仏教を深める創作ノート08

2015年05月

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05/01/金
本日から5日間の連休。といっても週末から翌週にかけて、月曜が休みになっただけなのだが。とにかくこの間は大学も世の中も休みなので、のんびり休めると思ったら、新書の担当者から、ゲラを送るとのメールが入った。4日に送ってもらうことにして、浜松の仕事場に向かう。厚木あたりまでところどころ渋滞していたが、その後は順調。足柄と浜松で休んで、夕方には仕事場に到着。本日はメールをチェックしただけで早めに寝る。

05/02/土
鷲津に買い物に行く。仕事場をもったのは1981年なので、30年以上、この街とはつきあっている。最寄りのJRの駅がここで、スーパーなどもある。天浜線という第三セクターの駅が近くにあるのだが、ほとんど乗ったことがない。資料を読んでいるうちに、そろそろ決断せねばならなくなった。親鸞の妻を恵信尼だけにするか、玉日を正妻とするか。長男の善鸞の母をどちらにするか。玉日という女性のイメージがかなりはっきりとわいてきたので、もはや無視できないだろう。恵信尼のキャラクターもそれで深くなると思う。赤山禅院でのやりとりも深くなる。さて、問題は、頼朝や後白河院と親鸞を出会わせるかどうかだ。嘘っぽくなるが、小説だから面白い方がいい。和讃と今様のつながりを考えても、少なくとも後白河とは会わさねばならないだろう。全体の半ばくらいまでは京での出来事でいいだろうと思う。

05/03/日
ヒロインは玉日になる。ぼくの心の中でイメージがわいてきた。頼朝、後白河院と蓮華王院で会う。その前に後白河院と『梁塵秘抄』について語り合う。重要な場面となる。今様の大半は法華経がテーマになっている。これが親鸞によって和讃という新たなジャンルに展開されることになる。前半の密度がものすごく高くなる。越後に向かうところでほとんど話が終わってしまいそうだ。それでもいいと思っている。ただ大長篇にはしたくないので、1行アキで数年くらいとばす、というふうに時間の展開を早くしたい。東国での布教について、まだイメージがわいていない。茨城県に取材に行った方がいいのか。まあ、そのあたりまで書き進んだところで、時間があれば風景を見に出かけてみてもいい。

05/04/月
短い休みなので本日、東京に戻る。渋滞はほとんどなかった。新書のゲラが届いている。本日の夜中と明日1日あるので、一気に読めるだろう。歴史時代作家クラブ賞の候補作も届いている。これは週末の仕事になる。

05/05/火
本日はまだ休み。昨日の深夜に新書のゲラを半分のところまで見たので、本日は昼過ぎには作業完了。大きな直しはなかった。ものすごいスピードで書いたわりにきっちりとまとまっている。ゲラをもって散歩に出る。宅急便は集合住宅の配送センターを呼べば取りにきてくれるのだが、自分で出した方が確実なので近くのコンビニに行く。ついでに床屋に行き、三省堂に行って、何かの手違いでまだ届いていない歴史時代作家クラブ賞の候補作2点を購入する。さて、これで必要な作業は終わった。もう本当に何もすることがない。いや、候補作をまだ読んでなかった。まず新人賞を読む。本賞の方は週末に読めばいいだろう。

05/06/水
まだ世の中は休みだが、大学は祝日は休まない。昨日から授業が始まっている。火曜は自分の授業がなかっただけ。世の中が休みの日に出講するのは、つらいようだが、中央線の快速が駅をすっとばすので快適だ。1コマの授業のあと、学生のレポートを読み、親鸞について考え、学部長会議に出席する。水曜はコマだけなので楽だ。明日の木曜はコマあるのでたいへんだ。候補作を読みつつ、『親鸞』も少し書き。毎日少しずつでも書いていけば、いつかゴールにたどりつく。

