観劇日記
| 出雲の阿国 2000年7月 福岡・博多座 原作 有吉佐和子 脚本 大藪郁子 演出 増見利清・ キャスト 阿国・杜けあき 名古屋山三・川崎麻世 三九郎・大出俊 伝介・浜畑賢吉 お松・小林綾子 お菊・比企利恵 三右衛門・川辺久造 田部荘兵衛・鈴木瑞穂 大村梅庵・米倉斉加年 淀殿・三浦布美子 あらすじ 脚本・演出は明治座の初演から大きな変更はありません。 初演の観劇日記を参照してください。 感激日記 明治座で初演の舞台を見たとき強く思ったのは、なるほどこの作品は明治座がいつかはやってみたい作品として長年温めていたんだろう言う事だった。それは有吉佐和子原作の「出雲の阿国」が芸能の重要な命題をテーマにしていたからだった。 「歌や踊りで何が生まれるか、何が残るか」…阿国に突きつけられたこの言葉。一瞬一瞬のうちに消えていく舞台というもの、そのわずか3時間の代償として支払われる金額は小さなものではない。観劇はとても贅沢な行為だと思う。だが、その消えていく時間が人間の心に何かを残すことが出来たなら…いや、残すことが出来るのだという演劇人の心意気が感じられた。その思いを杜けあきという阿国役者を得てようやく実現できたのが平成10年初演の「出雲の阿国」だったのだろう。そしてその思いはこの再演で更に深められていると感じた。 明治座の初演を見て博多座は再演を切望したという。開場して1年という若い博多座がこの作品を上演したことはとても意味深いことだと思った 。 その博多座、とてもいい劇場だった。外観はすばらしくゴージャス。客席のゆったりとした居心地の良さ。電話でのチケット予約から千秋楽の舞台を見終わるまで劇場の方達の応対も良かった。明治座や大阪の松竹座なども博多座と同じく歌舞伎も上演できる花道のある舞台として新しく生まれ変わっている。両座とも綺麗な劇場で気持ちよく観劇できるところだが、トータルすると私が知っている劇場の中では博多座が1番かも。舞台の機構とかはよく分からないけど、「天下一」の称号をあげても良いくらいだった(笑)。 平成の阿国・杜けあきさん。「ファンの期待を裏切らない人」と杜さんについて語った人がいた。今回はその期待を見事に裏切ってくれた。もちろんとても良い意味で。 2年ぶりの再演と言う事で、きっと更に女らしくなった阿国さん登場だろうなと想像していた。だから先に観劇した方達に「天守に花匂い立つの加納真之介を思いだした」と言う感想が多かったのが謎だった。見て納得。今回の阿国は凛々しかった。タカラヅカ時代を彷彿とさせる。私は退団後のファンだから、こんな凛々しい杜さんは初めて見た。 1幕、まだおとと達と一緒の阿国は踊っている時以外はのし歩いている感じで(笑)、立ち姿歩いている姿に男役の片鱗が見えた。それが出雲から出て間もない、自分の美しさも自分の踊りが生み出す力も自覚していない百姓娘の阿国をよく表していた。おととが出雲に帰ると決まり、大阪に残る阿国に話があると呼び寄せる。その時の阿国の「ウン」の一言。この「ウン」のニュアンスを伝えるのは難しいけれど、この一言に血の繋がらない親子の情愛が見えた。 1幕の幕切れ、梅庵と袂を分かち三九郎と新たに歩みだす決意をした時の見得なんて、「かりさん格好いい…!」と思わず「蒲田行進曲」のノリで叫んでました(もちろん心の中でよ…笑)。それ程に新しい阿国は凛々しかった。 もう元男役の意識はないと、ここ何年か杜さん自身言っているが、本当にそうなんだと実感した。今回の阿国では女優としての7年間だけではなく男役だった自分をも開放して、舞台上で何のためらいもなく全てを披露している。自由に演じている。とはいえ娘らしさ、女らしさというのはしっかり表現されているわけで、一般の観客の方達に男っぽい女優さんだなぁという印象はなく、綺麗だねと言う感想を持っていたみたいだった。タカラヅカ時代の男役の杜さんを知っているファンだけが、今度の阿国さんは男っぽいねと感じたわけで、それも面白い現象だと思った。 今回は三九郎への想いが深まり(笑)、三九郎を見つめる眼差しに愛があふれていた。出会った時点から上昇志向の三九郎と辻踊りが楽しい阿国では芸の本質的な部分ですれ違っていたわけで、観客は早くからこの二人のすれ違いに気づいている。1幕では三九郎への愛の喜びゆえに阿国は踊り、2幕・3幕と阿国が女として芸能者として人間として成長していく過程が更にくっきりと表現されていた。 「眼差し」に関しては3幕のたたらの大将との場面も印象的だった。阿国への褒美として鑪の砂止めを約束した二人が見交わす眼差し。同じ鑪者として、意気に感じた人間同士として、権力者と河原者の身分を越え見交わす時、同じ舞台に立つ演技者同士としての共感もオーバーラップして、胸が熱くなった。 とにかく初演時から杜さんの阿国は、はまり役として完成度の高い演技を見せていたと思う。