植物雑記
         vol.5   サボテン科・属別解説 5
                    「C−E」      
                
'09年2月22日         
       

 

<クマリニア属 Cumarinia>

 小型で肉質は柔らかく、繊細なカギ刺をもつ種、薫大将(C.odorata)のみから成る属ですが、通常コリファンタ属、ときにマミラリア属として扱われています。odorataという名は"香る植物"という意味あいで、植物体、殊に果実に強い芳香があるとされています。しかし私の栽培株からは、環境の問題かも知れませんが、特筆するほどの芳香は感じられません。
 最近刊行された、NEW CACTUS LEXICONでは、この種(属)を特異なものとして独立して扱っており、その起源をマミラリアの美保の松(Mammillaria. decipiens)とコリファンタの南山丸亜種(Coryphantha clavata ssp.stipitata)との自然交雑種と推測しています。つまり、クマリニアをコリファンタとマミラリアの属間交雑種に発したものだと見ているわけです。たしかに形態的にはこの2種がオリジンというのは何となく頷けるものがあります。また、それだけでなく、マミラリア美保の松(古典的過ぎていまどき栽培する人がいない?)の果実が強い香りをもつことも、推測の根拠としています。
 見たところ地味ではありますが、その繊細で静かな佇まいは、起源や香りにまつわる謎とあいまって、奥深い魅力を醸しており、手もとに一株は置いておきたい気持ちにさせられます。栽培はカギ刺マミラリアの丈夫なものと思えば問題ないと思います。
      
             
薫大将 Cuumarinia odorata


<クムロプンチア属 Cumulopuntia>

 南米産のオプンチアの仲間で、このクムロプンチア属に含まれる多くが、かつてはテフロカクタス属(Tephrocactus)に含まれていました。日本では、南米産のオプンチアといえば、テフロカクタスのいくつかの種くらいしか認識されていないのが現状だと思われますが、いま日本でテフロとして扱われるもののなかには、アウストロキリンドロプンチア属(Austrocylindropuntia)やマイフェニオプシス属 (Maihueniopsis) 、そしてこのクムロプンチア属などが含まれています。クムロプンチア属はおおざっぱにいえば、アウストロキリンドロプンチア属マイフェニオプシス属のあいだくらいに位置するもので、成長パターンの違いや果実や種子の特徴などによって独立した属と見なされています。形態的にはガサガサした感じの痛そうなテフロカクタスといったところで、自生地では群生して刺だらけのマウンドを形成します。なんだ、俺には縁がないや、と思われたかも知れませんが、お手持ちのテフロに刺っぽくてワイルドな感じのものがあればクムロプンチアかも知れません。ボリヴィアナ(C.boliviana)、ペントランディ(C.pentlandii)、一寸法師(C.sphaerica)などは時おり国内でも見かけます。
 いずれも、恐怖に屈せず刺だらけの群生株に育てればなかなか見応えがありそうです。栽培は一般に弱酸性の用土が向くと思われ、ホウ素など微量要素欠乏障碍が出やすい傾向があります。また、開花させるには生育−休眠のサイクルをきっちりつかみ、断水時期をつくることが必要です。時期は種によって異なるので一概には語れませんが、概ね冬〜春まで断水して、蕾があがる5月中旬くらいまで水をやらない方法が基本です。他の植物が生育真っ盛りとなる初夏くらいまで、水をガマンするのが大変ですが、早めに水を与えると花芽が葉に変わってしまうようです。これはテフロカクタス属にもあてはまることで、この「初夏まで水やらない」栽培にしてから、花つきの悪いとされるこの仲間をかなり咲かせることが出来るようになりました。いずれも花は大変美しいので、是非トライして戴ければと思います。

 
Cumulopuntia sp.JA120 (N La Serena)    C.boliviana JA161(N San Pedro de Atacama)
               (写真提供:picture by Juan Pablo ) 


