昨日、梅雨明け宣言があった。
朝の日差しはもう本格的な夏の訪れを告げていた。俺は木漏れ日の歩道を学校へ向けて歩いている。今日はいよいよ終業式。
「うぃす! まこと、明日から高校生活最後の夏休みだぜ。楽しみだな。予定とか入ってるか?」
スラッとした体格の男が俺の肩を鞄で叩き、俺の横に並んで歩いた。俺の小学校以来の親友……というより悪友。名前を岸田弘という。
「ああ、ちょっとな」
「なんだよ、まこと。せっかく海にでも行こうって思ったのになぁ」
「彼女と行けばいいだろ?」
「へ……ああ、圭子の事か?この間、別れた」
「は?」
「思ったよりワガママなんだよあの女」
「別れたって……まだつき合って一ヶ月経っていないんじゃなかったか?それに弘、今年に入って何人目だ?」
「あ〜う、えっと、5人目だったけか?」
こんな奴である。なんでこんなチャランポランな男がモテるのか、世の中よく分からない。
「まぁ、俺の事はいいじゃないか。それよりお前の方はどうなんだよ」
「俺はそれどころじゃない」
「どうしたんだ?俺達は全国でも数少ない恵まれた高3だぜ。必死こいて勉強しなくていいんだもんな。もっと楽しもうぜ」
俺達は校門の前に着いた。無意識に校舎を見上げる。俺の高校は名前からわかるように大学の付属高校でエスカレーター式。入試ははっきりいって難関だった。しかし、入ってしまえばこっちのもの。そこそこの成績を維持してれば大学にあがれるというありがた〜い学校である。
「俺ン家の親、旅行でいないんだよ。明日から姉貴の家に泊まるから、しばらくは家にいないぞ」
姉貴という言葉が出たとたん弘は渋った顔をした。弘はどうも俺の姉貴が苦手らしい。
「それはそれは気の毒に。お前ンとこの姉ちゃん、美人だけど、けっこう強烈だもんな……あれ? 確か最近結婚したはずじゃぁ」
「だから嫌なんだよ。なにが悲しくて新婚の家庭に泊まらなくちゃならない」
「ははは。邪魔者扱いされそうだな」
「そうなんだよ。姉貴は気にするなって言ってるんだけどな」
「そういえば、お前の姉ちゃん、今どこに住んでるんだっけ?」
「三本松町」
「おっ! ひょっとして天乃白浜ビーチがある三本松町か?」
「ああ、そんな名前の海水浴場があったはず」
「俺も連れて行け!」
「へ?」
「阿呆! 天乃白浜って言えばこの辺じゃ有名な若者向きのマリンスポットだぜ!? ということは女の子たちもたくさん…ああ、この傷ついた心を癒してくれる出会いが…」
傷ついたって、お前からフッたじゃないのか?
「あのなぁ、連れていけるわけないだろ。俺一人でも気が引けるのに」
「冗談、冗談。でもよ、これはチャンスかもしれないぜ? せっかくのいい機会だ、天乃白浜で可愛い娘ひっかけてよ、上手くやってお前の彼女イナイ歴18年にピリオドが打てよ」
「あのなぁ。場慣れしているお前ならともかく、知らない子に声かけるなんて、そう簡単にできる事じゃないよ。」
「なんだよ、情けないな。よし、海でのナンパテクニックを俺が伝授してやろう! 教室へ行くぞ!」
「おい、いいって、ちょっと引っ張るな、おい!」
まったく強引な奴。しかし、俺は弘の言うように今まで女の子とつき合ったことが一度もない。モテないわけではないと願いたいケド…。
弘の奴、余計な事いいやがって…期待してしまうではないかっ!
「いいか?ナンパってのはきっかけがつかめれば半分成功したようなもんだ。日頃の観察と頭の回転がモノをいう。どれ、お前の実力を見てやろう」
「実力を見るって言ったってどうやって?」
「教室に入って一番近くにいる子に声をかけるんだ。海へ誘ってみな。大丈夫、相手はクラスメイトだから冗談で通じるさ」
弘は俺の背中を押して教室のドアの前に立たせた。
無茶言うなよな。クラスメイトだからこそやりにくいんだろう。
「ほんとにやるのか?」
「いいから行けって!」
「うわ、押すなよ!!」
弘は教室のドアを開けると俺を教室に突き飛ばした。転びそうになり、あわてて体制を立て直す。前屈みの状態から顔を上げて前を見ると、息がかかりそうな距離に一人の女子生徒の顔があった。当たり前だが、驚いている。
「や、やぁ」
「……なにが、「やぁ」よ!びっくりするじゃないっ!!朝っぱらから馬鹿やってんじゃないわよ!」
そういって俺の頭をピシャリと叩く。
ひときわ目を惹く金髪碧眼、少し小柄なこの女の子の名前は綾部美鈴。
ちょっと気の強そうな顔立ちだが、じゅうぶん美人の部類に入る。その特徴的な容貌は日本人ばかりの(まぁ当たり前だが)教室ではかなり浮いた存在だった。
しかし彼女は交換留学生でもなく在日外国人でもない。日本国籍の普通の学生。昔フランスに住んでいた、いわば帰国子女ってやつだ。彼女はクォーター(1/4フランス人)なのだが容姿にフランス人の血が強く出てしまったらしい。
さらに金持ちのお嬢様。そしてひねくれていて、不良グループをつれて歩き回っているというちょっと危ない面ももっている。いろんな意味で個性的な彼女は、他の生徒や教師から避けられているようだ。
俺とは小学校以来の腐れ縁。なぜか彼女とはずっと同じクラスである。
「美鈴ちゃん、今日は一段と綺麗だね」
「なっ、なに馬鹿いってんの!? 変な遊びするならよそでやってよっ! だいたいどういうつもりなのよ!?」
「ナンパの練習…」
「あきれた。こんな馬鹿と話していたらこっちまで頭がおかしくなるわ。じゃあね馬鹿男」
うるさいやい。こっちだって好きで美鈴に声をかけたわけじゃないぜ。
「なんか言った!?」
急に振り返る美鈴。俺、口にだして言ったか?
「いいや。それよりお嬢様、夏休みのご予定は?」
「私は別荘でのんびり過ごす予定よ。あんたみたいな一般人とは一緒にしないでよね!」
「へいへい」
「…ってなんで私がそんな事、教えなきゃいけないわけ!?」
「ナンパの練習」
「きぃ!!」
すごい形相で俺を睨む美鈴。
「わかった! わかった! 冗談だって」
「まったく相手にしてられないわ! もう声かけないでよね!!」
そう言い残して、立ち去る美鈴。
彼女と俺はいつもこんな感じだ。でも、なんだかんだ言いながらも、けっこう話したりするんだよな。話しかけないでとか言うなら、最初から俺のこと相手にしなければいいのに。
おや? そういえば弘は何処に行ったのだろう?
「まこと。よく綾部お嬢様と話ができるな」
「なんだよ弘、そんな所に隠れて」
「あの女を怖がらないのはお前くらいなもんだぜ。さすがの俺もあの女にだけは遠慮したいね」
「そうか? 俺は昔からのつきあいだからなんとも思わないけど」
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