Tatuya Ishii & Asato Shizuki Special Project 2003

SUN
桜一号−千羽鶴−

−観劇録−(第四部)

――スクリーン下降
熊田:それじゃ3番目の理由って言うのは。
柏木:そもそも銃器の製造と一口に言うが、8割は研究開発、実際の製造なんてのは2割かそこらだ。だから日々研究の繰り返しよ。…それを説明するにはまず弾丸の飛び方について説明しなきゃなんないんだが。おめぇ、弾丸が一秒間に何メートル飛ぶか知ってるか?
熊田:考えたこともねぇ。
柏木:一秒間に240mから260mだ。
熊田:たいしたもんだ。
柏木:たいしたもんじゃねぇよ。
熊田:だって、1秒間に280mも飛ぶんだろ。すげぇよ。
柏木:ちがう、1秒間に240mから260mだ! それに敵さんのはよ、500m飛ぶんだよ。
熊田:え? そうなのか。俺たちの弾丸の倍じゃねぇか。
柏木:そうだよ。なのに軍部の奴ら、メートル法じゃなくて尺貫法で計算してごまかしてやがるんだ。
熊田:ばからしい。この戦争やめたくなってきたぜ。
柏木:だから俺は戦い方を変えたんだ。個人的見地からすれば勝てるんだよ。
熊田:どういうわけなんだ?
柏木:そりゃこの戦争は全体的に考えれば負けだ。だが個人的見地に立てば、勝ち負けは自分次第だ。戦って全体的には負けたとしても、個人的には勝てるってわけさ。
熊田:なんだか勝手な理屈だな。
柏木:そこをこれから説明しようとしてるんじゃねぇか。まずな、弾丸の種類には大きく分けて2つある。一つは薬莢式、これは弾丸の中に薬莢が入っていてこいつが相手の体の中に入って破裂して敵を死傷させるというものだ。もう一つは無垢の真鍮の密閉式、いわゆる弾丸ってやつだ。我が国が採用しているのは密閉式だ。これは薬莢式よりスピードが出るからという表向き理由なんだが、実は火薬を使わねぇぶんコストがかからねぇというのが本当のところだ。
熊田:スピードが出るったってたったの280mじゃねぇか。
柏木:ちがう、240mから260mだ。そこでだ。俺は全く新しい方式を開発した。空層式といってな、ここんとこにねじがあって、中に空気の部屋があるんだ。
――スクリーン上昇

――2人、上手上から登場。階段を下りて前に出てくる
柏木:発射された弾丸はものすごいスピードで空気抵抗の中はすっとんでいく。しかしそのときどうしても重心が後ろにずれる。そうするとどうしてもスピードが落ち飛距離も命中率も下がる。弾丸がまっすぐ遠くまで飛ぶためには重心が前になきゃならないんだ。俺たちはこれを弾丸の後ろに空気の部屋を作ってやることで解決したんだ。この空気の層のおかげで飛距離もスピードも命中率もアップしたんだ。
熊田:やった!すごいじゃないか。
柏木:ところがだ。軍部の奴ら、自分たちが掲げている経費削減をふりかざして、空層式の採用を却下しやがった。無意味な研究に払う金などないんだと!
熊田:くそ!俺たちの苦境がわかってない。軍部のお偉方のことは今までもよく思っていなかったが、それを聞いてはらわたが煮えくり返ったぞ。
柏木:(熊田の台詞中、正面奥に向かって立ち、立ちション)すでに完成していた空層式の桜1号は10万発だけ製造された。(ズボンにあがった跳ねを手でぬぐっている) 俺はそのうちの千発をくすねてきたんだ。ま、富山のヤツにかなり渡しちまって残りすくねぇけどな。
熊田:残りの9万9千発ってのはどうなってんだ?
柏木:さあな。一介の研究員にはわからねぇ話だ。…だけどよ(言いつつズボンをぬぐった手を熊田の肩に置く)、人間の欲求は終わることがねぇ。
熊田:(嫌そうに肩を払いつつ)そうだよな、たとえ軍部のお偉いさんでもションベンをとめるわけにはいかねぇもんな。
柏木:というわけで、俺は千羽鶴を折ってるってわけよ。(鶴を折る作業に戻る)
熊田:俺も山へ花を摘みに行ってくる。
柏木:あぁ、行ってこいよ。

――熊田が去った後、ひとり段に腰掛ける柏木、もとい石井、ヘルメット様の帽子を脱ぐ。。左右から白の梵字シャツを羽織ったダンサーが現れ、それぞれサングラス(上手側:藤浦)、マイク(下手側:町田)を渡す)

 イントロはすでに始まっている。レモンイエローの照明でステージ全体が明るくなるなか、石井が立ち上がり3人でまず上手側へ行ってアピールする。ダンサー2人はいかにも『ワルそう』な立ち居振る舞い、一人は不良座り、もう一人は腕を組んでふんぞり返り客を見下している。中央の石井はと言えば、なぜかツツーっとチャックをおろす振り、チャッと一気に引き上げる様子が笑える。下手側でも同様にして喝采を浴び、中央に戻ったところで歌開始。【ハチのムサシは死んだのさ】である。
 間奏部で後ろからラッパーUME登場! プラットホーム上でパワフルなラップを聴かせる。ステージ前では石井とダンサー2人による殺陣が行われている。右からの蹴りをよけ、左からの突きを腕で受けとめ、両側から繰り出された腕をとって2人同時に転がす、といった具合である。
 続いては【LIBIDO】、♪pole and ball and hole and libido、のリフレインでは、6歩前進、7歩目斜め後ろにステップし回転、8歩目で元の進行方向へ、というステップを披露、3人で輪になって踊る様子はちょっとアフリカ原住民? いやむしろ盆踊りか?
 曲が終わり暗転すると、ダンサーは左右に、石井は中央のハッチへ退場。

 暗くなったステージにピアノが流れる。【未来〜まだ見ぬ時代よ〜】のインストゥルメンタルである。いつのまにか中央の旭日が真っ赤に染まっている。
 上手上から熊田が登場、花摘みの途中らしく手にリンドウの花を持っている。そこここでしゃがみこみ花を摘む。摘みながらも物思いにふける熊田、ふと背後の夕日に目をやる。夕日に向かって花を捧げる。しかし、その手はゆっくり下がってゆき首もうなだれてゆく。そのままとぼとぼと下手側へ歩く。
 去り際、ふっと夕日を振り返り、決心したように一度深くうなずくと、決然とした態度で下手側へと退場していった。


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