<キリンドロプンチア Cylindropuntia>

 自生地のアメリカ南西部などではCholla(チョヤ)呼ばれるグループで、拳骨上の茎節を数珠状に連ねて生育するオプンチアの仲間です。野生株の姿は弁慶柱などと同様、沙漠の風景ではお馴染みのもの。栽培されることは少ないですが、大変美しい(そして痛い)刺を持つもの、ユニークな生活史を持つものなど、魅力的な種が多く含まれています。
 モハヴェ沙漠の代表的な景観植物、美しい黄金色の刺姿で大コロニーをつくる松嵐(C.bigelovii)は、そのモコモコした姿から、Teddy bear cholla(テディベアのチョヤ)という可愛らしいニックネームで呼ばれます。しかし抱きしめたりしたら大変なことになります。細く鋭い刺には、ちょうど髪の毛のキューティクルのような感じでミクロの"かえし"が仕込まれていて、一度刺さると抜けません。ムリに引き抜くと、ミクロのイガイガが皮膚のなかに残り、そこが炎症を起こします(経験ずみ)。この植物、茎節が簡単にはずれるため、この怖ろしい刺を利用して近くを通りががった動物などにくっつきます。そして運ばれ、落ちたところで発根生育するわけです。この種はこうした栄養繁殖に力を入れているせいか、花は大変貧弱であまり咲きません。一面の大群落のかなりの部分が同一クローンという場合さえあるそうです。姿も面白く大変美しいサボテンですが、栽培は危険?です。
 "chain fruit cholla" と呼ばれるフルギダ(C.fulgida)は小灌木状に育ちますが、ユニークなのはその何年にもわたって落ちない果実です。新しい花は、古い果実の先端から咲き、その実が熟すと、そこからまた花が咲く・・・というわけで、鎖状に果実が連なり、枝先から垂れ下がり、奇観を呈します。ラモシッシマ
(C.ramosissima)は鉛筆状の細長い茎節を珊瑚状にのばして生育しますが、長くて鋭い、輝く刺を伸ばします。大変美しいの栽培対象にもなっていますが盆栽づくりも出来ればさらに素敵だと思います。
 この属のサボテンは、いわゆるオプンチアに比すると栽培にもクセがあり、強光線、高温の環境で、乾かし気味に作るのが良いでしょう。ホウ素欠乏障碍などでこじれやすいところがあります。また、本来大型に育つものなので、鉢栽培では本領発揮が難しいのですが、逆転の発想で"サボテン盆栽"にでも出来れば、最高に面白いのはないか、と思っています。松嵐やラモシッシマを、盆栽の国の知恵と工夫でぎゅっとコンパクトに作り、盆景にモハヴェ沙漠を再現できたら・・・などと夢は膨らむのですが・・・。

  

  
松嵐 C.bigelowii (Mohave Co.AZ,USA)     C.whipplei (Clark Co.NV,USA)


<デンドロケレウス属 Dendrocereus>

 キューバ、ハイチなどに分布する小灌木状の柱サボテンですが、学術的にも、栽培上も、まだ詳しいことがわかっていないグループです。写真をみると、稜の薄い、軟質な鬼面角、といった風情ですが、稜背が刺座から刺座へとフリル状にカーブしているのが面白い姿です。鑑賞価値もありそうですが、業者のリストなどで種子を見かけたことがありません。産地から察するに寒さには弱そうですが、たっぷり水をやればすくすく育ってくれそうです。どなたか、お持ちの方がおられたら是非お知らせ下さい。


