映画 日記        池田 博明 


 
 これまでの日記(このページの下段に作品名)

2008年11月〜12月に見た 外 国 映 画 (洋画)
見た日と媒体 作  品        感  想     (池田博明)
2008年12月25日

DVD
ふしぎの国のアリス

USA
1951年[日本公開は1953年)
75分
 ディズニー製作の長篇アニメーション。別冊宝島1470号名作アニメで英会話の付録DVDを見ました。実は既にVHSのセルビデオを持っていたのですが、見ていませんでした。前年1950年の長篇は『シンデレラ』。
 論理を超えた会話をするアリスの冒険やシニカルなカキの物語、マッド帽子屋のキ印のお茶会、「おめでとう誕生日でない日の歌」の荒唐無稽ぶりは、アメリカ的というよりも基本はイギリス的な世界のようです。けれどもMGMミュージカル風の演出やスラップスティック風なギャグはアメリカ的。ハートの女王は『鏡の国のアリス』の赤の女王との合体したイメージで、「すべての道はわたしの道 All ways here are my ways」と宣言し、「首をはねろ Off with his head」が口癖の独裁者。

     映画川柳 「《アリスは言う》 ナンセンス ありえないことが 普通なの」飛蜘

【参考ウェブ】 1903年の8分少しの 『ふしぎの国アリス』(著作権が失効していて複写自由)。フィルムの保存状態が悪いですが、アリスが小型化したり巨大化したりするトリック撮影が見られます。トランプの兵隊は仮装した子供たちのパレードになっている素朴な作品です。それから50年後にディズニーのアニメは作られました。そしてさらに50余年を経てテイム・バートン監督のアリスも」2010年公開予定で進んでいるようです。
 大久保ゆう(早稲田大学)のBaker Street Bakeryの「青空活動写真館」では大久保さんが字幕を付けた著作権が失効した映画が閲覧できます。メリエスの古典や、最古の『オズの魔法使い』、キャプラの『素晴らしき哉、人生!』、ムルナウの『吸血鬼ノスフェラトゥ』等も見ることができます。
2008年12月21日

DVD
ウィズ

USA
1979年
134分
 「オズの魔法使い」を1974年にミュージカル化したブロードウェイの舞台を映画化。シドニー・ルメット監督。もともとジュディ・ガーランドの『オズの魔法使い』もミュージカルだったのに、それをまた別のミュージカルにしてしまうなんて、アメリカ人はよほどこの「オズの魔法使い」が好きらしいですね。24歳の家政婦ドロシーにダイアナ・ロス、かかしにマイケル・ジョンソンといった豪華キャストですが、あまりインパクトのある歌はありません。特撮でなく、広いフロアでの多勢のダンス・シーンや、セットを実際に動かして行った舞台装置を街中に実現してしまった場面がすごいのですが。

     映画川柳 「切れ端の 名言を読む かかし君」飛蜘  
 
2008年12月20日

ビデオ
オズ

USA
1985年

109分
 原題は「Return To OZ(オズを戻せ)」。ディズニー・プロダクション製作ですが、お子様向けの領域を逸脱した異世界を造形した傑作です。なんと日本ではビデオも入手不能で、DVD化もされていない。探して購入した中古ビデオは1999年の輸入盤で、ドロシーを演じたファイルーザ・バルクの思い出インタビューを収録しています。篇中のノーム王のクレイメーションを担当したのは前年『マーク・トゥエインの大冒険』を完成させたウィル・ビントン。監督はウォルター・マーチ、製作総指揮は『アメリカン・グラフィティ』『スター・ウォーズ』『ダーククリスタル』のゲイリー・カーツ、脚本はウォルター・マーチとギル・デニス、 製作ポール・マスランスキー、撮影デイビッド・ワトキン、編集レスリー・ホッジソン、特殊効果イアン・ウィングローブ、視覚効果ゾーラン・ペリシック。デイビッド・シャイアの音楽はカバレフスキーの『道化師』風のところがあります。オズ
 原作は「オズの魔法使い」の続編の二作、「オズの虹の国」と「オズのオズマ姫」をアレンジしたストーリー。原作「オズの虹の国」に、ドロシーは登場しない。
 オズの国から帰還したドロシー(ファイルーザ・バルク。『オズの魔法使』のジュディ・ガーランドの面影を残す少女が選ばれたようだ)は、オズの国での体験を妄想と思うヘンリーおじさん(マット・クラーク)とエムおばさん(パイパー・ローリー)に心配され、電気療法を受けさせようと病院に連れて行かれます。ウーレイ医師(ニコール・ウイリアムソン)と看護婦(ジェーン・マーシュ)の診断で入院させられ、治療を受けさせられようとした時に暴風雨で停電、見知らぬ少女(エマ・リドレー)に拘禁を解かれ病院を脱出しますが、濁流に飲まれ、ドロシーが目を覚ますと、めんどりのビリーナ(声はデニス・ブライヤー)とともに、オズの国に戻っていました。再訪したエメラルド・シティは廃墟となっていました。オズの国の人々やブリキ男、ライオンは石と化しています。首の取れた踊る女たちの像もあります。エメラルド・シティの征服者、ノーム王(ウィリアムソン二役)の配下ホイーラーズ(車輪人間.ボンズ・マールら)に襲われますが、家で拾った鍵で城内へ逃げ込み、さらに中で出会った《オズの国の軍隊》のぜんまい仕掛けのロボット、ティック・トック(マイケル・サンディン。着ぐるみで中からも動かす仕掛けになっていた)に助けられて、宮殿に入ります。そこでノーム王の配下・悪の権化のモンビ王女(ジーン・マーシュ二役)と出会います。王女は気分に応じて、首を取り替えています。石の女像に首がなかったわけが分かりました。ドロシーの首も欲しがるモンビの手で、ドロシーは城の塔に閉じ込められますが、そこでカボチャ頭のジャック(ブライアン・ヘンソン)と出会います。ジャクの細い腕で扉を開き、外へ出たドロシーは寝ている首のない王女の手首から首ケースの鍵を盗み、ケース内から「Powder of Life」を奪います。王女が起きて首をセットし、追いかけて来ます。生命の粉をソリに仕掛けた剥製のトナカイの首やシュロの羽根にかけますが動きません。呪文が必要なのです。粉の瓶のラベルに記した言葉を唱えるとソリには生命が与えられ、空飛ぶソリに変化します。
 魔法を解くにはドロシーが手を置いて「Eearth!」という呪文を唱えることでできます。ノーム大王とも対決するドロシー。ジャックを食べようとして毒の粒を飲み込んでしまい、大王が崩壊すると、魔法が解けて人々は石から解放されます。歓呼の声から目覚めると、ドロシーは河辺に横たわっていました。すべては夢だったのでしょうか。嵐の日に自分を追跡した看護婦は檻の中に入れられて連行されていきます。

     映画川柳 「目の前の 難局に負けず 戦う娘」飛蜘   
2008年12月19日

DVD
マーク・トゥエインの大冒険

USA
1984年
87分
 粘土を用いたクレイ(泥岩)メーションで人物はもちろん、空や海まですべてをアニメートした驚異の作品。現代だったらコンピュータ・グラフィックを利用してしまうところですが、この当時はCG技法が未発達だったために、途方もない手数と4年の歳月をかけて製作されました。
 トムとハックとベッキーが狂言回しとなって、マーク・トゥエインの作品世界『キャラベラス郡の飛び蛙』『アダムとイヴの日記』『不思議な少年』『トゥエインのノートブック』『ストームフィールド船長』等がアニメートされます。このトゥエイン原作のアニメ化が見事です。蛙のいかにもありそうであり得ない造形、アダムとイヴのとぼけた関係の造形、不思議な少年の非現実的な仮面による造形と批評意識にあふれています。
 ウイル・ビントンはクレイメーションが評価されて、この作品の後では会社が大きくなったために、管理的な仕事が中心になってしまい、アーティストとしての創造的な仕事ができなくなってしまった、この作品ではスタッフがいろんな仕事、キャラクター作り、背景作り、装置作りなどを掛け持ちして、みんなでワイワイ作っていって、とても楽しかったと証言していました。DVDの特典にある2004年6月にウイルにインタビューする奥平謙二氏の執拗な質問が素晴らしい。
 マーク・トゥエインのような作家はもういないとウィルは言っていますが、マーク・トゥエインの後継者としては、ヴォネガットがいました。ヴォネガットも晩年、繰り返し、個人が頑張れば社会がよくなるという考えは途方もないデタラメだと言っていましたね。もちろんヴォネガットの真意は、世の中、金がすべてだという社会の隠されたルールを否定しているのです。

      映画川柳 「彗星と ともに生まれて ともに消え」飛蜘
2008年12月19日

DVD
フリークス

USA
1932年
 トッド・ブラウニング監督の怪作。実在の畸形人間たちを集めて撮影した映画です。この映画は映画館で楽しむというような映画ではありません。社会史や文化史の研究者が見る映画です。見る人の偏見を浮き彫りにすること、それが目的の映画といえるかもしれません。必ずしも実際の畸形人間を出演させずに、特殊撮影でも物語は成り立ちます。けれども、あえて全国からフリークスを集めたその意図は「これでも人間だ!」という作者=監督の強い主張によるものでしょう。「目を閉じないでよく見て欲しい。これが現実だ」と作者は主張しているのです。
フリークス  サーカスには多くのフリークス(畸形人間たち)が働いてます。ドワーフ(小人)のハンス(ハリー・アールズ)はサーカス一の美女クレオパトラ(オルガ・バラクノヴァ)に魅かれていました。彼にはドワーフのフリーダ(デイジー・アールズ)という婚約者がいたのですが。クレオの方はマッチョマンのヘラクレス(ヘンリー・ヴィクター)といい仲で、ハンスとは本気ではなく悪戯でもてあそんでいるだけでした。ヘラクレスの粗暴さに愛想をつかしたビーナス(リーラ・ハイアムズ)はピエロのフロゾ(ウォレス・フォード)の率直さに魅かれていきます。フリークスには半男半女やヒゲ女、シャム双生児(バイオレットとディジーのヒルトン姉妹)、両腕両脚を欠く男や腕を欠く女などがいます。
 クレオはハンスの遺産を目当てに結婚しますが、結婚披露パーティで、フリークスたちにこれであなたも自分たちの仲間と言わたことに腹を立てて、「一緒にしないでくれ」とホンネをもらしてしまいます。これで目覚めたハンスはクレオに毒を飲まされていたことに気が付きます。いったんは毒に倒れたハンスでしたが、クレオが薬と偽って飲ませる毒の正体を暴くと、仲間たちが彼女に復讐を迫って接近していくのでした。嵐の夜のことです。映画の冒頭にサーカスで見世物になっている彼女のフリーク姿がほのめかされますが、画面には出てきません。手足をもがれ、ガチョウの体になった姿が画面に出てくるのは最後です。ところで、ヘラクレスも陰謀に気付いたビーナスを襲おうとしてフロゾに阻まれ、フリークスたちに復讐されます。
 数ヶ月後、失意のハンスを慰めるフリーダの姿がありました。

     映画川柳 「見世物を きわだたせるのは フリークス」飛蜘

【参考ウェブページ】幸田幸  映画の森てんこ盛り フリークス デジタル・リマスター版
2008年12月19日

DVD
カリガリ博士

ドイツ
1920年
(日本1921年)

 別冊宝島1577『ホラー映画の世紀』の付録に『カリガリ博士』『フリークス』のDVDが付きました。『カリガリ博士』はジークフリート・クラカウアーのドイツ映画史『カリガリからヒットラーへ』で分析された著名な映画。監督ロベルト・ウィーネ、脚本ハンス・ヤノヴィッツ、カール・マイヤー。第一次世界大戦の直後に製作されました。ドイツ人たちは表現主義の美術によって大当たりした映画のプロバガンダ手法を使って一斉にカリガリ化していったのです。
カリガリ博士 精神病院の中で青年フランシスは恐ろしい体験談を語り始めます。興行師カリガリ博士によって目覚めさせられた夢遊病者のチェザーレはフランシスの友人アランに「夜明けまでに死ぬ」と予言します。真夜中、アランの寝床に不気味な影が近づき、アランは殺害されます。チェザーレを不審に思ったフランシスはカリガリ博士のもとに行き捜査しますが、ちょうど別の場所で真犯人が見つかったとの報告が入って、チェザーレへの疑惑は晴れます。けれども犯人は自分が犯したのは直近の事件だけと自白していました。
 フランシスの恋した娘がチェザーレに襲われます。人々が追い、娘が逃げた後、チェザーレは川の傍で生き絶えます。フランシスが夢遊病者が入る病院を調査すると、そこの院長がカリガリ博士でした。医師たちとともにカリガリ博士の記録を読むと、夢遊病者チェザーレを利用して900年前と同様のマインドコントロールの実験を行っていたことが分かります。カリガリ博士を糾弾するフランシス。
 しかし、精神病院でフランシスこそが異常者であることが示されます。院長につかみかかるフランシスは取り押さえられて拘禁衣にくるまれてしまいます。彼の恋人も患者でした。

     映画川柳 「ゆがむ窓 ゆがむ心を のぞき見る」飛蜘

【参考ウェブページ】松岡正剛の千夜千冊 カリガリからヒットラーへ  
2008年12月17日

ビデオ
フェイズIV 驚異の戦慄!昆虫パニック

イギリス
1974年
84分
 ソウル・バスの長篇第一作。蟻の行動を撮影・編集して「演技させる」技術で驚かされます。生物学的にはあり得ない変異の早さです。
 肉食昆虫が絶滅してアリが増殖、放棄された町に生物学研究者のハッブス博士(ナイジェル・ダベンポート)とゲーム理論に詳しいジェームズ・レスコ助手(マイケル・マーフィ)がやって来ます。廃墟と化した町に惑星探査室のようなドーム型の白い研究所。アリの様子を研究するものの最初は兆候をつかめません。避難せずに残っていた家族に避難勧告をします。博士のナレーションが日記になります。
 数日後にフェイズIIに入り、首の曲がった柱のようなアリ塚を爆破します。アリに襲撃された家族が周囲に火をはなって逃げ出しますすが、途中で身体についたアリをふり払おうとして事故を起こしてしまいます。助手はアリの出す音と行動を解析し、アリの「言葉」を解読しようとします。博士は襲撃するアリに殺虫剤イエローを散布します。
 翌朝(土曜)、イエローが逃げる途中だった家族を巻き添えにしてしまったことに気が付きます。娘ケンドラ(リン・フレデリック)は地下穴に逃げ込んで無事でした。人の死を冷淡に見る博士に助手は怒りを露わにします。行動実験中のアリを怒りにかられて少女は叩きます。その拍子に博士はアリに腕をかまれてしまいました。
 イエローで麻痺していたアリは徐々に動きを復活させていきます。遂に女王アリが黄色の卵を産みました。耐性を獲得したようです。
 月曜日、簡単な言葉が解析できました。アリは研究施設をアリ塚で被ってしまいました。次第に施設内部の温度が高まり、このままでは機械が作動しなくなり、人も死んでしまいます。博士はアリに攻撃させて反撃することにより人間の凄さを思い知らせるつもりです。助手がアリの反射した音を選んで返すと施設を被っていた塚が自爆。アリによる機械の故障が起き、一匹が天敵のカマキリに襲撃されても別の個体がカマキリを襲います。アリは人の長所や短所のすべてを知って行動しているようです。博士は熱にうかされてきています。助手はアリにメッセージを送る試みをしています。
 フェイズIIIに入ります。花を閉じるツユクサ。博士は女王アリを殺せば勝てると提案します。マウスさえみるみる骨にするアリたち。送ったメッセージにアリから返事が来ます。大きな円の中に小さなマル、この記号の意味は? 助手は大きな円は施設で小さなマルはアリが求める人間だという解釈をします。話を聞いた少女はアリが求めている生贄は自分だと判断、ハダシのまま、「巡礼となる旅」へと外へ出ます。博士と助手は少女が出たことに気が付きません。
 博士は外に出来たアリ塚のなかに女王がいると言い出し、外へ出ます。落とし穴に落ちて、そこへ群がるアリたち。金属服を着て殺虫剤ブルーを散布する助手ジム。女王を探します。やっと女王の巣を発見したと思って接近すると砂のなかから人の手が出現。少女ケンドラです。ジムは彼女の虜となり・・・・二人は改造され彼等の仲間になりました。アリの目的はわかりませんが、やがて人類に知らされるときが来るでしょう。次第に太陽が昇り、フェイズIVに入るところでエンド。

      映画川柳 「耐性アリ 数日もかけず 出現し」飛蜘
2008年12月16日

ビデオ
マペットめざせブロードウェイ!

