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やればやれるぜ 全員集合!!

製作=松竹(大船撮影所) 
1968.01.03 
6巻 2,394m カラー ワイド
製作................ 青木伸樹 脇田茂
監督................ 渡辺祐介
脚本................ 森崎東 渡辺祐介
撮影................ 堂脇博
音楽................ 宮川泰
美術................ 加藤雅俊
録音................ 山本忠彦
照明................ 田村晃雄
出演................ いかりや長介, 加藤茶, 仲本工事, 高木ブー, 荒井注, 松尾嘉代, 水谷良重, 木の実ナナ, 犬塚弘, 安田伸


     ドリフターズの全員集合シリーズ『やればやれるぜ全員集合』 紹介  池田博明

 脚本は森崎東・渡辺祐介、監督は渡辺祐介。音楽は宮川泰。やればやれるぜ
 脚本に森崎さんらしさはまだ出ていない。
 日陰村。村の鼻つまみものの(ドリフの)五人は賽銭泥棒をしているが、収穫は300円そこそこ。五人はケチな泥棒はやめ、大志をいだいて東京へ出ることにする。 ヒデ(加藤茶)は小学校以来の先輩・長吉(いかりや長介)には頭が上がらない。
 一年後、港湾労務者として働く長吉とヒデの二人の姿があった。二人のマドンナは食堂で働くみっちゃん(松尾嘉代)とリカ(木の実ナナ)。ドリフの仲間と久し振りに会うと、他の仲間は大成功していると言っている。しかし、実際には売れっ子作曲家・仲本工事の正体はドサ回り歌手、料理長・太志(高木均)は焼き芋屋台、政治家・荒井忠はケチな組員。
  長吉はみつ子に惚れられていると誤解し、ヒデに提灯持ちを頼む。実際には花園レストランの社長(藤村有弘)が、しつこくみつ子に求婚していた。社長は死んだみつ子の父親の借金を方にしていたのだ。ヒデはみっちゃんに「白いヘルメットに札幌ラーメンの好きな」恋人がいると聞き、それは自分のことだと思い込む。みつ子の恋人はサブ(平尾昌晃)なのだが。
 一方、他の三人は金を巻き上げられた可哀想な田舎者を騙って、路上で詐欺芝居中だった。そこへヒデと長吉が現れて声をかけてしまい、詐欺の正体がバレて、みんなに袋叩きに合う。再出発を誓う五人はボロ長屋の一室でドンチャン騒ぎ。ヒデが空き缶に貯めておいた金も、いつのまにか紛れて使われてしまう。
 五人は船橋ヘルスセンターに住み込みで働くことにした。コマねずみのように働き、花園社長の土地を一部買うために百万円を貯めた。ところが土地の値段ははね上がって、百万円では売れなくなったという(田中邦衛が社長代理)。最初から売るつもりはなかったんだと憤る五人。
 五人は花園社長とみつ子の結婚式に忍び込み、社長を眠らせてアフリカ行きの船荷貨物で送る計画をする。睡眠薬を入れたつもりが下剤を入れてしまったり、失敗もするがなんとかうまく船を出港させる。しかし、百万円入りの背広を荷物に一緒に入れてしまう失敗をする。
 五人は解散して各地で働くが、アフリカ行きの船は座礁して社長は日本に帰ってくる。五人は警察(各地の警察官役はそれぞれクレージーキャッツの犬塚・安田・石橋、殿山泰司)に逮捕されてしまう。しかし、花園社長は実は麻薬王・珍大海であったことが判明し、一転して五人は英雄となる。
 みつ子(松尾)は晴れてサブ(平尾)との結婚を打ち明ける。トラックの荷台上の結婚式で「高砂やロック」を演奏するドリフの面々で幕。
                     (ビデオあり。2001年12月)

    川本三郎   吹けば飛ぶよな喜劇だが……  松竹B級喜劇の<活力>のありか

 (赤字は池田による強調) (キネマ旬報1975年10月上旬667号,p.208-209 ANGLE’75アングル’75)

 六九年八月にはじめて登場した『男はつらいよ』は現在『男はつらいよ・寅次郎相合い傘』で十五本めを数えることになる。いまや松竹喜劇の本流を占めている感があるが、しかし、『男はつらいよ』が本流としての水かさを増すにつれ、その傍をひそやかに、だが、活力あふれて流れる一群の"松竹喜劇映画"のことを想わずにいられない。
 それは最近の作品でいえば、『喜劇・男の泣きどころ』『喜劇・男の腕だめし』(瀬川昌治監督)であり、『三億円をつかまえろ』 (前田陽一監督)であり、そして、いまはもうなくなってしまった"女"シリーズ、あの森崎東監督の数々の傑作群、『喜劇・女は度胸』(六九年)、『喜劇・男は愛矯』(七〇年)、 『喜劇,女は男のふるさとョ』(七一年)、『喜劇・女生ぎてます』(七一年)、『喜劇・女売り出します』(七二年)、『女生きてます・盛り場渡り鳥』 (七二年)である。
 さらにまた『男はつらいよ』に先行する山田洋次監督の喜劇作品、『なつかしい風来坊』(脚本に森崎東参加、六六年)、『吹けば飛ぶよな男だが』(六入年)、”馬鹿シリーズ”『馬鹿まるだし』(六四年)、『いいかげん馬鹿』(六四年)、『馬鹿が戦車でやってくる』(六四年)、さらにまたまた山田監督の『喜劇・一発大必勝』(六九午) 。これらわずかここ数年のあいだに登場した作品の名前を、いま原稿用紙に書きしるしているだげで私は、もうある感慨にとらわれてしまう。これらの作品は、『男はつらいよ』のウソみたいなヒットにくらべれば、まったく陽の目を見なかった。だが、ここに、"松竹喜劇"のある活力を見ることが可能なのだ。

