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夢見通りの人々

製作=松竹 
1989.08.05 
95分 カラー ワイド
製作中川滋弘 夢見通りの人々 ビデオ表 
監督森崎東
助監督太田聖規
脚本梶浦政男
原作宮本輝
撮影坂本典隆
音楽佐藤勝
美術森田郷平
録音原田真一
照明八亀実
編集太田和夫
出演小倉久寛 南果歩
大地康雄 西川弘志
笑福亭仁鶴 すまけい
原田芳雄


    夢見通りの人々  略筋と感想    (記録・池田博明)

 大阪は通天閣の下に夢見通り商店街はある。電車内で同人詩集「蒼い島」を読む里美(小倉久寛)は最近のわかりにくい表現についていけない。中野重治の「雨の品川駅」のような力強い表現に魅かれている。
 彼の下宿がある夢見通りに帰って来て、夕食を食べようと中華食堂へ入ると、主人(すまけい)と女房(正司照江)が夫婦喧嘩の真っ最中。亭主は机から落ちる、投げられて女房は空を飛ぶ。なんでも夫が浮気していると嫉妬しての喧嘩らしい。里美は、こんなんでは奥さん、死ぬでぇと心配するが、当の本人たちは何事もなかったかのように定食を作り始める。
 詩の同人たちに里美の詩は評判が悪い。「思ったことをそのまま書いてもそれやったら小学生の作文やがな」(友情出演の柳葉敏郎)という評価である。
 里美は部屋の向かいの美容院の光子(南果歩)の店仕舞いに出会って今日もご機嫌だが、デレっとした様子を写真館の主(原田芳雄)に目撃されてしまった。写真館主は強引な口説き方を実戦的に教えてくれるが、それはまるで強姦だ。おさえこまれた下からやっと逃げ出す里美。この通りの人々は病人だらけや。
 食堂への忘れ物を店の娘の美鈴(元谷公美)が持ってきてくれた。外交官志望という美鈴は里美のセールスしている添削会を受けてみようと言う。案内を渡す里美は隣りの二階の光子に気を取られてニヤけてしまう。美鈴は「ホンマのおかあちゃんとちがうんや。でもウチは今のおかあちゃんが好きや。宙飛ぶのがうまいから」と話すので里美も大笑いしてしまう。この辺り、小倉君の反応が悪い。
 翌日、タバコ屋の伊関トミさん(乙羽信子)は隣りの古川文具店(月亭八方)に土地を売ってしまい、残りの一角のタバコ屋で商売していたが、最近、文具屋の店が拡張計画、土地を売れとの要求が盛んである。パチンコ屋吉武(笑福亭仁鶴)が交渉に来るがトミさんはちっとも話に乗らない。里美のナレーションによると、毎年くるツバメは40年前に戦死した息子の身代わりなんだとか。バイクで覆面ヘルの若者が店に来てバットで店を破壊していく。みんなはトミさんを病院へ連れていく。独り者の里美が付き添いになる。トミは息子のことを思い出している、トンボ取りをしたときのこと、一緒に道を歩いたときのこと。トミさんの独り言、「何が不幸といったって親に先立つほど不幸もんはない、けどオマエは不幸もんやない、無理やり兵隊に取られて戦死したんやから。二十歳やったな、好きなひと、いてんのか、どんな人や、連れてきたらええがな。」
 大阪府生野警察署で文具屋古川とパチンコ屋の主人吉武が取り調べられている。立ち退きを迫る二人が共謀したという疑いだ。お互いに頼んだわけではないと言い張っている。真犯人が自白したとの連絡が入る。文具店の息子の同級生の暴走族の仕業だという。古川の店と間違えて壊したという。
 トミは自白を信じてなどいない。付添いの里美にイチゴを食べさせてもらうが、途中で入れ歯に種が引っ掛かる。入れ歯を洗ってくれる里美の親切に、病室で「ゆいごん状」を書くトミ、権利書と郵便貯金を里美春太さんに譲りますと。そのまま夜明けに亡くなってしまったトミさんの葬式が雨の中、行われている。ゆいごん状は病院のベッドの枕の下で掃除のおばさんが気付かず捨ててしまっていた。結局、書類やわずかな貯金は遠縁の親戚が受け取っていった。
 吝嗇で知られた村田質店(桂小文枝)、その息子の哲太(西川弘志)とパチンコ屋の娘の理恵(河南万理子)の関係がバレてしまう。哲太は盗み癖があってこの5年間デパートに行ってもいないという。パチンコ屋に質草のローレックスを3万円で売ったと聞いて、質店の主は買い戻しに行く。そこで、パチンコ店主ともども理恵の担任(三宅裕司)から妊娠のことを聞いて質店主は慰謝料を請求される。ゴーカンだと抗議するも、ラブレターの添削をしてやったという里美の証言により相思相愛の仲だということが判明、そうこうするうち、二人は家出し、駆け落ちしてしまった。
 拾ったウサギを前に光子さんは里美に小さい頃、ウサギを肉にされてしまった記憶を話す。タツミ精肉店(汐路章)の息子の竜一(大地康雄)は評判の暴れ者、背中一面に刺青を彫っている。
 美容院の経営者(あき竹城)は光子に助言している、「肉屋の息子にプレゼントされたもの返してきなはれ。あんたの父親は母親を捨てて逃げた。娘は母親に似てくるというからな」、テレビドラマのキスシーンを見て、「どんなバイ菌持ってるか分からんのに他人の口なんか吸って!」と怖がる人である。
