パリの空の下チョコレートが流れ
(前頁より)



第2日目最初の商談は、10時半のアポイントメントであった。
若干の余裕時間があるので、近くの投資銀行に出向している笹口君
としばらく雑談でもしようと、8時半にホテルを出た。

ルー・ド・ラ・ペ(平和大通り)の前方には、朝日を受けたオペラ座の
屋根飾りが緑青をふいた女神像と銅板葺きの屋根の周辺に、燦然と
輝いている。
豪華絢爛というべき外壁の装飾と、立ち並ぶ彫刻の数々。平板かつ
機能重視の現代建築には求むべくもない光と影の交錯。
(芸術は矢張りパリか)

小道を横切る前に背後から肩を軽く叩かれた。
「もしもし、旦那、コートの背中が汚れていますよ」
勤め人とも学生とも見分けのつかない、人の好さそうな若い男が、気
の毒そうな顔をして立っていた。

(まさか!俺のバーバリは、やっとこの間買ったばかりだ。汚れてるだ
って?)
「ムッシュ、脱いでごらんなさい、チョコレートがべったり付いてるよ」
歩道の真ん中でコートを脱いで見て驚いた。日本でいうココアである。
洒落たベージユ色のコートの背中に、見るも無残な汚れがベットリと
付いている。

「さあどうぞ、このティッシュ・ペーパーでお拭きなさいよ」
「ありがとう」




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