Tatuya Ishii & Asato Shizuki Special Project 2003
SUN
桜三号−炎の老人−
石井、いや林田の視線の先には、鍋島老人が。杖をつき、大儀そうに上手の階段を下りてくる。両手をポケットに突っ込んでじっと見つめる林田、鍋島老人が椅子に座り仏像を削り始めると、手前の段に腰掛け、なにか言いたそうに老人に視線を向ける。老人は気づかない。立ち上がり老人の後ろに立ってしばし見つめる。やがて、あきらめたように背後のボイラーに向かって歩き出す。去り際、老人の肩にぽんと手を置いてゆく。はっとした様子で辺りを見回す老人、そこにはすでに林田の姿はなかった。
声:俺たちは知っていた。さびだらけの鉄くずで作られた大砲がどんなにもろくて壊れやすいかを。俺たちは知っていたんだ。
老人:だから俺たちは覚悟していた。
矢部:だったらなんで大砲のひもを引きはったんですか。
老人:そう教育されていたんだ。敵が来たらひもを引くように訓練されていたからさ。
矢部:その林田さんという方は、死ぬ覚悟をして撃ちはったんですか。
老人:兵士が戦場で敵を撃つのは命令されているからだけじゃねぇ。おっかねぇんだ、怖いんだよ敵が。
声:だから無駄に死ぬのは一人で十分だろ。
老人:一人だけ先に逝きやがって。残された俺の屈辱の毎日がわかるか!
矢部:この人、誰と話してんの? …(間)…それでも生きていらっしゃったからこそ、こうして元気にお仕事を続けていられるわけじゃないですか。
老人:当時は勇敢に死ぬことこそ兵士の道だったんだ。戦友の死で助かった俺は…(泣く)。俺の戦争は終わっちゃいねぇ。だからこうして、死ぬまで薪に仏像を彫ってボイラーにくべるのさ。
矢部:それは亡くなった彼への供養なんですね。
老人:ちがう!俺のためさ。
矢部:自分の、ため…?
老人:こうしてずっと生き恥をさらし続ける俺への供養のためさ。
声:こいつぁ、こういう古い男なんだ。
小田:わからねぇなぁ。
老人:わからなくていいのさ。こんな気持ちをわかるような時代になっちゃいけねぇ。それに……。
矢部:それに?
老人:わかってほしいとも思っちゃいねぇ。…生きるべきか死ぬべきか、なんて選べるヤツはしあわせさ。俺たちはそんな選択さえできなかったんだ。たった2人の特別砲撃隊はなぁ。
矢部:小田ちゃん、もうやめよ。私、これ以上聞かれへんわ。
小田:なんでだよ。これからじゃねぇか。こんな狂った命令を出した頭のいかれたやつが誰なのかわかるっていうのに…
老人:ぅわー!(2人の間を割って前へ飛び出す)。
――矢部・小田、唖然としている
鍋島:(敬礼して)特別砲撃隊、鍋島ショウゴロウこれより任務に就きます。(走ってボイラーの前へ。双眼鏡を覗くふり)敵は突撃部隊、特殊攻撃部隊その他いろいろ。総員配置につけ! 南西約20キロに歩兵部隊3個師団発見。敵は正面の地平線上にあり!
声:やめろ鍋島。戦争はもう終わったんだ。
鍋島:これより砲塔に装填します。桜三号発射します。発射ぁ!(ひもを引く)
―― 一瞬暗転――
林田:(ボイラーの真ん中の窓から上半身だけ出している。鍋島の引こうとしたひもを捕まえている)さみしいことすんなよ。(驚いている二人に)こいつが心配で、出てきちまった。(扉から出てくる)
老人:おまえ、いいとこに出てきやがって。
林田:俺ぁ粋に出てくんのよ(8月21日アドリブ?)
林田:このひもを引くのは二人一緒だって、あんとき約束したろ?
鍋島:そうだ。
林田:それじゃよぉ、あんつづきしてみっか?
鍋島:そいじゃ、2人で引くか。
林田:おぅよ。せーので行くぜ。
鍋島・林田:せーの!
――轟く大音響、旭日が真っ赤に輝く、一瞬後、暗転
――背後のハッチが開く。ハッチのなかからの照明でシルエットになった2人、「やったな」というふうにお互いの肩をたたく。肩を組み、楽しそうな足取りでハッチの向こうに消えてゆく。閉じる扉。
小田:(転んでいたのが起きあがり)矢部ちゃん、大丈夫か?
矢部:大丈夫、や、と思う。
小田:お、カメラ(ファインダーを覗く)。大丈夫みたいだ。びっくりさせるぜ。
矢部:小田ちゃん、鍋島さん…(老人を指さす)
老人:(椅子に座ったまま動かない)
小田:鍋島さん?(肩をたたく)
老人:(ぐらりと傾く)
小田:し、死んでる! お、俺、救急車呼んでくる。(逃げ腰で下手に退場)
矢部:(そぉっと近づき顔を見る)なんて穏やかな顔してはんのやろ。(老人の手にしているひもを見つける)これ…(ひもを手に取る)
――矢部がひもを手に取った瞬間、ボイラーにつながっていたひもがするりと落ちる。
矢部:(ひもを持って前に出る)これなんや?
声:わるいがそのひも、返してくれねぇか。
林田:(ハッチから出てくる。前に出てきながら)そのひもはよ、こいつ(あごでしゃくる)と俺の友情の絆なんだ。(ひもを受け取って)この時代のあんたらにはわかんねぇだろうがよ。
――林田、ほっとした表情でひもをたぐり、手に巻き付けている。鍋島、椅子からすっと立ち上がり前へと歩く。その歩調はもはや老人のそれではない。2人並んで立つ。お互い顔を見合わせると、振り返り、バックライトのなか背後のハッチへと消えてゆく。
矢部:(びっくりしてしゃがみこんだままである)
――矢部、立ち上がる
声(矢部):翌日、テレビ局の編集室で録画したテープを確認したところ、そこにはゆうれいの姿は映っていませんでした。それどころか、老人の姿さえ映っていなかったのです。しかし、このできごとは、私にとって忘れられない思い出となって心に焼きつきました。
矢部:(ここからは生台詞)これは私の勝手な推測なんですが、あの2人の戦争は、あそこで終結したのでしょう。私はそう思うと胸がいっぱいになります。
――背後の旭日の前に林田・鍋島の2人が立っている。直立不動になると、ゆっくりと敬礼。
(ゆっくりと−幕−)
(ナレーション)
老人はこの2日前、自宅の小さなアパートの一室で息をひきとっていたという。老人は生前口癖のように言っていた。「俺たちはアイムソーリーと言って負けたんじゃない。アイムソニーと言ったんだ」by
Sony。