第3部 薊(あざみ)の国

第10章 ダンカン、マクベス、マルコムの血戦(1)

前頁より





「マクベス殿、もともとこの戦いはダンカン王が、わがオークニーの所
領カイスネスを奪わんとして仕掛けてきたものだ。我らが母ドウナダ
は先王マルコム二世の次女であるから、ダンカン王と我らは互いに
従兄弟になる。たまたまベソック伯母がマルコム二世の長女で、ダン
カンがその長男だという生まれの順番で王位に就いただけではない
か。それが何と言うことだ。同族の領土を攻めるとは。非はダンカン
王にある」

 ソーフィン伯は憤懣やるかたないという顔つきで、一気にまくしたて
た。それは、ダンカン王が、『王族の中で最も王に相応しい者を選任
する』という伝統的なタニストリーの制度によって戴冠したのではない
ことに対する王族の不満を代弁していた。

「それにマクベス殿、貴殿も貴殿だ。いかにダンカン王の信頼厚い将
軍とはいえ、我輩とは父こそ違え同じ母から生まれた兄弟ではない
か」
 マクベスの母ドウナダは、マリの大豪族フィンレックに嫁ぎマクベス
を産んだが、その後オークニーの領主シーガード伯に嫁ぎソーフィン
卿を産んでいたから、二人は異父兄弟になる。

「だから弟とは戦いたくないのだ」
 と、マクベス将軍が血を吐くように呟いた。

「もしマクベス殿が、領土拡張を計るダンカン王を亡き者にすれば、
我輩はスコットランド北部を治め、マクベス殿はスコットランドの王ハ
イ・キングとして、中部南部西部を支配するという条件はいかがであ
ろうかのう。それに、多くの重臣たちが、すでにダンカン王を見限って、
貴殿に王になって貰いたい動きがあるとか情報が入っているぞ。我
輩もマクベス殿こそ王に相応しい器量人と思うがのう」

「領土不可侵の約束は守って頂けるか?」
「わが力量では北部の統治で精一杯だろうよ。兄弟同士、仲よくスコ
ットランドを治めようではないか。それが折角ピクト・スコッツ連合王国
を作り上げた先祖ケネス一世や祖父マルコム二世の遺志を継ぐこと
になるのではないかのう。これからは兄者と呼ばせていただこう」
 ソーフィン伯の話は理路整然としていた。

「分かった。スコットランドは私の手を自ら汚して掴もう。北辺の守りを
お願いしたい」
「ご懸念あるな、ご存じの通りわが妻イーンガボーグはノルウェー王家
の血筋だ。ノルウェー王家とは親密関係を続けるつもりだ」
 オークニー伯ソーフィンとマクベスの異父兄弟は手を組んだ。





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