<デンモザ属 Denmoza>

 南米刺サボテンの代表格 茜丸(D.rhodacantha) 一種からなる属。俗名"Denmoza"は記述者のBritton&Roseが、この種の自生地アルゼンチンの地名、"Mendoza"を頭音転換しアナグラムとして創出した語とされています。茜丸のほかに、火焔竜/栖鳳(D.erythrocephala)という名(種名)も知られていますが、いまは同一種と見なされています。ハチドリによる授粉に適応した赤い筒状花を見たことがある方も多いかと思いますが、この花の形状からも、クレイストカクタス(Cleistcactus)、オレオケレウス(Oreocereus)などに近縁のサボテンであることが判ります。この種は長ずるとしばしば柱状に高く育ち、ときに大人の身長程にもなります。刺姿は個体差が大きく若苗と老球でも様相が異なります。鉢で栽培するくらいのサイズのうちは太く強い刺ですが、大球になるにつれ毛髪状に細く多くなり、また成長点が傾いで歪な球体になることが多いのも特徴です。
 他にあまりない深みのある茜色の太刺と、丸々した球体はとても鑑賞価値の高いもので、栽培家には古くから愛されてきました。最近はさほど人気種とは言えませんが、小球から着花する植物だったら、きっと園芸的改良がなされたのではないかと思うくらい、日本人の感性に訴えるサボテンです。最近は、黄金刺のコロニー(ssp.diamantina のカタログ名で流通していることも)からの種子も導入されています。茜丸という名前には馴染みませんが、色褪せしにくい明るい黄刺で大変美しいものです。
 栽培は、クレイストカクタスの仲間ですから、とくに難しいことはありませんが、弱酸性の用土を好み、成長期は適度に高温多湿な環境に置くと成長もはやいようです。あまり大きくなると刺が弱くなったり傾いだり、といったことになりますが、それまでには随分かかるので、あまり心配の必要はないかも?知れません。ひと鉢は是非、育てたいサボテンです。

 
   
茜丸(D.rhodacantha)      黄刺茜丸(D.rhodacantha ssp.diamantina) KG25-87  
 

<ディスコカクタス属 Discocactus>

 属名はその名のとおり、円盤状(ディスク)の植物体の形から。扁平な球体の中心に、ふっくら花座をふくらませ、芳香漂う純白花を夜ひらく。説明不要なくらい有名なサボテンですが、その人気ゆえにカタログ名を含めてあまりに多くの種名がつけられてしまい、しかし植物そのものは似たり寄ったりなので、分類的には何が何だかわからない混乱状態が長く続きました。かつては、欧州の植物商ユーベルマン氏のフィールドナンバー"HU"がついた植物・種子が大量に導入され、そのほとんどに名前がつけられていました。しかし近年、テイラー博士らのITSG(International Cactaceae Systematic Group)はこの属を7つの種にまとめなおしています。それでもまだ、種分化の途上にあるグループだからなのか、どこからどこまでが個体差で、どこからが種の違いなのか、不分明な印象は残ります。ちなみに国内で人気の"ギガンテア"という種は、だいぶ前に"latispinus"の亜種とされ、その"latispinus"もいまはD.placentiformis に吸収されてしまい、現在は"ギガンテア"の名はありません。いま国内で流通している"ギガンテア"は刺が太くて大変魅力的なものですが、おそらく複数のコロニーから刺の目立つものを選抜交配した結果の園芸交雑種とみるべきでしょう。ところで、誤解ないように言うと、雑種というのは別段悪い意味ではありません。美しいバラやラン、有用な穀物野菜なども殆どすべて雑種です。ただ、人為的に選抜改良された種や、交雑種を相手に「これが純系のギガンテァ・・・」などと熱くなっても無意味で、園芸雑種は姿が気に入れば名前は好きなように呼べば良いのではないでしょうか。・・・話が横道に逸れましたが、一方で小型のホルスティ(D.horstii)などは類似種がないため雑交されることがなかったのか、国内流通の苗も野生種の特徴が保たれています。濃緑〜濃紫褐色の肌と張りつくような極短い刺姿は見飽きることのない良種です。このほか白細刺がカールするアルビスピナ、ブェネッケリ、等と呼ばれた小型のグループも、今は D.zehntneri に包摂されています。
 もしオリジンの確かな(雑種でない)ディスコカクタスが育てたければ、信頼できるソースから同産地の野生個体由来の種子を入手し実生するほかありませんが、海外のナーセリーではHUナンバーに則って系統保存しているところもあるようです。まあ、カタイことを言わずに姿が良ければいい、と考えれば、ホルスティと、白細刺系(D.zehntneri)と、それ以外のディスコ、くらいのおおざっぱな括りで十分かも知れません。扁平で艶のある球体によく映える刺は、白、黒、赤褐色。直刺、太刺、カール刺・・・。実に瑞々しくて、素敵なサボテンです。
 かつては栽培が難しいとされた時期もありましたが、自生環境への理解が深まってからは、成長も早く、育てやすい植物として扱われるようになりました。この属の自生地はブラジルで、あのユーベルマニアなどと同じ、東部海岸沿いの丘陵地に分布します。一年を通じて温暖で比較的雨量の多い地域です。栽培下でも暖かい環境で柔らかい光線のもと、十分な水分を与えれば大変はやく成長し、この属の最大の魅力でもある、青々した艶肌にも磨きがかかります。用土はユーベルなど同様、弱酸性〜酸性がよく、メキシコ産サボテンのような石灰分の強い高pHは好みません。またメロカクタスなど同様、寒さには弱いので、冬季の最低温度が氷点下に落ちないよう維持したほうが無難です。
 

