森崎東アーカイブス

喜劇 女売り出します     台本 


公開 昭和47年(1972年)2月5日

『シナリオ』1972年3月号
pp.119-146
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本ページ作成者は池田博明。
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スタッフ

 製作  上村 力
 脚本  森崎 東
      掛札昌裕
 監督  森崎 東
 
 撮影  吉川憲一
 音楽  山本直純
 美術  佐藤之俊
 録音  中村 寛
 調音  小尾幸魚
 照明  三浦 礼
 編集  森 弥生 
 スチル 佐々木千栄治
キャスト

 金沢--森繁久弥
 竜子--市原悦子
 浮子--夏純子(日活)
 武--米倉斉加年
 村枝--久里千春
 きた子--荒砂ゆき
 朝子--岡本 茉莉
 タマ子--中川加奈
 銀作--西村晃
 石井--財津一郎
 
姉川--小沢昭一
 鳥子--瞳麗子
 礼美--秋本ルミ
 徳田--花沢徳衛
 菊男--植田峻
 あけみ--関千恵子
 かおる--穂積隆信
 こでまり--葵三津子
 美鈴おかみ-- 赤木春恵
 木村--田中正人
 監視員--加島潤
 スリ--旭瑠璃
 スリ係刑事--沖秀一
 やくざ--岡本忠行
 女中--秩父晴子
 おばさん--谷よしの
 リリ子--佐々木梨里


 台本は実際の完成作品とは若干、異なっています。
 異同部分の書き込みは別色で示しました

1
<歳末風景>  師走の街をゆく人々。
 その頭上を国電が突走る。

2
<国電の中> 満員の乗客の中で、あっち押され、こっち押されている金沢(森繁久弥)。やっと若い男の肩越しに吊皮へぶら下る。
  (車内放送は「まもなく新宿に到着いたします」)
 ほっと一息入れた金沢、吊皮をもった左手から押されて来て、ぴったりくっつい た若い女の子(夏純子)に気づく。
 踏張った金沢の左肢が、赤いカーデガン赤いセーターに白黒のチェックの上着を着たその女の子の両足の中に入ってしまう。
 膝をしっかりしめていた女の子、電車のゆれる拍子に、
 膝をひらいて金沢にモロにもたれかかる。
 お腹の下のちっちゃい骨が、金沢の肢のツケ根に当って、あわてる金沢。
 満員で身動き出来ない女の子、もがくのをあきらめたように静かになり、うつむく。
 汗ばんだうなじ、燃えるように赤くなっている耳たぶを、金沢、すばやく盗み見する。
 買物籠を抱えて、うつむいている女の子と金沢の体が電車のゆれで、一層密着する。
陶然としていた金沢の表情が急に変って、目を白黒する。
 女の子の指が何時の間にか、そっと金沢のズボンの前の部分をつまんでいる。
真赤になってうつむいたままの女の子。

3
<トルコ風呂・個室> 
  「いじらしいじゃねえか、大方食堂か何かにつとめて、男の子と遊ぶヒマなんかねえんだよ」   
 馴染みのこでまり(葵三津子)に体のアチコチをもませ乍ら、金沢が喋舌つている。
 こでまり「(電話口で)ハイライト一つね(戻って来て)そうかしらね、案外スレてるん じゃない、その子」
 金沢「そうじゃねえさ、スレてないからこそ一体どんなだろうという好奇心を押えることが出来ねえんだ、お前なんか、しょっ中さわってるから面白くもおかしくもねえだろうがねんだ
 こでまり「そうでもないわ、結構面白いわよ(チョイと金沢のをつまむ)」
 金沢、その気になってモゾモゾ起き出したところへ、ドアをあけてオバサン(谷よしの)が顔を出す。
 オバサン「はい、ハイライト」
 金沢「(体裁悪いのをゴマ化して)アイヨ」
 上衣を取って財布をさがす。
 金沢「アラ、おかしいな(アチコチをさがす)」
 こでまり「どうしたの?」
 金沢「財布がねえんだ
 こでまり「そんな、だって此処入る時、はらったんでしよ」
 金沢「そうだよ、ここ入る時あったんだからな・・・・(気づいて)あ、そうだ、ここへはチケットで入ったんだっけ……」
 こでまり「じゃ、何処かにおっことしたんじゃない? それとも電車ん中でスラれたか ?」
 金沢「冗談いうねえ、俺がスリにやられるほどボーッとして……(アッとなる)……やられたんだッ、オレ」
 フラッシュで電車の中の女の子の顔が入って、途端に腹のタオルがズリおちる。

4
<正月風景> 群衆の顔々々に、
 タイトルがかぶって、(主題曲が鳴る)
 軌道跡で、晴着の少女たちがハゴ板をついている。

5
<新宿芸能社・表> 獅子舞が竜子から心付けを貰って帰ってゆく。

<同・座敷>
 竜子(市原悦子)がコタツにお雑煮の用意をし乍ら、二階から訪問着姿で下りて来る鳥子(瞳麗子)や礼美(秋本ルミ)、タマ子(中川加奈)たちに、例によって説教している。
 竜子「いいかい、お年始は只口先だけで、おめでとうございます、今年もよろしくというだけじゃダメだよ、心の底からお礼の気持をこめて、目頃お世話になってる人全部にたちみんなに頭を下げて廻るんだよ」
 鳥子と礼美、殊勝らしく畳にすわってご高説を拝聴する。
 寝巻首のままのタマ子、フラフラと降りて来て、シャックリーつするとそのまま台所でテーブルに倚りかかってウタタ寝をはじめる。
 竜子「職業に貴賤なしっていうけど、お前たちはそんな大それたこと考えちゃいけないよ、世の中にはカタギで暮すために、安い給料で歯を喰いしばって一生懸命働いている娘さんたちがいっぱいいて国を守っているんだよ、そりゃ何もお前たちだって好きで裸商売やってるわけじゃないだろうけど、運が悪かろうと、世の中の出来が悪かろうと、裸を売り物にしてるのは自分なんだからね、一つも二つもへり下らなきゃいけないよ、無駄使いしないで貯金しろっていつも言うのもそのことだよ、貯金は何もお金のためばかりってわけじゃないんだよ、いつもキチンと胸を張って生きてゆくためには……(寝ているタ  マ子に気づいて)タマ子ッ」
 タマ子、酔ってるらしくモーローとした目を上げてシャックリをする。
 タマ子「かあさん、お早よう」
 竜子「お早ようじゃないよう、何だい、朝っぱらから、こっち来てここへおすわり、いいかい、お前はね、そういう風だから結婚二日目で追い出されるんだよ」
 タマ子「かあさん、そうじゃないの」
 竜子「何がそうじゃないのさ」
 タマ子「あたし、こんな風だから追い出されたんじゃなくて、追い出されたから、こういう風になっちゃったの……(と竜子の膝に突伏して再びウタタ寝をはじめる)」
 竜子、さすがに二の句がつげない。
 金沢、トイレから出て来て、タマ子の様子に、
 金沢「なんだい、またかい、全く手がつけられねえな」
 竜子「手をつけようと思ってたのかい」
 金沢「おいおい、正月早々からうらみっこなしだぜ、しかし、三ケ日ともお天気つづきってなあ珍しいな、チョイと散歩でもしてくるかな]
 竜子「ハナ毛の方にも気をつけな」
 金沢「え?」
 竜子「財布と一緒にハナ毛も技かれないようにしなってことだよ(と立つ)、ささ、出かけな、出かけな
 鳥子と礼美、クスクス笑い乍ら去る。
 二階から寝間着姿のまま笠子たち正月帰省組の女たちが降りて来る。
 笠子りり子(佐々木梨里)「かあさん、お早よう」
 竜子「(さっきの不気嫌を忘れたように)ああ、お早よう、そんな格好でカゼ引くよ、さ、雑煮できてるよ、早く顔洗ってお食べ……」
 笠子「アラ、どうしたの、タマちゃん」
 ドサクサまぎれに靴を穿く金沢、入って来た石井医師(財津一郎)をシーッと目顔で黙らせ、パッと表へ飛び出す。
 石井、鞄を下げたままノコノコ上り乍ら、
 笠子たちに、
 石井「何だ、お前たちまだ居候してるのか、せめて正月位は自分の家におちつける身分になってチョーダイよ
 笠子りり子「だって、ここがあたしたちの家だもんねえ、かあさん(とほかの女だちと頷き合う)」 
 石井「ま、仕方ねえやな、ここのおかみは正月になると、行き場のないお前たちがそうやって居候にやって来るのが一年中で一番嬉しいんだから」
 笠子「そう、それがあたしたちのたったひとつの親孝行よ」  
 竜子、石井におトソを持って来る。
 竜子「先生、正月早々往診ですか」
 石井「ああ、ケチ権爺さん、モチをノドにひっかけて危うく目出たくなるところさ、あの年で年の数だけモチ食おうってんだから無茶だよ、(おトソをつがれて)おめでとう、(寝ているタマ子を見て)何だ、新宿小町、また酔っぱらってるな」
 笠子りり子「ねえ先生、タマちゃん、あそこがちっちゃくて入らなかったから追い出されたって本当なの」
 石井「なアに、婿助が花婿ちゃんが下手くそなのさ、(チクワなどをつまみ乍ら)ま、ちっちゃいのは確かにちっちゃいけどな」
 一同、何か訳の判らぬ寝言を言っているタマ子を同情の眼差しで見守る。
 竜子、石井に酌してやり乍ら、人知れず溜息をつく。

<トルコ街> 一軒のトルコの入口から、社長夫人と金沢が出て来て、金沢が鼻を引っ掻かれる。金沢が鼻を抑えて飛び出して来る。
 金沢「畜生! ド気狂い奴、ひでえことしゃがる」
 村枝(久里千春)の声がかぶさって、
 村枝「その喧嘩の原因てのは何なの?」
 通りかかったお年始の鳥子と礼美が走り寄って、
 鳥子「とうさん、どうしたの?」
 金沢「うるせえツ」
 言いすてて去る。   
 見送ってケタケタと笑う礼美。
 鳥子「何さ」
 礼美「とうさん、ほんとにハナ毛核かれちゃったァ」
 憤ってスタスタと歩き去る社長夫人。

8
<その近く・村枝の鮨店「むらえ」の中> 村枝(久里千春)金沢にメンソレータムを渡す。
 村枝「はい、とうさん、メンソレ(金沢の鼻の頭の引掻傷に、メンソレを塗ってやり乍 ら)でもさ、どういう訳でそのミンクのコート、ダイヤの指輪の社長夫人に引掻かれたのよ」
 金沢「どうもこうもねえよ、喧嘩の仲裁に入ったらいきなり引掻れちまったのさ
 村枝「だから喧嘩の原因は何なのよ
 金沢「その社長夫人てのが、あの店のナンバーワンに通って来る社長の女房でよ、五万円出して、主人が何時もお世話になりますと挨拶に来たんだとよ」
 村枝「へえ、よく出来た奥さんじゃない」
 金沢「そこまではいいのよ、それから社長夫人がいうにゃ主人はあなたがとても気に入ってるようです、お恥しいことですが、自分はその方の教育を受けてないから、どうすればいいか判らない、どういう風にすれば主人を喜ばすことが出来るのか是非教えていただきたい」
 村枝「研究熱心な奥さんね」
 金沢「ナンバーワンのわき子は、別に特別なことしてる訳じやないから、教えるようなことはないって断ったんだが、どうしてもとせがむんだそうだ、仕方がないから、どこが気に入ったか判らないけど、こういう風にして差上げますと、何時もしている通り話してやったってんだな、そしたらおめえ、社長夫人、急に気狂いみてえに怒り出しちゃって、“まあ、わたしの主人に何てことするのよってんで、いきなりわき子に掴みかかりの、大立ち廻りの、とめに入った俺は鼻の頭を引っ掻れのって、大騒ぎだ、全く正月早々ついてねえったらありゃしないよ」
 村枝「ほんとにね、とうさん、一度厄払いして貰った方がいいわよ(と鼻の頭にバンソーコーをペタンと貼りつける)」
 鮨を握っている菊男(植田峻)のそばにぺッタリくっついて脇腹をつついたりしている店の女・きた子(荒砂ゆき)が、金沢の顔を指さしてゲラゲラ笑い出す。
 きた子「まア、いい男だこと、鼻筋が通って役者みたい」
 金沢「何いってやがる、お茶位出したらどうだ」
 そんなこと言っている後ろに、外から買物寵をもった若い女・浮子(うわ子=夏純子)が入って来る。
 浮子「おばちゃん、おめでとう」
 村枝だ「アラ、いらっしゃい」
 浮子「コーラ頂だい、一寸お トイレ貸してね」 (そのままトイレに入る)
 金沢、思わず腰を浮かして、トイレの気配をうかがう。
 村枝「一寸、とうさん!」
 きた子「助平ね、おじさん
 金沢「バカヤロー、スケベはてめえじゃねえか」
 きた子「アラ、何で私がスケベなのヨ」
 金沢「(小声で)オイ村枝、お前今の娘(こ)、知ってるのか」
 村枝「ええ、私、昔浅草の国際で踊ってたでしょ、その頃しょっ中楽屋に遊びに来てたの、あの子がまだこんなにちっちゃい時……」
 金沢「今、何してるんだ?」
 村枝「さア、お店出してすぐの頃街で逢って、それから時タマにしか来ないから、一体どうしたのよ、あの子が……」
 金沢「そうか……いやね……」
 話しかけた時、浮子、トイレから出て来る、
 テーブルの上のコーラを一息に半分ほど呑み干して、
 浮子「ああ、おいしかった、じゃね」
 百円玉一つおいて、さっと出てゆく。
 金沢、あわててあとを追いかける。

