• This section is written in Japanese only. If illegible characters are found on your monitor screen, I will recommend you to set the browser on a right decode preference.

    第9章 山中通産大臣が政治決断ー北海道、石炭協会による新会社設立

    8.北海道も難問背負う

     しかし、これは、北海道にとっても厄介な問題を国から持ち込まれたも同然だった。北海道では当時、同鉱に限らず、北空知地域の四山、すなわち、三井・砂川、三井・芦別、住友・赤平、北炭・空知の各炭鉱、さらに北炭・幌内炭鉱の経営難が深刻で、北海道が第三セクターを作れば、これが前例となることが十分予想されただけに、山中提案には慎重にならざるを得なくなった。国もこれを嫌ったし、道も同じだったわけである。

     資金面で見ると、石炭協会が見積った同鉱の開発資金四百億円のうち、八〇%を国の新鉱開発資金で賄っても、残りの八十億円は石炭業界と北海道が負担しなければならない計算である。石炭協会がただの石炭業界の集合体にすぎない以上、膨大な資金を持っているはずもなく、出資に応じることはかなり難しいというより、不可能だった。

     北海道も横路知事が同鉱の再建を知事選での公約にしてきただけに、国が道債を引き受けるという支援策まで出されては引っ込みがつかない。そのうえに、大臣はまた、同鉱再開発問題を石炭エネルギー行政にとどめず、北海道開発庁や自治省、国土庁などの行政機関への予算措置を求めていくことも明らかにしており、地域開発の観点からも支援する意向を示したことは、北海道の協力をますます不可欠なものにした。

     対馬孝且参議(社会党選出)の話によれば、知事は山中大臣から「北海道も一枚かんでくれ」と言われたとき、「別に新会社の経営(事業)主体があって、それに北海道も協力してくれ」ということだと受けとめていたという。

     知事は終始一貫、国の責任の下での同鉱再建を主張、経営主体が国ではなく道にされてしまうような責任転嫁に強い警戒感を持っていたので、そう考えるのは無理もなかった。当初、私は大臣はうまく国の責任を回避したなあと思っていた。しかし、二十五日の山中大臣の国会答弁を聞く限りどうもそうでもなく、大臣は北海道の出資は希望するが、経営主体になることは事実上無理であることを認めた。

     むしろ、その出資自体も、経営主体をどうするかについても北海道に計画案を出させようという作戦だったのである。

     山中大臣は、大臣提案に反対する通産官僚との対決をも覚悟していた。山中案のチッソ方式の適用などには、自治省や大蔵省は批判的で、私案としてはかなり無理があったことは否めないが、「一パーセントでも可能性が残されているならば、常識にとらわれず、何とかしてみせるというのが政治家本来の姿だ」という強い信念を持っていた。

     横路知事は、記者会見で 「通産省の事務担当者はもちろん、道も(山中提案には)驚いた。提案内容の細部については不明なところがあるので、確かめていきたい。(道内の)石炭関係者とも協議し、道としての対応を考えることになる」と戸惑いを見せながらも、当面は、同月二十四ー二十五日の国会での集中審議の場で、国の考えを見極めようという意向だった。

     知事は 「国会審議のあとは、首相や通産大臣もサミット出席のため長期国内不在となるので、大臣にこちらからボールを投げかえすにはまだ時間がある。また、六月三十日の債権者集会の行方などいろいろな問題が残っているので、そう早く北海道としての結論を出すようなことにはなりませんよ」と言った。

     横路知事としては、また、 「山中案を踏まえて、北海道と国との間で妥協点を見いだす考えだ」とも言った。

     北海道がはっきりさせたかった点は、国は無利子の新鉱開発資金を出すということ、北海道と石炭協会の出資が同資金の利用の前提条件になっているのかどうかだった。

     道側の石炭担当責任者である北野真一・北海道商工観光部長は 「道が出資しなければ国が資金援助しないのかが不明だ」といい、出資を避けたがっていた道としては、それ以外の選択肢を考えるにも国の真意を知りたがっていた。まず、北野氏の頭の中にあったのは、チッソ方式だった。これは、北海道が起債し、国が道債を引き受け、それで得た資金を道が経営に参画しない新会社に貸し付けられないかどうかということだった。

