Tatuya Ishii & Asato Shizuki Special Project 2003

SUN
桜二号−海の桜−

−観劇録−(第一部)

 開幕前、桜一号のときの風の音ではなく、潮騒と船底をたたくやわらかい波音がしている。時折海鳥の声らしきものも聞こえてくる。会場が徐々に暗くなりいよいよ開演である。
 潮騒の続くなか、ピアノが静かにインサート、やわらかい音を響かせる。やがてそれにアコースティックギターが交わりシンセサイザーのスーっとした長音が被さる。静かに幕が開くと、淡いブルーライトで満たされたステージの中央に、白いドレスの人影が立っている。ステージを見回すと、プラットホームの左右に女性が2人腰掛けている。
 曲のイントロが始まる。この曲はミナコさんの作った【SAKURA】だ。中央の姿月さんが歌い出す。腰からふくらんだ白いロングドレス姿がうつくしい。スカートが小さな生地をいくつも組み合わせて仕立てられていて、その一枚一枚が、姿月さんが動くたび、まるで羽のように軽く揺れる。
 左右上に腰掛けていた女性ダンサーは、階段を中央に向かって下りてくる。手には桜の枝を持っている。白い長衣に、黒の袴のようなワイドパンツ姿で、ゆっくりと踊っている。
 曲の後半、ステージ中央からはらはらと桜の花びらが散ってくる。淡いライトに照らされてゆっくりと落ちてくる花びら、歌う姿月さん、あまりにうつくしいステージにしばしぼーっと眺めていた。
 そして次の曲へ。♪答えなんてもうどこにもないのか、という問いかけで始まるのは【ANSWER】。聞き覚えのない曲だが、確実に石井の手によるものであることがわかる。またもや出口のない曲なのか(一号の前半のつらさが思わずよぎる)と身構えたが、そうではなく、答えはきっと自分のなかにある、と結ばれていてほっとする。
 曲後、MCへ。「今日は戦争の話とちがうの?なんでそんなドレス着てんねん!と言われそうですが、私が一番そう思ってます」とお話しする姿月さん、美しさとドレスと話し方のギャップに引き込まれてしまう。
 「今日は映像なんかも取り入れまして、まさに姿月三昧、と、このステージを作られた石井竜也さんがおっしゃってました。だからいいんです」 ガッハッハとのけぞり笑いの姿月さん、なんでしょうこのギャップ!魅力的だわ。
 そしてメンバー紹介、ミュージシャンに引き続きダンサー、アクターの紹介もされて次の曲、「去年のMOONのときに歌った【ガラスの月】きいてください」 旭日の真ん中に月のあばた模様が浮かび上がる。ブルーと白の縞々ライトがステージを明るくする。アレンジはMOONのときと同じである。
 肩の出たドレスの鎖骨のラインがうつくしい。優雅にあげられた右手首のコサージュもとても幻想的で、なんだか見ほれているうちに曲が終わってしまった。
 ここでいったん幕が下りる。いよいよ桜二号−海の桜−の始まりである。

(ナレーション)
 海はすべての敵を呑みこんでゆく。国の命運をかけて出航した男たちも、国が待ってくれていると思えばこそ、呑みこまれて一生を損なっていく。
これは大海原のなかで惹き起こされた、悔やんでも悔やみきれない物語の一部始終である。
(筆者内心:前半かなりちがっていると思う)

 SUNのテーマが始まる。中央の女性ダンサーが二人、テーマに乗って踊り始める。赤地の梵字長衣に黒のワイドパンツを着ている。しばらくして気づいたのだが、一号の時と同じ振り付けである(一号では石井と小野田が踊っていた)。一号の時はかわいいというかコミカルな感じを受けていたが、女性ダンサーが踊ると優雅ですてきに見えるのが不思議だ。エンディングのキメで暗転、上からスクリーンが降りてくる。

――船底にうちつける波の音、海鳥の声
吉田(小野田):(たばこを吸う絵)ふぅ、やっぱり霧島はうめぇなぁ。
東条(姿月):おまえ霧島なんか吸ってんのか。
吉田:俺はこう見えても富山の大家の出でよ、ばあやのついてるぼっちゃんだったんだ。
東条:っへぇ。大家のお坊ちゃんが平民出の俺と一緒に甲板でさぼりか。
吉田:東条、それを言うな。こうやってたばこを吸うのが唯一の楽しみなんだからな。