9
<交叉点> 人ごみの中を歩いてゆく浮子。
 見失うまいと必死にあとをつける金沢。 

10
<デパート>  客でごった返している売場。
 浮子、来て、エレベーターヘのる。

11
<同・エレベーター>  金沢、人ごみにまぎれて乗る。
 浮子、細いゴム紐で出来た買物寵を胸に抱いて、籠を通して手を寄りそったバーのマダム風の帯止めにのばし、アッという間にカミソリで紐を切ってセロテープで貼りつけ、ヒスイの帯止めをいただいたと見るや開いたドアからサッと飛出す。
 あわててあとを追う金沢。

12
<同・階段> 凄い勢で降りて来る浮子。
 あとを追う金沢。

13
<同・表> 浮子、ホッとして足を弛める。
 金沢、追いすがって、いきなり腕をつかむ。
 金沢「おいッ」
 浮子「何すんのよ、離してよ
 金沢「うるせえッ、黙ってついて来いッ」
 青くなって忽ち不貞腐れる浮子。

14
<芸能社>  石井も加わって笠子たち、花札の最中である。
 竜子、負けがこんでいるらしくカースケである。
 「ようしッ、コイツ」
 ガラッと表戸が開いて浮子の手をつかんだ金沢が入って来る。
 浮子、事務所のポスターなどを見て、急にあばれ出す。
 浮子「何だいッ、あたいを一体どうしようっていうのさ、放してよゥ」
 金沢、アッケにとられている竜子たちの前に、浮子を突放す。
 竜子「一体どうしたんだよ」
 金沢「こんな顔してやがって、スリなんだぜ」
 浮子「(ピョンとハネ起きて喚く)何だってッ、あたいがスリだって、言いがかりにも程があるわ、あたいが何時スリをやったってのよッ」
 金沢「盗ッ人たけだけしいたァ、おめえのこった、帯止めをとるのをチャンとこの目で見たんだよ」
 竜子「ちょっとあんた、もし間違いだったらどうする気さ、こんな目にあわせて、済みませんじゃ済まないよ」
 金沢「うるせえな、つべこべ言わずに見てなって、(洋子に)オイ、帯止めを出しな」
 浮子「そんなもの持ってないわよ」
 金沢「このシジミあ、痛てえ目に逢いたいか」
 浮子「持ってないったら持ってないわ、さア調べて見ればいいでしょ(と買物龍を投げつける)」
 金沢、ひっくり返して見るがハンドバックと新書判の一本とセロテープだけ、ハンドバックを畳にひっくり返すがそこにもない。
 金沢「ふん、どこかにかくしやがったな」
 (テーマ音楽が鳴り・・・)
 浮子、いきなり服を脱ぎはじめる。
 竜子「あんた……」  
 浮子、パッパッとスリップまで脱ぎすて、おまけにブラジャーもとってしまう、
 金沢、服をしらべるが帯止めはどこにもない。
 あわてる金沢。
 浮子「これも脱げというの」
 びっくりしている一同の前で、パンティのゴムのところを掴んで、凄い剣幕になるる。
 浮子「親もいれば兄弟だって居るんだから、こんな目にあわされちゃ黙っていられないわ」
 アッという間にパンティもとってしまう。
 金沢、目のやり場を失って、服を抱えたままウロウロする。
 石井も笠子も呆然とナリユキを見守るだけである。
 竜子「(うろたえる)だから言わないことじゃないわ、どうするんだい、済みませんじゃ済まないわよ、ほんとに」
 金沢「(不貞腐って)全くだ、済みませんで 済みや警察はいらねえゃ」
 竜子「あんたッ、何てことを・・・」
 石井「(しゃしゃり出て)ま、誰にだって間違いはあるよ、(浮子に)だけどものにはついでってことがあらァ、あんた、そこで一つピョンと飛んで見てくれないかな、女スリってのはチョイチョイ自分のポケットに……」
 竜子「やめて! 先生までそんなこと…… (浮子に)ごめんなさいね、お嬢さん」
 浮子「いいわよ、飛びゃいいんでしょ(とピョンと飛んで見せる)さァ飛んだわ」
 もちろん何も出ない。
 石井、コソコソと立上り乍ら、
 石井「そうだ、おれ往診がのこってるんだっけ
 浮子「さァ、どうしてくれんのよ」
 浮子の後ろで寝そべっていたタマ子が急に、のんびりした声を挙げる。
 タマ子「アラ、この子、手に何か持ってるわ」
 と浮子の手からヒョイとヒスイの帯止めを取り上げてシゲシゲと眺める。

15
<トルコ街> その情景

16
<トルコ風呂・個室> 例によって金沢が馴染のこでまりを背中にのっけて、のんびり話している。
 金沢「だけど、ちゃりんこ浮子、根っからタチが悪いわけじゃねえんだ、この春さき、 ちゃりんこ稼業がイヤになって親方の家を飛び出した程だから、顔馴染みの村枝が来て昔話なんかはじめると親なし児だった昔を想い出したのか、急にシクシク泣き出してやまねえのさ」

17
<芸能社・居間> しょんぼりしている浮子の気を引立てようと村枝や笠子、一生懸命にコイコイを教えている。
 金沢の声「女の子が泣く時は何か食わせるとじき直るってんで雑煮くわしたり、花札のコイコイに入れたりご気嫌とるのに大騒ぎよ、やっと御気嫌が直ってコイコイをはじめたところが、ぶっ魂消たね、ちゃりんこ浮子の強いの何のって……」
                (ワイプ)

18
<同>  浮子が一人勝ちらしく、一同げんなりしている。
 金沢の声「とにかくさわっただけで坊主だろうが赤タンだろうがズバリわかるってんだからかなわないゃね」 (ストップ・モーション)

19
<トルコ・個室> 
 こでまり「スリだけあって手先が器用なのね」
 金沢「トルコやらしたらさぞかしはやるだろうな」
 こでまり「踊りの方はどうなの」
 金沢「それが、これまたひと月もたたねえのにあっちこっちの座敷からひっぱり凧よ、小柄だからフロアーにゃ向かねえんだが、お座敷だと、ああいう素人っぽさが却って客に受けるんだな」

20
<吉野湯>  タイツにセーター姿の浮子、タマ子、礼美が、鳥子のレッスンを受けている。一隅で竜子が見ている。
 鳥子「(来て)浮子のおかげでタマ子も礼美も負けん気出して稽古する気になったわ、浮子って苦労して育っただけあって、やっぱり根性がちがうのね」
 竜子「その根性があたしは何だか心配だよ」
 鳥子「どうして?」
 竜子「前の稼業とちがって、今は入った金の九割までが自分のものになるから、それが面白くて、金色夜叉みたいに一生懸命だけどさガツガツ稼いでいるけど、そのうち金がたまると、さっさと逃げ出しちまうんじやないのかね、ああいう子は……」
 鳥子「そんなことないわよ、かあさんの取越苦労よ」
 竜子「どうだかね、とに角今だに、かあさんとあたしを呼んでくれないんだからね、あの子(テープレコーダーをとめて浮子たちに)さ、今日はそれ位にして止めな、これお食べ(と重箱を押し出す)」
 礼美たち、ペッタリと板の間にすわって、細長いノリ巻を頬張りはじめる。
 礼美「アラ、これシソが入ってておいしい」
 鳥子「ほんと」
 竜子「村枝がはじめて作ったんだってさ、お前たちも見習って店の一軒位もてるように頑張らなくっちゃね
 タマ子、ノリ巻片手に電話口でキャッキャッとデイトの連絡をはじめる。
 礼美「私、お風呂ん中でたべようっと」
 と裸になりはじめる。
 浮子「ねえ、かあさん」
 竜子、ハッと鳥子と顔見合わせる。
 浮子「私ね、今度踊りの中に手品を入れて見ようと思うの、見てくれる」
 竜子「(頷く)やってごらん」
 浮子、ブラとパンテイだけになり、テープのスイッチを入れ、鏡の前に立って踊り出す。
 手にした一ケのピンポン玉が忽ち四ケになり十ケになり、踊る浮子の脇や首スジや股の開に現われては消える。
 それは浮子の清らかな踊りが一層童話のような楽しさにさそい込む。
 魅きつけられて見入る竜子の目に、涙が浮かんでいる。  
 裸になった礼美、そっとやって来て鳥子に、
 礼美「かあさん、どうしたの?」
 鳥子「浮子がはじめてかあさんと呼んだの」
 礼美「ふーん(とノリ巻をもう一本取って風呂場へ去る)」
 じっと見入っている竜子。

21
<お座敷> 礼美と踊っている浮子。

 テープレコーダーの傍で見ている鳥子。
 浮子の十の指にピンポン玉が現われる。
 はやす礼美の股の間からピョンとピンボ ン王が飛び出す、あわてる礼美。
 手を拍って喜ぶお客たち。
 客のなかにひときわ熱心に見つめる中年の男・姉川(小沢昭一)がいる。

22
<三流キャバレー> タマ子、フロアーで踊り乍ら、バカでかいウエイター・木村にウインクする。

23
<芸能社> 竜子がソロバン片手に帖簿や通帳の整理をしている。
 竜子「これが浮子の分と……」
 ハンコと新しい通帳を鳥子たちのそれに重ねておく。
 テレビを見ている金沢を呼んで肩もませ乍ら、
 竜子「ねえとうさん、私が何故こうやって浮子の分だけ通帳じゃなく現金で渡してたか判る?」
 金沢「逃げたきゃ何時逃げてもいいんだよって謎だろ、そのぐらいのこと判ってらァ、だけどスリなんて元々ワリの合う商売じゃねえんだ、近頃はゼニ持ってる奴あみんな自家用車だしよ」
 竜子「そうだねえ、あの子だってスリになりたくてなった訳じゃないだろうしね」
 金沢「みなし児なんてものは、よその児がもってるものを欲しいと思や、前後の見さかいもなく掻払らちまうんだい、それで生れ乍らのスリの天才てなことになっちまったんだろうが、本当は世間並みの子供でありたかっただけのことさ」
 竜子「私、あの子が何だか実の妹みたいな気がするんだ」
 金沢「そりゃそうだろうよ」
 竜子「何だい?」
 金沢「ハタチまでは鑑別所ぐらし、三十までは男狂い、とうとうこんな商売に落っこっちまった姐御だ、世の中の余計者はんぱもんはみんな身内だろうよ」
 竜子「あしたは浮子の誕生日、何かブレゼントしてやらなきや」
 金沢「結購だね、だが忘れないで貰いてえな」
 竜子「何を……」
 金沢「あっしだって姐御の身内のハシクレでござんすからね」
 竜子「バカ」
 金沢「おそまつさま」