05/07/木
木曜は4コマの日。声がかれるほどにしゃべった。疲れた。

05/08/金
授業が水曜と木曜に集中しているので金曜から翌週の火曜までは授業のことを考えなくていい。本日は渋谷のシアターコクーンで三田和代さんが出演するテネシー・ウィリアムズの『地獄のオルフェウス』を観る。子どものころからテネーシー・ウィリアムズはずいぶん観てきたように思う。テネシー・ウィリアムズが描くのは戦前から終戦直後くらいの時代のアメリカ南部で、人種差別や女性差別の強い風土に、鈍感で乱暴者の男と、繊細で気位の高い女のドラマが展開される。女性がヒロインになる作品が多い。子どものころ(といっても高校生)くらのことだが、まだ新劇というものを見始めたばかりだったが、これが典型的な現代演劇だと受け止めていた。その時分が高校生だったころから、もう50年が経過しているので、この世界も古典と感じられるようになった。三浦春馬という人気のある俳優が主演しているので、観客は若い人が多かったが、こういう世界をどのようにとらえているのだろうか。もしかしたら、南北の『四谷怪談』を観ているような気分なのかもしれない。確かに男の暴力性というのは、日本の中流くらいの家庭には見られないものだ。しかし神奈川県の中学生殺人や、千葉で18歳の女性が拉致され成田空港の近くで埋められた事件に接すると、この国にも理不尽な暴力性が広がっているのではという気もする。貧富の差が広がっているようでもあり、テネシー・ウィリアムズの世界は、案外身近なものになってくるのかもしれない。3月から4月にかけては多忙だった。まだ新書の校正を担当者がやっていて、疑問がメールで送られてくるのだが、気分は少しずつのんびりした感じになってきた。次の『親鸞』は「年末くらい」と約束しているので、急ぐ必要はない。ただ次の新書も決めておきたいのでいまプランを練っている。新書はトピックス的なものと普遍的なものと、両方考えておきたい。多忙な日々が続いたので、今年に入ってから、日本橋で一回映画を見たくらいで、どこかに出かけるということもなかった。本日はシアターコクーンなので久々に渋谷に出かけた。御茶ノ水に引っ越して丸2年になる。その前は三宿に住んでいた。三宿から渋谷は徒歩圏で、よく散歩に出かけた。片道30分くらいかかった。 御茶ノ水から30分歩くと銀座まで行ってしまう。でも、久々の渋谷を見ると、人が多い、若い人が多い、でも何だかおもしろいところだなと改めて思う。ただ歩くだけで疲れる気がする。会場の隣の東急本店に入ると人が少なくほっとする。老人にとってはデパートだけが憩いの場所か。天ぷら屋に入ると80歳くらいの老婆二人が悠然と食事をしていた。自分たちはまだ若いと感じた。さて、この週末は何もないので『親鸞』の勢いをつけたい。ファーストシーンは完成した。9歳の親鸞が青蓮院の慈円のもとで得度する場面。ありきたりな導入部だが、慈円というのがキーパーソンの一人なので、ここから始めるしかない。その得度の翌日を書こうかと思っていたのだが、そんなペースで語っていたのでは大長篇になってしまう。ここで一気に10年くらい時間を飛ばすべきか。ここはしっかり考えないといけない。昨日、大学で、中世史の年表をコピーしておいた。ここに親鸞の年齢と重要事項を赤字で書き込んで、時代の流れと親鸞の個人史を絡めていきたい。従来の親鸞の伝記では、河内の磯長で聖徳太子/救世観音のお告げを聴く、というのが次のポイントになるのだが、その前に後白河院に会う場面が必要か。頼朝と会うか。慈円と法華経をめぐる議論をなすべきか。慈円との議論は数年後という設定でいいだろう。慈円の個人史も調べないといけない。