 
 D.pugionacanthus(placentiformisi) HU462      D.horstii HU360                 


<ディソカクタス属 Disocactus>

 なんかあまり聞いたことがない属だぞ、と思われるかも知れませんが、金紐(Disocactus flagelliformis )がこの属の植物だと言えばわかりやすいでしょうか。金紐は文字通り細いひも状の匍匐する茎節に短い金刺を密生し、美しい赤花を多開します。昔から釣り鉢仕立てなどで、一般園芸家にも親しまれてきた丈夫な植物で、かつてはアポロカクタス属(Aporocactus)にありました。よく民家の軒先などでも見かけましたが、最近はサボテン栽培家のあいだでも育てる人が少ないかも知れません。かくいう私のところにも今はなく、種でも見つけたら蒔いてみようと思っています。この属には金紐のほかにも多くの種かあり、孔雀サボテンのような平たい茎節の種が大半で、いずれも匍匐または下垂します。有名なものでは、大変美しい紫色花(サボテンでは大変珍しい青紫色)を咲かせるアマゾニクス(Disocactus amazonicus ※プセウドリプサリス属に変種する考え方もあり)や、孔雀サボテンのような真っ赤な大輪花を咲かせる花大名(Disocactus speciosus )があります。花大名は月下美人などで有名なエピフィルム属(Genus Epiphyllum)とともに、多くの改良孔雀サボテンの交配親になっていることでも有名です。いずれも海外では大変人気のあるサボテンですが、国内では花をメインに楽しむ人が少ないせいか、あまり見かけません。なかなか手に入れ難いものですが、入手の機会があれば是非ひと鉢栽培してみて下さい。
 多くの属を併合したために分布域は広く、メキシコ南部〜中米〜ペルー等南米の森林地帯でリプサリス属などと同様の着生生活を送っているものが大半です。このため栽培もふつうのサボテンよりもランなどの着生植物に近い扱いが望ましく、遮光された湿潤な環境を好み、用土も腐食質が多め良いと思われます。金紐等は多少の霜も平気ですが、アマゾニクスなど中米森林地帯の種などは寒さに弱いので注意が必要です。

         

    花大名 Disocactus speciosus
          Disocactus amazonicus        
                           (写真提供:picture byGrant Bayley) 