24
<デパートの売り場>  きらびやかな店内を軽装サンダル履きの竜子、鳥子、浮子、礼美が歩いている。
 ケーキの包みをブラ下げた礼美、すれ違った背の高い青年に見惚れ、浮子に囁く。
 礼美「一寸、いい男ねえ、アラ、私を見たわ」
 浮子「あれはデバートの保安監視員よ、あんたが万引しないか見張ってんの……でも一寸イカスわね、背が高くって」
 礼美「アラ、かあさん、居ない(キョロキョ口探す)」
 別の売り場。
 竜子たちを探し乍ら来て、浮子、ふと大きな袋に一杯買物をした和服中年の奥様風の女(旭瑠璃)に目をとめる。
 女、顔は左に、目は右の方を見ている、その目の先には特売場のゴッタ返す女たちの中に竜子がいる。
 女、スーッと竜子に近づき、人目をさえ切るために大きな袋を商品の上に置く。
 浮子、駈け出そうとした途端に、女は既に竜子のポケットから財布を抜取り歩き出す。
 浮子、スレ違いざま、咄嗟にドンと女にぶっつかり、ヨロける女に「アラ、ごめんなさい」と抱きつく。
 抱きつきざま相手の懐から竜子の財布を抜き取った途端、ぐぃとその手をつかまれる。さっきの監現員(加島潤)である。
 監視員「ちよっと事務所まで」
 と浮子を引張る、引張られ乍ら、浮子「(大声で叫ぶ)かあさん!ねえさん!」
 竜子、集まった野次馬をかきわけて駈けつける。
 竜子「アラ、私の財布じゃない」
 浮子「かあさん、スリよ、その女」
 監視員、浮子から財布をモギ取って、
 監視員「(女に)お客様のに間違いありませんね」
 女「もちろん、私のでございます」
 竜子「(いきり立つ)てやんでえ、ナメるんじゃないよ、そんなら中味はいくらあるか言って見な」
 男店員たち集って来て竜子の腕をつかむ、電話をかける監視員。
 「私、この方たちと話したくございません」  
 奥様風、店員に買物の袋を持たせ、さっさと立去る。
 竜子「まてッ、泥棒ッ」
 鳥子「かあさんッ」
 忽ち、黒山の人だかりとなって、サラシモノになる竜子たち。
 「へえ、これがスリなの」「四人組のスリだって・::・」
 ヒソヒソ話の野次馬をかきわけて、スリ係の刑事が駈けつける。
 浮子をひと目見て、
 刑事「またお前か、現行犯で逮捕する」
 いきなりガチャンと手錠をかける。
 竜子「何すんだい! この子が何したってんだい! 何が現行犯だいッ」
 刑事「文句は署で言え、現場をちゃんと店内テレビで見てたんだ」
 警備係と一緒に竜子の腕をつかむ。
 パトカーに押し込まれる浮子、竜子。もう一台に鳥子、礼美。
 竜子「なにもしてないってのが、わかんないの! 何もしてないわよッ!」 
 「かあさんっ」
 ケーキの箱を抱えて抵抗する礼美、うわーッと泣き出す礼美。

25
<芸能社> 金沢、コタツに寝っころがってのんびりテレビを見ている。
  学生服の木村(田中正人)におくられて、タマ子がうきうきと帰って来る。
 タマ子「只今ッ」
 金沢「お帰り、(木村を見て)送って貰ったのかい、上って貰いなよ」
 タマ子「あなた、お上んなさいよ」
 木村「(九州訛りで)いえ、ボク、アルバイトがありますけん」
 金沢「学生さんも大変だね」
 木村「失礼します」
 タマ子「じゃ又ね、さようならバイバイ
 木村「さようなら(と去る)」
 金沢、コタツに入るタマ子に、
 金沢「どうだったい? どうやら、その面ではうまく行ったな」
 タマ子「とうさんに言われた通り、ホテルの部屋に入ったら、まずあの人に裸で逆立ちさしたの、掃除のオバサンがびっくりしてたよ」
 金沢「そりゃそうだろ、あんなでっかいのが裸で逆立ちしてちゃ。で、うまく行ったかい」
 タマ子「うん、彼もはじめてだったらしいけどうまく行ったよ、だって彼ちっちゃいんだもん」
 金沢「ちっちゃいの? ちっちゃいって、このくらいか」  
 手近かの棒状のものを取って、先から十センチ位のところを握る。
 タマ子「ううん、このくらい(とその半分位のところをつまむ)」
 金沢「(えっとなるが、顔には出さず)ふん、その位なら普通だぜ」
 タマ子「ホント?」
 金沢「心配ねえよ、それ位ならだいたいMサイズだ」
 タマ子「とうさんもM?」
 金沢「ま、オレもだいたいってとこだな」
 タマ子、いきなりコタツの下から手をのばして、金沢の股間を握る。
 アッとなる金沢、あわてて腰を引き、タマ子の顔を見る、
 タマ子「(悲し気に顔を伏せて)とうさんのウソつき」
 金沢「(あわてる)いや俺のMはちがうんだ、出来そこないなんだっていうかな
 タマ子「(うつむいだまま首をふって)もういい」
 金沢「(慰めようもなく、タマ子の肩に手をかけて)お前な、人間ないものねだりって のが一番不しあわせなんだよ、判るかい、でっかいとかちっこいとか、どうだっていい・・・・」
 タマ子、慰められて余計悲しく、洟をすすり乍らカブリを振る。
 ガラリと表戸が開いて、怒り心頭に発した感じの竜子が帰って来る。
 金沢「あッ、お帰り」
 竜子、金沢とタマ子の様子を見て、頭に来る、
 タッタッタッと上って来て机の引出しをガタピシと開け、コタツの上に一枚の便箋を拗り出す。
 金沢「おい、まてよ、俺あまだ何もやっちゃいないぜ」
 竜子「やっちゃってからじゃ遅いんだよ」
 鳥子たちと一緒に入って来る徳田刑事(花沢徳衛)、ノコノコと上り込んで、便箋をとる。
 徳田「何だいこりゃ、(読む)誓約書、今後こういう不始末をいたしました時は、自分でちょん切ることを誓います、か、(金沢に)ちょん切るって、何をちょん切るんだい、オヤジ゙さん大将また何かやらかしたな」
 金沢「冗談じゃねえ、ヌレギヌだよ」
 徳田「(竜子に)ま、おかみ、そうキンキントンがるなって……誰にだって思い違いってなアあるんだから……」
 竜子「思い違いで泥棒にされたんじゃたまりませんよ、何だい、無理矢理指紋まで取りやがって、警察は何ですか、近頃は白を黒にする研究でもしてるんですか、そんなことだから三億円の犯人だってつかまらないんですよ」
 徳田「いや今回は何といわれようと一言もないな」
 竜子「一言もなきゃ、こんなところでウダウダ言ってないで、さっさとあのスリつかまえに行ったらどうです、今頃あいつはその辺ジャラジャラ歩いてますよ、ふん、ちょっと見が金持風だと直ぐ信用しやがって、これじゃ警察は貧乏人の昧方じゃなくて金持の味方だなんぞと学生が騒ぐのもムリはないよ、ほんとに(泣いている礼美に) お前また何だってそんなところで何時までもメソメソ泣いてんだい、いつまでも。顔でも洗っておひるのご飯の支度でもしな」
 当るべからざる竜子の勢に、徳田早ばやと去ってゆく。
 浮子、さっきから一人、じっと身を固くしてすわっている。
 あわただしく昼食の支度にかかる鳥子たちのそばに来て、
 金沢「一体、何があったんだい」
 鳥子「スリに間違えられて警察で調べられたの、直ぐ徳田の旦那が来てくれたんで助かったんだけど……」  
 竜子が奥で怒鳴る。
 竜子「ちよいとッ、庭に洗濯モノが落っこってるよッ、見っともない、下着は外に出しちゃいけないって言ってあるだろ、あれほど」
 鳥子「はい、済みません(と去る)」
 タマ子が外へ走ろうとするのへ、
 金沢「どこいくんだ」
 タマ子「お花買いに、かあさん、花見ると気嫌直るから」
 金沢「花ぐらいじゃダメだ、何か甘いものねえか」
 礼美「ケーキならあるけど」
 金沢「浮子の誕生祝いか、それそれ」
 礼美、デパートで持っていたバースデー・ケーキの箱をあけるが、ケーキはさっきのドサクサでメチャメチャになっている。
 金沢「何だこりゃ、ま、ないよりいいや(ケーキを待ってコタツヘ来る)さ、みんな来いよ、ケーキくおうじゃねえか、ハッピバースデー・ツーユー、ハッビバースデー・ツーユー、ハッビバー・スデー・ウワコちゃん……」
 竜子「(一喝する)うるさいっ、孤児院のガキみたいに何だいッじゃあるまいし、うちはヤソじゃないんだよ、そんなものドブに捨てちまいなッ」
 すわっている浮子の肩がピクリとふるえる。

 金沢、仕方なく立上るところへ「御免よ」と声がして、表からシャッポをアミダにかぶった三十位の男・武(米倉斉加年)が入って来る。
 武「(金沢に)お前さんかい、社長は……(上り框にすわり込んで辺りを見廻す)どうだい、ストリップの景気は……」
 金沢「ケーキかい、ケーキはナントカドルショックって奴この通りご覧の通りさっぱりだい、あんた誰だい」
 武「(それには答えず竜子に)おかみさんよ、さっきはとんだ迷惑かけたな、あいつはまだ駈け出しでな、チョイチョイドヂを踏むんだ」
 竜子「あんた、さっきのスリの片ワレだろ」
 武「ま、そういうとこだ」
 竜子「その片ワレが何しに来たんだい、私たちの間抜け面を笑いにでも来たのかい」
 武「そうじゃねえ、ちよいとあずけてあったものを頂きにね(浮子を見る)その子、浮子ってんだろ」
 竜子「浮子がどうしたのよ」
 武「やっぱりそうか、いやね、その子は浅草の銀作ってえ親方の養女でね、俺あそこに厄介になってる若え者って訳だ」
 ハッと顔を上げる浮子に、
 竜子「二階へ行ってな、浮子」
 浮子、何か言おうとするが、あきらめて二階へ去る去りかける
 竜子「さ、はっきり言って貰おうじゃないの、 一体いくら欲しいんだい」
 武「(カチンと来る)何だと、このドタフク、人様のもの掻さらっておいて、いくら欲しいたあ何て言い草だ、笑わせるぜ、全く」
 竜子「ちょっと、気をつけてモノを言いな、私が何時人さまのものも掻っさらったんだ、憚り乍ら、私あこの年まで一ぺんだって人様のものに手をつけたおぼえないんだからね、お前らみたいな泥棒猫とは違うんだ、浮子だってマトモにオテント様おがめないみられない体を拾ってやったんだよ、妙な言いがかりつけると承知しないよないでおくれ
 武「野郎、黙ってりゃつけ上りやがって、おう、てめえら仕事師に妙なアヤつけると二枚ガミソリの仕返しがあるのを知らねえな」
 竜子「ああ、二枚ガミソリだろうが千枚ガミソリだろうが何時でも来いおいで、相手になってやる、こっちにだって一人や二人、命知らずはいるんだよ」
 武「(さすがにくわれてギョッとなる)……」
 竜子「(すかさずキメつける)帰ったら親分にそう言いな、巾着切りなら巾着切りらしく穿物脱いで裏から出直して来いって」
 武「うるせえなッ、ド淫売、そのセリフおぼえてろよ、ヘッ笑わせるぜ、全く」
 礼美を突飛ばして出てゆく。
 突立っていた鳥子やタマ子、その場にヘタヘタとすわり込む。

 竜子、台所の一升瓶を取り上げ、コップ酒を註ぐ。
 竜子「バカにしやがって、なんだい」
 「どうしたんだ、その恰好」
 金沢の声に顔を挙げると、最初に引張り込まれた時の貧しい服に着換えた浮子が、顔付きまであの時のトゲトゲしさに戻って突立っている。
 竜子「あんた、まさか元の巾着切りに戻る気じゃないだろうね」
 浮子「どうも長い間お世話になりました」
 竜子、咄嗟に口が効けない。
 浮子、後ろも見ずに飛び出してゆく。
 鳥子「浮子ッー」
 竜子「ほっときなッ、どうせ蛙の子は蛙さ、一度曲った根性は一生直りゃしないんだよ」
 黙り込んでしまう一同。  
 金沢、コタツに入ってケーキをつまむ。
 礼美タマ子「(傍に来て)おとうさん、どうして浮ちゃん、出てったのかしら」
 金沢「みんなに迷惑かけたくなかったないんだろ、それにああ巾着切々々々言われたんじゃな」
 竜子「(怒って)何だい、巾着切を巾着切りと言って何処が悪いんだい」
 金沢「ごもっとも……」
 竜子「(怒りのやり場がなく)まだ捨てなかったのかい、こんなものッ」
 ケーキをつかんで土間ヘブン投げる。
 グシャっとつぶれるケーキ。
 竜子「いいかい、あんな奴帰って来てもウチへ来たって、絶対に家に入れてやらないからね」
 金沢「大丈夫、帰って来やしないよ(言ってしまってハッとする)」
 グッとコップ酒をあおる竜子の頬に涙がしたたっている。

