関 根 家 長 屋 門

八王子市小宮町   




  関根家はかつて八王子千人同心だった旧家で八王子市郊外の屋敷に立派な武家長屋門が残さ

 れています。関根家は幕末の頃には医者だったそうで、また屋号も「八石」と呼ばれていて、

 近くに八石公園と名付けられた小公園もあります。(注1) さらに、この関根家のある地は

 北方に多摩川が流れ、南側は半独立丘状の丘陵に隣接していて、土豪の城館としての地の利も

 覗える場所に位置しています。(注2)

  一方、たまたま門が開いていて邸内の様子が見えたのですが、池のある庭園が整えられてい

 て正に武家屋敷のようでした。ただし文化財指定ではない個人宅なので、勝手に覗き込むのは

 マナー違反と承知していますが、長屋門の撮影時に見えてしまいました。また門前の道を高台

 の方に進むとJR八高線を潜るガードがあるのですが、この名称が「代菅ガード」となってい

 て、その銘板を見た時は、てっきり「代官?」と思ってしまいました。

  なお、八王子千人同心については八王子千人同心組頭屋敷をご覧下さい。



    関根家長屋門


 建てられたのは江戸後期頃と

され、左右に出格子窓がある等

完全に武家屋敷門の様相を見せ

ていますが、八王子千人同心と

して武士の身分を得ていたので

当然の造りだったのでしょう。



     八石公園


 関根家の屋号だったので関根

家の禄高に関連していたと思う

のですが、同心組頭だったとし

ても「30俵一人扶持」なので

組頭の扶持でもないようです。

推測ですが、名主として支配し

た村の石高かも?



     代菅ガード


 調べてみたのですが、この付

近に「代菅」という地名は見当

たりませんでした。もしかした

ら「代官」の誤表示で、関根家

が付近寺社領等の郷代官をして

いて代官と呼ばれていたのかも

知れません。これも全くの推測

ですが・・・


注1・・この小公園以外にも、多摩川河川敷に隣接した八王子水再生センター屋上のグランドも

 「八石下グランド」と名付けられていて、この地域の古い地名になっていたようです。


注2・・関根家屋敷の南に位置する高台は、滝山城址などもある加住丘陵の東端になり、頂部に

 はトヨタの研究所があり中腹も宅地として市街化されていますが、北側を流れる多摩川と支流

 の谷内川合流部に向かって、久保山から東に長く伸びた尾根状の半独立丘になっています。

  このような「北に大河、南に独立丘」という地形的によく似た立地条件にある豪族屋敷に群

 馬県桐生市の「彦部氏屋敷」があります。彦部家の場合は北に地域最大の大河「渡良瀬川」が

 流れ、南側は隣接して手臼山があり、この手臼山も左右に谷が切れ込んだ半独立丘になってい

 ます。そして、この手臼山のある丘陵地の名称が、何と!「八王子丘陵」なのです。偶然とは

 いえ共通項が多いのですが、話を八王子市の丘に戻して・・・

  関根家屋敷南側の丘は滝山城にも連なる丘の先端なので、かつては砦や見張り台等があった

 と思うのですが、それらの遺構は市街化に伴う宅地造成により地形ごと失われてしまったよう

 です。人口50万を越える大都市八王子にあっては宿命のようなもので、この点だけは豊かな

 自然が残る桐生市の丘とは大きく違ってしまいました。