Tatuya Ishii & Asato Shizuki Special Project 2003
SUN
桜一号−千羽鶴−
――暗転していた舞台に照明が戻ってくる。中央に熊田、柏木の姿。熊田、段に腰掛け、柏木が背後から近づく
柏木:また手紙か?
熊田:おふくろに手紙書いてるんだ。
柏木:けっ、届かねぇ手紙なんか書いてどうすんでぇ。
熊田:届かねぇから書くんだよ。
柏木:そんなもんかねぇ。…やることもねぇ、
熊田:そんなんでよく兵学校を卒業できたもんだな。
柏木:だからこの国は負けんだよ。
熊田:こんな小せぇ折り鶴こしらえてどうすんだ。
柏木:そんじゃ俺も聞いていいか。おめぇ何だって銃剣の先にリンドウなんかくっつけてんだ。
熊田:こりゃ、…なんか彩りが欲しいと思ってよ。
柏木:けっ。…俺は意味のねぇことはしねぇ、千羽鶴を折るのは俺の個人的理由からだ。
熊田:反戦運動か?
柏木:けっ、発想が貧困だねぇ。
熊田:貧困で悪かったなぁ。
柏木・熊田:(同時に)だから戦争に負けるんだ。
柏木:ははは、遠慮しろよまったく(熊田の肩をたたく)。
――二人退場
――舞台上方からスクリーン下降、以下スクリーン上の会話
熊田:それで。その個人的理由ってやつを聞かせてもらおうか。
柏木:たしかにこの戦争は負ける。負けるにしてもやり方ってもんがあらぁ。俺は3つの理由でこの千羽鶴を折ってるんだ。第一の理由だが、俺らはここでこうしてありがたいお国の金をいただいてだ、優雅な休日を送っているわけだが。
熊田:休日だって? 俺たち戦争やってんだぞ。
柏木:この草原のどこをみわたしても敵なんかいやしねぇ。これを休日と言わずしてなんと言う。
熊田:それもそうだな。こんな立派な塹壕を掘ったのに全然使ってねぇし。
柏木:でもいつかこの休日も終焉を迎える。そんときになって自分の才能が退化しないようにするのが、技術者としてのつとめだもんな。敵さんの言葉を借りればだ、エチケットってわけだな。
熊田:不謹慎だ。…ところで、おまえなんかの職人か?
柏木:聞いて驚け。『銃器製造業』だ。
熊田:おまえ鉄砲作ってるのかぁ?! 世も末だぜ。
柏木:そうさ。こうみえても繊細な仕事で器用さが要求されるんだ。
熊田:そうか、だからそんなちっちゃい千羽鶴を折ってるのか。
柏木:そうよ。そこで2つ目の理由になるんだが、さっきも言ったがこの戦争もいつか終わる。終わるってことは平和になっちまうってことだ。鉄砲ってのはよ、戦争やってるからこそ大事なもんであって、戦争が終わっちまったらなんの役にもたたねぇ無用の長物だ。だから、こうやって『負けてもいいから戦争が終わらないで欲しい』という願いを込めて折ってるワケよ。なんせ俺の将来がかかってるんだからな。
熊田:はぁ、いろんな理由の千羽鶴があるもんだ。…たしかに鉄砲は戦争やってるからいるんであって、平和になっちまったら、ただのぶつそうしろものでしかねぇもんな。そんで、3番目の理由は。
柏木:おぅよ、それがさっきから言ってる粋に戦うことにつながってくるんだ。こっからの話は長くなるんだが……。
熊田:大丈夫だ。時間はたっぷりある。
柏木:そうだな。
――スクリーン上昇
ステージ正面奥のハッチから石井が登場する。先ほどとはハッチの開き方が違うのにびっくりする。(1度目は丸いハッチがそのまま右側に開いていたが、このときはハッチの真ん中が割れ、左右に開いていた。)石井の衣装はZERO
CITY -AQI-の時に着た黒の紋付き袴スーツ、ただし上着の背中がいぶし銀の生地に替わっている。
ステージ全体が暗いブルーに沈むなか、石井にだけ真上からスポットライトが当てられる。セットにしつらえられたボールの照明がいつのまにか緑色になっている。
【神話】のイントロで前に出てきた石井に続き、左右上方からダンサー2名が登場、黒の梵字Tシャツに黒袴、頭には踵まで届かんばかりに垂れた長い鉢巻き、黒革の半グローブをした手には丸いライトが乗せられている。ライトを手にしたまま踊るダンサー、その光跡が残像になるほどのシャープな動きだ。
心の一部がまたもや歌詞世界をさまよう。♪乾いた心、崩れる神話。隣あった同士すら目を向け合わない現実社会、仮面をつけたかのように無表情な人間、何を考えているのかとりつくしまもない…、暗く沈んだステージが暗喩しているようでつらい。
後半、♪いのちが消えた、でブレイクするところ、一瞬早くギターが♪ギューーンときしるような音を出す。瞬間、心臓を捕まれたような胸苦しさを覚える。♪光を、光を、光を見せて、は悲痛な叫びのように受け取れてしまう。曲終了と共に暗転。
暗転中のステージには風の音、そして行進をする軍靴の音が響く。暗闇の中石井は後ろを向いている。行進が遠ざかると共にギターのイントロがインサート、【フラストレーション】である。暗紫色のスポットライトが2本ステージに落ちている。
ダンサーがたったひとり(という風情)、上手に立っている。自分のなか深く入り込んだように歌う石井、ぽつん、とひとり踊るダンサー。♪どこまでほんとのことなんだろう、なにをつたえようとしてるんだろう、歌詞の内容とも相まって『独りぼっち』を強く意識してしまう。
曲の後半、2人のダンサーが石井を挟んで向かい合う。2人は互いに呼応し、動く。しかし間にいるはずの石井はまったく意識されていない。石井もまた2人の存在を無視して歌い続ける。動きにしてたった数秒のことだったが、激しいショックで心臓がどきんと鳴った。他人を記号としてとらえてしまいがちな自分を言い当てられたような気がした。
前半の暗く沈んだステージから一転して、サビの♪無意味な争い、からはステージが燃えるような赤に変化する(しかし全く明るくなった気がしない)。後奏から次第に暗転。暗いブルーのライトが2本ステージに落ちる。次第に青白く浮かび上がるステージ、曲は【RIVER】。静かに歌い出す石井。
前2曲から続く不安感がまたしてもつのる。そのとき6本のライトが客席の前から後ろへとなでてゆく。胸を締めつけるような不安感がすぅっと軽くなる。間奏部のギターは思いっきりディストーションがかかった重たいもの、ソロを弾く近田にだけ淡くライトが当たる。
♪愛がすべてを助けるとは、で石井の頭上にピンスポット、伴奏はキーボードのみになり、自然に石井に目が向く。
決して明るい歌詞ではないけれど、自分を取り巻く障害を自分の意志で切り開こうという内容にかなり救われる。まだ間に合うかもしれない、そう思えた。