05/09/土
神田祭が始まった。2年に1度のこのお祭は、2年前の転居した直後に体験しているが、引っ越しの直後であわただしい感じだった。今年は落ち着いて、のんびりした気分で祭を迎える。住んでいる集合住宅の1階が、淡路町2丁目のお神輿の出発点になっている。広場には鍾馗さまを載せた巨大な山車も設置されていて、お祭の気分が盛り上がっている。神輿などの宮入は明日の日曜日だが、お祭は始まっていて、とにかく神田明神まで行ってみると、露店がぎっしりと並び、境内は人で埋まっていた。和太鼓の演奏などがあり、参拝客の長い列ができている。ふだんはひっそりとしている銭形平次の碑のある裏側にも露店が並んでいる。ヤキソバなどを買い、歩きながら生ビールを飲む。『親鸞』は出だしの断章ができて、その後で迷っている。そこで10年くらい時間を飛ばした方がスピード感が出るのだが、それでは親鸞が修行をするイメージがうすいし、源平の合戦などを時代を追って書いておかないと頼朝との出会いの重みが出てこない。法華経をしっかり読み込み、摩訶止観などを学んでいるところを押さえておきたい。

05/10/日
お神輿の宮入の日。住んでいる集合住宅の前の道がお神輿のコースになっているので、ものすごい人が集まってきた。われわれも昌平橋の総武線のガード下のあたりまで出向いてお神輿を見物する。神田祭は神社が現在の場所に移ってから400年だそうでたいへんな賑わいになっている。あとは自宅で仕事。『親鸞』の出だしの部分はほぼ固まった。その次に主人公が法華経を読むシーンを入れたい。法華経に関する資料は研究室にあるので明日からの作業になる。

05/11/月
まず月に一度の医者。淡路町の方にあるので新宿線で九段下、それから東西線で三鷹へ。本日は学科会だけだが早めに出向いて作業をする。学科会のあとは吉祥寺に出て、新規採用の先生の歓迎会。二次会までつきあう。いい気分で帰ってすぐに寝る。

05/12/火
火曜日は休みだが能楽資料センターの会議があるので大学へ。夕方まで研究室で仕事をして、新宿での歴史時代作家クラブ賞の選考会。ぼくが委員長だがなるべく委員の方々のご意見を尊重する。ほぼ思っていたとおりの結果になった。その後、飲み会。

05/13/水
大学。2限は2年生のゼミ。このクラスは熱心に話を聞いてくれる。昨日、新書の再校ゲラが届いていたので、昼休みに見る。午後は大学院の修士論文構想発表会。まだ構想の段階だが、なかなかいい発表だった。自宅に帰って再校ゲラ。チェックを終えて、直しが少ないので修正箇所を文書にして担当者にメールで送る。これで手が離れた。『聖徳太子』のゲラは6月の初めになるとのこと。とりあえず連載のイーブックジャパンの原稿を書いて、これでしばらくは締切のある仕事がない。だがいろいろと雑用があってたいへんだ。明日は文藝家協会の総会がある。1年で1番忙しい日になる。

05/14/木
日本文藝家協会総会。自分にとって1年で1番長い日になる。総会のあとの懇親会では、著作権関係の招待者が多く、ひたすら挨拶して回ることになる。もっともこのところ、権利者の団体とも、出版社の人々とも、定期的に会合を開いているので、顔見知りの人とは黙礼するだけですむ。文化庁には行かなくなったので知っている人も少ないのだが、とにかく挨拶できた。終わってから、加賀乙彦さん、塚本青史さん、森詠さん、岳真也さんらと神楽坂で飲む。いろんな人が集まっていて楽しい会になった。