USA
1984年
95分
 藤田真男氏いわく、“人間以上に表情豊かな人形(マペット)と驚異的な特撮を駆使したミュージカル・コメデイの大傑作!『セサミ・ストリート』の生みの親ジム・ヘンソンと『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』でヨーダを動かしたフランク・オズがコンビを組み、TVやSFではできないハイブロウで楽しい作品に仕上げている。・・・マペット第三作はミュージカルのバックステージもので、「踊る大紐育」のようにニューヨーク・ロケを敢行。人間にまじって街の中を右往左往する人形たちの名演技は、どんなコメディアンもかなわない。ゲストはライザ・ミネリ、ブルック・シールズ他、三作とも未公開だが、古き良きMGMミュージカル・ファンなら必見!”。中古ビデオはセリフ吹替え版。
 カエルのカーミットはミュージカル「マンハッタン・メロディー」の脚本・演出・主演を担当、めでたく大学を卒業したマペット仲間と一緒にニューヨークに出てきて自分たちの作品を売り込もうとするのですが、無名のマペットの作品を買ってくれるところもなく、いったんグループは解散、恋人のブタのピギーはカーミットの働く食堂の娘ジェニーに嫉妬。ひと騒動が起こる。
 著名なプロデューサー、クロフォードの息子が動物たちのミュージカルに興味を持ち、ワン・チャンスに賭けるという。有頂天になったカーミットは信号無視して交差点で車にはねられて、記憶を喪失してしまう。二週間後に初日と呼び集められたみんなは手分けしてカーミットを探す。みんなが石鹸会社に拾われたカーミットと食堂で再開できたのはもう初日の開幕直前、なかなか記憶を取り戻さず、ブタと結婚して子供を産むという話を笑い飛ばすカーミットに怒ったピギーが殴り飛ばすと、そのショックで記憶が蘇った。脚本に何かが足りないと言っていたカーミット、不足していた要素は舞台をみんなで見るのではなく、作品に“みんなが参加して楽しむ”ことだったと気付く。いつのまにか舞台がほんもののカーミットとピギーの結婚式になる。

      映画川柳 「隔てなし ブタもカエルも 人間も」飛蜘
2008年12月16日

ビデオ
オー!ゴッド

USA
1977年
99分
 カール・ライナー監督のコメディ。立川談志『談志映画噺』(朝日新書)で推薦されていた1本です。中古ビデオで入手できました。神はいると信ずる人のところにいるというシンプルで力強いメッセージをもった作品。カントリー・アンド・ウェスタンの歌手ジョン・デンバーが主演、奥さん役のテリー・ガーが色っぽい。神様役はジョージ・バーンズ。
オーゴッド  ある日、突然神様が自分にコンタクトを取ってきて、野球帽に気のよさそうなお爺さんの姿をして自分の前に現れたとしたら、そして、神はいるというメッセージをみんなに伝えてくれと頼まれたら、と考えると、困ってしまいますね。どうしたってキチガイ扱いされてしまいます。この映画のジョン・デンバー演ずるジュリーも売り場主任を勤めていたスーパーを解雇されてしまいます。
 神様はあまり全能ぶりを発揮しませんし、奇跡を起こすわけでもありません。せいぜいジュリーの車内で雨を降らす程度です。姿を現した目的も、困難を克服する能力は人間にあるのだから、目的に向って協力していくことが大事だというメッセージを送ることだったりします。
 ジュリーの証言の信憑性を検証するために神にしか答えられないという50の質問が用意されますが、その質問に丁寧に答えてくれた神様は、激しく反発する新興宗教の教祖に解答用紙を渡して、君の言う神の言葉はニセモノだと言ってやれと指示します。信者への講演会の席上で神の言葉を伝えると、会場は混乱、教祖から名誉毀損でジュリーは訴えられます。裁判の席上、ジュリーは被告側の証人として神様を指名します。法廷のひとびとはあきれますが、神様はその姿を現してくれました。宣誓の後、裁判長にカードを示したり、足音だけを遺して消えてみせたりします。ところが、裁判所の記録には最初の宣誓の声しか残っていませんでした。速記したはずの証言記録にも何も記されていなかったのです。ただ現場にいた人たちだけの記憶に神様の声と姿は残されているのですが。裁判長は神様は確かにいたと判断して、ジュリーを無罪放免します。しかし、職場の解雇は取消されませんでした。神様は最後に彼に別れを告げるために出現します。これは三部作の第一部。
      映画川柳 「神がいる 信ずる夫を 信ずる妻」飛蜘
2008年12月13日

ビデオ
ザ・ベスト・オブ・ジョン・ベルーシ

USA
2007年
78分
 サタデー・ナイト・ライブ(SNL)でジョン・ベルーシが見せた笑いを集めた一篇。1995年ビデオテープは60分でしたが、2007年DVDは78分なので内容が増補されたのかもしれません。
 ジョン・ベルーシは小田原日活館の最終興行で『アニマル・ハウス』を見て感心して以来の注目コメディアンで、『1941』や『ブルース・ブラザーズ』では期待にたがわぬ活躍だったのですが、薬物中毒で早死にしてしまいました。この映像にはベルーシの強烈な個性が記録されています。藤田真男氏の評によれば、“漫画の世界から飛び出してきたような非現実的なキャラクター”。
ベルーシ デリカテッセン わけのわからない言葉を連発し刀でパンを切ったり肉を切ったりする「サムライ・デリカテッセン」、「チョコのCM」のパロディ、マーロン・ブランドの真似の「ゴッドファーザー」、パンを喉に引っ掛けてむせかえる「ダイエット中のエリザベス・テーラー」、TV番組打ち切りの通達を受容できずに空想の世界にいる「スタートレックの船長」、「スーパーマン」やヒ−ローたちのパーティでのハルクの真似、「ブルース・ブラザーズ」、トラボルタの「サムライ・ナイト・フィーバー」のパロディなど。コメントがエスカレートして激昂、卒倒するオチのコメンテーターがベルーシのいちばんの特徴のような気がします。ただし、時がたってギャグの元ネタが分かりにくくなっていますし、芸能ネタはその当時は権威あるものだったとしても、セピア色の過去の歴史となってしまうと哀しい感じがします。

     映画川柳 「跳びはねる  吠える 噛み付く 怖気なし」飛蜘

【参考】パロディとパスティッシュの違い  四方田犬彦
 パスティッシュというのは、先行する作品の偉大さをあらかじめ受け入れた上で、それに追随する形で制作をしたり、そのモードを別の文脈のなかで読み替えて新しい形で提示することだ。よく言えばモダニズムの終焉を告げる現象だが、悪くいえば紛い物であり、先行作品の権能に寄生しているといえなくもない。その背後に控えているのは、すべての記号がシミュレーション化してしまう現在の消費社会だよ。しかしパロディはあきらかに違う。それは先行する作品を、より高次な地点から批評し、その厳粛な制度的権威をあざ笑ったり、枠組みの根拠を崩してしまったりすることだ。だからもちろん危険なことであり、しばしば原作者の怒りを買ったり、政治的・道徳的に非難されることだってある。簡単に言ってパロディとパスティッシュを隔てるのは、悪意の有無だろう。 (『人間を守る読書』文春新書 p.165より)
2008年12月12日

DVD
ミニミニ大作戦

英国
1969年
99分 
 ピーター・コリンソン監督の第4作目にして傑作。原題は「The Italian Job」。イタリアに運びこまれた金塊をトリノで渋滞を起こして強奪する計画を建てた英国の泥棒集団にイタリアのマフィアがからみ、ノリのいい音楽をバックにミニ・クーパーが走り回る快作。
 マイケル・ケイン出演作品には奇妙な味のある作品が多いのですが、これも製作者のマイケル・デーリィは「つかみどころのない、いかがわしい男なのに、にくめない犯罪者」というキャラクターにぴったりと評価。ケイン扮するチャーリーがホテルに着くと愛人が美女を十人ほども出所祝いよと言って用意してくれています。愛人が「どの娘がお好み?」と尋ねるとlケインの答えは「みんな Everything」。翌朝ゲッソリして部屋を出てくるケイン。こんな演技をしても憎まれないのは彼だけでしょう。
 刑務所内のリーダーを演ずるのはこれが遺作となった英国の名優ノエル・カワード。デーリィいわく「彼は自分を面白がっていた。少しも尊大ではないんだ」。
 製作者はヨーロッパでも儲けようと考えたそうですが、さすがにイタリアではこの作品は受けなかったそうです。これだけイタリア警察やマフィアを馬鹿にしていては、ね。スペシャル・エディションには特典満載で、この映画のメイキング本を出したマシュー・フィールドの端役のひとりひとりまで調べた執念が感じられる内容になっています。
 製作者デーリィは、刑務所内からイタリアへの場面転換の鮮やかさを指摘されて、結婚式からベトナムの戦場への場面転換が効果的だった昔の映画を思い出した(『ディア・ハンター』のこと)と言っています。マシューはデーリィが製作したベスト3を60年代の本作、70年代の『ディア・ハンター』、90年代の『ブレードランナー』としています。
 両親の離婚で施設にいた少年ピーター・コリンソンの後見人になってくれたのが、ノエル・カワードでした。劇場の仕事も世話してくれたそうです。コリンソンはこの作品の陰の主役にカワードを推薦し交渉し、快くOKをもらったそうです。カワード演ずるブリッグスは独房に女王陛下の写真を貼っていますが、当時はイギリスの犯罪者は王室支持派だと言われていたということから来ているそうです。
 盗みの予行演習で輸送車を爆薬でこっぱ微塵にした後、ケインが「爆破するのはドアだけだぞ You're only supposed to blow the bloody doors off」というセリフが最も有名。

    映画川柳 「ガケっぷち 名案がある 聞いてみて」飛蜘
 
2008年12月11日

ビデオ
ザ・ラットルズ

英国
1978年

72分
ザ・ラットルズ イギリスのギャグ番組モンティ・パイソンのエリック・アイドルが監督・脚本・主演したビートルズの歴史と歌のパロディ版。原題は「All You Need Is Cash」ですが、1992年発売の日本ビデオ版は「The Rutles」。いろいろな題名のビデオがありますが内容は同じです。エリック・アイドルはポール役とTVキャスター役。
 歌もそれらしい替え歌(音楽はジョン・レノン役のニール・イネス。グラミー賞コメディ音楽部門にノミネートされた)で、「レット・イット・ビー」等のドキュメンタリー映像までパロディ版を作ってしまう徹底ぶりです。RutはRatに通ずというわけでデビューの頃の演奏場を模したロケではネズミがたくさん出演しています。
 「HELP!」が「OUTI!」に「マジカル・ミステリー・ツアー」が「マジカル・ヒストリー・ツアー」に、「イエロー・サブマリン」が「チーズ・アンド・オニオンズ」になってしまうおかしさは奇っ怪でさえあります。ここまでパロディにするのは、オリジナルがどんな傑作であっても、それと類似のコピーが作れてしまうのだという強力な批評精神の賜物という気がします。ザ・ラットルズ
 そして、どんな感動も演出の結果ですね。報道映像のなかのビートルズの発言もパロディになっていて、すべてが作られたものという冷めた批評精神が感じられます。恐るべしモンティ・パイソン。
 『珍作ビデオのたのしみ』(青弓社,1989年)で、藤田真男氏が推薦していたビデオを探して、入手できるものなら入手して、見ていますが、さすがにこの作品は大傑作。

   映画川柳 「ラットルズ ズラして称えて ビートルズ」飛蜘 

【Wikipediaからラトルズについて】ラットルズのキャストはロン役がニール・イネス=ジョン・レノンの模写、ダーク役エリック・アイドル=ポール・マッカートニー、スティッグ役リッキー・ファター=ジョージ・ハリスン、バリー役ジョン・ハルシー=リンゴ・スター。日本放映は東京12チャンネルで1978年11月3日(金) 23時10分 - 0時35分に吹き替え『オール・ユー・ニード・イズ・キャッシュ〜金こそすべて(四人もアイドル)』として放送。
 ローリング・ストーンズのミック・ジャガーやサイモン&ガーファンクルのポール・サイモンが出演するラトルズについてのパロディ・インタビューやパンク少年役のロン・ウッド、そしてパロディの対象で当事者でもあるビートルズのジョージ・ハリスン本人もテレビ・レポーター役で登場する。
 他にもジョン・ベルーシやダン・エイクロイド、ビル・マレーなどが出演。
 2002年本作に新作インタビュー等が付加された"RUTLES 2" が制作された。日本未発売。
2008年11月27日

録画
カリフォルニア・ドールス
U.S.A
MGM
1981年

112分
カリフォルニア・ドールス CSのスターチャンネルでビデオもDVDも出ていないロバート・アルドリッチの最後の作品『・・・・All The Marbles』が放映されました。急遽、CSを契約し、予約でなんとか11月6日0:30からの放送を録画できました。日本公開時に見ていますが、アルドリッチの男性アクションばかりになじんできた私は完全にこの作品の真価を見誤っていました。最初に見たときは、なんだかしみじみとしたロードムーヴィだなあと思ってしまったのです。このたび再見して、アルドリッチ映画の心意気(スピリット)に、侠気(ガッツ)に、胸が熱くなりました。
 当初は、女子プロレスラーを主役にしたキワ物と思ってしまいましたが、それも見るほうの偏見でした。スポーツとして、アメリカン・フットボールが王道で(『ロンゲスト・ヤード』)、女子プロレスが邪道(『カリフォルニア・ドールス』)なんて、言えませんよね。また、公開当時、邦題が安直だと思ったものですが、再見時にはリングサイドの観客と一緒にドールス・コールをしている自分に気が付くと、悪くない題名だと思わされました。
ミミ萩原、フォーク、ジャンボ堀 黒髪のアイリス(ヴィッキー・フレデリック)と金髪のモリー(ローレン・ランドン)の女子プロレスラーをマネージしているハリー(ピーター・フォーク)は、日本人レスラーとの試合(ミミ萩原とジャンボ堀)の報酬が20ドル少ないことについて、興行師のエデイー(バート・ヤング)に抗議します。エディーはタオル代を差し引いたんだと主張し、文句があるなら次の面倒は見ないと脅します。そこで、頭を下げるハリーではありません。じゃあ、おさらばだと立ち去りますが、帰り際に外に駐車してあったエディーのメルセデスをバットでぶち壊します。理由はわからないながらもあきれる二人。日本人レスラーとの対戦から、ミミ萩原の回転エビ固め(ローリング・クラッチ・ホールド)という新しい技を盗みます。ラストのクライマックスで使われる技です。
 ポンコツの車キャデラックのステレオでイタリア・オペラの「女心の歌」や『道化師』のアリアを聞いているハリーの格言は「正式はとかく物入り」、つまり金が無い者の強がりです。もうちょっとましなものが食べたいというアイリスに、ハンバーガーだってうまいものもあるという始末。
トレドの虎 チャンピオン「トレドの虎」(ウーサライン・ブライアント・キングとトレイシー・リード)と彼女らのホームタウンで闘って、二人は勝ってしまいますが、打ち合わせでは勝つはずはなかったのです。しかし、勝負は勝負、ハリーはそんな打ち合わせは無視してしまいました。虎のコーチ、スタンリー(ジョン・ハンコック)は黒人チームしか面倒をみない一流、雪辱を期します。
 街から街へと移動しながらの巡業試合のなかには、リングもなく、カーニバルのテントで、泥のなかでその街のチャンピオンたちと戦うという惨めなショーもありました。泥だらけでブラジャーも外れてしまい、笑われる屈辱的な試合です。アイリスは怒りますが、ハリーは試合の内容を知らなかったと謝ります。一晩500ドルになるので、興行のステータスを上げるために、引き受けざるを得ないのです。
 旅先でレスリング誌に自分たちがNo.3にランクされていることを知って、三人は大喜び。ハリーは、No.1ランクのトレドの虎との試合を女興行師ソリー(クローデット・ネヴィンズ)に申し入れます。ソリーはノンタイトル戦ながら、シカゴで“トレドの虎”と闘う試合を用意します。最初はドールスの優勢でしたが、後半は相手の反則技に負けて、悔しい思いをします。しかし、この試合を見ていたソリーは次の興行をなんと、あのエディに一任します。
 エディはネバダ州のリノでビッグ・ママの試合の前座として虎との雪辱タイトル戦をエサにアイリスを誘惑します。アイリスは自分の判断でエデイと一夜を共にし、朝帰りのところをハリーに殴られます。アイリスはハリーを殴り返し、泣きます。
 リノに向う前日、ハリーはモリーに借りた800ドルを使ってカジノでサイコロ博打。ハリーがダイスを転がすと決まって出るのは2・4の6の目。儲けたハリーが切り上げて外へ出ると、用心棒が後を付けて来ていました。そんなことはお見通しのハリー、二人をバットで殴って反対に彼らの持っている金を奪います。
 リノのMGMホテルに宿泊することになる三人。巨大な電光掲示板にカリフォルニア・ドールスの名前が出ています。スロット・マシンをやると、大当たり!しかし、ハリーは「ツキには波がある。当てたらそこで止めるんだ」と助言。モリーはこの二日間、薬を止めていました。この試合に賭ける意気込みが感じられます。興行師のエディはアイリスに再び関係を迫りますが、アイリスはあれはビジネス、悪い思いはしなかったはずと誘いを断ります。怒ったエディはハリーにタイガース(虎)の勝ちに千ドルを賭けると持ちかけ、ハリーは受けますがあいにく900ドルしか持ち合わせが無い。エディはそれなら900でいいと二人の間の掛け金は900ドル、支払いは勝負の後で。試合を前にハリーはビッグ・ママのポスターをドールスのものに差し替え、オルガン奏者を買収、子供たちをにわかドールス応援団に仕立て、応援歌を教えます。「All The Marbles (字幕は「勝負を決するときだ」)」とハリー。
鳥の衣装のドールス いよいよ試合の時間です。最初に入場したのは虎の二人。続いてドールスの入場、アナウンサーがコールしますが、ドールスは現れません。子供たちのドールス・コールが引き金になって、観客もコールを繰り返します。観客をわざとじらして、やっと現れたドールスはギンギラの鳥の衣装。あっけに取られた観客は一気にドールスに魅了されてしまいます。
 さて、30分の試合時間。最初はドールスが優勢でした。子供たちは「偉大なドールス、君らは僕らの生きる夢」と歌います。
カリフォルニア・ドールス しかし、レフェリー(リチャード・ジェッケル)がエディに買収されていました。押さえ込んだドールスのカウントを「ワン、ツー」と数えながら、途中で止めて他の選手を注意に行ったりと、かなり露骨なインチキ。虎のコーチ、スタンリーもあきれてしまいます。ズルズルと試合が進んで残り時間が少なくなります。引き分けならチャンピオンの防衛成功、つまりドールスの負けです。リング外の乱闘あり、反則有りの荒れた試合になってきます。レフェリーにも蹴りが入って滅茶苦茶。観客は熱狂。
 残り時間、あと1分。双方死力を尽くして限界寸前、ドールスの二人はそろって回転エビ固めを決めます。完全な決めワザで、レフェリーもカウントせざるを得ません。とうとうドールスの勝利。観衆も熱狂するなか、カリフォルニア讃歌が歌われます。スタンリーは「前のチャンピオンらしくしろ」と虎に指示、虎の二人はドールスに握手を求め、「おめでとう congratulation」を言います。夢がかなったチームに対して、いつまでも観衆の拍手と歓声が、なりやみませんでした。
 製作はアルドリッチの息子のウィリアム・アルドリッチ。脚本はメル・フローマン。撮影のバイロックにしろ、音楽のデ・ヴォールにしろ、アルドリッチ常連のスタッフです。『ハッスル』や『フリスコ・キッド』がアルドリッチの遺作でなくて本当に良かったと思います。映画のパンフレットによると、アルドリッチは「自己への敬意を得るために戦い続ける人間たちの話だ。勝つか負けるかは問題ではない。ゲームにどれほどきびしく取り組んだかが大事なのだ」と話していたそうです。