 松竹喜劇がいわゆる・"路線"とLて定着し、数々の作品を作りだしていったのは六八年ごろからであろう・もちろんそれ以前にも、山田洋次の師ともいうべき野村芳太郎監督の『拝啓天皇陛下様』(六三年)、『白昼堂々』 (六八年)などの作品があったけれど、それが路線として、プログラム・ピクチュアとしてひどつの流れを作り出したのは六八〜六九年にかけてである。山田洋次、森崎東、前田陽一、そして絶対に忘れてはならない渡辺祐介、瀬川昌治、"大御所"としての野村芳太郎。いま当時の作品リストをとりだして見ると、ほとんどの喜劇作品はこれらの監督たちの手によっている。 「ドリフターズの全員集合!」も六九年からである。[これは川本さんの間違いです。第1作は六七年(池田)]。なぜ、この年になって突然、彼らが"群"として"全員集合!"したのか。それには、いくつもの輻輳した要因があるのだろうが、私には、六八〜六九年という時代の雰囲気がある作用をした、と思われる。わずか五、六年前をさして、「時代の雰囲気」といぅのは大仰が過ぎるが、この"時代"はいうまでもなく"全共斗"の時代である。ここでまた留保をつければ、たかだか学生サンの騒ぎで時代がどうしたのこうしたのと定めづけるのは、もちろん、思いあがったいい様であるのだが、”松竹喜劇”と”全共斗”というある意味では水と油の両者が同じ時代雰囲気の中から生まれたということは、私には見捨てがたいことに思える。事実、風俗的にいってしまえば、デモの帰りに(もちろんそのデモで何かが出来たわげではないのだが……)松竹の"馬鹿馬鹿しい"喜劇を見て"忘我の時"を過したということがいくたびかあったのだ。健さんのヤクザ映画は、たしかに昂揚させられたけれど、それはあまりにも"前衛"でありすぎた。新宿の路上をぶざまに馳けぬけて何らテメェの身体を傷つけることのなかったものが、健さんの暴力に身をまかせて「革命」をかたってしまっては、あまりにひとり勝手なナルシズムではなかったか。松竹喜劇は、二重にも二一重にも屈折していた。まず第一に、それはすこしも、カッコよくなかった、ナルシズムがなかった。たとえば、森崎東監督の『喜劇・女生きてます』のラスト、刑務所から出てきたチンピラ・ヤーさん橋本功が、出迎えに来た安田道代を抱こうともせず、刑務所の塀にそって歩きながら、♪たて飢えたるものよ、と"インター"の出だしをくりかえし歌い続けるシーン。迎えに来た安田道代が「学生さんが歌ってた歌ね」という……それに答えず橋本功のヤーさんが、くりかえし、♪たて飢えたる者よ…:をくりかえす。もし、彼が"インターナショナル"を最後までろうろうと歌い終えてしまったら、この作品は、最後の最後で全否定しさることも出来たかもしれない。しかし、橋本功は、最後までインターを歌わず、くりかえしくりかえし画面の前方に向ってぎて、♪たて飢えたるものよ……だけをくり返えすのである。そこには、たしかに、ぶざまなおのれがある。 "インター"を最後まで通して歌えるカッコよさとは森崎はふっきれているのである。喜劇映画で笑えるということは「幸福」なことだ。だがこの国では、喜劇にすら涙がつきまとう。
 ナンセンス、アナーキー。それらのボキャブラリーで松竹喜劇をとらえようとしたら必ず、松竹喜劇を、おくれたダメな喜劇として斥けることになるだろう。だが、それでは進んでいるとは何なのか。なるほどキートンの喜劇は素晴らしい。あの、秩序、常識、日常的感性を逆なでして、まったく異次元の空問を作りあげ、我我の常識を笑殺してしまう素晴らしさ。それは、認めよう。だが、あれはキートンの世界なのであって、このジメジメとした日本の出来ごとではないのだ。キートン的アナーキーさで日本の喜劇をウンヌンするのは決定的に間違っている。松竹喜劇が可笑しいのは、我々がキートンのようにすらなれないという、共同体にがんじがらめになったぶざまな姿を取上げているからこそなのだ。松竹喜劇のよさは、それが進んでいるからではなく、むしろおくれているからなのである。