26
<浅草・木馬館付近> 風の中を歩いている人々。
  「ちょいと待った、今動いちゃいけないよ、いいかい、この中にスリがいる、判るかい、動くなといわれて、そっと勤く奴、そら、あんたがそのスリだ」
 香具師を囲んだ人垣から、そっと抜け出す浮子、うかぬ顔で歩き出す。
 映画『男はつらいよ』の主題歌が聞こえてくる。
 「親方の家なら方角違いだぜ」
 振向くと武が立っている。
 並んで歩き乍ら、
 武「だけど親方の秘蔵ッ子だけあって、大した腕だな」  
 浮子? と武を見る。
 武「ちゃんと見てたぜ、さっきの地下鉄ん中で仕事
 浮子、ハッとしてポケットに手を入れ、女物の赤い財布を出す。
 ヒョイと取り上げて、タコ焼屋に、
 武「おやじ、五六本呉れ」   

27
<花屋敷辺り> 映画『男はつらいよ』のタイトルが聞こえている。
 武、浮子と並んで腰かけ、タコ焼をパクつき乍ら、財布の中味をしらべている、
 二つにたたんだ葉書を出して読む。
 武「東京都台東区清川町十五、丸三靴店内、斎藤朝子様、山形県西多川郡・・・斎藤トメか、おふくろからの便りだな、(引くり返して)はいけい、上京してから十日振りのお手紙、有難くはい見しました、おとうからのベン、いや便りはまだありません、若しそちらで逢ったら便りをするよう言って下さい、ばあちゃんはまだ寝た切りです、金がおくれるようになったら少しでもおくって下さい、東京は悪い人が多いそうですから気をつけて下さい、寒くなるから風邪ひかねえように、さようならか、ふん、笑わせるぜ」
 浮子、葉書を取ってじっと文面を見る。
 浮子「どんな人だった?」
 武「ただの田舎娘よ、目付のよくねえのが一人くつついてたけどよ、お前、相手の顔も見ねえでいただいちまったのかい」
 浮子「(頷く)……」   
 武「よく有る奴さ、考え事してる最中に、くっついて来られると、その気もないのについ知らぬ間に手が出ちまう、俺なんかもよ、つい十日程前につとめ上げて出て来たんだけどよ、出て来た当座はまず仕事する気にゃならねえやな、しかも、スリ係のデカに逢って、もうそろそろ足を洗いな、前科三犯まではまだ世間の人恋しいが、五犯六犯になると世間が憎らしくなる、足洗うんなら今だなんてしみじみ説教くらってよ、それもそうだ、そろそろ、潮時かな、なんぞと考え乍ら歩いてて、ひょいと気づいたらもういただいちまってるんだからな、ヘッ、笑わせるぜ、全く」
 武 話の途中で野良犬を抱き上げる。

 <27B 屋台で丼ものを食べながら>
 浮子「(急に立ち上る)あんた、この丸三って靴屋知ってる?」
 武「(じっと見て)よしな、俺が最初にぱくられたのはドヂ踏んだからじゃねえ、仏心 起して折角いただいたもの返しに行ったからよ、笑わせるぜ、全く、食いなッ、(近づいた野良犬 を先の尖がった靴でいきなり蹴とばす)

28
<丸三靴店>  『浅草の唄』が響いてくる。
 二坪に足らない靴修理店の中で、靴を修理し乍ら、目付の悪い初老の男が、ジロッと表に立った武を足元から見上げる。
 
 武「朝子って子いるかい」
 返事がないのに、かぶせて、
 武「別に怪しいもんじゃねえぜ、デカがこんな靴穿いてる訳ねえだろ」
 狭い梯子のような階段からのぞいていた若い寝巻姿の女がスッと引込むのを見て
 武「(咄嗟に察して)ここへ来りゃ、スケと遊べるって聞いたんでね、(と千円札を一枚男の手元に拗る)」
 ジロツと見上げる男。

29
<その近くの路地(夕暮れ)> 浮子が待っている。
 武「(来て)この先の美鈴って連れ込み宿に住込んでるそうだが、女連れはまずいな」
 浮子「どうして?」
 武「どうしてってこたアねえが・・・・おめえ、どうあっても返したいのかい」
 浮子「(頷く)……」
 武「どうしてよ?」
 浮子「……」
 武「判ってるよ、返さなきや、てめえの魂がくさっちまうような気がする、そうだろ、俺にもおぼえがあらあ、ま、俺にまかして、おめえは親方の家でまってな」
 浮子「(カブリを振る)」
 武「どうしてよゥ?!(じっと見て)仕方がねえ、それじゃ、山谷の日の出館てドヤでまってな、武の連れだっていや泊めてくれらア(と去る)」
 じっと靴屋をみつめている浮子。  

 <29B 美鈴館の一室>
 武が繕い物をしている。
 朝子(岡本茉莉)が、お盆にビールとコップを載せて入って来る。
 武「オウ、オレはビールは頼まねえゼ」
 朝子「これはおガラですから、お金はいりません」
 武「なるほど、サツに踏み込まれたときの用心てわけか、笑わせるぜ」
 お盆を置く朝子。
 武「おめえ、今日が初めてか」
 朝子「・・・・はい」
 武「オカミにそう言えっていわれたんだろ」
 朝子「いいえ、ほんとに」
 武「正真正銘の初店ってわけかい(とツバを飲み込む)。笑わせるぜ
 (話題を変えて) おめえ、クニはどこだい」
 朝子「山形です」
 武「あ、そうだったな」
 朝子「は?」
 武「いや、そうじゃねえかと思っただけよ」
 武、取り出した札束を急に朝子に握らせて。
 武「いいかい、これはオメエにやるんだ。おカミには黙ってな、いいな。
 オレもクニにおめえくらいの妹がいるんだよ」
 朝子「そうですか」
 札束を握りしめて泣く朝子。
 所在無く、盆のピーナッツをかじる武。

30
<夜のドヤ街(夜)> 日の出館という看板に灯がともっている。

31
<同・中> 眠っている労務者仁ち。
 一隅のベッドで、浮子がじっとイビキやハギシリの音を聞いている。
 「悪いけど、また水呑まして」
 隣のべッドにハゲチョロケの白粉を塗った腹の大きな女・かおる(穂積隆信)がねていて、ハァハァ苦しそうに喘いでいる−かおる。
 浮子、ヤカンを取って水を呑ませてやる。
 かおる「そろそろ今夜辺りじゃないかと思うの……(浮子の手をとって)いざとなったら産婆さん呼んでね」
 浮子が頷くのを見て、ホッと安心したように油汗の浮かんだ顔に微かな笑いを浮かべ、やがてスヤスヤ眠りはじめる。
 浮子、かおるの手を握ったまま、じっとその寝顔をみつめる。
 武が帰って来て、ゴロリとベッドにころがる。
 浮子「どうだった?」
 武[(不気嫌に)金は返したよ、……もう寝な」
 浮子「……」
 武「何もしやしねえよ、おめえのシリなんかガキの頃見あきてらァ」
 浮子「……」
 武「俺あ、戦災孤児って奴でよ、ヤサグレてんのを親方に拾われてよ、赤ん坊だったおめえのオシメさんざんかえさせられたものよ、オレが最初のツトメを終えて帰えった時にや、おめえは何処か行ってて、もういなかったけどよ」
 浮子「……どうしても逃げ出すこと出来ないかしら」
 武「え?」
 浮子「あたし、この人(かおる)に聞いたの、朝子って人が住込んでる美鈴という旅館は暴力売春宿だって……この人も一寸いたことがあるんだって……ヤクザが見張ってて一人じゃ外出できないんだって……」
 武「だからよ、そこから抜け出すにゃ、こいつ見てえに脳パイにでもなるしきゃ手はねえのさ、笑わせるぜ、全く」
 かおるの喘ぎが急に荒くなる。
 浮子「(武に)ちょっと、産婆さん何処? 私、呼んで来る」
 武「そんなもの呼んだって仕方ねえよ」
 浮子「だって、この人、赤ん坊が産れるのよ」
 武「産まれるわけねえよ、こいつあオカマなんだから」
 浮子「えッ(呆然とかおるを見る)」
 武「腹ん中に水のたまる病気を妊娠だと思い込んでやがるのよ、この脳バイは、何度病院に入院しろと言っても赤ん坊おろされるからイヤだって聞かねえんだ、そのくせ、あたしが死んだらせめて戒名ぐらいは女にしてなんて言ってよ、笑わせるぜ、全く………」
 かおるのただならぬ様子に気づいて、起き上り、かおるをゆさぶる。
 武「ルリ、ルリ! (浮子に)おまえ、一寸見ててくれ、おれ救急車呼んで来らア(飛び出してゆく)」
 浮子、ふるえる于で必死にかおるの手を握りしめる。

32
<芸能社・表> 花屋のじいさんがリヤカーを引いて通る。

33
<芸能社・中> 金沢、鳥子たち、おそい朝食をとっている、
 花売爺さんの声、
 礼美鳥子「かあさん、花買って来ようか」
 コタツに一人、物思いに沈んでいる竜子、
 返事もしない。

34
<夜の浅草>  繁華街の情景。

35
<バー「あけみ」の中> お仕着せを着せられた新米ホステスの浮子が客にビールをつぐ。
 酔っぱらった客、しきりに浮子の胸にさわりたがる。  
 浮子、いきなり立って酔っぱらいの頬をビシャンと叩く。
 モメるところへ、白い骨箱をブラ下げた武が入って来る。
 酔客たち、骨箱に毒気を抜かれてしまう。
 武、「浅草橋」と貼り紙のある骨箱をテーブルにおいて、ドンとすわる。
 あけみ(関千恵子)「何なの、それ?」
 武「(バーテンに)おう、ウィスキーくれ」
 あけみ「アラ、武さん、のめるの?」
 武「ウィスキーぐらい飲めなくてどうする」
 武「見りや判るだろ、骨だ」  
 あけみ「誰の骨さ?」
 武「何処の馬の骨とも知れねえオカマの骨よ」
 あけみ「……?」
 武「笑わせるぜ、全く、病院かつぎ込んだら、ロクに見もしねえで、もうダメだと技かしゃがる、死体は解剖用に病院に引取るっていうから、そりゃムチヤだと言ったら、区役所へ持って行けだ、区役所は区役所で住所不定、名前不明てんで、身元も調べず、さっさと火葬場に送ってハィー丁上りだ、たしか田舎は八丈島の筈だと言ったが聞きもしねえ、せめて坊主にお経の一つも上げさして、戒名ぐらいは女にしてやるうと掛合ったが、区役所のバカ野郎がつけた名前がこれだ、
 住所不定の行きだおれは法律で死んだ場所の名をつけるんだとよ、笑わせるぜ、全く」
 武「バカ野郎、酒ぐらい呑めなくてどうする、(浮子に)どうだい、ホステス稼業は」
 黙っていた浮子が武の顔をじっと見つめる。
 武「何でえ」
 浮子「私、考えたの」
 武「何を?」
 浮子「私があの人の身代りになったらあの人逃げられないかしら?」
 武「あの人? (浮子のいう意味が判って急に怒り出す)おめえ、あの田舎娘のかわりに淫売になろうってのか、ゼニゃもう返したんだぜ、返した上に身代りになって、ヤクザに強姦されて、梅毒うつされて、脳バィになって、果てはこいつ見てえに浅草様になろうってのかい、ヘッ笑わせるぜ、全く」
 じっと見つめている浮子を尻目に、武、ウィスキーを一口にあおって、忽ちムセ返る。
 あけみ「武さん。どうしたっての、全く」

36
<美鈴の軒灯>

37
<同・玄関>  ヌーツと武が入って来る。
  居間の襖が細めに開いて、おかみ(赤木春恵)がのぞく。
 おかみ「アラ、いらっしゃい(ニヤリとして)  もうお返しですか」
 武のうしろの浮子を見て、笑いが消える。
 武「そういう訳でもねえがおかみ、この子、君子ってんだ」
 おかみのうしろの襖から、目付のよくないのが、そっとのぞく。

38
<同・二階の一室>  布団を敷いた部屋で、浮子が一人まっている。
 武とおかみが入って来る。
 武「(浮子に)話はついたからな、おかみの言うこと聞いて一生懸命働くんだぜ」
 浮子「はい」
 武「ところでおかみ、俺も今晩厄介になりたいんだが、ゆんべの子はいるかい、朝子とかカサ子とかいう」
 おかみ「はいはいおりますよ」
 武「そうかい、だが、寝るにや一寸早えな、あの子、映画みてえと言ったから、ちょいと連れてっていいかい」
 おかみ「そうね、ま、いいでしよ、一寸呼んで来るわね(と去る)」
 武「へッ、オメエの身売代あとでいいといったらイソイソしてやがる、笑わせるぜ、全く……(浮子に小声で)いいかい、十一時カッキリだぜ」
 かくし持っていたビール瓶(火炎瓶)を置き、サッと出てゆく。
 カメラ、浮子にスッと寄る。  