   映画川柳 「《アイリスへハリーの頼み》 スーパーで 練り歯磨きを 買ってくれ」飛蜘  
 
 2008年12月18日の新聞に、81歳のピーター・フォークがアルツハイマー症という記事が出ていました。
2008年11月22日

DVD
ハピネット・ピクチャーズ
二人で探偵を・大使閣下の靴の謎

1983年
53分
 第6話 大使閣下の靴の謎 The Ambassador's Boots、原作は「大使の靴」。脚色・演出ポール・アネット。園遊会で駐米大使ランドルフ(T.R.マッケンナ).に会った二人は調査の依頼を受けます。翌日事務所に来た大使の話では船上で自分のバッグと議員のバッグの取り違えがあったようだが、その件を議員に話すと知らないと答えた、どうも不可解だと言うのでした。バッグの取り換えに立ち会った執事リチャーズ(クライヴ・メリゾン)にトミーが話を聞いて、浮かび上がったのはアイリーン・オハラという謎の女。具合が悪い大使の部屋で休息していたそうです。タペンスはいかにもアイリッシュ系の名前は偽名だと推理します。翌日、執事は自殺、まだ何も明らかになっていない事件の捜査が彼を追い込む原因になったようです。トミーがオハラの情報を求むと新聞広告を出すと、事務所にセシル・マーチと名乗る女性(ジェニー・リンデン)が現れます。大使の部屋を偶然のぞくと、オハラはブーツに紙を隠しており、それを水につけたら軍港の地図が浮き上がったというのです。ピストルを持ってトミーを脅す男も来ますがアルバートがカウボーイよろしくやっつけます。トミーはセシルの美容店に誘導されますが、これが何かの罠と知った彼はアルバートを通じてタペンスへ連絡。従軍看護婦の会に出ていたタペンスに伝言、特使看護婦仲間エステル(ノーマ・ウェスト)、ポピー(アリシア・ジョージ)、グゥエン(ジェィ・ロス)等はトミーの危機にそろって協力を申し出ます。共通の目的で戦う連帯感が懐かしかったのです。大使の手荷物は入関の際に検査がありません。背後には、密輸目的の組織があるようです。

     映画川柳 「すり替えの 靴と洗面具 入浴剤」飛蜘  
    
2008年11月21日

DVD
ハピネット・ピクチャーズ
二人で探偵を・サニングデールの怪事件

1983年
53分
 第5話、サニングデールの怪事件  The Sunningdale Mystery、原作は「サニングデールの謎」。製作総指揮ブライアン・バッジ、脚色ジョナサン・ヘイルズ、演出トニー・ホームンビィ。開店休業状態の事務所、トミーは未解決の事件を探ることにします。そこで注目したのがサニングデールの事件、ゴルフ場で心臓をハットピンで刺されて死んでいたセッスル大尉は、前日、ゴルフ場で謎の茶色い服の女性と会った後、プレーが荒れ、途中で止めて去ってしまったと、一緒に回ったホラビー(デニス・リル)が証言。大尉の指に残った金髪、ビタンの赤い繊維から、金髪で赤い服のドリス(エミリー・ムーア)が逮捕されていました。ドリスは映画館で大尉(エドウィン・ブラウン)とふとしたことで知り合い、家を訪問したと言う。散歩に連れ出され、17番で急に拳銃をつきつけられ心中に誘われた。あわてて逃げかえった。大尉はホラビーと共同経営の保険会社が倒産、横領の罪を着ていた。セッスル大尉の経歴や評判は申し分ないのに、この数日の行動は彼らしくないのがタペンスには引っかかります。現場のゴルフ場を調査した二人は17番ホール付近にあずまやを発見、真相を見抜きます。

     映画川柳 「被害者の ブルーコートが 目くらまし」飛蜘  
2008年11月20日

DVD
ハピネット・ピクチャーズ
二人で探偵を・赤い館の謎

1983年
53分
 第4話、The Clergyman's Daughter、原作は「牧師の娘」。製作総指揮ジョン・クレメンテイ、脚色・演出ポール・アネット。
 夕食の席、貧しかったモニカ(ジェイン・ブッカー)が叔母から相続したディーン家の赤い館ではガス灯が点滅したり、窓が突然開いたり、突然の音で二階に上がってみると、母親の部屋が荒らされて衣装が切り裂かれていたり。母親は家に不満をもらします。誰かが自分を追い出そうとしている。
 クリスマス前。トミーとタペンスの二人はツリーの飾りつけに余念がありません。モニカが事務所を訪れて、捜査を依頼します。裕福なはずの叔母には館の他に財産が無く、屋敷ではポルターガイスト現象が起きて、人に貸すこともできません。銀行からの融資も断られ、二週間後には破産。資産家のパートリッジ(ジョフリー・ドルー)に言い寄られているものの、モニカは貧しいが誠実なジェラルド(アラン・ジョーンズ)が好き。叔母が屋敷のどこかに財産を隠したのではないかと推理した二人とアルバートは、屋敷に住んで探り始めます。庭師はポテトやタマネギは埋めたが、箱を埋めたことはないと証言。叔母が遺した紙きれの中に暗号文がありました。二人の会話を盗聴して家政婦のクロケット(ダム・セント・クレメント)と甥のオニール(ディヴィッド・デルヴ)が悪事を企んでいました。
 トミーが座を外したとき、タペンスにモニカが本当のことを話す場面が最初と最後にあります。自分の恋心や自分から求婚したことを話した告白する場面で、女から申し込むのははしたないこととされていた社会情勢が分かります。開明的なタペンスは素晴らしいわと称賛します。

     映画川柳 「危機一髪 “フェアバンクス”の 一蹴りで」飛蜘 
 
2008年11月20日

DVD
ハピネット・ピクチャーズ


二人で探偵を・キングで勝負

1983年
53分
 第3話、Finessing The King、原作「キングを出し抜く」。製作総指揮コリン・モンク、脚色ジェラルド・フェイヴォリィ、演出クリストファー・ホブソン。新聞ディリー・リーダーの伝言欄に奇妙な暗号文が出た。タペンスによると、仮装で参加するチャリティー、スリー・アーツ舞踏会(=当方の手元はハート3枚)の12時(=12トリック)にバー(=スペードのエース)で何かがあるはず(=キングに策略が必要)だと読み解きます。二人はホームズとワトソンの仮装で参加。バーで隣のブースから、不可解な声が聞こえて、タペンスがのぞいてみると、女性が胸を刺されていました。彼女の最期の言葉は『ビンゴに刺された Bingo did it」。被害者はメリベール卿夫人(アニー・ランバート)で、夫(ベンジャミン・ホイットロウ)は親友で同居するビンゴ大尉(ピーター・ブライス)には殺人の動機が無いと断言します。しかし、実際にはビンゴ大尉は夫人と逢引きをしていました。暗号文もビンゴが夫人宛てに送ったものでした。けれども、ビンゴは仮装舞踏会の途中で計画は中止というメモをもらったと言います。夫人の手に残された新聞の切れ端とビンゴの仮装の破れが一致して、大尉の有罪は確実な状況になります。夫人を愛していたという大尉の告白で彼の無実を確信した二人は真犯人に迫ります。

     映画川柳 「アリスとオズ 不思議の国の コスチューム」飛蜘
2008年11月17日

DVD
ハピネット・ピクチャーズ
二人で探偵を・謎を知ってるチョコレート
英国
1983年
53分
 二人で探偵を・第二話ビデオ題名は『死をはらむ家』、原作は「死のひそむ家」The House of Lurking Death。製作総指揮ジョン・クレメンティ、製作者ジャック・ウィリアムズ、脚色ジョナザン・ヘイルズ、演出クリストファー・ホブソン。大邸宅で三人の女性、、ローガン、メアリー、ロイスが朝食を取っています。息子のデニス(マイケル・コクラン)は朝食をとらずにまず新聞の競馬欄を読むような道楽もの。この家の遺産相続人ロイス(リンゼイ・バクスター)に差出人無しで贈られてきたチョコを食べた三人は中毒症状を起こします。
 ロイスは警察に届けずに包装紙自分が落書きした印があったことから犯人は家の中の誰かと推理し、探偵局に捜査を依頼します。ロイスが亡くなると遺産を相続するのはデニスになっているそうです。
 メイドなども含めると容疑者が多く、トミーとタペンスは絞りきれません。ところが翌日、朝刊を見ると、お茶の時間にイチジク・ジャムを食べてロイスとメイドのエスター(アニタ・ドブソン)は死亡、ローガンは重態との記事が出ているではありませんか。デニスが怪しいとさっそく屋敷に駆けつけた二人はたった今、デニスも亡くなったことを知らされます。ジャムを食べなかったメアリー(ルイザ・リックス)によると、デニスはお茶の時間には家にいなくて、その後、温室に来たときには酒を飲んでいたというのです。あわててグラスを回収した二人は警察の分析に送り、毒は植物毒のリシンだと聞かされます。温室にはそのリシンを種子から抽出できるヒマが植えてありました。
 メイド頭のハナ(リズ・スミス)の室に「薬用植物学」の本が置いてあり、ローガン(ジョーン・サンダーソン)の父親がその本の著者。彼女はデニスは従兄の子供だと言います。真犯人を追い詰めるタペンスの大胆な推理。

     映画川柳 「鉄槌を 殺人者の上に ふり降ろす」飛蜘
2008年11月16日

DVD
ハピネット・ピクチャーズ
アガサ・クリスティ ミステリ劇場

二人で探偵を・桃色真珠紛失の謎

1983年
英国

53分
 クリスティー原作をLondon Weekend Televisonがテレビ化、シリーズ名はParners in Crime。製作総指揮(デザイナー)はブライアン・バッジ。製作者ジャック・ウィリアムズ、音楽ジョセフ・ホロヴィッツ、脚色ディヴィッド・バトラー、演出トニー・ホームビイ。トミーとタペンスものの第一話 The Affair of the Pinlk Pearl。原作は「桃色真珠紛失事件」。平和な毎日に退屈してタペンス(フランセス・アニス。声は田島令子)は秘密情報局時代を懐かしんでいました。トミー(ジェイムズ・ウォーウィック。声は佐々木功)はブラント国際探偵局を開設。さっそくチェリントン伯爵の甥ヴィンセント(ティム・ウッドワード)から失踪したジャネット捜索の依頼が入ります。助手を標榜するタペンスはヴィンセントに特別料金を提供し、24時間以内に解決するという約束をするので、トミーは驚きます。トミーが薬剤師ジャネットの行きそうな病院を探して無駄足をふんでいる間にタペンスはジャネトを事務所に招いていました。ジャネットはタペンスの友人で、失踪はヴィンセントの態度が煮え切らないのに業をにやしたジャネットと相談してタペンスが仕組んだ狂言だったのです。
 次にヴィンセントに探偵局の噂を聞いたというベアトリス・ブルース嬢(スザンナ・モーリイ)が来訪、客の真珠が消失したので困っている、秘密理に捜索してもらえないだろうかとの依頼です。大きなお屋敷に捜索に乗り込む二人。ブルース大佐(グラハム・クロウデン)招待客のひとりベッツの妻がネックレスにつけていた桃色真珠がテーブルから紛失。貴族のローラ夫人(ダルシー・グレィ)に盗癖があると付添のエリーズ(ウルスラ・モーハン)に聞きます。トミーはロンドンに戻ってある人物の指紋を調査します。その結果が事件を解決することになります。
 レギュラーは探偵局の受付係りのアルバート(リース・ディンズディル)とマリオット警部(アーサー・コックス)。
 タペンスはタイピングや速記、写真撮影など探偵が身につけていそうな技術はなにひとつ持っていません。彼女は人間観察と過去の事件から犯罪を推理します。頭の回転が早く、ミス・マープルに行動力を加えた分身のような人物像です。室内場面は複数のカメラでミディアムあるいはバスト・ショットで撮影し、編集で切り換えるいかにもスタジオでのセット撮影。舞台上での役者の演技合戦を見ているような印象です。60年代のアメリカ製のTVドラマにはよくありましたが、最近のTVドラマはLWTのポワロやマープルものにしても、映画的なロケ撮影が多いので安上がりの感があります。オープニング・タイトルのイラストは毎回変わります。

     映画川柳 「石鹸に 宝石隠すは いつもの手」飛蜘
2008年11月13日

グレムリン2
新・種・誕・生

1990年
USA
106分
 大ヒットした『グレムリン』の続篇を「80分から2時間の間で製作」という縛りしかなかった。それ以外はまったくの白紙。こんな好条件はめったにないということで、ジョー・ダンテ監督はじめスタッフがやりたい放題、楽しんで作ってしまった怪作。途中で画面の中央からフィルムが燃え始め、真白なスクリーンになり、『グレムリン2』が上映中止になるおまけまで付いている。おかげで興行的には最悪だったという。ワーナーのトレードマークだったバックス・バーニーのアニメで始まるオープニングから常識破り。この冒頭(と最後)のアニメの脚本・演出はチャック・ジョーンズ。グレムリンやモグワイの特殊効果を担当したのは『狼男アメリカン』のリック・ベイカー。ジェリー・ゴールドスミスの音楽が絶好調。
 前作から6年後、ところはニューヨーク。亡きウィン氏の中国骨董店は取り壊されて脱走したギズモは不動産メディア王クランプのセンター・ビルの51階、遺伝子研究所に連れて来られる。研究所の博士はクリストファー・リーが演じています。双子の研究員がいます(ドン・スタントンとダン・スタントン)。クランプ社で働いているビリーはギズモに気がつき、研究所から盗み出して、引出しに仕舞うものの、ビリーが社長(ジョン・グローヴァー)に声をかけられたため、ビリーとコネを作ろうと画策する課長のマーラ(ハヴィランド・モリス)の誘いを断れず、同社のガイドを務めるケイト(フィビー・ケイツ)にギズモを家に持って帰って欲しいと依頼します。ところが水道工事中の水がギズモにかかってモグワイが増殖してしまい、騒擾傾向の強い彼らはギズモをダクトに閉じ込め、エサを食べて個性的なグレムリンに変態します。おかげでビルの内部ではグレムリンが大あばれ。家に連れ帰ったモグワイがギズモで無かったことに気がつき、ビリーは会社に戻りますが時すでに遅し。遺伝子研究所で変異薬物を飲んだグレムリンは野菜グレムリンやコウモリ・グレムリンに変身します。料理番組ではヌードル中に潜んだり、卵をぶつけたり。噴き出した水をかぶって更に増殖。あちらこちらで騒動が起こり、ホラー番組の案内役をしていたフレッドじいや(ロバート・プロスキー)が混乱を実況中継して、騒ぎはビル外にも知られます。
 社長は世界の終末時に放送する予定の番組をビリーに見せます。ビリーは時計を4時間早め、グレムリンが夜だと勘違いして一か所に集合したところで、ビルの外側の覆い膜を外し、光を当てて全滅させる計画を提案、さっそく社長は外で準備します。前作でひどい目にあったフッターマン(ディック・ミラー)が奥さん(ジャッキー・ジョセフ)と一緒にビリーを訪ねて来ていました。フッターマンはグレムリン退治に協力します。マーラは巨大なクモの網にかかり、ケートに救出されますが、スパイダー・グレムリンに襲撃されます。『ランボー/怒りの脱出』に影響されたギズモが火矢を放ってスパイダーを燃やします。外ではいよいよ覆い幕を上げようとしたとき、雲がわいて日が陰ってしまいます。万事休す、日光を利用できなくなってしまいました。ビリーは別の手段を考えますが、この方法のこまかい理論的説明はありません。監督ダンテが、コンピュータを利用したしくみが理解できなかったので、省略したと証言していました。グレムリンはホールでミュージカルを歌い踊って、浮かれています。バスビー・バークレイ振付、ジンジャー・ロジャーズ主演のミュージカルがグレムリン風に再現されたりします。放水して体の外部を濡らしたところで電気グレムリンを転送、感電したグレムリンたちは放電発光して全滅します。
 外から救出に駆け付けた兵隊たちにはもう仕事が残っていませんでした。社長はマーラを見染め、広報部長に任命、ビリーの故郷を描いた風景画に感動して田園生活をアピールする宣伝に取りかかります。そのころ、部長のフォースター(ロバート・ピカード)はカルメン・グレムリンに求愛されていました。