 光子は拾った宝石箱をそのままんにしていたのが気がかりだった。竜一に相談すると、竜一は捨ててきてやると引き受ける。捨てた後で気になって箱を壊してみると、箱の中には「このフタを開けたものに呪いあれ」との書付が入っていた。
 光子は竜一にお礼にとスナック(マスターは桂文珍)でジュースをおごる。竜一は乱暴者の弟・竜二(浦田賢一)ともども、もうすぐ父親の配慮で結婚する予定だ。光子は月曜日には美容学校で勉強中、竜一が背中の刺青の話をすると、付き合うんだったら刺青取ってくださいと光子に言われる。息子を心配して店の外からのぞきこんでいた父親を光子は家に送る。
 哲太から里美へ連絡が来たという。病院からだ。行ってみると理恵がちょっとフラっとしただけだと言う。親の伝言を哲太に伝えるものの、哲太は「パチンコ店の後継ぎになんかなるつもりはない。十七歳で子供ができるなんてドジふんだと思う」と言うし、理恵は「哲太とは結婚しない、子供は自分で育てる、大阪駅で東京行きの新幹線を待っているときがいちばんワクワクした、東京では下がりぱなしや」と言う。理恵のことばを哲太に伝えると、哲太は「オレの子やないで、リエの子や。恋人募集中や」と喜ぶ始末、それでも里美は「怒る気にはなれへんかった。意地を張りおうてても二人は愛しおうとるんや」とコメント。ここまで傍観者的な主人公では物語に付き合いきれない感じがする。
 里美は光子に波の音のテープをプレゼントする。生まれて初めて女の子に贈り物をした。
 食堂で里美は竜一に「里美はん、大学出よったな、友達にお医者さんはおらへんか。背中から刺青とったら女房になってもええという女がおるんや」と話す。なんてまあもの好きな女がいるものだと思うものの、電話で友人に尋ねると、少しずつなら取れるという。
 その頃、買い物を頼まれた光子は途中で靴をはきかえて汽車に乗り、国へ帰ってしまっていた。母親は私が美容師の免許を取ることだけが望みでした、竜一さん里美さんごめんなさい、という書き置きを残して。帰宅した里美の前に竜一のトラックが止まる。ふと運転席を見ると自分が光子に送った波音のテープがある。「そのテープは?」「女が貸してくれよったんや」。ところで刺青の件、聞いてくれたか。「取れへんそうです。大きすぎるそうです。命に関わるそうです」とウソをつく。
 哲太と理恵が銭湯から帰っていく。素振りする写真館主から里美は光子が逃げ出したことを聞く。町の人の噂では黒牛にヤラレタらしいと。思い当たった里美はバットを奪って肉屋に殴り込み。バットを振り回してお店を壊す。すぐに抑えつけられてはしまったが、惚れた女をゴウカンするわけがないと諭されて、竜一は美容院に行ってみると、やはり光子はいなかった。美容院の女店主は「オマエはミツコにフラレタんや」と告げる。
 波のテープを聞いてしょげている里美のもとへ竜一が来る。「お互いツライのォ」「すみません。ウソついてました。刺青は取れるんです」「ありがとう、里美はん。お互い似ているのに、ミツコはなんでアンタやのうてオレに惚れたんやろな」。雨のなか、光子が飼っていたウサギを拾う里美。
 夏の終わりにこの町を出ようと考える里美。中華食堂の美鈴から「里美はんは、写真館の森はんのホモだちやと思うてた」という衝撃の証言を聞く。写真館を訪れて部屋に案内された里美は詩と写真を組み合わせた本を出したいという森の美しい写真に驚く。ボードレールの詩をイメージした見事な写真がある。「おかしなウワサたてるの、やめてくれませんか」と森さんに言うと、森さん「ぼくかてプライド高いで。そんなウワサたてたやつは殺したる!ボクの好きなのは色の白いホネの細い男や」。がっくり来た里美、「ボクは才能にも容貌にも絶望すべきなんですね」。あのな、君の好きな中野重治はボクも好きや、あんたはボクをサベツしとる!。「いやサベツなんてしてません!」「サベツしとるで。(外に向って)男が男を好きになって何が悪い」と演説、初めて森さんの悲しみを理解した。なんだか意気投合して、「あたしオカマです」とギターを弾きながら歌う森と拍子をとる里美。
 里美のナレーション、この町の人を誰ひとり、ボクは理解してなかった、この町にボクは住みつづけるんや、それがボクの詩や、歌やと決心する。
 他のキャストは友子(山田スミ子)、田井菊次郎(夢路いとし)など。

 個々のエピソードをつなぐ役目の小倉君が右往左往するだけで、いわゆる“いい人”ではあるのだが、傍観者的で、人間関係に深く関わっていかないため、みているほうには欲求不満がたまる。激しく怒るのは自分の恋人のときだけというのもなんだか勝手だ。哲太と理恵の高校生恋愛もずいぶん勝手な言い分がされて、こんなに庶民の町なのに、誰もが怒りもせずに認めてしまうなどというのは、無責任きわまりない気がする。ともかく、夢見通りには共感できる人間がほとんど出て来ないのである。小悪党ばかりなのだ。
 他人の運命に深く関わってしまう『喜劇・女売り出します』の浮子(夏純子)が懐かしい。