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    第9章 山中通産大臣が政治決断ー北海道、石炭協会による新会社設立

    1.通産大臣、参院エネ特委で積極発言

     こうした事態を受けて、四月二十日、参議院エネルギー対策特別委員会が開かれた。山中通産大臣は北炭夕張炭鉱問題に言及した対馬孝且議員(社会党、北海道五区)の質問に答えて、

     「ヤマに残る人が働けるように、これまでにないことを決断する用意がある」とか、

     「経営の引き受け手がなければ出来ないが、一般的に政府がやり過ぎだという問題が出ても決断する用意がある」とかなり踏み込んだ発言をした。

     この山中発言は、石炭業界の中から経営を引き受ける企業が出ることを条件としたものの、国の支援について前向きな発言だった。また、山中大臣は海外出張を控えていることを理由に、石炭協会からの検討結果の最終報告は四月末から、五月上旬以降に延期させる見通しも明らかにした。最終結果が大臣に報告されれば、大臣も結果は結果として尊重しなければならず、従って同鉱の再建の望みは完全に断たれることになるからだ。

     山中氏の党人派政治家としての力量もあったが、今の政治家とは違って、官僚におもねることもなく、政治家というものの本質をよくわきまえた心意気あふれる数少ない政治家だったような気がする。

     事実、その言葉通り、山中大臣は帰国後、大胆なある提案をすることになるのである。

     五月十一日、住友石炭・赤平炭鉱の大木英一社長に再開発について意見を聞いてみた。大木社長は石炭協会の五社会のメンバーでもあり、検討委員会の最終結論について協会のトップの一人として最終判断を下さなければならない立場にあった。 

     当時、石炭協会の内部では新会社の検討を進めるにあたって、同鉱の再建問題は単に一企業の再建という枠を越えて、地域社会を守り、大量失業を食い止める必要があるという認識が広く浸透しており、それらの点をを考慮すべきか、それとも純技術論として、保安や技術、労務、経理の面からだけの検討を行うべきか、議論がたたかわされていた。

     大木氏によると、

     「石炭協会が、政治的な責任を追う必要がないとはいえ、一部に(同鉱問題をめぐる世論の動向に)関心があり過ぎるようだが、そんな意見でいいのかという議論になっている」という。

     そして、まわりの政治、社会情勢としては、地元夕張市や労働組合、中央の石炭議員を中心にヤマの存続論が根強いが、石炭協会では純粋技術論に立ったうえで同鉱の再開発に対する悲観論が台頭してきているという。

     大木氏は、また、立て坑は去る四月十六日の石炭協会の中間報告では二本必要としていたが、同鉱近辺の三井・砂川、芦別両炭鉱でも立て坑は三本なので同鉱も三本は必要になるとし、再開発には上限で七百ー八百億円、下限で六百億円が必要と、開発費用が管財人案の三百億円を大幅に上回り、中間報告通りの二十年の採掘期間では終掘時に一千億円という膨大な累積赤字が生じる見込みだと指摘した。

     大木氏は、

     「結論としては、大手炭鉱ベースでも同鉱の再開発は困難と思われるという表現になるのではないか」というのだ。

    2.技術者不足も最大問題

     再開発を難しくしているのは、お金だけではなかった。技術者不足もあった。大木氏によると、同鉱の坑員数は一千人だが、五十歳以上の高齢者が五〇%を占め、出嫁率も検討のベースとして北海道平均の八四%を想定しているが、現実の同鉱の出嫁率は七二%と低く、これではお話にならない低さだという。

     さらに、技術職員は二百ー三百人必要になるが、同鉱の場合、三十人程度で、各炭鉱会社とも技術者は回せず、いくら炭量があっても現実的には再開発は無理だというのだ。

     当初、五月十二日に日本石炭協会は加盟大手五社の社長会を開催して、技術的には再開発は可能だが、人員、経営面で困難を伴い、炭鉱経営上の採算ベースにはのらないとする最終検討報告案を了承、十六日には山中通産大臣に報告、最終判断は国に委ねるという予定だったが、なぜかこの日の社長会では結局、結論を出さず、翌週に結論を持ち越すことになった。