    9.山中通産大臣の自作自演の様相

     五月二十四ー二十五日の衆参両院での集中審議を前に、北海道は二十三日、佐竹副知事と大橋石炭対策本部事務局長を通産省に派遣、国の真意を聞き出そうと試みた。大橋氏は北海道のエネルギー行政のプロ。なかなかのアイディアマンで太っ腹という面白い人物であり、私にとって貴重な情報源だった。

     二十三日午前、通産省の弓削田石炭部長は北海道との初の事務レベル会議で、苦笑気味に 「山中大臣の提案については一切、知らされておらず、従って、真意などはつかみきれず、事務当局としても苦慮している」といった。

     山中大臣らしい行動といえばそれで済むかもしれないが、どうも、以前から大臣が第三セクター方式という政治決断をするだろうという噂は流れてはいたものの、省内でよく検討されぬまま、大臣の思いつきによる自作自演だった可能性が強まってきた。

     通産省構想というよりも、山中氏個人の私案に近く、政治家山中氏としての政治色の濃い決断だったわけである。これは、北海道としても、事務当局の通産省としても厄介な問題を背負わさせたばかりか、提案の実現度もかなり割り引いて考えなければならなくなったことを意味していた。

     北海道側が大臣の真意がつかめなかった理由の一つに、政治家特有の含みを持たせた、あいまいな言い方がある。

     北海道の北野商工観光部長は 「通産省の石炭部長は、大臣が政治的に判断し、提案しているといっている。五月二十日の大臣の記者会見を同省担当官がメモ書きしたものをみると、大臣は北海道が出資して新会社を作るとか、北海道が主体になってという表現がでてこないんですよ。どう言っているかというと、北海道が一枚かんでとのことでしたね。そして、北海道が中心になって、石炭協会にも協力させて再建させるということでした」というのだ。

     佐竹副知事らもこの日、真意を探ろうと、与野党国会議員と意見交換するなど必死に動き回っていた。

     この大臣のコメントについて、同省の事務担当所管である石炭部計画課の総括班長に聞いてみると、 「北海道が主体となって、地域開発の観点から、ヤマの再開発をする気があるならば、国としても石炭協会も協力してくれるように要請するという表現であり、新会社とか、出資という言葉は出てこないが、この北海道の主体というのは北海道が新会社に出資して経営責任を持ってということを観念的に指しているようだが、(選択の)幅がある提案だ」という。

     続けて、 「石炭協会に対しては、協力ということで、場合によっては出資もあり、その幅は広い」という。

    10.加藤北海道開発庁長官、北海道の自助努力要請

     そんな中で、同じ五月二十日に山中大臣と同鉱問題で意見交換をした加藤北海道開発庁長官は面白い発言をしている。

     「石炭政策は国がやるから、国を責めればいいというのではなく、産炭地経済が北海道経済を支えるひとつであることを踏まえて北海道は真剣に考えてもらいたい。北海道は一千億円の政策予算を持っているのだから、同鉱再建は北海道民全体で考えてもらいたい」と北海道の自助努力を求めたのだ。

     これらの話を総合すると、どうも大臣は北海道が新会社に参画、道独自の再建案を出さないかぎり、国も資金協力は出来ず、このままでは、石炭協会の検討結果どおりに再建は不可能になるということのように思われた。なにしろ、大臣の記者会見が東京で行われ、私自身、その会見に出席できなかったので、どうしても、他人が取材した記事情報や証言に頼らざるを得ず、核心部分があいまいになってしまうのは致し方がなかった。

     この加藤北海道開発庁長官の一千億円の政策予算についての発言に関して、横路知事は二十四日の札幌での定例記者会見で、 「一千億円の予算は全く自由にならない。福祉も含め、農業、町村関係に使われるもので、決して余裕のあるお金ではない」と道独自の政策予算には限界があるとして、一千億円の同鉱再建への流用の可能性を否定した。これは、チッソ方式による資金調達の道を確保しておくうえで重要な発言だった。