39
<映画館> 真暗な画面が薄明るくなると、座席に武と朝子が座っている。
 ヤクザもののクライマックス・シーンらしく、朝子、ポロポロ涙を流し乍ら、スクリーンに見入っている。
 武、腕時計を気にし乍ら、そっとうしろ をうかがう、
 さっきの目付のよくない男・権藤(中平哲件)が、 足を前の座席に抛り出して煙草を喫っている。
 スクリーンの横の夜光時計が十一時すぎを指している。
 スクリーンのヒーローがギラリとドスを抜く。
 ハッとするヒロインと朝子。
 グサッとドスを相手に突立てるヒーロー、
 「やったツ」と叫ぶ権藤。
 武、咄嗟に朝子の手をつかんで走り出す。

40
<同・表> 飛出して来る武と朝子。

41
<路地> 朝子の手をひいて走る武。
 ホルモン屋の裏口に飛込んで、しゃがみ込む。
 二人の目の前に豚の生首が無雑作に投げ出してある。
42
<バー「あけみ」> 。豚のように太った中年男が、酔っぱらったあけみにしつこくカラんでいる。
 裏口から入って来る武と朝子。
 武、辺りを見廻し、あけみに訊く。
 武「おいママ、浮子は」
 あけみ「浮子? 浮子はさっきあんたと出てったじゃないの、お水」
 武「(真蒼になる)オイッ、お前電話してくれたろうな」
 あけみ「電話? 何の電話?」
 武「冗談じゃないぜしっかりしてくれよ、さっきあれほどたのんだろ、十一時キッカリに……」
 あけみ「あ、そうだ、すっかり忘れてた、今何時?」
 武「今何時じゃないよ、もう半時間以上たってるぜ、(あわてる)どうすりやいいんだ、こりゃ、笑わせるぜ、全く」
 あけみ「ごめんね、今から電話して見ようか」
 武「今頃電話したって、もう生きてるか死んでるか、笑わせるぜ、全く」
 酒瓶に並んで骨箱が置いてある。
 あけみ、朝子を見て事の重大さを悟り、いきなり壁に貼った「十一時ジャスト、591・1637 美鈴」と書いた紙をひったくり、電話をかけはじめる。
 武「あれほど念を押したのに……おい、判ってるか、言うセリフは?」
 あけみ「おぼえてるわ、大丈夫・・・・(電話が通じる) もしもし、美鈴さんですか、私浮子の親戚のものですけど……」
 武「君子、君子ッ」
 あけみ「いえ、あの君子の、はい、さっきお邪魔したの……はい、急用なんで、電話に出していただけませんか、おねがいします………(相手が変る)モシモシ、浮ちゃん、あたし、おそくなってごめんね、どう逃げられそう?………えッ、あんた誰?」
 あけみ、仰天して受話器をおさえる。
 あけみ「男だよ。男が出ちゃった
 電話の声「モシモシモシモシ」
 あけみ「は、はいツ」
 電話の声「あけみさんとか言ったね、待ってな、今かわるからな」
 武、電話を耳にくっつける。  
 しばらくして、受話器の向うで、 「ギャーッ」
 という女の悲鳴が聞える。
 思わず受話器を取おとす武。

43
<「美鈴」・階段> 飛び出した浮子が、権藤ともう一人の男に階段から引ずり上げられる。
 のぞく客の男を
 おかみ「何でもありませんから、一寸酔ってるだけですから」
 と押し込み、女を叱りつける。

44
<同・一室> 手足をおさえつけられた浮子の口に靴下を脱いで押し込み乍ら、
 権藤「逃げられねえように裸にしろ」
 あばれるのを遮二無二押えつけ、引っぱたく。
 浮子、相手の手に噛みつき、ひるむところをはね起きて、コートにくるんであったビール瓶をとり上げ、瓶のロに押し込んだポロ切れにラィターで火をつける。
 浮子「さわぐと、この家もろとも丸焼けにしてやるからねッ」
 (右のスチル写真と同じカットは無い。カメラはもっと寄っている)
 権藤「野郎(と喚いてドスを抜く)」
 浮子、瓶を投げる。
 瞬間、部屋中、火の海になる。
 浮子、飛び出そうとして、コートの裾をつかまれ転倒する。
 「火事だアー」の声に一斉に飛びだす客と女たち。


45
<同・表>  タクシーから転がり降りる武。 (この場面、全削除)
  サイレンを鳴らして消防車が駈けつける。
 トラックからバラバラと機動隊が飛びおりる。
 集まって来る野次馬。
 「火焔瓶だって」
 「学生が爆弾投げたらしい」
 「過激派のアジトだってさ」
 ワイワイガヤガヤ騒ぐ中で、
 武、オロオロと浮子の名を呼ぶ。

46
<芸能社・表> 戸を開けて人待ち顔の金沢が、キョロキョロし乍ら出て来る。
 「アラおじさん、また朝トルコ」
 何時かの旦那と馴れ馴れしく腕を組んだきた子、通りすがりに金沢をひやかして去る。
 金沢「何いってやがる、てめえこそ朝帰りのクセしやがって」
 鳥子「(出て来る)かあさん、まだ?」
 金沢「全く税務署って奴あ、まったく人を待たせるしか能のねえところだからな」
 鳥子「アッ来た!」
 税務署帰りの竜子がやって来る。  
 近所の人には愛想よく挨拶しておいて、金沢には突剣鈍に、
 竜子「何だい、朝っぱらから寝呆け面そろえて、顔洗ったのかい」
 鳥子「それどころじゃないのよ、かあさん、来たのよ、浮ちゃんの……」
 竜子「えツ、帰って来たのかいツ、浮子」
 金沢「(家に駈け込もうとするのを引止めて) 落ちつけよ、来たのは浮子じやねえ、浮子の……」
 竜子「ふん、また来やがったかチンピラ、よし叩き出してやる」
 金沢「落ちつきなって、今度はチンビラじゃねえんだ、前科十七犯の親方だ」
 竜子「え、十七犯・・・・」
47
<同・座敷>  貧相な六十がらみの小男が、すわって煙管で煙草をすっている・・・・銀作である(西村晃)
 階段からのぞいているタマ子と礼美。
 竜子、入って来て、羽織を着がえはじめる、
 村枝が入って来て、鳥子に出前の鮨を渡す。
 竜子「十七犯だか何んだか知らないけど、浮子は、後ろ足で砂かけるようにしてここ出てったんだからね、ほかを探して貰いたいね」 
 鳥子、そっと鮨を銀作の前に置く。
 金沢「(銀作を気づかい乍ら)いや、実あ俺もそう申上げて、お引取りねがおうとしたんだけどさ、ほかに探すアテもないし、もう少しここでまたせて頂くと………」
 竜子「またして頂くたって帰って来やしないよ、あの恩知らず、人が、こっちが親身になって考えてやりゃ良い気になりゃがって、ああいうのはトコトン性根根性がくさってるんだよ、だから親なし児ってキライさ」
 銀作、煙管の火をポンと灰皿に落して、
 銀作「ごもっとも・・・・実はあの子はあっしの実の娘でして……」
 あツと顔見合わせる竜子と金沢。  
 銀作「あの子を産んだ母親がなくなり、赤ん坊の時にあの子の叔父貴んところへ養女にくれてやったんで・・・・あっしゃ始終サツの厄介になってムショ暮らしだが、育てて育てられぬ訳でもねえ、だが悪事の家に育っても本人のトクになるわけはねえし、たとえ貧乏でもお天道様をマトモに仰げる募しの方がと思ったんだが、蛙の子は所詮蛙だ、物心つく頃になってから手癖が悪くてどうにもならねえしょうがねえ、またあっしんところへ連れ戻されましてね・・・・そのあとあっしゃヘマをやってムショへ行き、帰って見るとあの子はすっかり大きくなって、荒っぽい稼ぎをやってやがった」
 竜子「……」   
 村枝と鳥子たちも黙って聞いている。
 銀作「欲しいとなったら何だって頂いちまう、ほどほどってことを知らねえ、そんなんじゃ長い一生をまともにゃ渡っていけませんよ、あたしたちの稼業はお天道さんにお目こぼしをして貰うからやっていけますんでね、あっしも親のハシクレだ、あの子にゃこの稼業はむかねえ、なんとかあの子にマトモになってもらおうと思って四苦八苦したんだが、あの子にゃ出来ねえ相談なんですよ、いまにあんた方だって、今にきっとあの子に泣かされますよ、判り切ったことですよ、折角可愛がって下さった親切にしていただいてるのにね、あっしゃこれ以上あんた方にご迷惑をかけたくねえんでね」
 竜子、金沢と顔見合して言葉もない。
 銀作の目がキラリと光る。
 振り返ると庭に、何時来たのか。そこここに焼け焦げのある上着を着て、浮子が裸足で立っている。
 竜子「浮子!」
 浮子、パッと飛立つように、そのまま縁側に上り、銀作の前にすわる。
 浮子「親方、ここはかあさんととうさんの家です、どうか帰って下さい」
 竜子「浮子! この人はね……」
 浮子「(さえぎるように)かあさん! 私の貯金通帳を出して下さい」
 竜子「通帳?」
 金沢「(机の引出しから通帳を出して)通帳ならここにあるぜ」
 浮子「とうさん、あたしの通帳、その人に渡してあげて下さい」
 浮子、受取ってハンコと共に銀作の前に置く。
 浮子「ここにそれは私が踊りで稼いだ三十万がありますですこれそれを持って黙って出てって帰って下さい、後は月々仕送りします」
 瞬間、ギラッと銀作の目が光り、けわしいものが顔を走る。
 すぐまた、もとのしょぼくれた顔に戻り、喉仏をゴクリと動かす。
 銀作「そうかい、すまねえな」
 嗄れた声で言って笑顔になり、銀作、通帳とハンコを懐にして、竜子と金沢に向い、
 銀作「どうもお邪魔いたしました、一つこの子のことは、なにぶんよろしくお願いいたします」
 金沢「はい、承知しました(鳥子に)おい、親方お帰りだ、穿物をお出ししな」
 銀作「いえ、いいんですよ、裏から帰りやすから」、
 銀作は急に坐ったまま体を回して後ろを向く。
 後ろで成り行きを見守っていた村枝や鳥子、礼美たちがギクっとする。
 銀作「おねえさんがたも、ひとつよろしく」と礼をする。
 ホっとする村枝たち。
 銀作は縁側から裏庭へ下りる。

 銀作、通帳とハンコを懐にして、立上り、ドスの効いた声でズバリという。
 銀作「この金は縁切りの金だァな、二度と面ァ出すな」
 言い捨てて、一礼をする。ヒョコヒョコ出てゆく。
 銀作が軌道跡を帰る後ろ姿がこころなしか淋しそうに見える。

 竜子、送りだしてそこへヘタヘタと座り込む。浮子のそばに坐る。 
 浮子、録側にすわったままで押し殺したような声でいう。
 「かあさん!」  
 竜子「……」     
 洋子、涙の吹き出す顔を上げ、肩をふるわせ乍ら、手をつく。
 浮子「おねがいします……もう一度、私をここの子供にして下さいッ」
 涙がポタポタと板の上に垂れる。  
 竜子、その一途な悲しみに、ドッと胸をつかれ、浮子に走り寄る。
 竜子「何をいうんだい、お前ははじめっから、ウチの子だよ」
 浮子、竜子の目に涙を認め、竜子の膝に顔をうずめてその場にワッと泣き伏す。
 竜子「お前、どうしたんだい、この格好は、まるで乞食の子じゃないか」
 浮子、答えず、一層声を上げて泣く。
 まるで、生れてこの方の淋しさ憤ろしさを一ぺんに吐き出すような、洗い流すような烈しさで、子供のように泣きじゃくる。
 村枝「(来て、泣き乍ら)浮ちゃん、よかったね、みんなで心配してたんだよ」
 鳥子、雑巾で浮子の足をふいてやる。
 浮子、鳥子と村枝にすがって泣く。
 鳥子やタマ子も貰い泣きする。  
 金沢「泣きな泣きな、泣きたい時あうんと泣くがいいんだ」
 村枝「そうだよ、何があったんだか知らないけどうんと泣くがいいよ泣きたいだけお泣き今まであたし達の知らない色んことがイヤというほどあったんあだろうからね、腹一杯泣くといいよ、ここは誰に遠慮もいらない、あんたのとうさんとかあさんの家なんだからね」
 ぼんやり眺めていた礼美、急に竜子の膝にすがって泣きはじめる。
 竜子「(泣き乍ら)何だい、礼美、お前があんたまで泣くことはないじゃないか」
 金沢「(鮨をつまみ乍ら)チエッ、ワサビの効きすぎだ。こりゃ(と涙をふく)」