<エキノカクタス属 Echinocactus>

 その名の通り、サボテンの中のサボテンというべきグループで、大昔は大半の玉型サボテンがこの属に分類されていて、後々、分かれていきました。うちにあるBensonの古い本でも兜がエキノカクタス属になっています。いま、この属にあるのは、金鯱(E.grusonii)巌・弁慶・春雷・鬼頭丸/(E.platyacanthus)大龍冠(E.polycephalus)神竜玉(E.parryi)太平丸(E.horizonthalonius)、そして綾波(E.texensis)です。現状、これがこの属のすべてですが、いずれも古今東西かわらぬ人気を誇るサボテンらしいサボテンばかりです。金鯱や巌など大型種や綾波は丈夫で生育も早く、用土もさほど選びません。ただ強く美しい刺を発生させるには、春〜秋の生育期に昼の高温と夜の低温の温度差が大きいことが望ましく、日本のような気候では温室やハウス栽培が望ましいところ(最近はこの温度差を極大化するための特殊フレーム栽培などを試みる方もいます)。これは刺サボテン全般にあてはまる栽培の基本でもあります。金鯱や巌などはとにかく大きくなるので、何本も育てるとのはなかなかしんどいところ。よって記念植樹的に実生して、自分史に重ねつつ大きく育ててゆく、というのが夢のあるつきあい方かと思っています(それでも場所をとりますが・・・)。丈夫で育てやすいので、やっぱり買ってくるより種から自分で蒔いて育てたほうが愛着が湧きますね。
 一方、この属には難物とさえ言えるサボテンもあります。生育が極めて遅く、栽培も難しいのが大龍冠で、戦前から知られるサボテンであるにも関わらず、国内で実生の大球を見ることは殆どありません。原産地はアメリカ・カリフォルニア州・ネヴァダ州のモハヴェ沙漠が中心で、英冠や白紅山なども生育する極めて乾燥した地域です。実生は発芽率が悪いので、少し多めに種を蒔き、最初の半年くらいが過ぎたら、過灌水は避けるようにします。鉢が乾いて、数日あけて次の水やり、という感じ。生育期は春〜秋ですが、私の栽培環境では動いたり止まったりで、いつが生育期なのかいまひとつ判然としません。地温の上昇と、昼夜の温度差がカギのようで、黒鉢に植え、鉢にも日光があたるように置くなどすると良いようです。最高温度が40度くらいで、最低温度は10度くらいが、お好みのようにも見えます。いずれそもそも成長は遅いので、見頃の大きさになるまで20年は待つつもりで気長につきあうサボテンです。ここ数年来、原産地球が相当数入ってきています。こちらは活着すればそうそう枯れることはないでしょう。しかしやはり生育遅鈍。我が家には実生苗のほか、15年くらい経つ輸入株がありますが、一頭あたり年に刺座2つ3つがいいところで、殆ど大きくなっておらず、古い刺は色がくすんでいます。刺色の退色は、フェロなどでもそうですが、環境があわず植物のコンディションが良くない時に起こります(たとえばカリフォルニアの自生地で道路端などに移植された鯱頭も刺が真っ黒になっている)。栽培下で極端に生育が遅いのも、本来の性だけではなく環境が好ましくないせいもありそうです。おそらくドラスティックなくらい暑くて寒い環境を与えればもう少し育つのではないかと考えています。この大龍冠の亜種には、アリゾナのグランドキャニオン周辺に分布する竜女冠(E.polycephalus ssp. xeranthemoides)があります。こちらは基本種よりやや小ぶりで、女性的な雰囲気の種ですが、美しい純黄刺の個体も発生することがあるので(自生地にも稀にある)、実生が楽しみな種です。また、大龍冠に似ていますが、だいぶ育てやすいものに神竜玉があります。栽培難度でいえば綾波より少し難しいくらい。直径10cm程で開花するので種から育てて十分楽しめるサボテンです。
 