     社長会で何があったのか、橋口管財人代理(石炭協会事務局長兼務)に聞いてみたが、

     「結論を延期した理由を話せば、それそのものが報告書の内容になるので言えません」というだけで、はっきりしなかった。

     実はこの理由は通産省、というよりも一政治家として英断を振るった山中貞則氏の新提案にあった。

    3.山中大臣、第三セクターによる再開発決断

     五月十七日、北海道新聞も北海タイムスも通産省首脳の談話として、山中通産大臣が政治判断による再開発の新提案を用意しているという記事を載せた。

     タイムスは共同通信電を使ったのだが、これは、前日の通産事務次官か資源エネルギー庁長官のどちらかの定例記者懇談の席で飛び出したものだったことは容易に察しがつく。各省では、記者懇談と称してオフレコを条件に重要な問題について、首脳が記者にそれとなく政府側の政策などをリークするのが習わしになっているからだ。

     新提案の中身は国、北海道、石炭業界の三者の第三セクター方式による新会社設立、再開発というのが大方の見方だった。中には、国が同鉱を深部採炭の実験炭鉱として存続させるという案も出ていた。

     この日、大沢氏に取材すると、

     「大臣の提案内容は分からないが、第三セクターなら有り難い。しかし、民間から石炭会社が出るということにはならないでしょうね。まだ、六月までには時間があるのでしばらく様子を見ていなさいよ」という。

     この六月というのは、六月三十日に予定されていた債権者集会のことで、管財人はここで、大口の担保債権者から新会社に継承される資産評価がゼロになるように期待していた。仮に第三セクター方式であっても新会社が設立されるためには、この債権者集会の結論が鍵を握っていた。大沢氏はそれまでは、近く明らかにされる政府案が果たして実現の可能性があるかどうかを見極めたいという腹だったようだ。

    4.大臣、五月二十日にも新提案発表

     新提案は五月二十日午後、石炭協会が山中通産大臣に検討結果の最終報告をする同じ日に、大臣が私案として石炭協会に説明したあと、記者会見で正式発表する段取りだった。

     前日の十九日、私は北海道選出の社会党大物議員、岡田春雄氏の国会議員会館に電話を入れた。

     岡田氏は、

     「きょう、山中大臣が私の部屋を訪ねてきたが、そのときははっきり言わなかったが名案があるといっていた」という。

     岡田氏によると、新会社の受け皿が決まれば、国は思い切って新鉱開発資金を出すということになるというのだ。明日の会談では、山中大臣は石炭協会からの最終報告は聞かずに、反対に大臣の方から石炭協会に逆提案することになるだろうともいった。協会の報告を棚上げするというのである。

     岡田氏は続けて、

     「新鉱開発資金を利用すれば、累積赤字は相当少なくなる。石炭協会の試算では二十年後の終掘時になおも八百八十八億円の赤字が残るということだが、新鉱開発資金は無利子融資なので、十数年後にはかなりの赤字が埋まるはずだ」と、協会が補助金を前提としている考えとは対照的に、山中大臣は無利子の新鉱開発資金の導入の政治決断を考慮していた。これは興味深い点である。

     同氏は、

     「新鉱開発資金とは別に、大臣はもう一つのウルトラCの支援策を考えているようだった」ともいったが、それが何をさしていたのかは分からなかった。

    5.横路北海道知事、山中大臣と会見

     五月二十日午後一時十分、新知事に就任したばかりの社会党のプリンス、横路孝弘北海道知事は国会内の政府委員室で山中大臣とある重大な会談を持った。記者のほとんどはこの会談で山中氏がウルトラCの再建策を示すものと見ていたが、真相が分かったのは知事が北海道に戻って来たその日の午後七時十五分、道庁内の記者会見場で開かれた知事の記者会見の席上だった。