48
<同・表(夕暮れ)>  「行って来まーす」
 タマ子が、迎えに来たらしい木村と連れ立って相合傘で出かけてゆく。
 雪が降っている。 
 三十四五のサラリーマン風な姉川(小沢昭一)が鞄を下げて、傘もささずにキョロキョロやって来る。
 芸能社の看板を認めて、ネクタイなどを直し、戸をあける。
 「ご免下さい」

49
<同・中> 夕げ中の一同、振向く。
 鳥子「あのう、どちら様で・・・・?」
 姉川「こういう者なんですが(名刺を出す)」
 金沢、鳥子から名刺を貰って名刺を見て顔色を変える。
 金沢「かあさん、来たよ、来たよ」
 竜子「何が?」  
 金沢「(声をひそめて)ゼイム署だよ、ゼイムショ」
 竜子「帳簿、出し放しだよ」、さすがに慌て気味で、飛んで出る。
 竜子「どうぞお掛けになって下さい、どうぞ一寸、礼美、お茶を………」
 礼美「はい」
 竜子「あ、お茶よりコーヒーの方がいいわ、 一寸角まで行って取って来ておくれ」
 姉川「どうぞもうおかまいなく」
 竜子「降ってますか、冷えますですね、アラ、ストーブが消えてるわ、一寸誰かつけておくれ」
 一同、ウロウロする。
 竜子「あのう、こないだの先日の申告のことで何か……いえ申告もれがないように何時も気をつけてはいるんですが、何しろこんな中小企業でショ、税理士さんに見て貰うほどでもないし経理士さん雇うわけにもいかないし
 姉川「(職業柄、変に押しつけがましく)エートですね、私が今晩お邪魔しましたのは、仕事ではなくてですね、エート、……」
 鳥子たち「行って来ます」と出て行きかける。
 姉川、突然立って鳥子たちをとめ、
 姉川「お待ち下さい」
 鳥子たち棒立ちになる。
 姉川「いえ、皆さんはいいんです、この方お一人だけ…」  
 竜子「一人といいますと……」
 姉川「エート、実は、私(浮子をこなして)こちらの方と、御交際をさしていただきたいと……」  
 竜子「御交際……?」  
 姉川「勿論、結婚を前提としたマジメな交際ですが……」
 竜子、金沢と顔を見合わせ。
 姉川「それとも、ご本人に既に交際しておられる方がいらっしゃれば、私の方はご遠慮申上げたいと」
 コーヒーを持って来た礼美が、表でアラと立止る。
 武が入って来る。
 浮子「武さん!」
 武「親方に逢ってここだって聞いたんでね」
 浮子「それでわざわざ来てくれたの」
 武「というわけでもねえが(竜子に)おかみさん、こないだは面目ねえ、これ、親方からのあずかりものだ(と半紙にたたんだものを手渡し)それじゃ、俺あこれで……(と去る)」
 武についてゆく朝子の姿を認めて、「式さん! 一寸まって!」
 と飛び出てゆく浮子。姉川、女たちがぶつかり倒れる。
 一人、取のこされる姉川、恰好がつかず、
 姉川「私、一寸用事がありますので……」
 竜子「まア、そうですか、お茶も差上げませんで失礼いたしました」
 姉川、モゴモゴ言い乍ら去る。
 鳥子「(竜子に)かあさんアレよ、毎晩のようにカブリつきで見てたってイヤな奴って」
 帽子を忘れて取りに戻って来る姉川。
 竜子「いいから、あんた達早く行きな
 鳥子たち、出てゆく。  
 礼美がコーヒーを持って来る。礼美「かあさん、これ・・・」。
 竜子「わかった、これ、あたしが飲むよ」と受け取る。

 竜子、コタツに入って半紙の包みをひらく。
 部厚い札束が出て来る。
 竜子、あわてて附けてある手紙をよむ。
 金沢「(のぞいて)へえ、達筆だね、何て書いてあるんだい?」
 竜子「(途中から読み出す)お二人のご近所での評判もよく承知いたしており、吾が子同然に可愛がりいただいておる由にて、お礼の申し様もありませぬ、表立って参上もかなわぬ身なれば、再びお目にかかる折もないと存じます、ふつつかなる娘でございますけれど何卒今後ともよろしくお願い申し上げます、お二人のお眼鏡にかなう男が居りますれば、結婚させていただきたく、同封の金はその費用として、おあずかり願いたく(金沢が数えている金を手にとって)いくら有るの?」
 金沢「まず六十万かな」 
 竜子「六十万といえば、浮子の貯金の二倍だよ、とうさん」
 金沢「何だい」
 竜子「やっぱり親だわねえ」
 金沢[うん……(手紙をとって)一寸した新派大悲副だが、親子別れるにゃこれでいいのさ、これが人間を長くやってるうちに自然に出来る知恵ってもんだ」
 竜子「もうこれで、あの子二度と間違いっこないわね」
 金沢「そりゃどうかな、人間の心なんぞコロコロ変わるからココロっていう位のもんだ、明日のこたァ誰にも判らねえさ」
 竜子「でもさ、あたし達二人だけでもくらい信じてやらなきゃねえ」
 金沢「出来た、そのセリフでチョーン、一幕ものの終わりだ。あ、おあつらえ向きに雪が降ってらあ
 夫婦、じっと窓の外に降る雪を眺める。

50
<「むらえ」の中>  菊男が小鉢物を作っている。
  村枝、カウンターの武たちにお銚子を出し乍ら、
 村枝「そう、浮ちゃんに縁談がねえ」
 武「参ったね、まさか縁談の最中に俺みたいな無粋なのが飛び込むわけにも行かねえしよ(浮子に酌してやり乍ら)さ、お祝いだ、一ついこう」
 浮子「あんた本当に、私がお嫁に行った方がいいと思う?」  
 村枝「そりゃそうよ、女の倖せは何たって結婚よ」
 きた子「(酔ってるらしく口を出す)と経験者は語った、私一寸課長さんを送って来るわ」
 と呑んでいた相手の男を送って去る。
 村枝「きた子ツ、しょうがないネ」  
 武「(白けた雰囲気をまぎらす様に)とに角、目出てえや、税務署が親戚と来りゃここんだって、あの芸能社だって税金まけて貰えるでしょしよ、そうだろ」
 浮子、それに答えず、朝子に鮨をすすめる。
 黙々と鮨を食う朝子に、
 浮子「おいしい?」
 朝子「はい、私、生れてはじめてこんなおいしいもの食べました、弟や妹に食べさせてやりたいです」
 武「笑わせるぜ」
 村枝、ふっと涙ぐむ。
 菊男、朝子の前にまた鮨をおく。

51
<同・外> 雪に降られ乍ら、姉川がそっと店の中をうかがっている。
 出て来る浮子たちを見て、あわてて立小便する振りをする。
 武「(浮子に)それじゃ、たのんだぜ、本当に、おかみ大丈夫だろうな」
 浮子「まかしといて、かあさん前からお手伝いさん探してたんだから」
 武「(浮子に)それじゃ何かあったらこの姉ちゃんに相談しろよ、あいつらパクられたから一安心だが、当分は一人で出歩くんじゃねえぜ、じゃあな」
 コートの襟を立てて雪の中を歩き去る。
 じっと見送っている朝子。
 浮子、武に駈け寄って
 浮子「これからどうするの?」
 武「どうするって何が?」
 浮子「親方んところへ戻るつもり?」
 武「年寄り一人ほっとくわけにも行かねえし、ま、俺が食って行くにゃそれしかねえやな、今んとこ」
 浮子「(じっと見つめて)足を洗う気はないの」
 武「まさか俺がストリップ屋の女中に住み込むわけにも行かねえだろうぜ」
 浮子「(前に廼って)その気になりゃ、ここんちの板前だって何だって……」
 武「板前ね、鉢巻して包丁もって、ヘイいらっしゃいか、ふん……」
 浮子「(引取って)笑わせる?」
 武「(さすがに浮子の真剣さにタジタジとなって)別に、笑わせやしないけどヨ・・・・ま、俺なんかのことより、てめえの運をしっかりつかんではなさねえこったな」
 身を翻して去る。
 浮子、朝子にもたした傘の中に入り、朝子の肩を抱くようにして歩き出す。
 浮子「(後ろを振り返る朝子に)あんた、あの人好きなのね」
 朝子「はい、好きです」
 二人、姉妹のように肩を並べて雪の中を歩いて行く。
 立小便の恰好のまま、見送っていた姉川、二人のあとを尾けて、犬のようにトボトボ歩きはじめる。
 浮子、気づいて姉川に傘をさしかける。
 浮子「どうぞ」
 姉川、赤くなって仲々入ろうとしない。三人で傘に入る。

52
<春も間近い新宿の街>

53
<芸能社・表> 花売りの爺さんから、朝子が花を買う。
 色とりどりの花を胸に抱いて、うちに駈け込む朝子。

54
<芸能社・座敷>   晴れ着に着飾った浮子とボッと上気した姉川をはさんで一同が、内祝の最中である。
 朝子、来て、花を二人に持たせる。
 一同、拍手して「おめでとう」と言う。
 学生服の木村にくっついて座っているタマ子が、一同に見せつけ乍ら、
 タマ子「浮ちゃん、旦那様を大事にね」
 竜子「何だい、先輩ぶってさ」
 タマ子「だって結婚じゃ先輩だもん、新婚旅行は何処にゆくの」
 金沢「そんなものまだ先だ、この内祝がすんだら、三時の汽車で旦那様の田舎の仙台へ行って、そこで三目三晩ぶっつづけの本祝言、お楽しみはそれが済んでからさ」
 タマ子「それじゃ、それまでおアズケなの、可哀想ね」 
 一同、笑う。
 竜子「それじゃ取敢えず乾盃しようよ、とうさん、音頭取って」
 金沢「よし来た、それではお二人の前途セイコーを祝して……」
 そこへ、村枝が入って来て、すわる。
 金沢「何だ、村枝おそいぞ、さァ乾盃だ、コップ持てコップ・・・」
 礼美「はいコップ(と持たせる)」
 村枝、コップを持ったまま、突然、泣き出す。
 村枝「かあさん! 私、ぐやじいッ」
 竜子「どうしたんだい、村枝、ちゃんと話してごらん」
 村枝「うちの菊男をアバズレのきた子が引っこ抜いちまったんだよッ」
 金沢「エッ、あいつがかい」
 村枝「もう大分前から狙ったのよ?四五日前から二人して居なくなったと思ったら、つい目と鼻の南口に店を出してるのよ」
 金沢「へえ、大人しそうな男に見えたが、やるねえ」
 村枝「菊男はだまされたんだよ、あの女に色仕掛けでくわえ込まれたのよ、店だってほかの男が金出してるんだから、それが判ってるから私余計ロ惜しいのよ」
 金沢「そりゃ口惜しいやな、あれだけ惚れてたんだからな」
 村枝「とうさん!私ゃあんな男に惚れてなんかいませんよ、人の前に出りゃ一言も口きけないような奴なんか、でもね、かあさん、あいつがいなきゃ店やっていけないのよ、ブスッとしてるけど、あれでも腕はたしかなんだから」
 金沢「なるほど、黙(だんま)り助平って奴だな」
 村枝「助平はきた子よ、あいつ男なら誰だっていいんだから、畜生! 給料目まではちゃんといやがったクセに、とうさん、あたしどうしよう」
 金沢「どうしようって、あれほどお前が惚れた・・・・いや、つまり腕に惚れた男だ、世帯持つ気になってもちかけるんだな、そうすりゃ奴だって戻って来るさ」
 竜子「でもねえ、ふらふら口車にのせられるような男じゃ、連れ戻してもどうだろうねえ」
 金沢「てやんでえ、おめえが連れ添うわけじゃねえや、村枝、行って一発ガンとかましてやれ」
 村枝「行ったのよ、行ったんだけどネ……」
 金沢「ふん、あのアバズレに逆ネジくわされたな」
 村枝「そうなのよ、好きで菊男の方から持ちかけたんだ、ギャーギャーヒス起すのはみっともないからやめろって、こうなのよ、それで菊男に塩まけって言うのよ……」
 金沢「塩まけ!? 畜生、バカにしやがって、よし、お前が言えないんなら、俺が言ってやる、村枝、店でまってな」
 浮子「とうさん、私も行く」
 竜子「だってお前、浮子、汽車の時間が・・・・」
 浮子「それまでには帰って来るわ、これでもう村枝ねえさんとはお別れでしよ、だから私、村枝ねえさんに恩返しがしたいの」
 村枝「浮ちゃん」
 浮子「(竜子に)かあさん、おねがい、私、あいつが出した店知ってるの」
 金沢「よし、浮子案内しな、あのアバズレ、 ギャフンという目に逢わしてやる」