  
 金鯱 Echinocactus grusonii         神竜玉 E.parryi 

 さて、エキノカクタス属で最大の人気種といえば、最近は太平丸(E.horizonthalonius)でしょう。日本で育てると種の発芽率も悪いし生育も遅いのですが、自生地はアメリカ中西部〜メキシコ中北部一帯の極めて広い範囲に広がっており、この種の適応力の強さを伺わせます。その名のとおり、平地〜緩斜面で半ば地平に埋まるように育つことが多く、中球程度までは極く扁平に育ちます。肉質は極めて硬く、肌はブルーがかって美しい。刺の色、長さは産地により様々で、小平丸、翠平丸、花王丸などの愛称が各タイプにつけられています。ニコリー(ssp.nicholii)は、アリゾナなど、ソノラ沙漠に産するタイプにつけられた亜種名ですが、刺が強いなどの特徴は弁別するだけの差異とは言い難いものです。最も、国内ではこのニコリーは、園芸的な特定タイプを呼ぶ愛称になっています。こうした様々なタイプから、際だったものを選抜し、育種改良する楽しみが最近は広く支持され、この種の人気の理由となっているようです。また、私のように、産地データのある種子を入手、育成して、顔違いを地図のうえに並べて楽しむようなことも出来ます。栽培は、刺サボテンの基本、強光線と温度差(当然高温が必要になる)が大事ですが、案外日焼けしやすいので注意が必要です。強い刺を出したくて、陽晒しにするのですが、私も結構日焼けで美しい株を失いました。実生の発芽率アップについては、格別のコツをご存じの方がいらっしゃったら、ぜひ情報公開をお願いいたします。追記させて戴きたいと思います。生育は遅く、開花する見頃のサイズになるまで、私の場合は20年くらいかかっていますが、ジックリ育つというのは、場所をとらないという点ではメリットとも言えるかと・・・。

 
  太平丸 E.horizonthalonius         E.horizonthalonius (DonaAna Co.NM,USA)                    (imported plant from Coahuila MX)


<エキノケレウス属 Echinocereus>

 北米を代表する美花サボテンにして刺サボテン。バラエティ豊かな多くの種を含む属で、欧米ではサボテンコレクションの中心的な存在です。国内でも古くから蝦サボテンと呼ばれて親しまれてきましたが、昨今では花を楽しむことに主眼が置かれないためか、蝦サボテンをメインに育てるトップマニアなどという人にはなかなかお目にかかれません。武勇丸(Echinocereus engelmannii)のように猛烈な刺で武装し径1メートルに及ぶ大群生に育つものから、明石丸・姫路丸 (E.pulchellus)など僅か数センチで地中に没するように生育する刺の殆どない種まで、生育環境にあわせて、様々な姿をとりますが、他の属と混同することはまずありません。というのも、花を見れば誰でもこの属と他属を見間違うことはないからです。花は概ね大輪で白、黄、橙、赤・・・と色彩豊かですが、球体側部の刺座から出蕾し、花筒は刺に覆われています。また、殆どの種で柱頭が緑色をしているのも大きな特徴。花姿は南米のロビビアなどとも相通じるものがあります。分類学上はこの属をさらにいくつかの小グループに分けられるのですが、塩基配列に準拠しているために必ずしも外形的な特徴からは理解しにくい区分けなので、ここでは栽培者の観点からおおまかにこの属を概観してみます。

  
『刺』荒武者 E.stramineus (Diablo Mt.TX,USA) 『花』麗晃丸 E.reichenbachii (Oklahoma,USA)