05/15/金
ペンクラブ理事会。いちおう理事をしているのだが、大学と文藝家協会の仕事が忙しいので、理事会は欠席することが多い。出られる日に出ておかないといけない。出欠の返信を出し忘れていて、事務局から電話があったので出ると言っておいたのだが、出てよかった。一人でも休むと理事会が成立しない状態だった。『歎異抄』を改めて読み返している。すごい作品だとしみじみと思う。しかしわたしは親鸞の崇拝者ではない。最近、資料をかなり読み込んだので、すごい人だし、好感のもてる人物だとは思っているのだが、宗教者ではないので、崇拝というところには行かない。これまで書いた空海と日蓮と比べてどうか。まだわからないが、たぶん書いている間は、最も親しい人物だと感じられるだろう。いまのところ、聖徳太子を書き終えたばかりなので、まだ聖徳太子への思いが残っているし、来月はゲラも来る。ただ少年の親鸞は、愛せると思っている。この作品は、玉日という女の子がポイントだと思っている。そのあたりでは親鸞はむしろ受け身だろう。あまりにロマンチックに書くと、宗教小説としてはパワーダウンするかもしれないが、小説としてのふくらみを考えると、玉日を美しく描きたい。しかしそのことで恵信尼の影がうすくなってもいけない。そのあたりが難しい。まだ少年の親鸞が修行をしている段階なので、いまは慈円のことを考えないといけない。後白河法皇とは会わせる。頼朝についてはまだ考えが煮詰まっていない。

05/16/土
本日は休みだがコーラスがある。八王子まで出かける。帰りに京王線が事故でストップ。府中で電車がストップしたが、下りは動くというので1つ戻って分倍河原から南武線で立川に出て中央線で帰った。1時間近く余計にかかったが、いまはひまなのでべつにかまわない。

05/17/日
今週は飲み会が4回もあって疲れた。ようやく丸1日の休みがとれた。神保町まで散歩。夜のニュースは大阪都構想の投票結果の報道ばかり。わたしは大阪生まれの大阪育ちだが、すでに実家もないので、どうでもいい。今回の件で、改めて東京が大戦中のどさくさに東京市を廃止したことを知った。わたしはいま神田淡路町というところに住んでいるのだが、周辺の街はすべて神田を名乗っている。これは神田区と麹町区の合併で千代田区ができたことに由来する。武家街の麹町と下町の神田を無理に一つにしたため、神田の人々は区がなくなっても神田と名乗っているのだ。合併の後遺症がいまも残っているということで、大阪も難しい問題をかかえていることになる。確かに現在の区は行政単位としては小さすぎ、大阪市は大きすぎる。横浜も同じことが言えるのではないかな。ところでわたしは中学高校時代は東区に住んでいたのだが、その東区はかなり前になくなって、中央区と呼ばれている。気分としては、これも元に戻してほしい。かつて住んでいたところの地名がなくなるのは寂しい。そういえば東区岡山町だったのだけれど、岡山町もとうの昔になくなってしまった。岡山町は戦前は堺屋太一さんも住んでおられた由緒ある地名なのだ。

05/18/月
大学。教授会と学科会。本日はこれだけのために大学に向かう。少し早めに行って研究室で『親鸞』を入力。少し進む。まだ手探りだ。しかし全体の構想がおぼろげながらうかんできている。

05/19/火
本日はマッサージだけ。久々にのんびりする。

05/20/水
2限の2年ゼミは村上春樹訳『カーヴァー傑作選』をテキストにしている。2年生には少し難しすぎるかもしれないが、教科書というのはそういうものだ。3年になってから『蹴りたい背中』とか『蛇にピアス』とかを読ませることにしている。昼休みに同窓会会館の竣工を祝う昼食会。学部長などが結集するが、着席式の宴会だったため、隣のグローバル部長としか話ができなかった。昼食はふだんは食べないので、体調を崩した。