     映画川柳 「吸血鬼 寺院の尖塔に 固化したり」飛蜘
2008年11月12日
 
グレムリン

1984年
USA
107分

 発明家のペルツァー(ホイト・アクストン)は息子ビリー(ザック・ギャリガン)にチャイナタウンで子どもから購入した非売品のモグワイをクリスマス・プレゼントします。光を当てると死んでしまうこと、水に濡らさないこと、真夜中過ぎにエサを与えないこと。三つの禁止事項があるのですが、うっかり水をかけてしまうとモグワイは増殖するのでした。時計を止めて時刻を偽り、ビリーをだましてエサをせしめたモグワイは繭を作り、凶悪なグレムリンに変態します。生物教師を食べ、意地悪な銀行経営夫人(ポリー・ホリディ)を脅かし、クリスマスの夜、町中を荒らしたグレムリンは映画館に大集合し、偶然『白雪姫』の第4巻を映写し見てハイホーを歌います。たった一人で五匹のグレムリンと闘ったビリーの母(フランセス・リー・マッケイン)を始め、恋人ケート(フィビー・ケィツ)と一緒にビリーはグレムリンと闘います。ガス爆発で集団を退治したビリーは強敵ストライプと対決、灯りを利用してなんとか勝利をおさめます。エサを食べずに変態しなかったギズモはチャイナ・タウンのウィン氏が取り戻しに来ました。
 脚本は『ホーム・アローン』のクリス・コロンバス、監督はジョー・ダンテ。一度映画館で見たことがあります。町中がひとりの少年のペットで目茶目茶になってしまうという不条理な物語で、しかも退治するのもその少年と恋人の二人だけ。

     映画川柳 「小悪魔よ 母よあなたは 強かった」飛蜘

2008年11月〜12月に見た 日 本 映 画 (邦画)
見た日と媒体 作 品        感  想         (池田博明)
2008年12月25日

NHK総合TV
フルスイング

NHK総合
2008年
50分×6回
 プロ野球の打撃コーチだった高畠導宏さん。還暦間近で福岡の高校の教師になりましたが、わずか1年で膵臓がんに倒れ、志半ばで逝去した新米教師「高さん」の実話のドラマ化。2008年1月19日からの土曜ドラマ全6回を12月23日から再放送。第1回は高林導宏(高橋克実)、教育実習篇。指導教諭は天童(里見浩太朗)、担任は剣道部顧問・時任あや(吹石一恵)。実習は上手くいかず、立ち往生の高林。しかし全く言葉を発しない生徒・森(久野雅弘)が心に残り、翌日から森に声をかけ始める。生徒を写真に撮り、その生徒が書いた夢を手がかりに名前を覚えていく。
 第2回はいよいよ実習をした高校に赴任。女子剣道部のエース田辺(徳永えり)と時任あやの物語。未見。
 第3回と第4回未見。
 第5回、サッカーで推薦が決まっていた佐伯(佐野和真)が後輩に暴力を振るい、無期停学、推薦取り消しになる。佐伯の親はきびしい指導者、進路指導の天童の辞任を要求する運動を始めるが、校長(小林克也)は屈しない。高林は暴力の理由を話さない佐伯を学校に連れ出す。佐伯は両親の偽善や後輩の嫌味に不満だったのだ。「きびしい教師になる方がむつかしい」と話す天童は佐伯の行くはずだった大学のサッカー部監督に激励の手紙を書いてもらっていた。佐伯は入試の実力で合格を目指す決意をする。
 第6回、卒業式も近い二月、高林にガンの宣告。妻の路子(伊藤蘭)らは帰京と治療を薦めるが、高林には笑顔で卒業式に出席するという、生徒との約束があった。高林の卒業生への言葉は「氣力」だった。脚本は森下直、演出は海辺潔。モデルとなったのは福岡県の筑紫台高校。

     映画川柳 「名コーチ 教えないこと それがコツ」飛蜘
2008年12月22日

CS日本映画専門チャンネル
(12月21日録画)
歓喜の歌

シネカノン
2008年
113分
 立川志の輔の新作落語を映画化。『フラガール』のシネカノンが製作。『バタアシ金魚』『きらきらひかる』の松岡錠司監督。松岡監督は好きですし、ママさんコーラス中心のコメディというので期待して見た作品です。それだけに注文も出てしまいました。
 まず、役者たちが楽しく演じている様子が分かりますが、残念なことにテンポが遅い。特に前半のテンポは遅すぎます。同じ描写が90分で可能だと思われました。
 二つの女声合唱団に大晦日のコンサートにホールを貸してしまったことから来る文化会館の主任(小林薫)のドタバタと合わせて、破局寸前にある主任夫婦(妻役は浅田美代子)や、ミニスカートで喫茶店勤務の母親(根岸季枝)と声優志望のオタク息子の再生の物語がからみます。最後に、妻に離婚を延期してもらった主任は号泣してしまいますが、あんなに泣かなくても十分なのではないでしょうか。大袈裟な感情表現には引いてしまいます。この作品、安田成美の夫役の光石研にしても感情表現がオーバーです。女たちの方が抑制しています。レディースコーラスのリーダーで女社長が由紀さおり、その参謀役が片桐はいり、もと音楽教師で庶民派のコーラスガールズのリーダーが安田成美、母親役が渡辺美佐子といった適材適所の役柄も自然におかしさをかもし出します。
 異国女性に入れあげてしまった主任に二百万円を請求するキャバレー店主(でんでん)に取引されるのが金魚ランチュウという設定は英国のモンティ・パイソンの喜劇映画『ワンダとダイヤと優しいやつら』(原題は「ワンダという金魚」)へのオマージュでしょうか。
 闘病中の子供を慰問する合唱団のメンバーが歌う「赤とんぼ」が美しい。藤田弓子や根岸季枝、片桐はいりといった役者たちに合唱を歌わせてしまう製作は『スウィングガールズ』以来です。年期の入ったレディーズと始めて二年未満のガールズでは合同公演も難しいと思われたものの、一度ガールズの合唱を聞いてみましょうということになり、レディーズの前でガールズが合唱するのが最初の山場です。冒頭で結構上手という空気が広がります。さらに、スーパーの店員・平澤由美の歌うソロが見事。本当の合唱団の人々が大勢出演しています。
 ただ、最後の「歓喜の歌」はオーケストラ伴奏版で響きますが、舞台には女声合唱とピアノしかないのですから、その声で聞かせるほうが良かったと思います。
 立川談志が合唱団へ広間を貸しているお寺の住職役で、志の輔が落語家役で出演しています。談志は闘病中ということなので、どうみても体調が悪そうな様子でした。

  映画川柳 「《北京飯店のサービス》ラーメンを タンメンと聞き ギョーザ添え」飛蜘
2008年12月21日

CS日本映画専門チャンネル放映
(12月11日録画)
おんな極悪帖

大映
1970年
86分
 ダイニチ映配時代の大映の狂い咲きの一本、監督・池広一夫、谷崎潤一郎の「恐怖時代」を星川清司が脚色、撮影は梶谷俊男、音楽・渡辺岳夫、美術・西岡善信、編集・谷口登司夫、録音・奥村雅弘、照明・古谷賢次、チーフ助監督は太田昭和。
 狂気の血筋のため、気まぐれに家来の首を笑いながらはねる主君(岸田森)は、下屋敷で芸者あがりの「お部屋さま」お銀の方(安田道代)との色事に夢中。上屋敷の本妻が襲撃されかすり傷との連絡が入り、主君は戻る。刺客を放ったのはお銀。正妻に世継ぎが生まれては自分の子・照千代が後を継ぐ可能性は無くなる。お銀は腹心の梅野(小山明子)と共謀している。梅野の恋人、十歳年下の磯貝伊織(田村正和)が上屋敷から配置換えになって来た。左遷である。仕損じた刺客・赤座又十郎(遠藤辰雄、Variety Japanのキャスト表の山本麟一は誤り)がお銀を恐喝に来るが武芸の心得のある梅野に殺される。赤座の口からお銀の前歴が分かる。深川の芸者、その前はやぐら下の娼婦だったのだ。お銀と梅野は医師の玄沢(小松方正)を仲間に入れて奥方暗殺の毒薬を手に入れようと諮る。おんな極悪帖
 色仕掛けで家老の靱負(ユキエ、佐藤慶)と玄沢を操るお銀。二人とも娼婦時代のお銀の客だった。お銀は毒を手に入れると玄沢を殺してしまった。上屋敷の奥坊主・珍斉(芦屋小雁)は下屋敷に勤める妹お由以(丘夏子)に、金の無心をしに来ていた。二人はお銀と梅野の奥方暗殺計画を耳にする。毒殺係は珍斉がいいと言われて、珍斉はおびえ、お由以は奥方への密告を薦める。
 城代の使い、菅沼八郎太(早川雄三)と氏家左門(伊達岳志または伊達三郎とも称する)は藩主に素行を改め、毒婦の妖計に落ちぬよう進言する。珍斉と妹のお由以は密告の相談中に梅野に見つかり、お由以は刺殺されてしまう。主君の狂気の行動を菅沼と氏家が必死に諌めている所へ伊織が現れ、二人と真剣勝負をさせてくれと願い出て、二人を斬殺。主君は伊織に酒をつぐ梅野の笑顔を見て突然、梅野に伊織と立ち会えと命ずる。狼狽する梅野にお銀も伊織も無関心を装う。伊織に裏切られた梅野は「何もかも申し上げます」と悪事を告白しようとするが伊織にとどめを刺されてしまう。伊織はお銀と出来ていたのだ。
 上屋敷から奥方が死んで、珍斉が行方知れずだと報告が入る。部屋に残ったお銀は伊織と家老の始末を話し合うが、そこへ当の家老が来る。家老は伊織に斬られてしまう。珍斉が来て自分が三日経って帰らなければ御上に訴状が届くと言う。仲間に加えるしかないと金を与えると、襖の陰に主君が来ていて「全て見届けたぞ」と迫る。伊織は主君をも斬る。
 お銀は家老と主君が相打ちになったと報告、幕府に知れるとお家断絶となるため照千代を後継者に据える。照千代はお銀の部屋で知らずに毒薬の包みを開き、酒の中に入れてしまう。その後、お銀は伊織に酒を振舞った。苦しみだした伊織はお銀から諮られたと思い込み、斬りかかる。お銀は逃げるが、ついに胸を刺されてしまう。家臣たちが集まり、断末魔のお銀に「奥方は生きている。珍斉が毒を盛ったというのは嘘だ」と告げる。その頃、珍斉は金を持って町中を逃げていた。
 星川清司には市川雷蔵が奥方と犬の間の子供という設定の『剣鬼』がありますが、この『おんな極悪帖』も異色の作品でした。おんなたちも交えた仁義なき戦いの様相を呈します。DVDが2008年12月に発売になりました。

     映画川柳 「気まぐれに 生命が左右されて ニヒリズム」飛蜘
2008年12月15日

NHK綜合
19:30〜
非正規労働者を守れるか

NHK
75分
 NHKスペシャル「セーフティネット・クライシスII」は5月のIに続く第2弾。派遣社員が解雇されたとき、会社が雇用保険に加入していなかったとすると、失業保険が受けられない。また、国民健康保険や国民年金も会社が支払っていなかった場合にはその恩恵を受けることができない。高校を卒業していない場合には職業の選択枠も狭まり、ハローワークで斡旋する職にもつけないことが多い。正規職員に比べて生存の保障が少ない。
 オランダの取組みが紹介された。1995年以降、政府が中心になって非正規雇用者の労働条件整備に取組み、労働条件を改善(正規社員と同じ仕事なら賃金は等しい)した結果、解雇されても派遣労働者は極貧に落ちるようなケースが無くなった。あわせて、正規職員の賃金の抑制(労働組合との協議)、消費税16%(精選品は6%)、国民の社会保障費負担は日本の2倍、職業訓練校の整備などを推進してきている。みんなが安心して働ける社会の実現に理解を示してきたのだ。
 司会者のほか、ゲストは大村秀章厚生副大臣、神野直彦東大経済学部教授、門脇日本総合研究所研究員、湯浅誠反貧困ネットワーク事務局長。
 日本で派遣労働の法律ができたとき、山北高校で高卒で就職する生徒に対して、私たち教員は生徒に派遣の仕事を薦めなかった。それが使い捨て労働者になることは予想できたからである。高卒の就職氷河期であったが、なんとか卒業生を正規の会社に就職させることができてホっとしたものである。ところが、卒業して二年ほどしてそれらの生徒の現況を耳にしたとき、愕然としてしまった。あれほど気を使って推薦し就職させたのに、ほとんどの生徒がその正規の職を辞めて、アルバイト的な仕事をしていたからである。なぜだ? アルバイトのほうが現金収入が多いからであった。正規の職場は労働基準法に守られていて、労働時間に制限がある。年金や保険で天引きされ手取りがあまり多くない。アルバイトなら掛け持ちで働くことができ、一日に12時間労働なんていう無茶も可能だ。天引きされない分、手取りが多い。ただその分、自分で支払う必要があるのだが、そんな掛け金は病気したりしなければ必要性を感じないし、年金なんて何年も先のことだから支払う必要を感じていない。
 若者の刹那主義を感じて無力感にとらわれてしまった。現況はそのような労働市場の当然の結果である。そして、労働者を守らなければ雇用者もダメになっていくということが忘れられている。若者の労働組合の加入率も低下している。組合に対する風当たりも強くなっている。まったくバカげた状況である。労働組合の存在は当然だという感覚が失われた社会に未来はない。人権感覚が麻痺してしまうからだ。日本教職員組合を攻撃する中山成彬前国土交通大臣・元文部科学大臣は、とんでもなく愚かなひとである。

    映画川柳 「派遣なる  棄民が進む 下部構造」飛蜘
2008年12月15日

ビデオ
正義だ!味方だ!全員集合!