『武勇丸・尠刺蝦 系』

 武勇丸(E.engelmanii)はアメリカ南西部の沙漠地帯に広く分布する荒々しい刺で武装したサボテンで、自生地で巨大な紫桃色花を群開させる姿は目が醒めるほど美しいものです。栽培下でも刺の美しさはある程度再現出来るので、刺サボテンとしてももっと認められて然るべきでしょう。近縁種のアリゾナ産、ニコリー(E.nicholii)は、輝く黄金刺が極めて美しい種ですし、親戚筋にあたる衛美玉(E.fendleri)とそのたくさん亜種群もとても魅力的です。尠刺蝦(せんしえび E.triglochidiatus)は、武勇丸に比べると小ぶりで、刺もそれほど強くないですが、他の北米サボテンにはない、ボケのような朱赤色の花が特徴です。上記各グループとも、幅広い変異があり、海外の種子リストなどには膨大な種類が掲載されています。枯れることはまずないサボテンですが、美しく育て、花をたくさん咲かせるのが案外難しく、これが果たせればなかなかの名人といえそうです。開花のコツは、冬の低温(氷点下)と断水、さらに春先に日中最高温が急上昇(摂氏40度程度)することが出蕾の要因のように思われます。これは、次のグループにもあてはまります。また、強い刺の興味深い蝦サボテンとして、バハ半島に分布するリンゼイ(E.lindsayi)が有名で、うねる長刺が球体に絡みつく素晴らしいもの。同じくバハ産の稀種バルテロワヌス(E.barthelowanus )は黄金色の刺が密生し、コンパクトな群生株に育ちます。これらバハ産の種は高pH用土ではホウ素欠乏障碍にかかりやすいようです。

 
武勇丸 E.engelmannii(NW Las Vegas, USA)  尠刺蝦 E.triglochidiatus (Apache co, AZ,USA)

『太陽・御旗 系』

 太陽(E.rigidissimus)は、属中もっともサボテンファンに親しまれている種ではないでしょうか。肌が見えぬほど密生した櫛状刺は触っても痛くないし、花も大変豪華です。最近は太陽の一産地タイプとして、ラゥー氏採取による赤紫色の美しい刺色タイプ(L088)が多く流通しています。このタイプは花つき良く育てやすいですが、小型で刺も径も細い繊細なタイプ。同じ太陽でも櫛状刺がより太く、球体もマッシヴなタイプもあるので、是非いろいろ育ててみて下さい。アメリカ南西部〜メキシコ北部にかけて分布する太陽〜三晃丸(E.pectinatus)は、中間的な個体が大変多く、様々な亜種が記載されています。近縁種の御旗(E.dasyacanthus)も含め、花色は薄桃色〜紫ピンク〜オレンジ〜黄〜黄緑・・・さらにこれらが入り交じった多色花と、産地ごと、様々なタイプがあります。自生地では一カ所に色々な花色が混じって咲くコロニーもあるそうです。よって、産地種子を色々蒔いてみるのが実に楽しいグループで、思わぬ花色が出現すると嬉しいものです。上記武勇丸系よりは開花させ易いですが、存外花つきが悪いものもあり、寒暖、乾湿のメリハリをつけた栽培が求められます。このグループの番外で、メキシコ・バハ半島産の弁慶蝦(E.grandis)という、刺が真っ白い太陽といった雰囲気の大変魅力的な種があるのですが、国内ではあまり見かけません。どこかのリストで種を見かけたら是非蒔いてみて下さい。また、太陽や三晃丸とよく似た姿ですが、主にロッキー山脈の東側、テキサス州、オクラホマ州などに分布するのが麗晃丸(reichenbachii)で、こちらも大変バラエティ豊かです。より寒冷な地域に産するためか、太陽・三晃丸系より肉質が柔らかく、休眠期には激しく収縮します。こちらも純白刺のタイプがあり、しばしば白刺太陽などと誤った名前で流通しています。この仲間で変わったところでは、チソエンシス(E.chisoensis)があります。極小型で人差し指くらいの細い球体にヒゲ状の刺が密生します。球体を圧倒する超大輪で白〜濃ピンクのグラデーションのド派手な花をよく咲かせるので、大変魅力的なサボテンです。

 
御旗 E.dasyacanthus (Brewster Co.TX,USA)   E.dasyacanthus (SB415 Brewster,TX)