05/21/木
大学。同慶祭。創立記念日が親鸞の誕生日に設定されているので、二つの祝いをするということだが、親鸞の誕生日って、歴史的事実なのだろうか。わたしの小説は九歳に出家するところから始まるので誕生日はどうでもいい。昔の人は数え年なので正月に年を取る。そのため誕生日にはこだわらない。で、創立記念日は休みかというと、学生は休みだが、先生は儀式に参加しないといけない。勝手に休む人もいるようだが、学部長はいちおう顔を見せておかないといけない。その後、講演が2つあり、それから飲み会。文学部の先生だけ固まった、とりあえず飲み会は楽しい。しかし知らない人から話しかけられるので、のんびり飲んでもいられない。知らない人と話すのがこの飲み会の趣旨のようで、だから知らない人と話をすることにやぶさかではないのだが、著作権関係の宴会のように、利害があり、しっかりと名刺交換するといった状態ではなく、ただ話をするだけなので、相手が誰だったかわからなかったりする。人生にはこういうこともある。顔だけは印象に残り、キャンパスで会ったりすると挨拶はするのだが、いつまでたっても誰かわからないということもある。まあ、そこが人生のおもしろいところだ。

05/22/金
午前中は銀行を回った。妻についていくだけで、何もすることはないのだが、何かあった時にいないといけないらしい。銀行に行くと疲れる。よくわからない世界だからだ。夕方、教育NPOとの定期協議。こちらはよくわかる世界なので問題はない。
05/23/土
今度の週末は休み。『聖徳太子』のゲラが届いている。校正者の赤字が入ったものはのちほどということだが、いまちょうどひまなので読み返す。自分でプリントして最終チェックしたはずなのに、間違いがけっこうある。しかし最初からテンポよく物語が展開されているところはなかなかのものだ。いつも思うことだが、よくこんなものを書いたなと思う。書く前はどうなることかと不安なのだが、書き終わってみるとほぼ完璧に書けている。この作品はまちがいなく自分にとってベスト5に入る作品だ。

05/24/日
妻といっしょに三越まで行く。歩いていけるのだが、デパートの中でも歩くので地下鉄で一駅乗る。淡路町から1ブロック行ったところが須田町の交差点で、渡ったところに銀座線神田駅の入口があるのだが、これが何とも長い地下通路だ。日本で最初に地下商店街があったところという情報をネットで見たことがあるが、いまはただの狭い通路で、結局、須田町からJR神田駅の近くまで地下道を行くことになる。それから地下鉄で一つ先まで行くのだが、その距離の方が短いくらいだ。日曜なのでデパートは混雑していた。何やらいっぱい買い込んでまた地下鉄で帰った。ゲラを見る。よくできた作品だが、けっこう直しがある。

05/25/月
月曜は学科会だが、大きな議題がないというので休み。後期は月曜に2コマ入っているのだが、前期は6月に1コマが入るだけで、今月はコマがない。学科会がなければ大学に出向く必要もない。明日も休みなので、考えてみれば、金曜から火曜まで5連休だ。しかしゲラが来ているのでこれを読むしかない。妻が実家に行ったので本日は一人で過ごす。仕事がはかどる。午後2時半に震度4の地震。高層タワーの中ほどに住んでいる。ギシギシと揺れたが、以前の震度3の地震の時に感じたブランコのような横揺れはない。震源地の方向や深さによって揺れ方が違うのだろう。

05/26/火
火曜は休み。『聖徳太子』のゲラ。ほぼ終わる。校正者の赤字の入った本ゲラは来月になるのだが、とりあえず自分で読み返してチェックできたので、あとは校正者のゲラに書き入れるだけでいい。1つの仕事が終わったという気がする。すでに『親鸞』が始まったているのでのんびりとはできない。今年は仏教にひたっている。すでに新書『日本仏教は謎だけ』の校正も終わっている。『親鸞』は大作になると思われるが、今年中には終わるだろう。次のこともいろいろと考えている。

05/27/水
久し振りの大学。2限1コマのあと、文藝家協会へ。内閣府のヒアリングに応じる。それから自宅に帰り、イーブックジャパンと打ち合わせ。実家に行っていた妻が帰ってくる。ゲラは最終章だけ残っている。エンディングのところだけ少し手を入れたいので明日の仕事とする。