1975年
松竹
92分
 ドリフターズの全員集合第15作。これが映画版全員集合の最終作品。脚本は映画のタイトルでは加瀬高之・田波靖男・瀬川昌治、監督は全員集合ではこれ一本だけ、瀬川昌治。
正義だ!味方だ!全員集合! これで松竹の映画版の全員集合をすべて見ました。1974年に荒井注が脱退し、1975年は志村けんがまだ本領を発揮していなかった時期でこの作品でも志村けんはヒデオ(加藤茶)の知り合いの派出所の巡査・志田という小さな役である。この作品でいちばんイキイキしているのは商店会の連合会長を演じているミヤコ蝶々で、そのほかにも加藤茶の母親役の園佳也子、『仁義なき戦い』の山守親分で笑いを取った金子信雄、ワルの狼こと大神役の伊東四郎といった人々が目立つ。
 横浜にほど近い港町・伊勢浜。この架空の町の港に降り立ったのはチンドン屋くずれの二人、いかり長太郎(いかりや長介)と中西(仲本工事)だった。二人は暴力団の大神組(潮健児ら)から立ち退きを要求されている高井印刷所の社長(高木ブー)を助ける。再開発に伴う立ち退きに反対する商店連合会の会長はミヤコ(ミヤコ蝶々)で、喫茶店で会合を開く連合会の面々の前で長太郎は新聞を作って暴力団の不当な仕打ちを暴いて世論を味方にしようと提案し、了承されたまではよかったが、勢いで編集長に推薦されてしまう。
 編集長になったものの、なんのアイデアも浮かばず困り果てているところで、出会ったのがヒデオ(加藤茶)だった。広島の母親・敏江に警察官になると言って上京していたものの、採用試験に落ち続け、合格したと母親にウソをついている青年。アパートの隣りのめぐみ(榊原るみ)の人形劇団を手伝っている。母親になんの成果もあげていないではないかと手紙で責められ、首吊り自殺を図ったところを長太郎たちに助けられた。半分もうろうとした状態で描いたゴリラ・キャラクターが活躍する劇画ゴリレンジャーは大評判となった。実は人形劇団が子供向けに上演している劇のストーリーを借りたものだった。不正を暴こうとした元新聞記者の小島(笑福亭鶴光)は大神により酔わされて海に放り込まれていた。
 第1号に続いて第2号といきたいところだが、正気に戻ったヒデには次のストーリーが出て来ない。洗面器で殴ってようやく話が少し進んだ。ゴリレンジャーを金儲けに使おうとする企みが許せないというヒデオ。しかし、週刊春秋の編集長・津川(財津一郎)から地上げと戦う町民と正義の味方というテーマで取り上げていきたいと申し出があり、劇画には一年間で一千万円の値がつく。
 広島からヒデオの母親(園佳也子)が出てくることになった。またまた自殺しかけたヒデオの苦境を救おうと知人・友人がヒデオのウソをサポートする。警官で妻が妊娠5ケ月、妻の父親は小学校の校長という設定。当初はうまくいっていたが、途中で週刊誌から派遣されたテレビ・スタッフが取材に来て、すべてが母親にバレてしまう。怒る母親に、あんたのプレッシャーがヒデオ君をおいつめたんだと反論する長太郎。
 別れ際に母親はヒデオに長太郎に意見されて人間に対する見方が広くなったと話し、死んだ気になったらなんでもできる、おまえの好きなように生きなさい、中途半端はいかんよと助言。中学の教頭までしているという女傑がいまさら人間認識が変わったというのも奇妙な設定だが、もっと変なのはこの後、聖人君子然としていたヒデオの性格が破綻して、長太郎と一緒に週刊誌からの契約前払い金を持ち逃げしようという計画に乗ってくることだ。取り分は七三にしろとまで要求する。そこまでヒデオの性格と行動を変えなくても話は成り立つと思うのだが。
 実はめぐみの父親は再開発予定地の地主でもある熊田商事の社長(金子信雄)。お手伝いさんの婆や(浦辺粂子)は社長の好物のカレーを作っていた。家出をしていためぐみが父親のもとへ帰ってきて開発中止を訴える。既にゴリレンジャーの物語のなかでも悪者の大グマを完全にワルにできなかっためぐみだった。
 一方、週間春秋から半年分500万円の小切手を受け取った三人、逃げようとすると商店会の連中がお礼に押し寄せて来ている。急に商店会に熊田のもとから土地を半永久的に貸してやろうという提案がなされたのだという。みんなが喜ぶお祝いの席上、ゴリレンジャーの話の続きを求められたヒデオは熊の和解工作に反発した狼がパンダを誘拐する話をする。不吉を感じた長太郎たちは逃げ出そうとする。タクシーで横浜駅に向う途中で、めぐみのアパートを見に行くと、大神たちにめぐみが拉致されたことが分かる。大神組は熊田社長とめぐみを拉致し、権利書を横取りしようとしていた。会の代表が倉庫に呼び出されて、権利書を奪われた後、簀巻きにされて海へ放り込まれようとしていた矢先、ゴリレンジャーに扮した三人が助けに現れる。衣装は取材のTV局が置いていったもの。ゴリレンジャー
 警官の志田も駆けつけてコマ落としの追跡劇が始まる。車で逃走しようとするので追跡に他のアベックの車を一部横取りしてツギハギして追いかけようとしたり、屋根伝いにめぐみを連れて逃げる大神たちを放水で滑らしたり。高圧電線に触れて電気人間になったゴリレンジャーに触れられて感電する大神たち。そのうち機動隊もやってきて倉庫の中でドタバタになり、とうとう犯人逮捕。前金として小切手で受け取ったの500万円はどうなったのかは触れられない。
 二十年後の正月、田舎の母親のもとへヒデオからの手紙。その後、金儲けに邁進、いまや教育事業で働いております、と。教育事業とは英語塾であった。事務長・長太郎の横暴に重役(仲本、加藤)や印刷会社社長(高木)、警官?(志村)は抗議している。アメリカ帰りの長男・長一郎に200万の月給は高すぎるという抗議に、事務長は塾が流行らないのは君たちの息子がいけないんだと主張。教室の様子をみると、加藤・仲本・志村の男児、高木・榊原の女児などの塾生に、先生の長一郎(長介)が教えている。TVの全員集合のコント「国語算数英語」のような展開だ。みんなで歌うのは「ドリフの英語塾」。

     映画川柳 「町民を ペンの力で 救えれば」飛蜘
2008年12月14日

ビデオ
春だドリフだ全員集合!

1971年
松竹
89分
 ドリフターズの全員集合第8作。Amazonでは入手不能だったがHMVで販売して松竹には在庫があった。最終作『正義だ!味方だ!全員集合!』も購入できて全員集合映画版は全作品を見ることができました。
 『春だドリフだ』は1971年12月29日公開で同時上映は11月20日から上映の『男はつらいよ・寅次郎恋歌』(マドンナは池内淳子)。1971年は山田洋次は男はつらいよを3本も公開している。松竹は翌1972年の1月21日からは欽ちゃんの『初笑いびっくり武士道』『生まれかわった為五郎』の2本立に変わった。 春だドリフだ全員集合
 脚本は渡邉祐介と田坂啓、監督は渡邉祐介。音楽は木下忠司。冒頭の舞台は伊賀上野、旅回りの一座の興行が行われている。のぼりの一つに「なまず家源五郎」の名前があり、中へ入ると、ちょうどその源五郎(いかりや長介)が一席演じているところ。演目は「品川心中」と字幕が出る。田舎の客は江戸前の話に興味は示さず、早くストリップを出せと言っている。舞台から楽屋へ戻ってきた長介は文化果つるところだ、客の質が悪い、小屋がションベン臭い、こんなところで話すような芸人じゃないんだと文句を並べる。冒頭から田舎の客やストリッパー、ドサ周りの一座を馬鹿にするセリフでこれに対する批判的な応答が無い(例えば「文化果つるの何が悪いんだい」とか「ションベンたれはあんたじゃないか」とか応酬が欲しかった)。見ている方はきわめて不愉快になるが、この感じは最後まで続いて、この作品、きわめて不愉快な点が多い。 
 さて、物語を見てみよう。事務所に興行をしきる黒幕、人斬りの竜とかまむしの竜といわれている竜三(石山健二郎)が来ていて、それを知った長介はもみ手をしながら挨拶をする。ちょうど、竜三が興行主に今をときめく「小柳ルミ子は呼べないか」と言うのを聞きつけた長介はルミ子ならTV局でよく会う知り合いですとホラを吹いてしまう。竜造は喜んで呼ぶための手付金20万円を長介に渡して話をつけるよう依頼する。その際に落としたハンカチからはつめた指が転がり出る。50万円をネコババしたものの指だそうである。長介はゾ^ーッとして断ろうとするが今さら遅い。
 長介が東京へ戻る列車にタイトル。長介は困ってしまう。
 それから30日後、TV局のスタジオで小柳ルミ子が「私の城下町」つづいて「お祭りの夜」を歌う。一度に続けて二曲も歌ってしまい、彼女はこの後は登場しない。小柳ルミ子のスケジュールがきつかったのだろう。長介が会いに来るが本人からは嫌がられるし、マネージャーからは断られるしで、ちっとも交渉にならない。
 長介の師匠はなんとほんものの円生だ。まだ二つ目の長介に「湯屋番」をやってみろ、できない、それなら「浮世床」はどうだ、「道具屋」ばかりじゃダメだよと諭している。師匠はなまづ屋なんて名前が悪い、どうだい、いかり亭長楽と改名したらと提案し、長介もその名前が気に入る。弟弟子の円八(左とん平)の方が50も噺を覚えているし、同期の円喜は真打ちになっているし、目が出ていないのは長介だけだ。
 長介が焼き鳥屋でヤケ酒を飲んでいるといつのまにか自分の焼き鳥が取られているのに気付く。捕まえてみるとこれが集団就職で福島から上京したものの仕事の宛ての無い若者・加藤ヒデオ(加藤茶)だった。焼き鳥の恩をきせて一生師匠のために働きますという言質をとった長介は、ヒデオに「茶楽」という名を与えて弟子にしてしまう。
 長楽の部屋は今川焼き屋(春川ますみのテツ子、高木ブーの風太)の二階だが、部屋代を支払っていないので、隣りの遊び人・忠次(荒井注)の家から入り、二階に上がってから梯子で隣りの部屋へ移るのだ。忠次には二人の妹がいる。芸者・文代(長山藍子)とリエ子(新藤恵美)である。忠次は小さい頃、おしめを変えてやったという理由で妹の稼ぎに依存してパチンコ三昧の与太郎暮らし。荒井と高木は長介と遊び仲間でガキ大将の長介に頭が上がらない。
 長楽の部屋には余分の布団も無い。ヒデオは朝ご飯も満足に食わせてもらえず、「道具屋」を教えられるが殴られてばかりの待遇になんとか復讐を考える。
 突然、新しい間借り人が来る。学生の仲本(仲本工事)で、父親はあの竜三である。
 文代は実は円八こと五郎(左とん平)と幼馴染で恋仲である。五郎の「たぬき」の舞台を見に来ているが長楽はそれを自分のために来てくれたと勘違いする。
 ヒデオは、復讐で破いた勢いでミソや醤油を染ませた高座着を着せて長楽を舞台に出したところ、お客に笑われて大失態。しょうゆ入りのお茶を出してなおさら舞台は壊れ、客はおお笑い。ところが、円生師匠は演芸場の外までお客さんの声が聞えていた、「時そば」で客をあんなに笑わせるなんて、お前の真打ち昇進も近いだろうと話す。これも不愉快な展開だ。舞台を見ずに師匠がそれほど簡単に弟子を真打ちにするはずもないだろう。さらに後半で師匠は真打ち昇進の審査の席上、真打ち候補に上がっていなかった長楽をそろそろあいつを真打ちにと懇願し、長楽が部屋へ芸者姿で転がり込んでくると、真打ち提案は下ろす、責任を取って俺も落語協会を辞める等と発言する。いくらなんでも、こんないい加減な師匠はいないだろう。よくぞ円生がこんな役を引き受けたものだ。いや円生にこんな役を演じさせていいのか。落語家を軽んじるにもほどがある。噴飯ものである。ところで、物語にもどろう。
 長楽は有頂天となり、文代にも話す。そしておずおずと結婚するのならどんな人がいいかと聞くと、「噺家がいいわ、内気でマジメで長さんみたいな、貧乏だけど古典落語に取り組んでいる人」と答えるので、すっかり誤解してしまう。この文代のセリフで問題なのは「長さんのような人がいいわ」とはっきり言っていることだ。同様のセリフはこの後にも出てくる。ちゃんとした女がそんな誤解を与えるセリフを言っていいわけがないだろう。喜劇では男が誤解してしまうセリフというのはよく出てくるが、大抵女は別の男のことを聞かれたと思い込んでいるという設定になっている。決して面と向って相手にあなたがわたしの理想の夫などという発言はしないものだ。それではルール違反でしょう。
 二三代のパトロンだった長谷川(永田靖)と大日本憂国同志会の曽根(天本英世)が密談している。国会議員の三隅に二億円の政治献金を画策、万一のときのスケープゴートとして仲本竜三を選ぶ。
 舞台変わってヤクザ映画撮影中の現場、監督(関敬六)がカットの声をかけ、よく撮れたというが、見物していた竜三はダメを出す。ホンモノの殺しではドスで刺した後にえぐるのだと助言する。そこへ箱根での三隅議員の新年会ご招待の通知が来て、竜三は喜ぶ。そして東京では息子の下宿に宿泊し、なまず屋を探し出して始末すると意気まく。
 ヒデオは逃げ出す前に自分の通帳を取り返すが既に全額長楽に引き出されていた。秘密の日記には真打ち披露の予定やら、「あの金」に手をつけた記載がある。貧乏は買ってでもしろと押し付けられて、長楽は踊りのお稽古へ。
 花柳流の日本舞踊の稽古の師匠(佐山俊二)は文枝を教えている。それを見るゴールデンハーフ(出演はここだけ)。忠次と仲本も見学。
 ヒデオは部屋で爆弾を作っている。彼の独り言は当時流行のギャグ、「コレでイイノカ、コレでイイノダ」。
 社長の長谷川は文枝に三隅の二号になれと説得している。
 夜、爆弾を長介の寝床に仕掛けたヒデオは他の住人をたたき起こして批難させる。しかし、長介は寝小便をしてしまい、導火線の火は消える。寝床から分けがわからず放り出された爆弾を受け取ってしまったヒデオがあわててさらに放ると、丁度接近してきたパトカーの天井に乗り、しばらくして爆発! その後の捜査もない。
 田舎から出てきた竜三が仲本の部屋にやって来る。長介は竜三から隠れる。ヤクザの大親分なのに組員を一人も連れずに下宿先へ顔を出すなんて不自然である。
 三隅(藤村有弘)の新年会は箱根で行われる。ここで文枝のいわば身売りが行われると知った五人は宴会場へ乗り込んでいく。宴会のアトラクションで芸者姿のドリフの「ツーレロ節」が歌われる。別室では円生や小さん等が集まって真打ち決めの寄り合いが開かれている。芸者の正体に気付いた悪人たちとの大乱闘。騒ぎのドタバタのなか、竜三は息子から三隅や曽根たちの陰謀を聞き、ドリフの味方の立場になる。乱闘のさなか、ヒデオの作ったもう1個の爆弾が炸裂して全員気絶。
 それから一年後、弟子の茶楽が真打ちとして「道具屋」を演じている。相変わらず二つ目の長楽は楽屋でメザシを焼いている。文枝は五郎と結婚し赤ん坊をおぶっている。客席にいるリエ子の隣りに仲本、舞台から仲本を叱責する茶楽、そこへショーケン(萩原健一)が登場してリエ子は彼との婚約を発表。メザシの焼き方を茶楽に批難され、焼き直すことになった長楽は、映画館の客に向って、「お客さん、あっしがこのままでひき下がるとお思いですか。半年先を見てて下さい。必ずやつらに煮え湯を飲ませてやりますよ」でエンド。やつらっていったい誰のことだ?

    映画川柳 「真打ちの 格も落ちたり 落誤界」飛蜘
 
2008年12月14日

NHK教育TV
22:00〜
加藤周一1968年を語る

NHK教育
90分
 ETV特集の一篇、つい先日亡くなった加藤周一が2008年7月17日に遺した言葉をもとにして作られた番組。1968年は歴史の転換点であったとする認識を語ります。ディレクターは、大野兼司、語りは広瀬修子。
 1968年にチェコのプラハの春を取材した加藤周一は「人間の顔をした社会主義」を実現したような<祝祭的な>気分を感じていた。しかし、8月20日深夜、ワルシャワ条約機構軍、実質ソ連軍14万以上の兵士がチェコに侵攻、放送局を制圧、政府を転覆させた。加藤周一がそのとき痛切に感じたのは、社会主義の未来がダメになった、希望が絶たれたということだった。一晩で自由な社会主義というものの可能性はなくなったのだ。
 その後の抵抗運動から、武力の面では占領軍が圧倒的だったが、言葉の面では被占領側が占領側を圧倒したと彼は感じた。弾圧は「暴力」側の敗北のしるしである。プラハでは、言葉と戦車が対立したのだ。フランスでは五月革命があり、Changer la vie! (生活を変えよう)という批判的で鋭い標語が唱えられた。アメリカのヒッピー文化やベトナム反戦運動など、堅固な中産階級的価値観の否定の兆候が表現された。当時の表現で言えば、スクエアに対する反抗だった。
 日本での学生の闘争も社会正義を求める運動だったと言えよう。加藤周一によれば、日本の学生運動の名誉は「軍産学協同体制」を批判したことである。
 彼は強調する、1968年は閉塞する時代への抵抗という点で現代とつながっている。現代は自由を抑圧する力が強まっている。明治維新以来、日本は非人間化。非個人化、非人間化をおし進めてきたのだ。

    映画川柳 「喪失す 理想社会の モデル論」飛蜘

 この番組で紹介されていた筑摩書房から出版された知識人の論集で、加藤周一の『言葉と戦車』が、現在は古本屋でも入手不能なことに驚いた。
2008年12月9日

NHK
総合TV
19:30
なぜ発表、空幕長論文の真相

25分
 田母神航空幕僚長が政府見解と異なる歴史認識をアパグループ主催の懸賞論文に投稿したことが、文民統制がきちんと機能していないことの証拠となるという懸念を表した「クローズアップ現代」の一篇。
 戦前の日本軍の先輩方は虐殺などするような人々ではなかった、日本人はそのような恥ずべき国民ではないと田母神氏は述べています。ぼんやり聞いていると、そうだ!田母神さんの言う通りだなどという声が大向こうからかかりそうな発言ですが、私は田母神氏のそのような人間認識は、たいへんに底の浅い人間観によるものだと思います。私には、渡辺一夫が「狂気ということ」で繰り返し言っていた人間認識、つまり人間はだれでも狂気にとらわれて残酷な行為をしてしまうことがある、そのようなところに人間を追い込んではならないという人間観のほうが、ずっと正しいと思われますし、重要な認識だと思います。田母神氏のようにキレイゴトを言っているようでは人間の本質に迫ることはできないでしょう。報道も田母神氏の前記のような人間観の誤りをきびしく指摘する観点からなされたものがないことに憤りを覚えます。近ごろのジャーナリズムは、もはや機能を果たしていません。骨太のジャーナリストはいったいどこへ行ってしまったのか。

   映画川柳 「戦争は 立派なひとも 狂わせる」飛蜘
 
2008年12月6日

ビデオ
超能力だよ全員集合!

