第2部 反 乱

第5章 デンマーク王の野望


前頁より




「ウォルターよ、こうやって見ると余はいろいろな者に包囲されている
な」

「左様でございます。海は障壁であると同時に、最も容易な侵入路で
もあります。北海は池、ドーバー海峡は谷川。いろいろな者たちが王
に抵抗し、イングランドに食指を動かしています」

 ウィリアムは、四面楚歌という言葉も故事も知る由もなかったが、こ
の時王の胸中に去来したのは、途方もない孤独感であった。
(我が人生は戦場に終始するであろう)と予感した。

「この中で、今蠢動(しゅんどう)しているのはどれじゃ」
「デンマーク王スウェイン・エストリスサンと、ウェセックス西部のエク
セターの市民です。どちらもハロルド前王にゆかりのある者たちゆえ、
その燃え方により大きな火の手になる惧れがあり、油断なりませぬ」

 北海から南下したノルウェー王ハラルド・ハードラダは、スタンフォ
ード橋の戦いでハロルド王に敗死した。ノルウェーには再びイングラ
ンドに攻めこむ力はなかった。
 しかし、漁夫の利を得ようと、虎視眈々と満を持していた北海のヴァ
イキング王がいた。野望をむき出しにしてきたのがデンマーク王スウ
ェイン・エストリスサンであった。
 イングランド侵攻の軍団を整えているとの噂が流れていた。

 スウェイン・エストリスサン王がイングランド王位に食指を持ったのに
は理由があった。彼もイングランド王位継承に関わる血筋であった。

 母方の祖父、スウェイン・フォークビァド王はデンマーク王であり、短
期間ではあるがイングランド王を兼ねていた。
 かってイングランド、ノルウェー、デンマーク三国の王として北海に
君臨したカヌート大王は伯父になる。
 またゴッドウィン家に嫁いだ父方の伯母ギーサの子ハロルド前王は
従兄弟になる。父方、母方いずれでもイングランド王位と血縁が近か
った。
(詳細は前編「見よ、あの彗星を」ヴァイキング跳梁を参照ください)



 その上、ゴッドウィン伯の未亡人でハロルド前王の母ギーサが亡命
しているのがエクセターの町であった。

「有力な諸侯を人質としてノルマンディーに連行してきたが、残り火は
あちこちあがるものよのう。ハロルドゆかりの連中が呼応して起つの
か?」
「『白き妖精の女王』という者が、どうもあちこち出没し扇動している様
子で・・・」
「何者だ?」
「どうもケルトの、それもアーサー王の血をひく由緒ある出自のようで、
エクセターの郊外の森にも現れたとの噂です。彼女の神秘性、説得力、
行動力は尋常でないとの間者の報告です」
「ほう、ウォルター、影の男そなたにも妖精という女の強敵が現れたの
か。ハハハ」

「オドとフィッツ・オズバーンでは両方は抑えきれないだろう」
「御意」
「我が方も軍団は出来るだけ割(さ)きたくない。スウェイン・エストリス
サンは貪欲だろう。賄賂で手を引かせよう。その手配をしてくれ。その
間に余が直接軍団を率い、エクセターだけでなくイングランド西南部
の反乱の芽を潰そう」
「それが最善策と思います」

 ウォルターは、直ちにデンマーク王への対策を実行した。



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