Tatuya Ishii & Asato Shizuki Special Project 2003
SUN
桜三号−炎の老人−
――火のはぜる音。ハッチの前の椅子には老人、たばこを吸っている。次第に明るくなる舞台では、下手からはマイクを手にした女性レポーター、上手からはビデオカメラを肩にカメラマンが登場してくる。そして番組オープニングコールが。
「おはよう、ワイドショー(エコー)」
♪おはようおはようおはようおはよう、ワイドーショー♪
レポーター(姿月):(バリバリの関西イントネーションで)おはようワイドショー、『あの人に聞こう』の時間がやってまいりました。私、司会の矢部ケイコです。本日は、ここインターコンチネンタルさくらホテルの地下室にやってまいりました。ここでもう40年、ボイラーマンをなさっている鍋島ショウゴロウさん72歳ににお話を伺います。鍋島さんは戦時中、特別砲撃隊というところに所属されておりました。それでは早速お話をお聞きしたいと思います。
カメラマン(藤浦):いいよぉ、矢部ちゃん。そんじゃその先いってみようか。
矢部(レポーター):小田ちゃん、ここから私が近づいていくところ、なんかヘンちゃう?
小田(カメラマン):いいさスタンバイしてて。それじゃ鍋島さんに隣に来てもらおうよ。
矢部:そうやね。そのほうがすぐにインタビュー始められるし。
小田:(老人に)すいません、鍋島さん。あっちでお話聞かせてもらえますか?
老人:仕事中ですので。
小田:仕事中ってあんた、たばこ吸ってるよね。
老人:くだらねぇ。
小田:くだらねぇって……(怒る)
矢部:(制して)小田ちゃん。私から頼んでみるわ。
声:なぁ、鍋島。話してやりゃいいじゃねぇか。
矢部:(近づいて)おじいちゃん、これ、テレビなんですよぉ、テ・レ・ビ。
老人:忙しいんで。
矢部:ちょっとは私らに協力してくれませんか?
老人:勝手にそんなこと決めねぇでほしいんで。
小田:そんな言いぐさはねぇだろ!
矢部:小田ちゃん! (向き直って)おじいちゃん、これ、テレビなんですよ。あなたの戦争体験をみんな聞きたがってはるんですよ。
声:鍋島、話してやれよ。
老人:うるせぇ、ひっこんでろ! おまえには関係ねぇべ。
矢部:鍋島さぁん?
声:あんときの話をしてやれよ。これからのいい戒めになるぜ。
老人:なに言ってんだ! 軍の極秘事項だぞ。
矢部:なんやあんた! 誰もあんたの話なんか聞きたないわ! 番組のお偉いはんがあんたに聞きに行けって言うからわざわざ来たったんやないか。なんや全くぅ
老人:(台詞がカブっている)自分だけ先に往きやがって、この英雄気取りが! 俺の人生から消え失せろ!
小田:おい爺さん、警察呼ぶぜ、けいさつ!
老人:あんたらには関係ねぇ。つまり…ゆうれいが…。
矢部・小田:(そろって)ゆうれい?
矢部:私、こんなしうちされたん初めてやわ。
声:おい鍋島、なんとか言ってやれ。黙ってることなんかねぇ。
老人:やめろ。おまえが出てくると話がややこしくなるから。
小田:なんだとこのやろ!
矢部:小田ちゃん!(制する) 私もういっぺん話してみるわ。(近づいて)おじいちゃん、あんた、話すのがこわいのやろ。ほんとは勇気がないのとちがう?
老人:勇気がないんじゃねぇ。はじめからわかるはずがねぇって言ってるんだ。
小田:おい爺さん、こっちはちゃんと契約をして来てるんだ。出演料だってテレビ局からもうとっくに爺さんの口座に振り込まれているはずだろう。いまさら話すことはねぇとはどういう言いぐさだ。
声:もうがまんできねぇ、とり殺してやる! 俺の親友をばかにしやがって!
老人:もういい、俺の人生から消え失せろ!
矢部:なんやてぇ? なんで私がそんなこと言われなあかんの!
小田:矢部ちゃん、ミーティング、ミーティング(といいつつ下手にひっぱってゆく)
――2人退場
老人:(つぶやくように)いいかげん、成仏しちまえってんだ…。
ピアノのイントロが始まる。聞き覚えのあるフレーズ、これは…。
♪街の片隅 生きながらえて、ここは地下室 私ボイラーマン
歌詞はちがうがこれは『私こしひかり』、あらため【私ボイラーマン】だ。
いろんなものがぅわっと一気にこみ上げてきて突き上げる涙。止められない。てっぺいちゃんのばかぁ…あざといぞぉ…こんな隠し球を用意してたなんて…ちくしょう。いろんな文句を石井になすりつけながらも止まらない涙。きっと古米、古々米の人たちはみんな同じ思いで見ていたんだろうと思う。してやったりとほくそ笑む石井の顔が目に浮かぶが、しかたない。くやしいけど、いろんな思い出が多重層に詰まっているんだ、この曲は。
1番では♪今まですべて忘れたい、となっていた歌詞も、2番では♪今まですべて伝えたいと変化して、鍋島老人の決意を感じる。最後は♪あの日の俺に、か・え・りたい〜で杖を振り回して熱唱し暗転。
――風が吹き過ぎる。老人は脚を引きずりながらハッチへ向かう
声:俺たちは2人きりの特別砲撃隊だった。最果ての地にたった2人だけ配置された、忘れられた存在だったんだ。
――老人がハッチを開ける。青色のバックライトに人物が浮かび上がる)