松竹
1974年
90分
 ドリフターズの全員集合シリーズ第13作目。脚本は渡辺祐介と田坂啓。監督は渡辺祐介。1974年8月公開、同時上映はマドンナが吉永小百合だった『男はつらいよ 寅次郎恋やつれ』でした。挿入歌はフィンガー5の「恋のアメリカン・フットボール」。荒井注が辞めた後なので志村けんが加わっていますが、テレビでの志村の過激なボケはまだ出ていません。ちなみに第12作が1973年12月公開の荒井注が最後の出演となった『大事件だよ全員集合!』です。
超能力だよ全員集合 東京は新宿の歌舞伎町で易者をやっている長さん(いかりや長介)、隣りの易者(玉川良一)は流行っているのに、お客はさっぱり。やっと、婆さん(武智豊子)が回されてきましたが、占いの口上を述べる長さんに「バカだね、公衆便所はどこ?」で、オープニング・タイトル。
 易者・長さんの前に現れた若者(加藤茶)は記憶喪失の自称詩人、その夢を書いたものだという詩を聞いた長さんは驚きます。自分の間借り先の焼き鳥屋夫婦(高木ブー、石井富子)のことや、向かいの仲本不動産(社長は仲本で社員が志村)のことが描写してあったからです。さてはこの男、超能力者! 部屋代を滞納して追い出されかかっている長さんはみんなの前で若者に予言させます。9時になると突然の雨で雷が鳴るというような予言、しばらくして9時になった瞬間に大雨です。停電でフライパンの上で何人かが転んでフライパンは曲がります。スプーン曲げならぬ曲がったフライパンと予言の的中に一同驚きますが、階下に降りたテツ(石井富子)に隣りの奥さんは「最近の天気予報はよく当たるわね」。住み着くことになった若者と長さんの洗面器での殴り替えのギャグがあります。
 近所に大規模に易占室を営む雲山一斉(伴淳三郎)のビルがあります。
 さて、舞台は秋田市に変わり、病気で寝ている老人(沢村いき雄)と看病する老妻(原ひさ子)の傍で、お祈りを唱える新興宗教・めぐみ教の巫女(楠トシエ)、そしてマネージャー銀次(由利徹)。あきれ顔でいるのは娘しの(長山藍子)とその恋人・清(夏八木勲)です。この宗教一派はダルマ山の権利書をだまし取って転売して儲ける魂胆です。家族のひとりヒデオが行方不明だということが分かります。しのはヒデオは東京に行ったと推測します。
 記憶喪失のヒデオの身体にコードを付けて静電気利用の電気人間に仕立てた長さん、この仕掛けは大当たりで、宇宙人占い師はちょっと評判になります。客の要望で、明日の競馬の結果も予想させられます。久し振りに現金収入があった長さんはなじみの和風スナック・雪国へ行き、美人ママ・洋子(榊原るみ)に借金を払います。
 部屋代を支払わない長さんを無視して、新しい部屋の借り手となったのは冨山(南利明)と宮(ひろみどり)。けれども部屋があまりひどいので、話はツブレます。不動産屋の仲本が社員・志村を長さんのもとへ抗議に送ると、長さんは殴り返す。志村が双方にドツかれ殴られていったりきたりするギャグがあります。
 競馬の予想は大外れ、賭け金をふいにしたチンピラが長さんに仕返しに来ます。長さんは予言したヒデに当たり、二人はすっかりケガ人に。八百屋(谷村昌彦)で野菜を買ったヒデは「雪国」で働く洋子の妹で女子高生のサチコ(秋谷陽子)と会って、お金を都合してもらい、デートまでします。
 秋田ではしのがヒデを探しに上京する決断をしていました。大事な山の権利書と実印は持参して親友の洋子のもとへやって来ます。スナック・雪国に通っている長吉は、金満家の娘しのが探している弟の似顔絵を描いてみます。しかし、長吉の描いた絵は出来が悪く不採用、サチコの描いた絵をコピーしてあちらこちらに貼ることになります。絵はヒデそっくりなのに誰も気がつきません。肝心のしのはヒデとスレ違います。
 めぐみ教の教祖は雲山一斉。注文した焼き鳥を届けに来たヒデを見た銀次は、上京したしのが探しているヒデだと気が付きます。仲本不動産を買収してヒデの記憶が戻りそうになったら洗面器で殴る役目を言いつけます。しのは詩人志望だったヒデの立ち寄りそうなところを尋ね回ります。作詞家の安井かずみ、デイレクターの豊岡豊、作詞家なかにし礼など、本人出演。テレビのリハーサル室ではフィンガー5の「恋のアメリカン・フットボール」を収録中。
 尋ね人なら一斉がいいのではないかと洋子たちのアドバイス。一斉はしのの実家の様子や上京の目的を言い当てて、すっかり信用させます。ヒデには催眠術で一斉を父親と思わせ、弟が見つかったと自分が傘下の「キャバレー天国」へしのを招んで、権利書に印鑑を押させようとします。謝金を貰いに行ったのに殴られて追い出された仲本たちから真相を聞いたドリフやサチコは中国大奇術団に化けてキャバレーに出演。ヒデを実験台にノコギリ人体切断術のパフォーマンスも訳が分からないながらもこなします。しかし、正体がバレて大乱闘。上京してきた清も応援にかけつけます。そのさなか、頭に衝撃を受けたヒデは記憶を回復、同時に衝撃を受けた長さんは記憶を喪失します。
 騒ぎが一段落して、しのと清の秋田八幡神社での結婚式があり、インチキ宗教から解放された老夫婦あり、半端ものながら恋人ができたヒデの幸福あり、竿灯祭りありと、秋田は幸せムードですが、一方、東京の雪国では洋子が面倒を見ている長さんがスナックの掃除をしていました。出前に出た長さん、まだ記憶が戻っていません。観客に向って「誰か教えて下さい。わたしはいったい誰なんでしょう?」と問いかけて、おわり。

    映画川柳 「蘇る 記憶を封印 洗面器」飛蜘
2008年12月6日

ビデオ
チョットだけヨ全員集合!

松竹
1973年

 ドリフターズの全員集合シリーズ第11作目。脚本は渡辺祐介と田坂啓。監督は渡辺祐介。主題歌は「チョットだけヨ」。1973年8月公開、同時上映は浅丘ルリ子がマドンナの『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』。
チョットだけよ全員集合 テレビの「こどもニュース」で下町のシュバィツァー博士の記事が流されます。藪井病院の医師が長介、助手が仲本、看護婦が高木で貧乏人からはお金をとらないものの、昼飯どきをねらって往診するという話題の病院が紹介されます。タイトル。
 さて、自転車の長介、酒屋のあやめ(小鹿ミキ)と衝突しそうになります。ホットパンツでキュートな姿に胸キュンの長介でした。あやめの兄ヒデオ(加藤茶)は交通事故に遭って包帯人間と化しています。実際にはまったくケガはしていません。店の手伝いもしないダメ息子に母親(都家かつ江)は愛想をつかしています。警官(加藤茶、二役)が事故の調書を取ろうとしますが、逃げ回ったヒデは藪井病院に回されてしまいます。結局ケガのないヒデはそのままそこで働くことになってしまいます。
 仁義なき戦いで逃げてきたという忠次(荒井注)が病院に来て、ひと騒動。組のお荷物になっていた忠次を引き受けて欲しいと黒木組の幹部・庄一(左とん平)に頼まれて忠次の面倒もみることになります。
 小学生に日本脳炎の予防接種が学校であります。天地真理が「恋する夏の日」を歌い、予防接種する医師役で特別出演。あやめは医師の五郎(寺尾聡)に恋しています。
 庄一(左)の父親・小原庄助(益田喜頓)が上京して出てきますが息子を勘当、具合が悪くなった庄助を介抱した後、ドリフの面々は治療と称して荒療治を仕掛け、有り金を支払わせます。院長の長介はその間、あやめにアタック、あやめが結婚相手は貧乏人を大事にするお医者さんと決めているというので長介はそれは自分のことだと勘違いしてしまいます。
 金を無くしてしまい、酒屋に寄った庄助にあやめは親切にします。文無しの老人を泊めてあげて朝食を提供するあやめ、庄助はすっかり感激して自分の故郷、会津若松へ付いてきて欲しいと頼みます。行ってみると小原庄助家は豪邸に住む億万長者、あやめを養女にしたいと申し出ます。婆や(花岡菊子)も賛成します。
 娘が億万長者の養女になると、兄貴もその親戚で金持ちになる、話を聞いたドリフの面々はヒデを若様と持ち上げます。イジメの意趣返しと目玉焼きにヘドロを入れられて下痢で大変な思いをしたことはすっかり忘れて、会津若松へみんなで付いていくのでした。
 一方、勘当された庄一は黒木会長(玉川良一)に相談、会長の女、紅子(桑原幸子)に頼んで庄助がお守り袋に入れて持っている実印を盗ませます。土地の権利書の相続手続きをしてしまおうと諮るのでした。
 黒木が小原家で権利書を示して帰った直後にドリフの面々が到着、庄助が一文なしになったことを聞いて、ヒデへの忠義立ての熱も一篇に冷めます。仲本のアイデアでまず旧黒木組の組員忠次が巫女(仲本)を連れて会長の体長不良を占わせます。巫女は「胃ガンで、あとひつ月の命、すぐに手術が必要、大先生がいる」、そこで長介が手術、途中で手術を中止すると脅して権利書を奪い返そうという作戦。舞台は会津若松がんセンター、医師たちや組員も見学するなか、ドリフの手術が始まります。腹を切るとサイコロが入っています。以前いかさまで使ったサイを飲み込んだのでした。途中、引っ掛けて落ちたテープレコーダーから音楽「タブー」が流れ、加藤茶がストリップ踊りを披露、当時の決めのギャグ「チョットだけよ、あんたも好きねェ」と言うシ−ンがあります。『誰かさんと誰かさんが全員集合!』にもあった手術台のギャグ、ウィンナ・ソーセージのつながった腸を取り出したあたりで脅すと、黒木はすぐに書類の返却を受けます。その言葉をテープレコーダーに録音してさて臓器を戻そうとしますがやりかたが分かりません。そこへあやめに連れてこられた学会に出席中の五郎、「あの人、外科の免許を持ってないんだ」。インチキ医師たちはそのまま逃走、続いての手術は五郎がやり直します。組員はドリフを追う。病院内を追いつ追われつコマ落とし。低温実験室に組員を誘い込んでなんとか逃げ切ります。庄一たち組員は冷凍されます。
 億万長者は無医村に病院を建設してくれるといいます。五郎と結婚する予定のあやめの養女話は消え、改心した庄一が後継ぎ候補に。そうすると、こんな無駄働きをしたもともとの原因は・・・ヒデは4名に追われます。必死に逃げるヒデと追う4人で、エンド。

    映画川柳 「神様の かたちは決まって 貧乏爺」飛蜘
2008年12月5日

ビデオ

舞妓はんだよ全員集合!

松竹
1972年
94分
 松竹のドリフターズの全員集合シリーズ第10作目。脚本は渡辺祐介と田坂啓。監督は渡辺祐介。主題歌はドリフの「ああ男ドリフ」と「新・祇園小唄」。
舞妓はんだよ全員集合  松田春翠が弁ずる無声の活動写真「新池田屋騒動」で始まる。この活動写真に出演している近藤勇以下、主役の何人かはドリフの面々だ。近藤はいかりや長介、桂小五郎が荒井注、西郷が高木ブー、月形半兵太が加藤茶、鞍馬天狗が仲本工事である。そして話題の本日の活劇は・・・「舞妓はんだよ全員集合!」。オープニングは絶好調。音楽は宮川泰。
 池田屋騒動から108年、京都の祇園、置き屋「いかり屋」の婿養子で、道楽に競馬の飲み屋をやり、新撰組近藤勇の末裔を名乗る近藤長介(いかりや長介)。女房の昌代(園佳也子)が愛想をつかして出て行くところでした。一緒に芸者(佐々木梨里、西岡慶子、市地洋子)も出て行ってしまったから、このままでは置き屋の看板を下ろさざるを得なくなってしまいます。向かいにある日本舞踊稽古場の注(荒井注)と競馬大学の学生(仲本工事、高木ブー)が家賃が払えず転がり込んできたものの、いま必要なのは女性。「スケ狩りだ!」などと意気込んではみても、成果はあがらず、バーで「嵐を呼ぶ女」を歌っていた“新幹線のお銀”(大信田礼子)に声をかけたところ、四条なわての橋の下に仲間から除名した女がいると聞いて早速アタック。飢え死にしかけているヒデ(加藤茶)に飯を食わせてみると、これがなんと男。仕方がないので、女装させてなんとか誤魔化すことにします。
 一方、浪花屋は吉良平(芦屋雁之助)に借りた借金の利息がふくらんで今や一千万円、返済できずに困っていました。息子の三吉(なべおさみ)には甲斐性がない。妹のひな子(吉沢京子)に言い寄る吉良平。ひな子は吉良平から逃げて家を出て行き場に困っているところを、長介たちに出会い、いかり屋でひな菊として芸者修行をすることになります。先輩芸者のヒデ丸は有頂天。ヒデを遠ざけたい長介はヒデを屋根裏部屋へ監禁してしまいますが、ヒデは天井の抜け穴から外に出ます。
 ひな菊がヒゲのある眉毛の太い絵描きさんが好みといえば、長介の虎鉄を売り払って(偽物なのでたった二百円)、変装してデートを楽しむヒデでした。すぐ長介にバレてしまいますが。
 観光バスのガイドで天地真理が「ふたりの日曜日」を歌って特別出演。ひな菊は幾松(光本幸子)から芸者のしつけを教わります。競馬場で百%的中と広告してノミ屋をやっているコースケとフータのところへ三吉(なべ)が翌日のレースで10万円を賭けたいと言って来ます。吉良平への借金で苦しむ三吉は、ランランとカンカンに賭けるといいますが、このレース、本命は全然別の馬。確実に勝ちを取ろうとヒデに命じて吹き矢を使い、馬に遅くなる薬を打ちますが、ヒデはどれが目的に馬か分からずデタラメに矢を打ってしまいます。その結果、ランランとカンカンが来て8000倍の大穴。一挙に800万円の借金ができてしまいます。
 吉良平はひな菊を見つけ、大親分の会長(伴淳三郎)への接待に出させようとしますが、幾松がひな菊を別の部屋へ誘導、ヒデが会長の相手をさせられますが、会長に女として扱われそうになったヒデは逃げ返ります。吉良平はいかり屋へ怒鳴り込み、会長にはヒデを、自分にはひな菊を身請けさせろ、それができれば借金を棒引きにしてもいいと言います。長介たちはヒデに性転換手術を施して女にしてしまおうと計画、専門の医者(石山健二郎)を呼びます。しばらくして、医者が手術を終えたと帰っていった後をのぞくと、女にされた医者がヒクヒクしていました。さっき帰っていった医者がヒデ?!
 翌日、宴会に出かける二人。会長はヒデを相手にご満悦、吉良平はひな菊を別の間に連れ出します。生贄にひな菊を差し出した行為を三吉らに批難され、ドリフの面々は全員芸者姿で宴会の席上に来て、会長から「グロテスクだが味がある」と評価されます。お座敷を祇園小唄を歌って場を盛り上げます。一方、吉良平はひな菊を手篭めにしようとします。そこへ救いに現れたのは幾松でした。加勢に駆けつけたのはお銀の一派。みんなを巻き込んでの大乱闘。
 芸者姿のまま、意気揚々と「男ドリフだ」を歌って引き揚げるドリフの面々。玄関を開くと、なかではひな菊や幾松、お銀たちが待ち構えていて祝賀会。そこへ女房の昌代が帰ってきます。置き屋は女手でやる、今度は夫が出ていく番だ、と。荷物をまとめて二条駅から去る長介を今度はきたえる役で他の4人が取り囲みます。長介が映画館のお客さんに向って一言、「半年後に元気なのはこの俺ですからね」
 芸者見習いの吉沢京子が愛くるしく、芸者姿のドリフの奇怪な姿が印象的な佳作。

    映画川柳 「《ひな子曰く》 初めから わかっていました 男だと」飛蜘
2008年12月4日

ビデオ
誰かさんと誰かさんが全員集合!