55
<きた子の店・表>  開店祝の花輪をかざった小さな店の前で、浮子がまっている。  
 店の中からきた子の喚き声が聞える。
 通行人が店の中をのぞく。
 どうやら、とうさん一方的にマクシ立てられてるらしい。

56
<店の中店の前>  きた子「色仕掛けだって?
 人聞きの悪いこといわないでよ、いくら明治生れでも恋愛の自由ぐらい知ってるだろ、良い年して何さみっともない、他人の色恋沙汰に首つっ込んで、まるで狒爺だわ」
 金沢「ヒヒジジイ?」
 きた子「そうじゃないの、たとえ私が誰とねようと、成人式のすんだ男と女が納得ずくでやった事じゃないか、放っといて貰いたいね」
 金沢「冗談いうねえ、義理人情にはずれたことを黙って放っとけるかってんだ」
 きた子「何が義理人情さ、あんたのやってることは何さ、まるでゆすりたかりじゃないか、変な言いがかりつけると告訴するよ」
 金沢「コクソだと! オカチメンコ!
 きた子「オカチメンコだと! うちの叔父さんはね、警視庁の捜査課の主任で、鳩山一郎から表形状だ って貰ってるんだ、女一人だと思ってバカにしてるとしょっぴいて貰うよ、あんたのやってることは法律違反だからね
 金沢「な、何が法律違反だい」
 きた子「ドライアイスで頭でも冷してよく考えて見な、第一に他人のプラィバシィの侵害、第二に職業選択の自由の侵害、レッキとした憲法違反だよ、さァしょっぴかれな いうちに帰ったらどう、それともまだ何か文句あるの
 オタオタして二の旬がつげない金沢。

57
<同・表> 出前の帰りらしい菊男が来る。
 人だかりしてるので入れないところを、うしろから肩を叩かれ、ビクンとする。
 浮子「一寸、おいでよ」
 菊男「……俺まだ仕事が……」
 浮子「いいからついといで(ときめつける)」

58
<芸能社・座敷> 一同、手持不沙汰にすわっている。   
 金沢が帰って来る。
 竜子「どうだったの」
 金沢「どうもこうもねえ、ぶっ飛ばしてやろうと思ったが、女だから勘弁してやったい、浮子は……」
 竜子「えツ、一緒じゃないの?」
 金沢「まだ帰ってないのか?」
 竜子「どうしよう、もうすぐ二時だよ」
 朝子「私、村枝ねえさんとこ見て来ます(と走り去る)」
 姉川、足をシビレさせて転ぶ。

59
<連れ込みホテル>  すわっている淳子と菊男。
 女中「お風呂出しておきました」と言っ て去る。
 浮子、風呂をとめに行き乍ら、
 浮子「あんた、イナカ何処」
 菊男「山形です」
 浮子「そう、じゃ朝ちゃんと同じね(戻って来て)あんた、あの女を妾にしてる男がいるの知ってんの?」
 菊男「はい」
 浮子「あの女はあんたを利用してるだけなのよ、それでも、あの女が好きなの」
 菊男「イイエ(首を振る)」
 浮子「じゃ、どうして一緒にいるのよ」
 菊男「……(うつむく)……」
 浮子「(叱るように)何とか言いなさいよ、時間がないんだから」
 菊男「(ビクンとして)すみません」 
 浮子「あんた、あの女の体が忘れられないんだね」
 菊男「(益々うつむく)」
 浮子「毎晩、あんたんところへ来てたの」
 菊男「いえ、週に一度です」
 浮子「ふん、それを週三回にふやしてやるとか何とか言ったんだね」
 菊男「(びっくりして)聞いてたんですか」
 浮子「(うんざりして)きっとうまいんだね、あの女」
 菊男「……はい、とてもうまいンッス……さわるような、さわらないような……俺、あの人にさわられると頭がボーッとなって、何が何だか判らなくなるんです」
 浮子「一寸まってヨ・・・・あいつ、さわるだけなの?」
 菊男「はい」
 浮子「あんた、それでよく我慢出来るわね」
 菊男「時々、我慢できなくなります、さわって貰いたくて」
 浮子「あんた、まさか、男と女はさわるだけだと思ってるんじゃないだろうね」
 菊男「ちがうんッスか?」  
 浮子、思わず菊男の頬をひっぱたく。
 浮子「ふざけるんじゃないよ、人をオチョクると承知しないよ、さア、この紙に誓約書を書きな、書いたら、今ここで男と女の本当のこと教えてやるよ」と電話のメモと鉛筆を渡す。
 菊男「どう書くんッスか」
 浮子「誓約書……今後、黙って店を逃げ出しません・・・やめた、今後許可なく店を逃げ出さないことを誓います・・・・むらえ様………菊男」
 浮子、菊男の書いた誓約書を黙読しおわり立上る。
 浮子「さア、おいで」
 菊男「(すわったまま)え?」
 浮子「村枝ねえさんのところへ帰るんだよ、あんた、本気でわたしがあんたに教えるとでも思ったの?」  
 菊男「ちがうんッスか」
 浮子「(またもやカッとなる)やめなよ、そのちがうんッスかっての、そこここが痒くなってくるわ、さ、お立ちよ、立ちなったら」  
 菊男、真赤になって、前をおさえたまま動かない。
 浮子「(ソッとのぞいて)あんた・・・・またさわって欲しくなったの?」
 菊男「(情ない顔を上げて)そうなんです・・・・」
 浮子、ガックリ来て、すわり、不思議な生き物でも見るように、シゲシゲと菊男の顔を蹟める。
 菊男、うつむいたまま、必死に前をおさえる。

60
<芸能社>  姉川、すわったまま、貧乏ゆすりをしている、
 一同もすわったまま、
 竜子「(困惑し切って)ほんとに済みませんねえ」
 姉川「いえ、かまいません、かまいませんけど切符が無駄になると……」
 竜子「ほんとに、何してるのかしらね何処いっちゃったのかしら(礼美に)  ちょっと礼美、一つ走って行って、村枝んとこのぞいておいで」
 礼美「はいッ」
 救われたように立上って、嬉し気に飛び出して行く。
 金沢「ついでに俺も一寸見てくるか(と立とうとする)」
 竜子「あんたはいいのッ」  
 金沢、仕方なくすわる。
 金沢「(仕方なく姉川に話しかける)あ、ときに仙台の七夕ってのは何月です?」
 姉川「えー、七月です」
 木村「九州でも七月です」
 姉川「あ、九州でも七月ですか」
 タマ子「七月なの?」
 金沢「(タマ子に)七夕は七月に決まってるじゃねえか」
 座がシラケルが、姉川は膝を屈伸してシビレを直している。

61
<「むらえ」の中> ぼんやり待っている村枝、パッと立上る。
 菊男、浮子にともなわれて入って来る。
 浮子、黙って誓約書を村枝に渡す。
 菊男「(悪びれず、むしろ晴々と)どうもご心配かけてすみませんでした」
 朝子「おかえんなさい」
 菊男「只今」
 村枝、誓約書を読んで目頭を拭く。
 村枝「浮ちゃん、有難う」
 そこへ礼美が駈け込んで来る。
 礼美「浮ちゃん、みんなまってるよ」
 浮子「ねえさん、タオルかりるわよ」
 礼美「どこ行くの? どこ行くのよ

62
<吉野湯・表>   ノレンが風にゆれている。

63
<同・女湯>  客はまだ一人しかいない。
 礼美、浴槽に入り乍ら、脱衣場の浮子に、
 礼美「でもさァ、旦那様またして、お風呂に入っちゃ悪いわね」
 浮子、脱衣し乍ら、鏡の中の自分を見つめる。
 浮子「せめてお風呂にでも入らなきゃ、余計悪いからね」
 ブラジャーとパンティだけになったところに、ガラリと戸が開いて、きた子が飛び込んで来る。
 その手に出刃包丁がドキドキ光っている。
 きた子「この泥棒猫、殺してやる!」
 浮子、素飛んで洗い場へ逃げ、手当り次第に洗面器や腰かけを投げつける。
 きた子、モノともせず、追いつめる。  
 礼美、魂消えるような悲鳴を上げる。

45
<同・男湯> 総立ちになる浴客。
 女湯との扉が開いて、浮子が転がり込む。
 出刃を片手のきた子が躍り込む。
 礼美、泣き乍ら男湯の中を走り廻る。
 礼美「助けてツ、誰か助けてツ、浮ちゃんが殺されるウ」
 男たち、それぞれ桶や腰かけをもってきた子を取囲み、身構える。湯をかける。  
 さすがにひるむきた子。
 菊男を先頭に朝子、村枝駈け込んで来る。
 菊男、きた子の腰に抱きつく。
 菊男「(叫ぶ)きた子さん、やめて下さいッ、浮子さんを殺さないで下さいッ」
 きた子「うるさいッ、こんな女の一人や二人、死んだ方が世の中のためだッ」
 菊男「やめて下さい、俺はあんたんとこへ帰りますッ」
 村枝「菊男、何言うんだいッ、お前はうちの店員なんだよツ」
 菊男「だって、浮子さんが殺される! 浮子さんがッ」
 きた子、菊男をブン廻して振払い、浮子に突かかる。
 菊男、鏡に頭をぶっつけ、痙攣して昏倒する。
 われた鏡、吹き出す血。 村絵も気を失う。
 礼美、絶叫する。
 「キヤーッ、死んでるッ」

65
<芸能社・表(夜)> 石井医院と書いたミニカーから石井が降りる。

66
<同・中> 石井、鞄を下げてやって来て、座敷にすわった村枝、きた子、姉川ほか、芸能社の一同が集ってるのを見て、
 石井「ほう、お通夜の準備ですか?」
 村枝「(むしろ振りつくように)先生! まさか菊男は死ぬんじゃないでしょうねッ」
 石井「さてそりゃ何とも判らんなア」
 一同、青くなる。
 石井「冗談だよ、たった二針縫っただけだ、今頃はケロっとしてるよ、往診する必要なんかないんだが、ついでだから寄っただけだ、(竜子に)二階だね」
 階段を上る。

67
<同・二階>  石井、上って来て、包帯をまいて寝ている菊男の枕元にすわる、ついて来る竜子、介抱していた朝子が丁寧に石井に頭を下げる。
 石井、菊男の目を一寸見て、竜子に、石井「レントゲンも脳波も異常なしだ、もう心配はない、明日は起きられるだろ」
 竜子「(ホッとして)そうですか、どうも有難うございました」
 朝子「有難うございました」

68
<同・階下>  石井、降りて来て、帰りかける。
 黙ってすわっていたきた子、突然石井に立ちふさがって、
 きた子「もう動かしてもいいの?」
 石井「今晩ぐらいは安静にしといた方がいいだろ、(鳥子たちに)君らも今夜は下でねた方がいいな」
 きた子「そう、それじゃ私もここに泊らせて貰うわ(コタツにもぐり込む)」
 村枝、竜子を見る。
 竜子「(きた子に)ちよいとあんた、そりゃどういう意味だい」
 きた子「どういう意味もこういう意味もないよ、動けるようになったら菊男を引取るだけよ」
 竜子「何だって!」 
 石井「(靴を穿き乍ら)おいおい、またゾロ血の雨降らそうってのかい」
 竜子「先生にもいて貰います、もう一人位径我人が出るかも知れませんからね」
 石井「おいおい、それじゃ医者より警察でも呼んだ方がいいのじゃないか」
 金沢「そうだよ、警察に来て貰おうよ」
 竜子「うるさいわね、これは警察なんかが口を出す問題じゃないよ、女二人、腹決めてかからなきゃ、ラチのあかない愛情問題だからね、いいかい、二人共中途半端じゃ解決はつかないんだよ、さア、この際商売ははなれて、一体どっちがあの男を愛してるか、先づそれを聞こうじゃないか、村枝、どうなんだい」
 村枝「かあさん、私、ほんとは菊男を愛してるのよ(泣く)」
 きた子「ヘッ、おかしくって……」
 竜子「(きた子に)あんたはどうなんだい、 ほかに男がいるんだろ」
 きた子「あんな男、はじめっからメじゃないわよ、金さえいただきゃ切れるつもりさ」
 金沢「そりゃお前、ひでえじゃねえか」
 きた子「何がひどいのさ、あんたなんかにネ、女一人で生きてく苦労なんか判ってたまるかってんだ」
 竜子「菊男とはどうするつもりだい」
 きた子「つもりも何も、あいつと私は事実上の夫婦だからね、近頃じゃ内縁関係だって 法律でちゃんと認められてるんだよ、知ってるかい、うちの叔父さんはね、警視庁の捜真裸 の主任で、鳩山一郎に表彰状もらったこともあるんだからね
 金沢「またはじめやがった」
 村枝「でもね、あんた(ときた子に)私ゃあんたが来る前から菊男と世帯もつ気だったんだからね」
 きた子「だからどうだってのさ、じゃ聞くけどね、あんたあいつと寝たのかい、愛してるとか何とかオテイサイのいいこと言ってるけど、つまりは出米てるかどうかってことだっぺ」
 石井「(口を出す)そりゃそうだ、僕は医者としていうが、厳粛な事実は事実として尊重されねばならない、しかしだよ、それじゃこれから村枝嬢があの青年とナニすることだって事実上ありうる」
 きた子「何言ってんだい、ヤブ医者、私が言ってるのは現在只今誰と誰が出来てるかってことじゃないか、男と女なんてつまりは、一番最後にモノにした奴が勝ちなんだ、そうでないけ」
 時計が鳴る
 きた子「さ、もう誰も文句がないんなら、 私、ねるわよ(と横になる)」
 姉川「それじゃ、私にもひと言……(やっと機会を得て)エート、只今、丁度九時です な、九時だとすると……」 
 金沢「何です?」
 姉川「いや、つまり、まだ最終の汽車に間に合うということを申しよげたかっただけでして……」
 一同、白けて返事もしない。
 姉川「一寸、お手洗いを拝借(とコソコソ逃げ出す)」