『青花蝦・白紅司 系』

アメリカ中部〜メキシコ原産。いずれもロッキー山脈東側を中心に分布する、大変寒さに強いグループです。青花蝦(viridiflorus)はもっとも北方に分布するサボテンのひとつで、アメリカ・サウスダコタ州あたりが北限。概して北方型は小型でかわいらしい。径3-5cmくらいでちんまりと草むらに身を隠すように生育しています。青花、と名が付いていますが実際には緑色花で、サボテンには珍しい強い芳香を有します。ケミカルなライムのような香りです。特異な亜種として極く小型で球径1cmほどしないダヴィシィ(E.viridiflorus var. davisii)があり、テキサス州マラソン郊外の極めて狭い範囲にのみ生えています。自生地は石英が散らばる丘で、エスコバリア・ミニマ(Escobaria minima)と共にこの石英に潜るように生えています。青花蝦は分布域を南下するに従って大型化し、テキサス南部あたりで白紅司(E.chloranthus)に変わります。こちらは紅白の長い刺が突出する案外派手な姿の美しいもの。この二種の区別を花の香りの有無に求める見解がありますが、たしかに白紅司タイプは香りのないものが大半です。この類は南下と同時にバラエティにも富み、緑褐色〜赤色花を咲かせるルーサンタス(E.russanthus)などタイプが色々あり、幼苗時に真っ白い綿毛にくるまれるネオカピラス(ssp.neocapillus)は実生から育てるのが楽しみな種です。栽培は寒さにはめっぽう強いですが、蝦サボテンとしてはやや繊細なところがあり、夏場の過湿で根腐れすることがあります。

 
白紅司 E.chloranthus (ElPaso,TX,USA) 青花蝦 E.viridiflorus SB876(Chaffee Co.Col,USA)

『その他・・・翁錦、明石丸、銀紐
上記のグループに含まれない魅力的な種をここではあげます。翁錦(E.delaetii )は、白くて長い毛髪状刺を靡かせる美姿が名高い種で、メキシコ北部の高標高の灌木帯に生えています。近縁種のニボサ(E.nivosus)などとともに、夏の暑さを嫌い、着花しにくい傾向があります。明石丸・姫路丸(E.pulchellus)は、メキシコ中部まで分布し、太い塊根に支えられた扁平な球体を殆ど地中に潜らせるようにして生育します。これも刺や花色のバラティがいろいろありますが、欧米ではとくに人気があるようです。似たものに宇宙殿(E.knippelianus)があります。このほか、特異なものとして銀紐(E.poselgeri)殊毛柱(E.schmollii)などのグループがありますが、これらは一見エキノケレウスとは思えない姿です。地上部の本体は太くても鉛筆程度のひも状でひょろひょろと育ちますが、地下には丸々太った塊根がり、かつては別属(Wilcoxia)に分類されていたくらい形態的には違って見えます。しかし、花は紛れもない蝦サボテンの花で、開いた花のまんなかにお馴染みの緑の柱頭を目にすると、なるほどと合点がいきます。休眠期に塊根を湿らせると腐敗するので、昔は難物扱いでしたが、注意深く生育期をとらえれば、美しい花をたくさん咲かせてくれます。このほか、バハ半島の森林で崖から下垂するペンシリス(E.pensilis )もかつては別属(Morangaya)だった珍しいものです。
 と、ここまで書いてもまだまだ紹介しきれない魅力的な種がたくさんあり、しかもそのそれぞれが刺、花色など、バラエティに富んでいます。さらに属中では雑種が出来やすいこともあり、自生地でも数多くの雑種コロニーが見られます。こうしたこともあって分類は未だ未整理な領域が残されており、つまりは和名・学名とも不確定でアテにならないところがあります。従って信頼出来る産地情報を持つ種子から育成実生するのがベターで、あれこれ多彩な刺や花を探求し始めると私のように深みにはまってしまいます。もっとも、それぞれの名前に対して、竹を割ったような明確な特徴を求める日本のサボテン界では、「巨大なマイナー属」という地位から脱するのは難しいかも知れませんが、是非とも再評価を戴きたい仲間です。


頂花蝦 E.pulchellus ssp.weinbergii(Zac.MX)   殊毛柱 E.schmollii(Wilcoxia schmollii)











 

              
         

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