「なにぃ〜! 二度目の新婚旅行!?」
俺は思わず椅子からずり落ちそうになりながら、親父達に聞き返した。
「そうだ。博子も嫁に行った事だし、お前も手がいらなくなったしな」
親父は夕刊を片手になにか反応を楽しむように、こっちを見ている。
「新婚の時の気持ちに戻って、楽しんでくるわ」
おふくろが夕飯をテーブルに並べながら嬉しそうに言う。
「楽しんでくるって…、俺はどうなるんだよ! 飯は? 掃除は? 洗濯は?」
「おい、まこと。お前ももう一人前の男なんだ。情けないこと言うな。たかだか一週間だ」
「それで、何処へ行くんだよ?」
「ヨーロッパ、地中海の旅よ。ああ! 憧れのギリシャ、イタリア!」
「……」
いい歳して、あいかわらずのミーハーぶりだな、おふくろ。
「心配するな。私らが旅行に行ってる間は博子の家に泊まればいい」
今度はテーブルに頬杖をついてた肘を思わず滑らせて顎をぶつけてしまった。泊まればいいなんて簡単に言ってくれちゃって……。
「ちょっと待てぇ! 新婚ほやほやの連中の家に泊まれっていうのか? 一週間も!」
「なんだ?問題あるまい」
「いや、いろいろと問題あると思うけど…。それに、学校はどうすんだよ」
「学校?旅行は7月21日出発だぞ。お前学校に用事でもあるのか?」
「夏休みって事か」
俺の名前は宇佐美 まこと。私立鶯瀬大学付属響谷高校の三年生だ。
中肉中背、成績は中の上。特にクラブ活動とかはやっていない、自分で言うのもなんだが、ありきたりの普通の高校生である。
日曜日。外は相変わらずの梅雨の長雨が降り続けている。俺は一人、家で留守番だ。
最近買ったゲームソフトのレベル上げをしながらマンガを呼んでいる。
ピロロロロ! ピロロロロ!
電話の呼び出し音が鳴る。う〜ん、めんどくさい。
一瞬、居留守を使おうかとも思ったけど、両親からだったらあとで文句をいわれるなと思い、しぶしぶコードレスフォンを手に取った。
「もしもし」
「よう、まことか? 私だ」
ハスキーな声がコードレスフォンから聞こえた。姉の博子である。
その相変わらずな男言葉を聞いて、俺は少しだけ、げんなりした。
「親父達ならいないぜ。旅行の準備があるとかで、出かけてるよ」
「いや、今日はお前に話しがあるんだ。来週、家に泊まりに来るんだよな」
「言っておくけど、俺が言い出した事じゃないぞ」
「わかってる。私が言い出したのだからな」
え? 姉貴が言い出した事?
…なんか嫌な予感。
「どうせ、まことの事だ。青春まっただ中の夏休み、何処にも行かず、一人で寂しく送らなきゃいけないだろうから、優しいお姉さまがせめてもと、お誘いをかけてやってるのだ」
「余計なお世話! 姉貴…何か企んでるだろ?」
ぜぇ〜ったい何かある。姉貴は弟をからかうのを趣味にしている困った女である。
姉弟だけに始末が悪い。
「へぇ〜。私の心遣いが信用できないわけ。彼女もろくに出来ないような情ない弟を海に連れていって、夏休みの想い出の一つでもというのに。こんな心優しい姉を持っていながら、その愛情を疑うなんて失礼な弟だ」
「何が悲しゅうて実の姉と海に遊びに行かなきゃいけないんだ」
「あのなぁ…。家でゲームばかりしてないでたまには外に出ろ。そんなんだから女の子にモテないんだぞ。外に出れば機会も出来る。家にいるだけだったらあっという間に夏休みなんて終わってしまうぞ。夏休みは学生だけの特権だ。有意義に過ごさせてやろうって言っている」
う…確かに、まともな事を言っている気がする。
でも、これがいつもの手なんだよなぁ。大丈夫だろうか?
「わかったよ。じゃあ誰か友達も一緒に連れっていっていいか?」
「馬鹿言うな。新婚の夫婦の家に来るのだから、少しは遠慮しろ」
「はいはい。…って、そうだよ、本当にいいのか?結婚したばかりだろう? 康太郎義兄さんはなんて?」
「康太郎も了解している。遠慮するな。私たちも遠慮しないつもりだ」
「あのなぁ…。姉貴、本当に裏とかないんだろうな?」
「しつこいなお前も。そうそう、一人でこっち来るのって始めてだろ。ファックスで詳しい地図送るからな」
「車で迎えに来てくれるンじゃぁないのかよ」
「甘い! それじゃぁな。当日の朝、迷子になって私に恥をかかすなよ」
くっそ〜。あいかわらずかわい気のない姉だぜ。まったく。よくあれで結婚できたもんだ。俺は得体の知れない不安を覚えながらコードレスフォンを切った。
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