     二人の会見では、大臣が、

     「同鉱の再建を始めるにあたっては、道にも協力をしてもらわなければならない」というだけで、具体的な内容について横路知事が質しても、

     大臣は、

     「具体的な内容については、これから(午後四時)石炭協会の代表とも会い、本日中に記者会見の席で示したい」というだけで言葉を濁したという。

     この背景として考えられたのは、大臣としてはこの時点ですでに大沢管財人から石炭協会の検討結果の報告内容を知っており、自民党の倉成正石炭対策特別委員会委員長も「あれ(協会の検討結果内容)では再建は無理になる」という助言もあり、また、大臣自身も「大臣として関わりたかったので、何か協力したい」と知事に語ったように、とりあえず石炭協会の検討結果報告を一時棚上げ扱いにしたうえで、通産省のお役人では出来ない高度な政治決断を伴った思い切った施策を記者会見で発表したほうが、今、知事に話すよりも事がスムーズに運ぶと考えたのだと私は思った。

    6.大臣、道と石炭協会による第三セクター方式を提案

     この日の夕方、山中通産大臣は約束通り、記者会見を開き、

     「北海道庁と石炭協会が共同で出資する新会社を設立すれば、国としては無利子の新鉱開発資金などで、全面的に資金支援する」という趣旨の発言を行い、国は出資を避けたものの北海道が参画した第三セクター方式を前提とした山中提案の骨子を発表した。

     大臣は、再開発のヤマには通常、拠出されることは考えられない無利子の新鉱開発資金を必要額の最大八〇%まで貸し出し、残りについては国が債務保証を行い、銀行借り入れの道を開くこと、また、道が出資金の手当てなどのために道債を発行する場合、国が道債を引き受け(買い取り)るなど、七八年から国が水俣病の原因企業であるチッソ救済のため、地元熊本県の県債を引き受けたのと同じ、チッソ方式の適用を検討する意向を示した。

     一方、石炭協会が提出する予定だった新会社の検討結果は、資源エネルギー庁長官預かりとされ、事実上、同検討結果は棚上げされてしまった。

    7.石炭協会は山中私案に反発

     石炭協会の有吉会長は、大臣との会談後に開かれた記者会見で、

     「石炭業界としては出資要請には応じられない。国が無利子融資をしても、終掘時八百八十八億円の累積赤字は三百億円程度に減るだけで、それでもこのヤマは黒字にはならない」とはっきりと、山中提案をもってしても再建は不可能という考えを示した。

     ただ、有吉氏も大臣提案だけにそう粗末には扱えないので、一応は北海道の対応を待ってから正式回答を行うことにした。

     私は、この一連の微妙な動きを二十一日付けの朝刊で五段抜きの解説記事として書いた。ここで言いたかったのは、国が同鉱の再建にあまり深入りしないという基本路線が明確になったということだった。第三セクター方式は通産首脳筋の情報として一時、噂が流れたがこの時は、国も一枚かむというものだったが、大臣案では、国は金を出すだけで、経営には手を付けないことをはっきりさせている。人が嫌がる仕事は避け、民間の石炭業界や地方に押しつけようという、いわば、国の無責任論がまかり通ったというか、先の展望がない石炭産業切り捨て政策に沿った決定だったと、そのとき私はそう感じた。

     当時の古川直司札幌通産局長は、

     「大臣の提案は赤字国鉄などを抱え、政府が行革に取り組んでいるとき、炭鉱の国営化では与党の反発を招くだけで、(国は直接関与)できないから、石炭協会だけでなく道にも経営に参画してもらいたいということでしょう」と裏事情を分析してくれたが、これが本当のところだったかもしれないと思った。中央と地方の政治感覚のずれはどうしても避けられないものだ。

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