松竹
1970年
87分
 松竹のドリフターズの全員集合シリーズ第6作目。脚本は渡辺祐介と田坂啓。監督は渡辺祐介。主題歌はドリフの「誰かさんと誰かさん」(イギリス民謡「故郷の空」の替え歌)で、BGMもこの曲を変奏して使われています。

誰かさんと誰かさんが全員集合 茨城県は水戸市にある「大日本無念塾」は、いかりや長吉(いかりや長介)が塾長をつとめる武道塾。「忍耐・服従・献身」が合言葉で毎朝の稽古に塾生が精を出しています。塾の手伝いをヒデ(加藤茶)とコースケ(仲本工事)が務め、上の妹(若水ヤエ子)を嫁がせた医師ヤブ注(荒井注)と下の妹(楠トシエ)を嫁がせた「ひばり保育園」園長フータ(高木ブー)がサポートしています。コースケは恋人マメコちゃんの工場での働き口を見つけて塾を出ます。ヒデもミヨちゃん(早瀬久美)の食堂で板前修業に入ろうとしますが、長吉はヒデの両親がダンプ事故で死んだときのヒデの口約束、「いったん男を預けます」を楯にヒデを離しません。女房に逃げられてから二人の男児をヒデに面倒をみさせて育てています。
 無念塾を経営させているのは新田重三(内田朝雄)です。長吉は毎月顔を出して小遣い銭をもらっているのですが、重三のほうは長吉を金儲けの為の捨て駒としか考えていません。悪徳不動産業者の川上(上田吉二郎)と組んで高速道路建設にからむ地上げを狙っています。
 ヒデは他の4人に相談して「みんなで逃げる」作戦を提案していますが、ちょうど新聞に「女子生徒に寝技を教える」エッチな塾長という記事が出てしまい、塾生が全員辞めます。川上の謀略でした。これ幸いと4人も辞めようとします。長吉は「ひとり10名ずつ塾生を集めてくること」と命令しますが、マジメに聞く者はいません。ヒデだけは残そうとします。けれど、そこへ突然、美人(岩下志麻)が訪れてきます。結城令子と名乗るこの女、なにか訳ありですがドリフの面々は即刻辞めるのを中止、長吉も押しかけ女房が来たと常連の呑み屋の女の子たちに喜んで自慢する始末です。
 結城令子は保育園で保母として働きながら、夜は料亭の芸者として働きます。突然登場する芸者仲間(倍賞美津子)と一緒に川上と交通公社の局長・佐川(名和宏)との密談を探ります。一方、4人は長吉の日記を盗んで読み、令子名義のニセ手紙を思いつきます。「4人はいい人、やさしくしてね」といった文句を挿入しながら太郎に駄賃をやって手紙をやりとり。その傍ら、自動車の部品を盗んで組み合わせて逃走用の車を一台作り上げます。結婚承諾までもらったと思い込んだ長吉は花嫁の名前を伏せて結婚披露宴を開催。席上、令子さんの名前を明かしたときに、令子さん本人は園児の引率で公園にいる始末。すっかり恥をかいた長吉は4人のイタズラに気が付き、暴力をふるって留置所にぶちこみます。留置所内で長吉に臓器移植を行ない、動物のパーツに入れ替えしてしまう夢をみる4人。そこへ新田に裏切られた長吉がしょげ返って登場、立ち退きを迫られています。荷造りの準備をしているところへ、令子が来てストップをかけます。その晩、令子は「土地の持ち主はわたし、檀家総代だった結城文三の孫娘だ」と正体を明かします。権利書を手に入れたい悪者たちは令子を拉致します。
 令子は毎朝新聞の記者・村山宏(森次浩司)に情報を流していました。令子救出をけしかける芸者(倍賞)とミヨちゃん(早瀬)、アリの入る隙間もない家ですが、長吉は偶然、新田の愛犬ベアトリーチェを連れて帰ります。新田から電話が入り、ベアトリーチェ第一の新田と交渉、犬と令子の人質交換の約束が整います。
 長吉はやつらがギャングを差し向けてくるはずだと予想、そこへ記者の村上が訪問、すわギャング到来と勘違いしたドリフにより殴られてしまいます。
 翌日、交渉に行ったドリフの面々、1、2の3で交換したところ、令子のニセモノ。物置に閉じ込められてしまったところへ、窓から令子が助けにやって来ます。見張りが花札に熱中している隙に逃げ出してきたとのこと。記者も助けに来て、縄を解いてくれます。記者の村上は令子のフィアンセ。様子を見に来た新田・川上・佐川の一味と大乱闘(長吉は後ろに回って見守る臆病ぶり)、村上が委嘱した警官がやって来ます。悪漢の首謀者たちは車で逃走。パトカーからも盗んだ部品があり、それで作った車に乗っていたドリフもその改造車で逃走、さらにそれを追う令子と村上、コマ落としの追跡劇。BGMは『天国と地獄』のカンカン。とうとうトンネルの中で衝突?爆発して全員負傷。
 負傷して包帯を巻いたドリフが、塾や病院、保育園や息子たちは妹に任せ、新しい場所に向ってポンコツ車で旅立ちます。見送る令子、村上、ガールフレンドや妹たち。ドリフは「ホントにホントに御苦労さん!」と歌っています。
 割合、破綻の少ないストーリーで、ドリフターズおなじみのギャグが仕込まれた一篇。

     映画川柳 「異種移植 成功すれば モンスター」飛蜘
2008年12月3日

ビデオ
武士道無残

松竹
1960年
74分
 森崎東がチーフ助監督を務め、脚本も手伝った森川英太朗のオリジナル・シナリオを森川自身が映画化した時代劇の異色作。DVDになっておらず、セル・ビデオも発売中止、中古ビデオを探してようやく入手できた作品。
武士道無残 殉死を命ぜられた若者を不憫に思い、夫の許しを得て義弟に体を許した兄嫁が、突然殉死が中止になり、生き延びたのに幽閉を拒否し逃亡した若者を刺して、自害する。兄嫁役の高千穂ひづるの眼が男社会の倫理に対する抗議を表現して印象的です。当時の松竹としては異例の、全裸を連想させる兄嫁と若者のラブシーンがあります。禁断の性関係を、殉死という「死」を讃美する論理に対置して、生命讃美の性=セックスそのものとして表現しており、時代劇の枠を大きくはみ出してしまった作品でした。
 しかし、死ぬ運命にある若者に性の喜びを教えて、それを肯定する夫婦というのも合点がいきません。特攻隊員に嫁をとらせたりするようなものでしょうが。若者が死んでしまった場合でも、妻は娼婦じゃないんですから、夫婦関係はうまくいかないでしょうし、戦後に特攻隊員が生きて帰ってきたとしたら・・・そのままでは、モラルは崩壊してしまいます。焼け跡闇市派なら、坂口安吾の「堕落論」のように、生きよ堕ちよと主張できたでしょうが、武士の時代ではそれも難しい、となるとやはり不義密通で成敗せざるを得ない。救いようのないところへ若者を追い込んでいったような気がしてなりません。
 脚本への森崎さんの貢献度というのは、どの辺にあったのでしょうか、見当がつきません。映画は意外に単調な展開で、殉死を演出する場面の静的な画面も物足りないのですが。

     映画川柳 「砂浜が 逃げる足もと 崩したり」飛蜘
2008年11月29日

DVD
愛欲の罠

日活
1973年
73分
 劇団・天象儀館を主宰していた荒戸源次郎がシネマ・プラセットを創造する以前に、大和屋竺監督の映画を製作したいという思いを実現させた映画。原題『朝日のようにさわやかに』を『愛欲の罠』と改めて、ロマンポルノの日活館で公開されることになりました。原題は映画製作のために作った会社のビルが日之出マンションという名前だったから、冗談でつけたものです。予告篇は『桃色の狼』という題名で作られていましたが、「狼」に日活の許可が出なかったといいます。
愛欲の罠  スナイパー・星(荒戸)の狙撃シーンで始まります。殺しを依頼してくる高川(大和屋竺)は次に組織の副社長の狙撃を依頼します。狙撃は成功したものの、星が情婦の眉子(絵沢萌子)を連れて現場を見に行ったことから身元を辿られて、追い詰められたという高村は眉子を殺せと命令します。不本意ながらも小さな弾で眉子の心臓を打ち抜いた星。
 ところが、死んだはずの眉子が生きているではありませんか。亡霊を拉致して、確かめると心臓のところに防弾処理をしていたのです。眉子は高川の女で、星の監視役を務めていたのでした。この隠れ家にも組織の殺し屋の手が回ってきていると、急に訪れてきた高村は言います。やがて、人形マリオ(秋山道男)を連れた大男の殺し屋(小水一男)がやってきて、非情にも高川を、眉子を、殺していきます。人形が眉子を犯すときにギコギコきしむ音がするのが奇怪です。星も傷を負いました。
 町へ逃げた星は売春宿に身を隠し、毎晩、夢子(安田のぞみ)を確保しますが、インポになってしまっています。そこへまた殺しの依頼。今度の標的は殺し屋で、決闘中に延髄を空気銃で撃ちぬけというのです。目を撃たれて不利になりながらも相手の延髄を打ち抜いた星は、帰宅して夢子を抱きます。インポが直っていました。そこへ大男の殺し屋と人形がやって来ます。別の部屋で人形との行為が続き、しばらくして星が行ってみると夢子は死んでいました。
 復讐心に燃えた星は熱帯植物園で人形を撃ちます。本当は大男の方が人形で、人形が人間だったのです。組織のボス(山谷初男)は映画館に坐って待っていました。星はスクリーンから客席のボスの額を撃ち抜いて「完」。
愛欲の罠 ポルノとして公開するためのカラミの場面について、荒戸は「(スタッフの)みんな興味が無いから困ったよ。監督が全然演出してくれない」と証言、気乗りのしない仕上がりになっています。脚本は田中陽造です。大和屋監督の演出もキレが悪く、やや戸惑い気味。

     映画川柳 「延髄を 撃ち抜いたれば  笑い顔」飛蜘
2008年11月24日

GYAO
セックス・チェック 第二の性

大映
1968年
89分
 増村保造監督の異色作。寺内大吉の『すぷりんたあ』を池田一朗が脚色。GYAO配信はきちんとシネマスコープで行われていて好感が持てます。
 もとオリンピック代表、短距離選手の宮路(緒方拳)は、盟友・医師の峰重(滝田祐介)により、木下電機工業の陸上部コーチに推薦されました。しかし、陸上部の選手を一瞥した宮路はイモばかりと就任を断ります。選手時代の宮路に憧れていたという峰重の妻・彰子(小川真由美)を、宮路は犯してしまいます。女たらしでヒモ同然の自堕落な生活をしていた宮路は、峰重の順風満帆な生活を破壊してみたい衝動に駆られたのでした。妻を犯されたことを知ってコーチへの就任を断る峰重。
 宮路は体育館で荒れたプレーをするバスケット選手に注目します。コーチに食ってかかる南雲ひろ子(安田道代)の天分を見て取った宮路は強引にコーチに就任する意志を固め、峰重に女を断って指導に専念すると宣言します。峰重は女房を強姦した宮路を許さず自分が辞めてしまいます。宮路は1968年のメキシコ・オリンピックに向けて弘子だけを特訓します。他の部員には目もくれません。自分が果たせなかったオリンピックの夢をひろ子に賭けたのです。100mを11秒7で走る弘子をきびしく鍛えます。二人は陸上部の寮生活から社員の社宅に移り、24時間の指導は、周囲の人々から白い目で見られます。ヒゲを剃る習慣をつけさせるなど、ひろ子には男としての生活をさせます。
 念のためにとセックス・チェックを示唆されたため、陸上連盟の検査を受けると、ひろ子は半陰陽と診断されます。18歳までこのかたメンスも無かったというのです。宮路は、伊豆の叔母(吉行和子)の家に戻ったひろ子を追いかけ、ひろ子を女にする努力をします。昼はトレーニングをして鍛え、夜はひろ子を抱くのでした。宮路は女になったら、そのときは他人だと言いますが、ひろ子にとっては宮路は離れ難い男になっていきます。ある日、ひろ子に初めてのメンスがありました。急きょ、上京して峰重の自宅に押しかけ再度診察してもらいます。断る峰重に診察を強要、女であることの証明に峰重の前で抱いてみせさえします。峰重の妻・彰子は宮路に求愛を拒否されたショックで自殺を図り、狂ってしまっていました。
 いよいよ陸上大会の予選、木下電機の専務(内田朝雄)や陸連の笹沼(早川雄三)の前で、成果を出すはずのひろ子は4着、タイムも12秒5とふるわないものでした。宮路は「女にし過ぎた」とコーチを辞め、ひろ子のために生きることを選択するのでした。
 反発しながらも宮路に魅かれていき、前半は男になる努力を、後半は女になる努力をする少女を安田道代が力演、「自分だけを信じろ。エゴイストになれ」と少女を指導する強引な男を緒方拳が過不足なく演じています。彰子が歌う「ミュンヘン・オリンピックの歌」が奇妙な印象を残します。

     映画川柳 「《ミュンヘン・オリンピックの歌》  前進だ 伸ばせ かいなを 足を手を」飛蜘
  
2008年11月10日

テレビ朝日
19:00
里親に捧げる金メダル

2008年
テレビ朝日
40分
 「報道発 ドキュメンタリ宣言」の一篇。浜松に生まれた鈴木孝幸君はいま早稲田大学教育学部の4年生。生まれたときから両手両足がほとんどありません。両親はその姿に驚き、育児を放棄してしまいました。保育園の園長だった小松洋さんが里親として育ててきました。2004年、アテネで行われたパラリンピック水泳の個人メドレーでは8位。{決勝に出られただけでもいいじゃないの」と言う洋さんに、「負けた」と答える孝幸君。雪辱を誓った今年の北京パラリンピックでは、50m平泳ぎで金メダルを獲得しました。里親として育ててくれた洋さんの首に金メダルをかけて感謝の意を表しました。4年にわたる取材で孝幸君と洋さんの人生を記録します。ディレクターは蜂島。
 孝幸君と洋さんの関係は養子と養母ではなく、里子と里親です。なぜ姓が異なる里子なのでしょうか。洋さんは「鈴木家の一員として自立して生きて欲しいから」と言います。自立できるように育てる、これが洋さんの育児や教育の基本でした。その思いはしっかりと孝幸君に伝わります。小松洋さんを囲んで
 高校まで外出のときは洋さんが車で送り迎えをしていました。57歳のときに、孝幸君のために運転免許を取得しました。しかし、東京での大学生活は一人です。通学だけでなく、食事も自分で作ります。右手と二の腕が無いんですが、包丁を使い、料理をします。運転免許も取りました。オートマチック車は障害者にとっては大切な発明品だったんだなあと思います。里親関係は里子が20歳になると解消されます。淡々と役場で手続きをする洋さん。孝幸君は書類がどうであっても自分と”おばあちゃん”の関係は変わらないと言います。
 パラリンピックに出るのは「自分はレアな体の持ち主だから。そんな体でどこまでできるかということを見せびらかしたい(みんなに見せていきたい)」と堂々と答えます。
 小松洋さんは、先天性障害児をもつ新関ひろさん(私の親戚に当たります)の知人で、つい先日、山形を訪れた洋さんを囲んで夕食会を催したことがあります。写真はそのときのもので、ひろ夫妻、父、亡き母の弟と一緒。
 パラリンピックや子育てのことは、以前からひろさんに聞いていました。淡々と子育てに励む洋さんの姿には驚かされます。そして、『五体不満足』の乙武さんもそうでしたが、生まれた時からこれが普通だからと言いたそうな孝幸君の”生きる姿勢”にも感心させられます。教育実習をした聖隷クリストファー高校の生徒たちはわいわいと孝幸君の腕にさわって、はしゃぎ、感嘆します。敬して遠ざけるのではなく、もの珍しく接近していく、それが共生を可能にする付き合い方なんですね。そのことにも驚きました。
     映画川柳 「無き腕に さわろうとする 高校生」飛蜘  
2008年11月4日

ビデオ
ザ・ドリフターズの極楽はどこだ!!