 松竹喜劇は大作の陰に隠れて存在し続けてきた。東映やくぎ映画というもっとも情念に満ちた映画群からも遠くにあった。東映やくざ映画には、もちろん当時こちらも昂揚したけれど、あれはある意味では、イージーな作品である。見ている側の感情の高ぶりを作品世界の上に、あまりに簡単に重ね合せることが出来たから。東映やくぎ映画は一種の"ぬり絵"である。高倉健の、鶴田浩二の、そして藤純子の一挙一動に、見る側はいともたやすくおのれの”想い”を重ねあわせてしまうことが出来た。だが、松竹喜劇のあのジメジメとした体裁の悪さに、だれがおのれを重ねあわせることが出来るだろうか。今日、松竹映画がもっともラジカルであるといぅ逆説は、それらがもっとも遅れている、もっとも我々の中のジメジメした共同体的感性と地続きにある、という一点でである。東映やくざ映画、さらに最近の東映のB級アクションの数々のアナーキーさ、あるいはまた日活口マン・ポルノの、日本人の感性をむきだしにした"下品さの魅力"などに一歩も二歩も遅れた所にこそ、松竹喜劇は成立している。松竹喜劇の特色は、もっとも"遅れている"所にこそあるのである。
 瀬川昌治監督の数々の旅行シリーズ(『喜劇・婚前旅行』、『喜劇・逆転旅行』、『満願旅行』『体験旅行』などなど)、渡辺祐介監督による一連のドリフターズもの、そして野村芳太郎監督による"為五郎シリーズ。これら松竹B級プログラム・ピクチュアの世界は、決して、ハツラツとした破壊的衝動に満ちたものではない。
 むしろ、そこに、つねに家族があり夫婦があり、親子があり、四畳半があり赤ちょうちんがある。舞台もまた東京の下町、川崎など京浜工業地帯といった揚末が多い。どこを探しても真新しいものはない。しかし、くりかえしいえば、この真新しいものがないといぅことが、松竹喜劇の特色なのである。
 だがそれでいて松竹喜劇は、現在日本のさまざまな常識、日常的感牲を壊していこうとしている。その方法は必ずしもラジカルとはいえないが、"人間なんてそんなものさ""しょせん人生とはそうしたものさ"というもっともらしい常識的感性から飛びだそうとしている。瀬川昌治作品に出てくる心やさしいストリッパー(太地喜和子)、森崎作品の"新宿芸能社"に集ってくるストリッパーたち(倍賞美津子、安田道代、吉田日出子)、あるいはまた山田監督作品の"馬鹿"や野村芳太郎作品の"為五郎"たち。そのどれもが、日本的共同体から一歩ずれた"ならず者"であり"はみだし者"であり"道化"である。彼らは、自らが常識のワク内(家族、夫婦、親子、会社など) から飛びでることで逆に、今日、我々観客が、いかに常識にがんじがらめになって生きなければならないかを実に鮮明に浮きあがらせてくれる。彼らはキートン映画のヒーローのように素晴らしく異次元の空間からやってくるわげでもなく、またいわゆる人情喜劇の中に安住しているわけでもない。松竹喜劇を人情喜劇と定めづけてしまうのはたやすいことだが、それはおそらく間違いだ。もし、瀬川作品が人情喜劇として徹していれば、それはちょうどチャップリン映画の"人間とはこういうものだ"という終り方で、ひとつの「完成品」としてしあがるだろう。しかし、瀬川作品や森崎作品は、それがことごとく「成功作」ではなく、むしろ「失敗作」であるがゆえに魅力的なのであり、このジメジメとした笑いと涙の共同体・日本の中で、己れを笑える地点にまで突走ることの困難さを教えてくれるのである。

  昨年今年と、しかし、この松竹喜劇も作品数は減っているし、作品の活力も失なわれているのは事実だ。前田陽一の『三億円をつかまえろ』も以前の『喜劇・ああ軍歌』に比べるべくもないし、森崎監督もついに松竹では作品をとらずに東映で作ることになってしまった。時代自身が六八〜六九年に持っていた価値ビン乱の活力を失ないつつある反映でもあるだろう。また、"ならず者"とか"道化"とかいう価値ビン乱者が、この"抑臣的寛容"の時代にあっては、それ自身ファッションになってしまい、なんら反体制的ではなくなってしまったためだろう。だからこそ私がいまだ"もっとも遅れている"松竹喜劇に期待しているのは、それが簡単に反体制的意匠・感性をナルシズムにまぶすこともせず、どこかにある一点を突破しようと、あいもかわらずストリッパーやチンピラ(『街の灯』)、中年男(『喜劇・男の腕だめし』『三億円をつかまえろ』)といった、さえない男たち女たちを主人公にすえて、笑いと涙の弁証法をく りかえしているがゆえである。
 そう簡単に涙を流してはいけないと同様に、そうたやすくなんでも笑いの対象にしてはならないのだ。