Tatuya Ishii & Asato Shizuki Special Project 2003

SUN
桜二号−海の桜−

−観劇録−(第二部)

――スクリーン下降
吉田:それにしてもいい天気だなぁ。
東条:ああ。それはそうと、あの噂、知ってるか?
吉田:噂って何の。
東条:幽霊の噂さ。
吉田:へっ、幽霊なんているもんか。
東条:それが、本当に出るんだ。
吉田:はっきり言うなよ(おびえた声)。

――舞台が明るくなる。中央奥から東条と吉田が登場
東条:とにかく噂は本当なんだ。
吉田:あんなばかな噂、信じるもんか。
東条:俺は確かにこの目で見たんだ。
吉田:急に言うなよ!
東条:三日前の夜、俺は船倉整理の任務に就いていた。整理にはかなり時間がかかり、すべてが終わったのが午前三時を回っていた。俺は日誌を届けようと、艦長室のドアを開けようとした。そしたら…(口ごもる)。
吉田:そしたらどうした。さっさと言え!
東条:(見上げる)白い月が出てた。
吉田:なんだ月か(安堵の声)。
東条:その月を見つめていたら、女の声がするんだ。
吉田:(声を低め)だれの。
東条:だから、女の声がするんだ。後ろから!
吉田:(耳をふさぐ。だがまた興味をひかれて)どんな声だ。なんて言ってた。
東条:「見るな」…って。
吉田:それで、おまえは?
東条:振り向いちまった。
吉田:バカ!
東条:しょうがねぇじゃねぇか!振り向いちまったんだから。
吉田:で、どうなんったんだ、それから。
東条:なにが。
吉田:女だよ。おまえ見たのか?
東条:見た。
吉田:見たんだ(おびえる)。
東条:うん、幽霊が本当にいるって…
吉田:俺はだまされねぇぞ!…(間)…(近づいて)本当か?
東条:本当に見た。幽霊は…
吉田:(遮って)言うなぁー! は、反則だ。
――スクリーンには少女の顔の一部や腕、などがぼーっと浮かび上がっては消えてゆく
東条:ぼろぼろのセーラー服を着た少女で、長い髪がびっしょり濡れていた。俺の顔を見ると、うっすらわらって「見たね」って……
吉田:言うなぁ言うなぁ!(絶叫)
東条:言うなって言ったって、これで全部だ。
吉田:おまえ、全部聞かせたのかよ。ふざけてんのか。
東条:そんなことはな…
吉田:嘘だ! ちったぁ他人のことも考えろよ(半分泣き声)。
東条:なんだよ。ムキになりやがってよ。
吉田:俺は今夜格納庫の見張りなんだ(明らかに泣き声)。
東条:誰とだよ。
吉田:たった一人だ。くそ、全部言いやがって(べそをかきつつ上手階段を上る)。
東条:よろしく言っといてくれ。アレに。
吉田:覚えてろよ!!
――暗転――

 再び明かりが戻ってくると、下手上から二人のダンサーが現れる。赤地梵字柄の長衣を着てひとりは旧式の大きなラジオを持っている。ゆっくりした動きで中央へと移動、ハッチに貼られた『火気厳禁』の札をはずす。上へと移動するとハッチの真上にラジオを据え付け、チューニングを始める。しばし「ピー、ガー」という音の後、パチパチという空電音と共に声が流れ始める。
 「幽霊の正体見たり枯れ尾花。大海原のまっただ中で…(略)…装いも新たに登場いたしまするのは、姿月あさとの艶姿、どうかしばしご鑑賞くださいませ」、無声映画の弁士のようなしゃべり(声:石井)は、次のステージへのイントロダクションであった。
 正面のハッチが左右に開き、姿月が登場する。今度はサーモンピンクの着物スーツ姿(nipopsジャケットで石井が着ていたのと同じデザイン)で、歌は【夢想遊泳】、去年のMOONのテーマ曲である。1番を正面で歌い、2番は段に座って歌う。ダンサー2人が上で踊る。なんだかパントマイムをしているピエロのようなぎくしゃくした動きである。
 暗転しステージセットのボールライトだけがブルーに浮かび上がる。姿月は後ろを向いている。正面上の旭日には、大輪の菊が明るく浮かび上がってくる。姿月は左側の階段からプラットホーム上へと移動。
 ピアノとパーカッションのゆったりしたイントロが始まる。【花】である。♪泣きなさい〜笑いなさい、彼女の高音が会場全体に広がってゆく。聴きながらこんな歌詞だったかと思う。あるがままの存在を許容し、勇気づけてくれる。歌詞のやさしさと姿月の歌唱力が融合し、さらに後半はらはら散る花びらと歌がオーバーラップして一気にこみ上げてくる。突き上げる嗚咽をかみころすのに必死になる。
 その思いもやまぬままステージは暗転、風の音、雲が流れ、またもや異空間へと連れて行かれる。下手からステージに登場したのは大きな鳥かご、白い服のダンサーひとりうずくまっている。やがてそこを出ると静かな足取りで上手へと移動してゆく。白い服は、カトリックのミサ服のような大きなケープである。そのケープで体を隠してうずくまるダンサー。
 そして上手からも同じ服装のダンサーが飛び込んでくる。スキップしたり飛び上がったり、こちらのほうはひとときもじっとしていない。この2人は幽霊なんだ、ひとりはおとなでひとりは子供だ。そう確信する。
 ♪ブーンと低音のシンセ、スモークで煙り、フラッシュライトが目を射る。寄り添った2人は稲妻を見守る。非現実感をただよわせたまま、やがて元の鳥かごへと戻っていった。


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