     また、横路氏は社会党出身ということで、中央の自民党政権による横路いじめではないかといううがった見方もあったが、

     知事自身は 「山中さんとは国会時代から付き合いがあり、そんなことをする人ではなく、党人派の政治家としてああいう判断を下した。従来、考えられていた枠組み、つまり、管財人、石炭協会、私企業体の枠組みを外れた提案だった。悪意があったとは思っていない」という見方だった。横路氏と山中氏の政治家同士の約束だったと私は思った。

    11.山中大臣、衆参両委で真意説明

     五月二十四日の衆院石炭対策特別委員会は有吉会長の参考人意見聴取が行われただけで、山中大臣への一般質疑は翌二十五日午後に繰り越しとなった。二十五日午前の参院エネルギー対策特別委員会と午後の衆院石特委で、注目の山中大臣は、ふつうなら通産省のお役人が書いた台本通りに答弁するところだが、自分の言葉で党人派の政治家らしく、実に歯切れよく、とうとうと答弁を始めた。

     質疑応答の要旨を紹介すると、まず、午前の参院委員会で質問に立った対馬孝且議員は、 「国内資源の確保、雇用の安定、地域社会を守るという観点から、大臣は決断をされた。マスコミは(国の)責任逃れともいっている。大臣の真意はどこにあるのか伺いたい」と質問。

     これに対して、山中大臣は 「私の行動に批判が出ているが、批判は恐れない。前大臣が(新会社の検討を)石炭協会にお願いしたが、検討結果の報告は私がサミットからの帰国(六月二日)後にしてもらった。その間に何か解ける道がないかと思っていた。協会の報告内容は再建不可能であり、それを受け取ったら、あとは離職者対策だけである。それでは政治家はいらない」

     大臣は続けて 「熊本県のチッソ方式は、チッソが潰れると借金が残る。その場合、国が面倒を見る。同じような方法を取ることは難しいが、北海道にとって放置できない問題であれば、何とか考えて欲しい」

     また、大臣は 「横路知事が就任の挨拶に見えたから、この話をして、参加して欲しいといった。知事は”突然のことなので、返事のしようがない。持ち帰って検討したい”とのことであった。(知事には)経営主体をどこにするか、お金をどうするか、そのお金をどう面倒みるか、そのすべてを持ち帰り、検討して欲しい。北海道議会もあり、(せっかくの知事の再建案も)否決されたらどうにもならない。これから事務当局で詰めていくことになる。どういう場合にどういう対策が必要か、六日間の余裕をおき、いろいろ事務的に詰め、帰国後にさらに判断したい」と答弁した。

     続けて、対馬氏は 「問題は経営主体である。知事は、別に経営主体があってそれに協力してくれと頼まれたと受けとめている。また、石炭協会の佐伯副会長は、あくまでも北海道が主体となって考えるのだから、それに協力してくれといわれたといっていた。協会は、債務の肩代わり、赤字負担、出資はできないといっている。北海道が事業主体なのか。北海道と石炭協会の第三セクター方式なのか」と聞いた。

     山中大臣は、 「そのところをご相談申し上げている。石炭協会がこれ以上、(同鉱問題に)関わることは全くしないというなら、これまで、国のお世話になってきており、(今後も国の世話にならないというならば別だが)自分らの勝手気ままにはならないはすだ」と石炭協会の協力取りつけに強い姿勢で臨む意向を明らかにした。

     「(同鉱の再開発後になおも残るとみられる)八百八十八億円の累積赤字は、私は絶対だとは思っていない。開発は無理だと思って検討する場合と、何とかやろうとして検討する場合とでは違ってくる。知事にあなたのおじいさんもヤマで働いていたと聞いているがといったら、そうですと言っていた。(新会社の)経営、分担、出資をどうするかは、すべてこれからの問題である。逃れようとしても、私の責任は逃れるものではない」と国の責任回避を否定したが、その一方で、国としては、具体的な新会社の構想については注文をつけず、まず北海道側に案を作成してもらい、それをたたき台にして、通産省と共同で検討しようという方針を示している。

