Tatuya Ishii & Asato Shizuki Special Project 2003

SUN
桜三号−炎の老人−

−観劇録−(第一部)

――ぱちぱちという薪のはぜる音がする。
(ナレーション)
 ここにひとりの負けた男がいる。敗北は時代によってその意味が変わる。戦争は複雑な敗北をもたらす。歴史と時間は敗北の意味をかえてしまう。もちろん勝利した側はもっと複雑な状況に陥る。
 これは、忘れることのできない遠い過去の傷を引きずりながら、必死に過去を伝えようとしたひとりの老人の物語である。


 テーマが始まる。幕が半分だけ開く。
 ダンサー4人が仰臥している。テーマと共に手を使って踊る。やがて起きあがり膝立ちになり、と続いてゆく。全体に地を這うような動きが使われたダンスは重い。2コーラス目からは1号2号と同様の、ステップを踏みながら手を組み合わせるダンスになってゆく。2コーラス目でようやく幕が全部上がる。
 幕が上がると、中央上のプラットフォームに一人の老人が立ち、たばこを吸っているのが見えてくる。黒の梵字シャツに大きな黒い前掛け姿のその老人の傍らには椅子、その上には白木の仏像が置かれている。たばこをもみ消すと、老人は椅子を引きずり杖をつきながらゆっくりと右側の階段を下りてくる。曲がった腰、ひきずる脚、大儀で仕方がないという重い足取りである。
 ステージ前方では4人のダンサーのフォーメーションが、背後では老人の重い足取りが、テーマ曲にのって演じられる。テーマ終了と共に暗転、椅子に座った老人に暗めのスポットライトが落ちる。
 パチパチという火の燃える音がする。ハッチについている丸い窓からはちろちろと炎が見える。老人はゆっくりと立ち上がると仏像を取り出した。それを光に掲げ出来を確認するかのように回す。と、ハッチの中央の窓(真ん中が3,40センチほどの同心円になっている)を開け、炎のなかに仏像を放り込んでしまう。
 老人のほかは誰もいないはずの空間に、突然声だけが聞こえてくる。

声(石井):いよぉ。おまえ、このホテルのボイラーマンになってもう何十年になるってのに、いつまでそうやって仏像をこしらえているんだよ。
――声と同時に上手上に位置するDO-DO像−石井像−がぼんやり明るくなる、以下同様。
老人(小野田):また出やがったな。ほっといてくれ。
声:そんな言いぐさはねぇだろうよ。こうしてせっかく忙しいところをわざわざ出てきてやってるんじゃねぇか。少しは歓迎してくれたらどうだい。
老人:そんなこと誰も頼んじゃいねぇ。
声:ふっ、おめぇは昔っからそうだった。がんこで無口で人見知りでバカっちょでよ。
老人:消え失せろ。
声:そうやってかたくなに俺を拒んでも、あの日のことからは逃げられねぇんだぜ。なぁ、俺のこともちったぁ考えてくれたらどうだい。
老人:わかってるよ。
声:そうそう。

――スクリーン下降、以下スクリーン上、兵士二人の会話
鍋島(小野田):林田、たばこ持ってるか?
林田(石井):ほらよ。…それにしてもいい天気だなぁ、鍋島。
鍋島:(一服吸う)うめぇな、霧島は。帝国陸軍が誇る特別砲撃隊も、撃つ的がなきゃどうしようもねぇよな。
林田:敵なんてひとりもこねぇじゃねぇか。
鍋島:巨大砲塔さくら三号、つってもこんなとこにあっちゃなぁ。
林田:ぜんっぜん計画性がねぇ。なんでこんなぺんぴなところにこんなでけぇもんおっ建てたんだ。
鍋島:知るか! おおかた軍のお偉いさんの気まぐれなんだろうさ。
林田:敵の前線は大砲の弾の届かない遙か彼方だってぇのによ。
鍋島:それによ、特別砲撃隊つったって、俺とおまえの2人だけだもんな。しょぼいんだよ。
林田:これはすぐ近くの前線にいる無線兵のヤツから聞いたんだが、この巨大砲塔、まだ実験もろくに済んじゃいないらしいぜ。
鍋島:何を言うんだ。…信じるんだ!
林田:俺ぁ、ただ「発射実験も済んでないらしい」って聞いただけだ。
鍋島:大丈夫だ。
林田:(おびえた声で)もし敵が攻めてきたら…(間)…ぶっぱなすのか?
鍋島:びくびくすんな。そんときは砲手の俺が命中させてやるぜ。
林田:なら、いいけどよぉ。
鍋島:それとも暴発でもするってのか?
林田:そんなことねぇけどよ。…(間)…こうひまだとろくなこと考えねぇや。
鍋島:そういや俺もこないだ、まんじゅうが歩いている夢を見た。
林田:まんじゅうが歩くってか。ははは。…はぁ。
鍋島・林田(2人同時に)ひまだよなぁ…。
――スクリーン上昇

老人:くたばれ!
声:俺も悪かったよ。
老人:悪かったなんて、くだらねぇ(吐き捨てるように)。
声:俺はただ、おめぇに生きていて欲しかったんだ。
老人:自分一人だけ先に逝きやがって、英雄ぶるんじゃねぇよ。
声:なぁ、あれからもう40年だぜ。そろそろ俺のことを許してくれてもいいんじゃねぇか?
老人:そう簡単に忘れられっか。
声:そんじゃまた、出直してくるよ。
老人:うせやがれ!
声:ちったぁ俺の心の内も考えてくれたっていいじゃねぇか。
老人:考えてるよぉ…考えてるから……(絶句)
声:そうかい、そうかい。それじゃまた来るよぉ。
――暗転――



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