ところが今回の再演でタイトルロールの存在感を更に増していたことに本当に驚かされた。 さて主要な出演者について。 伝介の浜畑謙吉さん。もう持ち役と言っても良いでしょう。今は浜畑さん以外の伝介って思い浮かばない。再演の演技で特に初演と変わったところは無いと思うが、 阿国が他の男たちと出会って愛し合ってる間もずっと阿国を見守り続けてる優しさ、切なさ、良く出ている。初演の時は阿国が兄様と呼ぶにはちょっと老けてる感じがしたんですが。衣装も地味だから。再演の度にぜひ若返って頂きたい(笑)。 二人が死んだ後の雪の幻想的な場面、踊りながら二人が顔を見交わすとき、今回の阿国さんは伝介さんにとっても嬉しそうな笑顔を見せていた。報われましたね、阿国さんにあんな笑顔もらって。 大出俊さんの三九郎。私はこちらの方が三九郎としては好みだった。初演の隆さんも役者さんとして嫌いなタイプではないけれど「軍人・武将系」なんだよね。阿国が三九郎を評して言う「雅な都ぶり」タイプではない。その点、大出さんは柔らかな色気のある2枚目で阿国やお菊がひかれるのも分かる。杜さんとの芝居の息も合う。三九郎の感情がちゃんと見えていた。隆さんずっと恐かったから(笑)。ただし最初の阿国との出会いの場面はお化粧がちょっと恐かった。身長はそれ程気にならなかった。 川崎麻世さんの山三さま。流石にミュージカルで鍛えた良いお声。台詞もハッキリして感情もこもっていた。年齢バランスも悪くなかった。心配してた部分はクリア。ところが意外だったのがビジュアルに難有りだったこと。一番の問題は姿勢が悪いこと。猫背気味で首が前に出てる。山三様は花道での芝居が多かったから、観客は横向きの姿を見る。すると姿勢の悪さがどうしても目に付いてしまう。二つ目は思わず「あんたはトートかい」とつっこみそうになった化粧。三九郎との仲が行きづまった阿国は山三様の男気のある優しさ温かさに惚れたんだと思う。ところが冷たい人に見えてしまった。顔の表情も乏しかったし。クールにやれば二枚目と言う訳じゃない思う。杜さんが表情豊かに演じているだけに残念。「日本物は一日にして成らず」。 今回とても楽しみにしていた米倉斉加年さんの梅庵。「?」でした。米倉さんも舞台の人だが、私はテレビドラマしか見てなかった。好きな役者さんだった。老獪な権力者の側近を演じてくれるだろうと思っていた。私は千秋楽近くの3回観劇したが、初見では米倉さんセリフ入ってる?と思っちゃいました。もちろん入ってるんですが(笑)、たどたどしく聞こえるセリフ回し。あれが米倉さんの役作りなんでしょうが、セリフが短いセンテンスで切れるし、その切れるところが私の感覚とは違ったりして(笑)、なんか心地が悪い。考えてみれば私の見た限りでは米倉さんて真面目な庶民の役が多かったような…。権力者側の役ってあまりやってらっしゃらないのかも。こういう役は遊び心やけれん味のある役者さんの方が良いと思った。 お松の小林綾子さん。まだ子供の頃に阿国に出会い阿国を慕い、伝介を慕ってついていくお松。杜さんの阿国と年齢バランスが良くなった。不器用で歌舞伎一座に長年いても洗練されない女という感じが出ている。これ褒めてるのよ(笑)。出過ぎずやり過ぎず。その分、個性はあまり感じなかった。思ったのは阿国が死に、時を同じくして自分の夫・伝介が死んだときの「阿国…伝介〜!」と言う最後の叫び、これは手塚さんのお松の方が深かった。お松は伝介がずっと阿国を想っていたことを知っている。知った上で阿国もろとも伝介を愛した。阿国の伝介への想いに気がついていたかどうかは分からないけど。小林さんの叫びは二人とも死んじゃったという思いしかなかった気がする。が、二人とも大切、だけど一緒に死んでしまったことに対する何とも言えない複雑な想いと言うのが手塚さんの叫びにはあった。これは二人の女優さんの実人生での経験の差かなぁと思う。 作品的には前述したように初演の舞台と大きな変化はなかった。完成度の高い脚本だから、大幅な変更は必要ないと思う。ただ更に再演を重ねられるなら暗転をなくす工夫をして欲しい。幕前芝居をうまく使えば改善の余地はあると思う。今回はしばしの暗転ののち幕前芝居という場面が何度かあった。芝居の高揚感をそがないで欲しい。 もう1つは終幕近くの鑪の場面。幕が閉まり阿国とお松の歌だけが流れている。千秋楽にはにもかかわらず観客の手拍子があった(笑)。観客を鑪の衆と見立てて阿国の踊りを披露することが出来るのではないだろうか。折角なのだから阿国の踊りを見せて欲しい。 初演の舞台を見た時、本当に良い役良い作品に杜さんは出逢えたと思ったものだった。その思いは今回更に強くなった。出雲の阿国という役を杜けあきという女優に与えてくれた「運命の神」に感謝したい。 次の再演の時、私たちはどんな阿国に再会できるのだろうとワクワクしながら博多座を後にした。 |