――舞台が明るくなる。プラットホーム上に男が二人椅子に座ってたばこを吸っている。上手側が吉田、下手側が東条、プラットホーム下のハッチには『火気厳禁』の札が貼られている。
吉田:それにしても嫌んなるくらいいい天気だなぁ。
東条:ああ。
吉田:こんな日は全くやる気がしねぇ。
東条:まったくだ。
吉田:おい、おまえ川柳やったことがあるか?
東条:ああ?…あの『なにがなにしてなんとやら』(間)みてぇな?
吉田:そうだ。やってみろよ。
東条:俺からか?
吉田:わかった、俺からやる。
東条:まぁ戦争中だからな、ばちがあたらないようにやれよ。
吉田:「鳴かぬなら 鳴くまで待っても しかたがない
――スクリーン上に同じ川柳が文字で映し出される、以下同様
東条:なんだ、それって川柳か? ホトトギスのまねじゃねぇか。そんなんならいくらでもできるぜ。
吉田:なんだよ。そんなに言うなら自分でもやってみろよ。
東条:「鳴かぬなら泣いてもだめさホトトギス
吉田:ホトトギスって鳥だろ? 鳥にむかって「泣いてもだめだ」って言うのかよ、ハハハハ!
東条:な、なんだよ。ちぇ、大家の出だからって人のこと笑えるタマか。
吉田:それじゃすごいのを言ってやる。「鳴かぬなら迫撃砲だホトトギス
東条:鳥に迫撃砲を食らわせるのか。よぉし俺だって。「鳴かぬなら一億玉砕ホトトギス」 すげぇだろ。
吉田:そりゃすげぇや、ホトトギス一羽に国民すべてか。一億玉砕とはね、ホトトギスのために。へぇ。

(筆者感想:東条役の姿月さんのたばこをくゆらせる演技がとてつもなくかっこよかった。椅子に斜めに腰掛け、膝の上に肘をのせ、その手に持ったたばこをちょっとあごをあげて口の端で受け止める。横顔の前をまっすぐ上ってゆく紫煙、まさに惚れ惚れとするかっこよさだった。某・石のつく御仁とは大違い。いや、みなまでは言いますまい)

 アコースティックギターの音が聞こえてくる(同時に近田にライト)。東条、舞台奥へ退場し、吉田はデッキブラシを持って椅子に座り直す。曲は【LEGEND】、映画ACRIのテーマ曲である。ビブラフォンによるメロディがやさしいが、なんとなく切なくなる。
 左右からダンサーが現れゆっくりと中央へ向かう。中央の扉(ハッチ)から『火気厳禁』の札を取り去ると、デッキブラシを持って階段を下りてくる吉田と交差する。しかし吉田には何も見えていないようだ。ダンサーの一人が吉田の肩にすっと手をかけ階段を上がって消えていく。ぶるっとふるえる吉田、それを振り払うようにデッキブラシであちこちをこすり始める。甲板を掃除しているようだ。
 暗転してゆくステージにブルーのライトが左から右へと動いてゆく。スモークがたかれバックが紫色になる。潮騒に混じってピアノの音が聞こえ、やがてハッチが右へと大きく開く。青のバックライトに浮かび上がるシルエット、姿月あさとである。
 進み出た姿月は白の短衣(チュニック)に黒のワイドパンツ、上着前身頃と両袖には黒の房がつけられている。そして後ろには黒のオーガンジーが配され、白と黒の布が床を引きずるほど長くなっている。曲は【水の星】、またもやACRIの曲が使われている。じんわりとライトブルーに満たされたステージ、旭日に揺れる波の模様、どこか水の底を思わせる。
 暗転後、背景に雲が流れる。かなり明るくはっきりと見えている。ハッチの前で歌っていた姿月、ステージ前方へと進み出る。旭日が赤く光っている。つぶやくような声で歌い出す。曲は【Bring him back】、戦場へ赴いた青年をうちに帰して、と神に祈る歌詞に涙がこぼれる。細い声の歌い出しからだんだんに声を張っていく、その変化が見事だ。
 曲の終わりで徐々に暗くなりハッチが左右に開く、中はオレンジのライトで満たされている。中には白の長衣にろうそくを捧げ持った2人のダンサーがいる。いっぽう歌い終わった姿月はすっと後ろを向くと、すーっと吸い込まれるように扉のなかへ消えていく。長くひいた白と黒の裾がするすると後をついて行く。
 扉の向こうに入っていく姿月と、出て行くダンサーは全くの無反応で、まるでお互いが見えていないかのようだ。ダンサーは前へ進み出ると、再びハッチの前に戻り、『火気厳禁』の札をハッチに貼って、階段を上って右上へと消えていった。


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