一人の男が、ぼくの行く手をさえぎった。
 やつは、その図体からは想像もつかないほどのすばしっこい動作で、ぼくを威嚇する。
並の人間ならば、トリッキーな行動に、すっかり翻弄されてしまうだろう。
 ぼくは目をこらして、やつの動きを見極めようとした。戦いのフィールドは限られてい
る。いくら敏捷であろうとも、戦場の外から飛びこんでくるなんてことはできやしないの
だ。そう自分に言い聞かせると、深く呼吸して、眉間に精神を集中させた。
 体内に、白い“力”がみなぎってくる。
 動きを見切った!
 左腕を前方へのばし、人さし指を、目前の敵に向けて突き出す。
 体じゅうの“力”をその指に充填させる。
 そして再び精神を統一すると、
 指先から“力”を発射する。
 腹の底からわきたつ叫びとともに。
「大志砲−−!」


V−Story

ザ ウィナー

Round.0

Overture


「バトルの予感がします。
 数々の戦いを勝ち抜いてきた勇者二名が、さながら、にらみ合いを続けているかのよう
であります。互いに、相手の出方をうかがっているといったところでしょうか。
 漆黒のユニフォームに身を包んでいるのが、加納陽気選手です。北海道出身の一八歳。
今期初めてこの大会にエントリーを果たしました。一七〇センチ・五五キロと、かなり線
の細い印象を受けますが、躍動感ある戦いぶりで、ここまで駒を進めてきました。
 一方、ショッキングピンクを基調に、ラメラメしく光る金色を周囲にあしらった、ド派
手なコスチュームを身にまとっているのが、おなじみの山田豪志選手。浅草生まれ、四五
歳、参加一四年目の大ベテランです。
 これまで両者の対決は一勝一敗。三度目の正直、まもなく開始されるであろうこのバト
ルで、チャンピオンが決定いたします!」
 実況のかん高い声が青空に響きわたる。
 スタンドを埋めた観衆が、かたずを飲んで見守っている。
「今、陽気が仕掛けました。ファイナル・バトル、スタートです!」

 スクリーンに、二人の険しい表情が映る。
 場内に流れるアップビートの音楽も、バトルと同時に起こった歓声にかき消された。
「加納陽気、左サイドから仕掛けた! しかしこれは山田がガッチリとガード。今度は右
に回りこむ! これも山田難なくブロックします。さすがはキャリア十四年、山田豪志、
落ち着いている。ジリジリと、ジリジリと、間合いを広げていきつつあります。そうはさ
せじと加納陽気も、慎重に、間合いを詰めようとしております。残された時間はどうやら
あとわずか。このまま逃げ切り状態に持ちこむのか山田。どこまで追い込めるか陽気! 
チャンピオン決定戦にふさわしいバトルとなりました。
 あーっと、陽気が体勢を崩した! いったいどうし……いや、そこからカウンター! 
潜りこんだ潜りこんだ、山田のふところに潜りこんだ! 一瞬油断したか山田豪志、ある
いはそれを計算のうえで、わざとバランスを崩したのか加納陽気! 山田苦しい! 山田
苦しい! 陽気攻める! 陽気攻める! 逆転した! 逆転した! そのままフィニィー
ッシュ! ……チャンピオン決定−−!!」

 表彰台の頂点で、加納陽気は、自分の頭の大きさくらいはある優勝カップを、青空に高
々と突き出していた。
 肩には巨大な月桂冠が、たすきのようにかけられていた。
 二位山田、三位飯田とともに、表彰台でのセレモニーをひと通り終えて、着替えに戻ろ
うと歩く道すがら、新聞記者のインタビューを受けた。簡素な服装の中年男性だ。
「タイトル獲得おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「一年目でチャンピオン、すごいですね」
「まぐれですよ。あんまり強い勝ち方をしたわけじゃないし」
「山田選手が言ってましたよ、陽気さんはこれまで戦ったどの選手よりも強いって」
「えっ、そうですか。光栄ですね、山田さんほどの方にそう言っていただけるとは」
「『世界選手権をねらえる、才能ある選手が、また一人出現した』とも……」
「まぁさか。世界選手権なんて、えっと一つ、二つ、三つも上のクラスじゃないですか。
僕なんかまだまだ」
「そんなことないですよ。斉藤健二さんが引退されて、世界選手権に日本人の名前がなく
なってしまいましたからね。ぜひとも陽気さんのような活きのいい選手に、上がってきて
ほしいと思っているのですが」
「なんとか、ご期待に応えられるよう、がんばりたいと思います」

キ−−−−−−−−…………!
 列車がブレーキングした拍子に、加納陽気は目を覚ました。
 四人掛けの席なのだが、隣にも向かいにも、はす向かいにも乗客はいない。陽気は窓を
ながめて一人つぶやく。
「世界か……」
 去年の秋の表彰式の、あの日と同じ青い空。
 茶畑が一面に広がるなか、時折「ジュピターのタネ」と書かれた看板が通り過ぎる。
「あと二つ。二つ上がれば世界へ行ける。タックスやボールやドゥーゲン、それにあの李
元さんとも対戦できるんだ」
 家の数が増えてきた。ビルの姿も目だってきた。列車はさらに減速する。
「でもそれはまだまだ先のこと。まずは今年のことを考えるのが先だ。今まで戦ってきた
ジュニアクラスとは、いろんなものが違うみたいだし。スピードも技術も、それに報道陣
の数も」
 陽気はカバンから資料を取り出し、改めて目を通した。
 車掌の声が車内に流れる。
「ご乗車、お疲れさまでした。まもなくー、東草薙ー、ひがしーくさなぎーです。どなた
さまも、お忘れ物に、ご注意くだーさい。まもなく東草薙、お出口、右側ーです」
「しまった!」
 陽気が思わず声をあげる。
「寝過ごした! 清水平を通過した!」
 大会会場へ向かうバスは、清水平駅からしか出ていない。列車が止まり、ドアが開くと
同時にあわてて飛び降りる。
 ベンチに座ったり立ったりしながら待つこと約十分。反対側のホームに電車が来た。
 それがものすごい満員電車。
 清水平のホームで、降りる人の波に飲まれる陽気。
 バスの中で、もみくちゃにされる陽気。
 会場の清水競技場に着いたころには、体じゅうくたくたになってしまっていた。
「ほえ〜。やっぱりジュニアとは違うなあ……。」

 当然のことながら正面ゲート前も、黒山の芋洗いまくり状態に達していた。
 横にある参加者用入口はあいている。
 だがそこまでたどりつけない。
 陽気は意を決して人込みをかきわける。強引にかきわける。
 思いっきり足を踏まれる。
「あ、ごめんなさい」
 青い野球帽をかぶった、周囲より首一つぶん背の低い少女が、振り向いて陽気にあやま
った。
 陽気も、かぶっていたベレー帽を取って会釈する。
 まる三分かかって、ようやく参加者用入口に到着。
 参加証明を見せる。
「おはようございます。いいレースを期待してますよ」
 係の人の声を受けて、陽気は場内へ入っていった。
 ここは、清水自動車競技場。
 バトルF3開幕戦、マーリンズカップが、今日からこのサーキットで開催されるのであ
る。



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