69
<同・表> 石井‐‐そそくさと出て来て去る。
 武が来ていて、そっと中をのぞく。

70
<同・中>  黙り込んでいる一同。
 タマ子「(木村と)それじゃ、あたしたち、お先に」 
 村枝、急にワッと声を挙げて泣き出す。
 その村枝をじっと見つめていた浮子、急に立って来て、きた子が枕にした座ブトンを蹴とばす。
 きた子「何すんだよ!(飛び起きる)」
 金沢「(あわてて)おいッ、警察を呼べ、警察ッ」
 浮子「あんた、さっき一番最後にモノにした奴が勝だと言ったね」
 きた子「言ったよ、それがどうしたのさ」
 浮子「じゃ、あんたの負けだね」
 きた子「何だって」
 浮子「一番最後にモノにしたのは私だよ、ついいさっき出来ちまったのさ、ウソだと思うんなら本人に聞いてみな」
 一同、アッ気にとられる。
 トイレの中の姉川、頭を抱えてうづくまる。
 竜子「浮子、あんた、菊男を愛してるのかい」
 浮子「いいえ、。今のところ、誰も愛してません」

71
<同・表> 武、頭を振って歩き出すが、立ち去りがたく、また戻って来る。

72
<同・中>
 竜子「さア、これでやっと振り出しに戻った訳だ、そろそろ真打に出て貰う番だよ、とうさん、菊男を呼んでおいで」
 金沢「えッ?」 
 竜子「あのいくじなしに、ここで村枝ときた子のどっちを選ぶか、はっきり決めさせるんだよ」
 金沢「(手を拍って)そうだ、それをすっかり忘れてたい、元はと言えばあいつがフラフラしてるからいけねえんだ、よし、オレが言ってひきずり降してやる(と階段を、足音荒く上ってゆく)」
 竜子「(村枝ときた子に)二人共、この裁きに異存はないね」
 村枝ときた子、顔を見合わせる。
 村枝「かあさんにおまかせします」
 竜子「そっちは?」
 きた子「まかせるわよ」
 一同、降りて来る足音のする階段を見守る。
 金沢、何とも言いようのない珍妙な顔でー同の前に現われる。
 竜子「何だい、寝てるのかい、どうしたんだい、寝てたのかい?
 金沢「うん・・・・寝てるんだ、二人でな」
 竜子「二人で!?・・‥(辺りを見廻して)じゃ、朝子と」
 電話がかかる。 
 竜子「(出て)はい新宿芸能社ですが、はい、いいえお世話になっております……」
 きた子、黙って立上り、出てゆく。
 村枝もそッと出てゆく。

73
<同・表> 村枝、フラフラと出て来る。
 追って来た浮子、武に気づいて立止る。
 武「よう」と手を挙げ、逃げるように立去る。

74
<同・中>  竜子、電話を切って鳥子に、
 竜子「さァ、仕事だよ、照月でいそいでくれってさ」
 鳥子「だって、衣装も化粧も二階に」
 金沢「なァに構わねえ、そのままで行きな、 どうせ、裸になるんだ」
 鳥子、礼美、連れ立って出てゆく。
 取のこされる夫婦、所在なく、内・祝の酒を呑みはじめる。
 竜子「アレ、みんな帰っちゃったよ、話ついたのかねえ、とうさん、くたびれちゃったよ、今日という今日はもんで
 
 竜子、ぐったりと金沢の膝に頭をもたしかけ、やがて寝息を立てはじめる。金沢、ニ階を見上げてしみじみと呟く。
 金沢「しかし、人間様ってなて全く大したもんだぜ」
 金沢「(チラと二階を見上げて)俺たちもねるか、なんだありゃ、まだいるのか」 
 トイレの中で、姉川、ゴツンと金カクシに頭をぶっつける。

75
<バー「あけみ」> 相変らず賑やかな店内。
 武がフラッと入って来る。
 あけみ「アラ、久し振りね、ジュースにする? ファンタにする? コーラにする?
 武「何もいらねえ、預けもの取りに来ただけだ」
 あけみ「預け物? ああこれか」
 カウンターの下から、骨箱をとって出す。
 武「(取って)それじゃツケはもうしばらく借りとくぜ」
 あけみ「あんた、何処かへ行くつもり?」
 武「ああ、八丈へでも行って、こいつ(骨箱)の田舎の八丈へ行ってかわりに百姓でもやろうと思ってね」
 あけみ「八丈って、罪人を島流しにした島のこと?」
 武「俺の行先にやウッテツケさ」
 あけみ「親方は……」
 武「別荘よ、老後は国に見てもらうんだとさ、さすが親方、やることが粋だぜ」
 言いきらぬうちに、武の前にヤクザらしい男が二人立つ。
 ハッと振向くと後ろに権藤が立っている。
 武、骨箱を抱えたまま、パッと裏口へ逃げ出す。

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<同・裏口> 飛び出す武。
 ゴミのバケツにつまづいて転ぶ。
 ヤクザ、イナゴのように飛びついて、権藤がドスを武の目の前にかざす。
 権藤「いいかい、シキタリ通りに行きや、ここでキレイサッパリ片をつけるところだが、おめえんとこの親方あまんざら知らぬ仲じゃねえ、爺々に免じて命あ貰わねえ、その代わり、これから仕事ができねえようにしてやる、さァ、手を出せ」
 武、観念して右手を出す。
 権藤、その手をアスファルトの上におさえつけ、人指指と中指にドスの刃をあて、上からグッとおさえつける。
 武、思わず悲鳴を上げる。
 権藤「いいか、今度妙なマネしやがったら命あねえぞ」
 言いすてて風のように去る。
 血だらけの骨箱を,抱いて、その場に転がる武。
 それまでギンギンに鳴っていた激しいロック音楽がやみ、血だらけの手が画面中央にせり上がってくると、懐かしい『浅草の唄』が始まる。以後、この唄が場面最後まで流れる。
 悲鳴を上げるあけみたちを掻きわけて、浮子が飛び込んで来る。

    ♪強いばかりが男じゃないと いつか教えてくれたひと

 浮子、武を抱え上げて、気丈に腕をハンカチで掌をしばりはじめる。
 浮子「これであんたもやっと足を洗えるわけだね(武の左手に握られた二つの財布を見てハッとする)それ何?」
 武「指の代りに奴らからいただいたのよ」
 浮子「……?!」

    ♪かわいあのこと シネマを出れば 肩に囁くこぬか雨

 武、外の蛇口から水を飲み、頭から水をかぶる。
 武「ふん、俺が左キキだってのも知らねえで、笑わせるぜ、全く」

    ♪ああ浅草のこぬか雨

 武、立ち上って骨箱をもったままひろい上げ、路地へ消える。

     ♪ランララ ランララ ランララ ラン

 じっと見送る浮子。 

     ♪池に映るは六区の灯り・・・

   (F・O) 

77
<すっかり春めいた新宿の街> 桃の節句でにぎわう花園神社。
 さわやかな春風のなかを歩いている人々。

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<「むらえ」の表> 朝子が出前に出かけてゆく。

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<同・中>  菊男の作るサシミで一杯やっている金沢、村枝をからかう。
 金沢「お前もアパート借りなきゃな、この二階じゃ二人に当てられっぱなしで大変だろ」
 村枝「そうなのよ、ひどいのよ、毎日寝不足でボーッとなっちゃってるの、どっか良いアパートないかしらね、とうさん」
 右手をポケットに入れた男が一入フラッと、入って来る。
 金沢「オッ、何でえ、巾着切りの兄さんじゃねえかこっち来ねえ」  
 入って来たのは武である。
 武「今、そこで朝ちゃんに逢ったんでね」
 金沢「久し振りだな、どこ行ってたんだい」
 武「一寸、八丈の方にね」
 金沢「どうだい(指を曲げて)こっちの景気は、ま、一杯いこう」
 武「(左手でチョコを受けて)いやア、今じゃ俺も八丈ガ島の百姓さ、巾着切ってた手で芋掘りよ、笑わせるぜ全く」
 金沢「(皮肉な調子で)へえ、ところで、八丈島の百姓が何でノコノコこんなところへ出て来たんだい、さてはおめえ……まさか・・・ま、いいや、オテント様あ、お見通しだァな」

80
<表通り> 浮子と竜子が歩いてゆく。
  老人と連立ったタマ子とすれちがう。
 竜子「(浮子に)まけてくれた、もうかっちゃたわ、アラ、(と立止る)」
 タマ子「かあさん、お久しゅう、(老人をこなして)うちの人なの」
 老人、黙ってタバコを買いにゆく。
 タマ子「あの人、耳が遠いの」
 竜子「学生さんとは別れたの?」
 タマ子「だってチッチャクッテたよりないんだもん」
 竜子「でも、あんなお爺ちゃんよりは・・・」
 タマ子「お爺ちゃんでも、とうさんと同じくらいよ」
 竜子「何が?」
 タマ子「じゃね」
 老人に駈け寄り、腕を組んで去る。
 竜子「何のことだい? あれで本当にうまく行ってるのかね」
 浮子、笑い乍ら竜子の襟元を直してやる。
 二人、母娘のように並んで歩き出す。
 雑踏の中を、朝子が出前をさげて、元気 に歩いて来る。
 その顔がアップになったところでエンド・マーク 
                  (終)



     森崎 東  義理人情について
            『喜劇・女売り出します』創作ノート
     (シナリオ 1972年3月号  『喜劇・女売り出します』)
 
 一口に義理人情というが、義理と人情はもともと対立するものであって、前者は体制の倫理、後者は自然発生的な人民の連帯感覚であるというのが、伊丹万作の弟子にして掛札昌裕の師灘千造の説であります。
 おそらく義理と人情を同一範チュウに引くるめてしまったのは近代主義なるものであって、人民たちは昔から義理によって疎外される連帯の回復を常に求めつづけたのであろうと、私も思います。だが、近代主義にとって、義理と人情の対立は、無視し得る差でしかなかった。物理学をはじめとする近代学問は、おそらく、このエントロピーを排除し無視し続けることで学の権威を謳歌して来たのでしょうが、人民はといえば、それははじめからエントロピーそのものでしかなかった。
 前田陽一が「芸術としての映画でなく、芸能としての映画を!」といい、田坂啓が「映画でなく、今こそ活動写真を!」という、その言葉は、無視されることを拒否するエントロピーの反逆であると私には思われます。
 私もまた、あらゆる権威によって無視されつづけて来た無数のエントロピーたちを、三尺高い舞台の上に勢ぞろいさせ、拍手を送り、投げ銭を投げてやりたいのです。そして、出来ることなら「日本一!」と声の一つも掛けてやりたいのであります。
 全宇宙のエントロピーよ、団結せよ!

 『喜劇・女売り出します』は森崎さんの人情喜劇の最高傑作です。
 緩急も物語りのスピード感も最高の出来栄えを示しています。
 立川談志はキネマ旬報で戦後日本映画の傑作を三本選出したときに、この『女売り出します』を選んでいました。さすがの眼力。
 しかし、シネスコ版のDVDが出るわけでもなく、テレビ放映版は場面59がカットされていました。この場面がなければその後の意味がわからないと思うのですが・・・  (池田博明記)

2009年5月11日
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