヲエランデシマッタノダ、モー出直シハキカナイ」 案の定、コンピューターは月足らずの未熟児を生んでしまいました。若し伊丹万作氏が生きていたら、私は質問したいのです。「イキナリポッカリ生レタヨウニ見エナクテモ、ヨイシナリオハアリマセンカ?」掛札昌裕と田坂啓が替って答えてくれました。 「一口で言える話なんて、もう駄目です、コレハコレデヨイノダ」。 私は今、両君の心優しい慰めの言を、半分信じ、半分信じていません。 ひょっとすると、この作品は、一口で言うと「生んだものと、生まれたものとは無関係である」というテーマなのかも知れませんから・・・・。 |
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