05/28/木
大学4コマ。疲れて帰る。ゲラの最後の部分を見る。

05/29/金
本日は休み。まずは銀行。銀行は行くだけで疲れる。それから日本点字図書館の理事会。いつも議長をやるのでけっこう疲れる。羽田プロジェクトの会議があるのだがパスさせてもらって自宅に帰る。スペインの長男が緊急に帰国していて、妻と御徒町で買い物をしている。電話で場所を確認して合流。ユニクロの上の吉池食堂で食事。長男と会うのは4年ぶりだ。子どもではないから4年たっても背が伸びているわけではない。4年前と少しも変わらない感じで会話。孫の話などを聞く。孫はまあ、4年たてばそれなりに成長しているのだが、妻がiPadでFacebookで孫の写真を見ているのを時々のぞいているので、とくに驚くようなことはない。四日市にいる次男の嫁さんからも孫の写真が届く。写真で見ている限りは、四日市もスペインも等距離だ。

05/30/土
防災訓練の日。ふだんは使えない階段を使って歩いて下りる訓練だしい。足でおりたらどんな感じか確認したかったので参加する。警報とともに廊下に出てみると、非常階段のドアはすでに開いている。26階から下り始める。20階を過ぎたあたりで足がガクガクし始めた。これはピンチだ。マンションの下はオフィスで、今日の訓練はマンションだけなので、途中の階のドアは閉まっている。下まで下りるしかないのだ。自分はトップで下りている感じ。上の方では子どもの泣き叫ぶ声が聞こえる。よく説明せずに子どもを連れて階段を下り始めたので、どこへ行くのかとびっくりしたのだろう。とにかく外に出ると座席が用意されていて、簡単なレクチャーのあと、消化器を使う練習。そのあと煙ボックスというものに入れられて、訓練終了。まあ、貴重な体験であった。妻と長男は錦糸町に買い物に出かけた。こちらは『親鸞』。ひさしぶりに親鸞の世界に入ろうとしたのだが、『聖徳太子』のゲラを見ていたので、同じ仏教でも時代が違う。さらに校正者の赤字の入った本ゲラが来週届くので、まあ、あまり親鸞に深入りしないようにしよう。長男は明日の早朝に帰る。妻とスーパーに買い出しに行った。こちらは成田エキスプレスの切符を御茶ノ水駅で買う。以前、三宿に住んでいた時は、半蔵門線で水天宮に行き、箱崎からパスに乗ることが多かったが、御茶ノ水だと東京駅に出た方が早い。昔、子どもたちが中学生だったころ、京成の特急に乗ったこともあったが、成田エキスプレスというのは自分は乗ったことがない。もう長い間、外国に行ってないなと思った。夕食は自宅で。妻が準備している時に、地震が始まった。先日の地震は震度4だが、ガタッと揺れただけだった。直下型だったからか。今回は距離のある大きな地震だったので、同じ震度4でも揺れが大きかった。船に乗っているように横揺れが長く続いた。大きな揺れが収まっても微妙な揺れが長く残った。このマンションはオフィス棟の上に鋼鉄のバネみたいなものを載せて、その上に住居棟がある。バネがいつまでもふわふわ震動しているのだろう。船酔いしそうな感じだ。地震のないスペインから来た長男はグッドタイミングでいい体験ができたと思う。話のタネになる。

05/31/日
長男は早朝に帰っていった。妻が東京駅まで送っていった。切符を前日に買っておいたのでスムーズに乗れたようだ。さて、日常が戻ってきた。火曜日に本ゲラが出る。それまでは中途半端な時間だ。『親鸞』には集中できない。テレビでダービーを見たりしながらのんびりとすごす。妻が三越へ行くというのでついていく。三越カードで買い物をする。三越の食堂でビール2杯飲む。疲れがゆっくりと癒されていく。5月も終わった。『親鸞』の資料を読みながら、出だしのところも書けた。新書のゲラに、『聖徳太子』のゲラ。すべて仏教なので、一つの仕事を持続している感じがする。とくに親鸞は聖徳太子の影響を強く受けているので、いい段取りで仕事をしていると思う。



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