幕末から明治にかけて三大毒婦といわれた花井お梅(他の二人は高橋お伝と夜嵐お絹)が犯した箱屋殺しを歌った歌。箱屋は、箱に入れた三味線をもって芸者のお供をする男衆のこと。
お梅は幼時に養女にやられ、15歳で芸者に出された。天性の美貌でたちまち柳橋や新橋で売れっ子になり、24歳のとき、貯めたお金で、浜町に待合茶屋「酔月」を開いた。自分の箱屋だった八杉峯吉(34歳)を雇うとともに、実父・専之助を呼び寄せて、店の名義を実父にした。 ところが、専之助は父親であることを笠に着て、金銭の出納などをめぐり、しばしばお梅と激しく口論、挙げ句の果てに、店は自分の名義だからといって、勝手に「休業」の札を出し、お梅を閉め出してしまった。明治20年(1887)5月末のこと。 お梅は、知人宅を泊まり歩きながら、店を取り戻す方策を考えていたが、6月9日の夜、峯吉を呼び出した。峯吉は長年、お梅に目をかけられながら、専之助についてお梅の閉め出しに加担していたのだ。お梅がそれをなじり、店に戻れるよう頼むと、峯吉は「いうことをきけば仲裁してやる」と、以前からの恋慕をむき出しにして開き直った。激しい言い争いのなかで突き倒されたお梅は、もっていた出刃包丁を峯吉の背中に突き立てた……というのが裁判記録に残っている事件のあらましである。 この事件を川口松太郎が新派の悲劇として書き上げたのが、『明治一代女』。 この芝居では、「お梅」は、それまでのような「毒婦」としてではなく、母や弟を養うためのお座敷勤め、恋仲の人気役者に、純情とも云える様な誠意を尽くす、健気(けなげ)な女性として描かれる。しかし、人気役者の襲名披露の費用がなんとしても工面できぬお梅に、「箱屋、巳之吉」が、「自分には宛てがある、金は何とか工面するから、そのかわり、一緒に世帯を持ってはくれないか。」長く、心の底に秘めていた、お梅への真情を、初めて吐露し、また追い詰められていたお梅は、我が心が巳之吉には無いのを知りながら、思わず肯いてしまうのだった。 しかし、巳之吉が、田舎の田畑を売り払って金を作って来ると、金は受け取ったものの、言を左右にして、ぐずぐずと日を過ごし、一向に世帯を持つ気配がないお梅の態度に不信を抱いた巳之吉は、浜町河岸でお梅を呼び止め、不実をなじり、夫婦約束の履行を迫るのだった。「巳之さん、すまない、お金は、必ず返すから許して。」お梅は、手を合わせ、役者の仙枝を思い切れない心中を告白、巳之吉とは世帯を持つ気が無い事を白状する。 「それじゃぁ姉さんは、最初っから俺を騙すつもりだったんだな。」残酷とも云える、お梅の言葉に、逆上した巳之吉は、用意の出刃包丁を振りかざし、お梅へと切り付けて行くのだったが、もみ合ううちにお梅に刺されてしまうという筋書き。 歌は、昭和10年(1935)の日活=入江プロ映画『明治一代女』の主題歌として作られた。 『《 明治一代女 》「実録・花井梅」 (http://hccweb1.bai.ne.jp/~hci59701/nagabanasi/meiziitidaionna.html)などによる』 |
明治一代女
入江プロ映画「明治一代女」主題歌 |
作詞 藤田まさと 作曲 大村 能章 唄 新橋喜代三 |
1 浮いた浮いたと 浜町河岸に 浮かれ柳の はずかしや 人目しのんで 小舟を出せば すねた夜風が 邪魔をする (台詞) 巳之(みの) さん堪忍して下さい。 騙(だま)すつもりじゃなかったけど、 どうしてもあの人と別れられない このお梅の気持ち、 騙したんじゃない、騙したんじゃない…。 ア、巳之さん、お前さん、何をするの、 危ない! 危ない! 堪忍して、か… ア、巳之さん、巳之さん、 あたしは大変なことをしてしまった。 | 2 怨(うら)みますまい この世の事は 仕掛け花火に 似た命 もえて散る間に 舞台が変わる まして女は なおさらに 3 意地も人情も 浮世にゃ勝てぬ みんなはかない 水の泡沫(あわ) 泣いちゃならぬと 言いつつ泣いて 月にくずれる 影法師 |
1935年(昭和10年)
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新橋喜代三(1903(明治36)〜 1963(昭和38)、鹿児島県西之表島出身)
1916年(大正5年)芸者に出る。1926年(大正15年)鹿児島で小原節の歌い手として名をあげ、1931年(昭和6年)レコードデビュー。昭和9年日本橋三越の鹿児島名産展での「鹿児島小原節」でヒット。昭和10年には「明治一代女」で大ヒットを飛ばす。「丹下左膳余話・百万両の壷」などへの映画出演もこなし、昭和12年中山晋平と結婚し引退。 作詞の藤田まさと、および作曲の大村能章については、旅笠道中を参照のこと。 |
明治一代女 (製作=日活=入江プロダクション 1935.11.01 富士館 10巻 白黒 ) ---------------------------------------------------------------- | ||
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