松竹
1974年
94分
 1974年12月末の公開作だが、タイトルから全員集合の文字が消えた。脚本は渡邉祐介と下飯坂菊馬、監督は渡邉祐介、撮影が吉川憲一、音楽は木下忠司。同時上映は『男はつらいよ・寅次郎子守唄』。
極楽はどこだ 開巻早々、夜明けの東京、下町のボロ屋が集まっているなか、朝一番のラジオ放送が始まる。1軒の古い家の台所、ひとりの中年男が台所で野菜を切り、子供の弁当を作っている。女房に死なれて15年、男手ひとつで子供を育ててきたのだ。黒木長作(いかりや長介)である。こんな風に暗いムードで映画は始まる。この感じは通奏低音のように作品に流れ続ける。
 長作は城北花環製造会社の万年係長、息子は5回の大学受験に失敗した一作(加藤茶)と高校生の花子(沢田雅美)。会社には、なにわ節好きな社長(玉川良一)、大学出を鼻にかける部長(仲本工事)、万年平社員の丸太(高木ブー)、紅一点のせっちゃん等などがいる。
 一作は表向きは予備校生だが実際にはアマチュア・バンドのドラマー。結構、女子のファンもついているが父親はそのことを知らない。娘は図書館で勉強と称して放課後、私服に着替えて友達と遊び回っている。長作は、部長に連れられて行った開店したばかりの「スナック久美」のママ(篠ヒロ子)にひとめ惚れ。飲みたりないと、ルバング島での生き残り、戦友の赤垣源造こと源さん(佐野浅夫)の店に行く。
 一作はバンドの仕度金として百万円をお涙頂戴物語を作って、父親の退職金を前借する。一方,長作はスナックのママのために資金を用立てようとしていて、もくろみがふいになって怒る。ママは「二枚目の男はハートが無い」などと言っていると店の女の子(ホーン・ユキ)から聞いて、すっかり誤解してしまう長さんであった。
 戦中派の二人はしょっちゅう戦争を思い出して感慨にふけっている。二人はよく戦ったと回想しているが、実際には塹壕でふるえていたのだ。小野田少尉の話題が出てくるが小野田さんのインドネシアからの帰国は1974年3月だった。
 スナックのママにはやくざだった前夫がいるが、終盤近くにその夫がよりをもどしに来る。前夫とママの仲をとりもつのがママの弟・トオル(森田健作)である。
 源造は日本に帰って来たら妻は空襲で死亡、息子は生死不明だというが、後で実は息子はもう死んでいる、俺は息子のところへ行くと言って、睡眠薬をたくさん飲んで死んでしまう。彼は通帳と印鑑を長さんに遺していた。その貯金をママに届に行ったときに、もう要らなくなったこと、夫がいたことを聞き、愕然とする長さん。鉄道に寝たり、海岸で飛び降りたりするが自殺はできなかった。自分の家ではバンド、ザ・ドラゴンズ結成記念祝賀会が開かれており、戦中派にはどうにも行くところが無い。記念コンサートの切符を破り捨てたものの、息子の様子が気になり、会場をのぞいてブラック一作のドラムを聞く。会場を出ようとしたとき、娘と一緒になり二人で飲み明かす(あれれ?娘は高校生じゃなかったか・・・)。翌朝、冒頭と同じ朝いちばんのラジオ放送が始まる。台所で包丁の音、朝食のしたくをしているのは一作だった。起き出した長作、お前の味付けじゃダメだと小競り合い。そしてお互いをけなしあって、お互いの仕事をたいした仕事じゃない、俺にもできると長作は一作の着物を、一作は長作の着物を着て出かけようとするのだった。娘は二日酔いで、二人の様子にあきれている。
 バンドのリーダー・三郎として志村けんが出演しているが、あまり目立っていない。
 ゲストの挿入歌として、天地真理がスナックの開店祝いで「木枯らしの舗道」を歌い、長作と源造のイメージの中で南洋の歌手アン・ルイスが「フォーシーズン」を、最後のロックコンサートでキャンディーズが「なみだの季節」を歌う。

    映画川柳 「戦中派 つらい帰国の 小野田さん」飛蜘   

[参考文献]川本三郎 日本映画批評 キネマ旬報1974年1月より
 シミジミとさせる映画。時代おくれのオーバーを着込んだいかりや長介がくたびれきった中年男を演ずる。生きることも死ぬこともうまくいかず右往左往するいかりや。 
2008年11月4日

ビデオ
祭りだお化けだ全員集合

松竹
1972年
88分
 全員集合第9作。ちなみに、第8作は『春だドリフだ全員集合』。脚本は田坂啓・渡邉祐介、監督は渡邉祐介。1972年8月公開。同時上映は『男はつらいよ・柴又慕情』。
祭りだお化けだ全員集合  お祭りの神輿が通る。大衆割烹「川きん」の二階ではあるじの金造(三遊亭円右)と板前の松吉(犬塚弘)・長吉(いかりや長介)がふぐ鍋を囲んでいた。ドリフの「お祭りマンボ」でオープニング・タイトル。
 神輿をかついでいたヒデオ(加藤茶)・風太(高木ブー)・工作(仲本工事)に板前が死んだという知らせが入る。ヘドロの長吉が死んだと思った三人、おお喜びで店に戻るが、死んだのは松吉のほうだったのでガッカリ。葬儀がすむと長吉は自分から板前筆頭を宣言し、従業員を支配しようとするが、仲居さんたち女はみな他の店へ鞍替えしてしまう。三下の板前たちも去ろうとするが、それぞれ長吉に助けてもらった過去の恩義があり、去ることができなかった。バクチ好きで勘当された若旦那の忠(荒井忠)も板前修業をすることになる。
 久しぶりに師匠(柳屋小さん)が客に来た長吉の指導で三下が怨みをこめていろんなものを放り込んだ滅茶苦茶な吸い物が良いわけがない。娘の令子(林美智子)は困ってしまう。山口いづみは隣りの家のマドンナとして一曲「緑の季節」を歌うだけのゲスト出演。
 長吉は令子と結婚して店を継ぐ夢を見ているが、それには自分の足を引っ張る三下板前どもが邪魔。なんとか追い出そうとするが長吉の魂胆を知って三下は逆に出て行かない。
 20年前に金造が女中の千代に産ませた子を千代共に引き取って店を去った板前の平蔵(藤岡琢也)が懐かしい。川きんは留置所の仕出弁当でも失敗する。返された弁当を三下に無理やり食わせる長吉。
 令子と長吉が観音様へお参りに来たついでに寄った小料理屋「ふな木」の板前が平蔵だった。既に千代は亡くなっていて、娘の京子(仁科明子。本作では新スター)は町の薬屋でアルバイト中の大学生。平蔵に再会した令子は平蔵を川きんに迎えようと算段する。
 長吉ははずみで冷凍庫に閉じこめられて冷凍されてしまうが、奇跡的に復活、三下の罵詈雑言に腹をたて、ネズミを殺す農薬を入れた三平汁を三下たちに食わせる。きれいに全部を平らげてもみんなはなんともない。ひしゃくの底をなめただけで長吉には効く毒なのだが。「しまった。こいつら公害で胃袋に免疫ができちまった・・・」。
 突然、保健所らしき所員(桜井センリ、安田伸)が川きんの調理場を消毒。賭場をしきるヤクザの猪虎(谷村昌彦)の悪巧みだった。長吉は三下たちの仕業と誤解し、船に乗せて溺れさす計画を立てる。ちょうど長吉には金造からの休みも出た。無理やり、三下たちも同行させて海沿いでリゾート。
 海水浴場では、大学の水泳部の合宿で着ていた京子たちとも意気投合。沖合いで船からヒモで縛って三下たちを海へ放り込んだ。ところが、四人はお化けになって現れた。
 すっかり反省する長吉。ヤクザの親分も忠をだまして取ったバクチの金の抵当に店の権利書を得ていたが、これを返却。令子は洋食レストランの武(森次浩司)と交際中。
 再建される川きんで、慰留を問われた長吉は、令子のいない川きんじゃ仕方が無いとばかりに、中近東へ行って修業をと申し出る。そしてその際、三下たちを一緒に連れていきたいと申し出て許可される。
 川を下る船があった。長吉を後ろから出刃包丁で刺そうとする面々。

    映画川柳 「猛毒を 食べても食べても 効果なし」飛蜘

 この後、松竹のドリフターズ・シリーズは、第10作『舞妓はんだよ』、第11作『チョットだけよ』、第12作『大事件だよ』(荒井注最終作)、第13作『ザ・ドリフターズ 極楽はどこだ』(全員集合という言葉が無い)、第14作『超能力だよ』、第15作『正義だ!味方だ!』(瀬川昌治監督)と続く。ビデオは現在のところ、『春だドリフだ』と『正義だ味方だ』が入手不能である。東宝のドリフ映画はビデオが出ていない。
2008年11月3日

ビデオ
ツンツン節だよ全員集合!!

松竹
1971年
88分
 全員集合第7作。ちなみに第6作は『誰かさんと誰かさんが全員集合!』。脚本は渡邉祐介・田坂啓、監督は渡邉祐介。1971年8月公開。同時上映は野村芳太郎脚本・監督の『コント55号とミーコの絶対絶命』。
 辺地県未開郡日蔭村にセントラル移動食品のトラックでいいかりや長吉(いかりや長介)がやって来た。この村は彼の出身県、東京に出た彼が置き去り弐した女房(根岸明美)は海女で、泥棒ばかりしている加藤ヒデオ(加藤茶)を潜水採集でしごいている。長吉は不審が続く貧乏会社の従業員を集めに来たのだが、海女たちに笑い飛ばされる。こうなったら半端者でも誰でもいい。折からヒデが助けを求めていた。スキを見てトラックに乗せて一目散に逃げる。村から出すなと後を追う女たり。山に一時避難した長吉はそこで世捨て人で生活していた三人、忠助・風太・工作と出会い、うまい話があるとホラを吹いて東京へ連れて来る。
ツンツン節だよ全員集合 セントラル移動食品会社の社長は新作(谷啓)で長吉とは小学校の同級生、二人だけの生徒で一、二番を争った仲である。会社の社員はゼン(谷村昌彦)とロク(佐藤蛾次郎)の二人。屋台の元締めだった。騙されたことに気付かない4人は自分で補強した座敷牢に閉じ込められてようやくおかしいと思い始める。村へ帰ると言うが新作の妹の美代(倍賞美津子)が現れると一同、帰村の気持は無くなってしまう。しかも美代は牢の鍵を外してくれた。
 屋台を連ねて出す一兆円ビジョンを掲げる新作だったが、美代やバー黒猫のママ(香山美子)など、まともに取り上げるものはいない。
 セントラル食品に立ち退き要求をしている不動産業もする日の丸金融の社長・熊虎(小松方正)は妻(若水ヤエ子)があるがバーのママの店に通っている。その息子・豹太(左とん平)は地上げの際のガードマンの訓練に余念が無く、美代に惚れていた。
 やる気の無い屋台で売上は伸びないが、ドリフの4人はゼンたちから経理係りの長吉は十ニ人分の給料の上前をハネているからマジメにやるもんじゃないと助言を受けている。横暴に耐え切れず、長吉の妻に迎えに助けを求める手紙を書くが、途中で長吉に見つかり、屋台に鎖でつながれる羽目になる。おでんの薀蓄を三遊亭円生が話すオマケがある。トイレに行けないヒデが清酒ビンにした小便を間違って飲まされそうになる場面があるが、さすがに円生師匠にそんな失礼なことはできなかった。
 長吉には夜ひとりでトイレに行けないという弱みがあった。毎晩ヒデを起こしてついていってもらうのだ。その時を利用してボロ宿舎から脱走を図る四人。首尾よく脱走したものの金も家も無い。ちょうどミサワホームのモデルハウスがあった。夜はそこで暮らすことにした。食事は食堂の残りものを集めてくる。
 ゼンとロクの母親(武智豊子ら)が田舎から出てきて、ひとり当たり十万円の借金の返済を社長に迫る。困った社長は長吉に三百万円の貯金から一部を貸してくれと頼むが、長吉の本当の預金は三千円、ママの前で見栄を張っただけだったので貸せるわけが無い。日の丸金融に行くと豹太が美代との見合いの段取りを条件に貸してくれた。
 十万円を渡すと母親は帰ったもののセンとロクも連れ去られて働き手がいなくなってしまった会社はいよいよ困窮する。昼間は寝てばかりの長吉も夜はバーで意気軒昂、相変わらずのホラ話が冴える。ママを誘って偶然入ったミサワホームでヒデを発見。連れ帰って逆さ釣りで責める。いったんバーに戻った長吉、雨が降ってきたのにヒデのことを忘れてしまったことに気付いて戻ると、とき既に遅くヒデは死んでいた。本当は仲間の演出。死んだふりをしているヒデを棺桶に入れて外へ出そうとする。トイレに立ったヒデと長吉が出会ってしまったが、お化けが怖い長吉は気絶。今度はみんなで長吉を死期の近い病人に仕立ててしまう。医者(伴淳三郎)はこの茶番に付き合えないと帰るが、医者のダメを長吉の死に結び付けてしまった新作は通帳の三百万で借金が支払えると考える。豹太に借金返済の目途はついた、美代は会うつもりがないと答えると、日の丸不動産の強制大執行が始まる。ユンボで会社のボロ家を壊す不動産屋。みんなは長吉の通帳の三百万を借りようとする。しかし、実際の金額を見てあきれる。
 長吉と新作を現場に残し、日の丸金融の事務所に乗り込む他の面々。ガードマンを阻止する魚河岸の連中。美代は魚河岸で働くケン(山本紀彦)に加勢を頼んだのだ。鉄球で打ち込まれても土にめりこむだけの長吉、クレーン車にはねとばされて事務所まで飛ぶ熊虎などナンセンス場面がある。
 見舞金で息をつく新作。バーのママとの関係も良くなったようだ。ママにふられて失意の長吉に村の女房が岩下志麻みたいな女と一緒かと思うと悔しいと嫉妬して上京してきた。しかし、ここで村に帰られたら自分たちへの借りが返せない。四人は奴隷時代に唱えさせられた男心の三ケ条(男になりたい、男になろう、男になった)を長吉に強要、女房には村で待っていてもらう。
 やがて半裸でセントラル食品のトラックに乗り、村へ向う陽気な一団があった。荷台には長吉を乗せていた。

   映画川柳 「地上げ屋は どん底会社よりも ワル」飛蜘
 
2008年11月3日

NHK総合テレビ

13:05〜14:35
テレビの可能性
吉田直哉が残したもの

NHK
85分
 昨年亡くなったNHKの吉田直哉ディレクターの足跡をふり帰る番組で、進行役は山根基世アナウンサー。吉田直哉が20代に作ったドキュメンタリーを見ることができたのと、ゲストに今野勉と冨田勲を招いて証言してもらっていたのが収穫だった。
 《日本の素顔》シリーズで吉田が撮った「日本人と次郎長」は現代やくざの世界を描いていたが、やくざ否定の内容だった。なにせ違法行為である。よくやくざの実態に迫る映像が撮れたものだと感心したが、直接やくざの親分に交渉したとき、吉田はやくざ否定の内容であることを伝えて、親分のガードをしていた犬にかみ殺されそうになりながら、肝っ玉が気にいったと言われて撮れたものだと言う。もっとも盆の上の勝負などは再現ドキュメントであるが、吉田はこれを「やらせ」と非難するのは間違っていると主張する。そんなことを言えばフラハティのドキュメンタリーだって、やらせだということになってしまうと言う。
 今野勉も欧米のリコンストラクションは立派なドキュメンタリーで芸術活動だという認識が日本には入って来なかったと残念がる。
 TBS系のテレビマン・ユニオンの理論家・実践者の今野勉を解説者に起用したNHKのディレクターもずいぶん太っ腹だが、それに応えて今野勉も、吉田は初めから日本人論を意識していたと解説していた。その吉田のスタンスが社会科の勉強になると評判になった解説入りの大河ドラマ、「太閤記」や「源義経」であった。「21世紀は警告する」や「太郎の国の物語」も基本的には同じ系統の番組である。
 萩元晴彦・村木良彦・今野勉といった自覚的で意欲的なテレビマンは『お前はただの現在に過ぎない、テレビになにが可能か』(田端書店,1969)といった著作やテレビ・ドキュメントで、世界を変革する夢をテレビに託していた。そんな七〇年代があったのだ。

    映画川柳 「剣よりペン 事実を切り取る 新しさ」飛蜘

[参考書]萩元晴彦・村木良彦・今野勉『お前はただの現在に過ぎない、テレビになにが可能か』(田端書店,1969) 朝日文庫として2008年に再刊された。
 1974年にフジテレビ『ボクのしあわせ』(井上ひさしのエッセーをもとにした連続テレビドラマ)を今野勉や村木良彦が演出、「虹を掴む男」の回では、ドラマ内で『モッキンポット師の後始末』をテレビ化することになる。石坂浩二が「ぼくの役を石坂浩二さんがやるんですか!」、小鹿ミキが「あたしの役を小鹿ミキさんが!」とテレたりするので、なんとも楽しい。これが今野勉の方法のひとつなのだ。テクニックでウソを伝えることも感動を作りあげることも容易だろう。しかし、彼らはそれをしない。テレビマン・ユニオンの製作するドキュメンタリー「遠くへ行きたい」で、なにがしかの“やらせ”がある場合にはそれと分かるようになっている。それにこの場組ではインタビューアーが俳優である。演技者である。インタビューの素人である。そのことがテレビを見ている人に了解され、自覚されていることがポイントなのである。(池田博明『幻の天使』1974年7月25日より)

シェイクスピア作品の映画化やその関連の映画は除く。
それらは別ファイルになっている。→ 『シェイクスピアの劇と映画


  BACK TO 私の名画座     映画日記データベース


 森崎東監督 全作品データ