     なぜ、国が北海道にヤマの再建の主導権を握らせたのか、疑問のあるところだが、衆院石特委で、岡田利春氏の 「大臣は知事に対して”北海道として、一枚力を貸してもらいたい”といわれたが、国が援助しやすい形にするため、知事にお願いしたと受けとめてよいか」という質問に、 山中大臣は、 「そういう気持ちでお願いしている」と述べ、さらに、 「国の責任を回避する意思は全くない。しかし、通常のルートであれば、ダメの結論が明らかであるので、何とか道はないのかと考えた。臨調答申や石炭鉱業審議会の答申にも反するかもしれないが、緊急必要である場合には、別な方向に踏み出すことも政治家だ」といった。

     政治家山中氏としては、国が主体となって採算の合わない新会社を支援していくことは、当時、中曽根政権下で財政健全化のため、特殊法人や官庁機構の見直しなどを盛り込んだ臨調答申が話題を呼んでいた時期だけに、国による炭鉱経営には問題が多かった。そこで、北海道に国の役割を演じてもらう代わりに、国としては最大限の金融支援をしようというのが山中氏の考えだった。

    12.北海道の新会社出資が国の資金支援の前提

     山中大臣は新鉱開発資金も通常、一度開発された炭鉱には融資されないことは十分知っていたが、北海道が出資者になれば新規の炭鉱とみなし、適用が可能になると判断していた。この判断こそが「北海道庁の新会社への出資が、国の新鉱開発資金融資の前提条件である」と新聞各紙が報道した根拠だった。この国会答弁でも事実、大臣は北海道が経営主体になるのは無理があると認める一方でせめて出資だけでも求めていた。

     社会党の岡田利春氏が 「北海道ではなく、国の事業団が出資してはどうか」と質問したときも、

     山中氏は、 「そういうものだけでは、新鉱とみなした融資は出来ない。そのため、新しい形態の企業体を作る必要があると考えたあげく、知事に提案した」といっている。

     次に質問に立った民社党の小淵政義議員は 「自治体が参加すれば、新炭鉱として認定されるのかどうか」と疑問を投げかけたが、 大臣は 「それは政治決断である。私自身が断定する」とまで言い切っていた。

     もう一つ、北海道に注文をつけずに再建案を出させるようにしたのは、山中氏一流の政治的配慮だった。この点については、公明党の斉藤実議員の質問に答えている。

     大臣は 「知事にすれば、(国から)方針を示されれば、より一層、困るのではないか。今までのやり方では道がないということで相談するのであり、”何の条件もない、検討してもらいたい”と知事にいった。知事が(新会社への出資を)決断しても、北海道議会で否決されることもありうるのであり、知事として(出資には)何が条件として必要か、検討してもらいたいと思った」というのだ。

     両委員会での山中発言をまとめてみると、次のようになる。

    (1)最終責任は国にあり、北海道に同鉱再建の全責任を負わせない。

    (2)国は北海道から新会社を設立するための前提条件を聞き、何ができるか検討する。

    (3)その検討は、六月二日のサミットからの帰国後に双方で詰める。

    (4)国の金融支援は新鉱開発資金のほかに、チッソ水俣方式による支援も念頭に置く。

    (5)国の方から条件は付けないので、北海道独自で条件、即ち再建構想を提出する。

    (6)新会社への出資の前提条件となる経営主体や経営方式については、北海道から独自案を出してもらい、国と共同で検討する

    (7)北海道には財政的な迷惑をかけない。国は最大限の協力をする。

    (8)石炭協会との交渉の詰めは大臣自らが行う。

    (9)石炭協会が北海道に再建不可能の検討結果報告をするのは越権行為であり、中止させる。

    Masutani's Top Page ノンフィクションのトップページに戻る (Back to the top page)