第2部 反 乱

第5章 デンマーク王の野望


前頁より



 ウォルターはランフランク修道院長と相談した。ランフランク院長は
セント・オーガスティンの修道僧をウォルターにひき合わせた。
 その僧は目立たないが、冷静な判断力があり、豪胆であり、穏やか
な説得力があった。

 ウィリアム王は僧に言った。
「ご苦労だが、余の大使としてデンマーク王スウェイン・エストリスサン
の許へ行ってくれ。金銭を託(ことづ)けるから、軍勢を動かすことを見
合わせるよう折衝してくれ。スウェイン王とて血を流して稼ぐよりも旨い
話と乗ってくるだろう。詳細はウォルターと打ち合わせてくれ」

 僧はウォルターと具体策を打ち合わせた。
「もしも、いささか信頼できぬと思われる時にはいかがしましょうか」
「賄賂を取られ損になりそうな気配がしたら、それはそれで仕方ない。
スウェイン・エストリスサン王は信頼できないが、隣国サクソニー(ザク
セン)からプレシャーをかけよう。帰途ブレーメンに立ち寄ってくれ。
ランフランク修道院長から別途連絡を入れておくから、ブレーメン大聖
堂のアデルバート大司教に会ってくれ」

「で用件は・・・」
「この宝石を献納し、よろしくとお願いするだけでよい。委細はランフラ
ンク師の書状に書いておくから。宝石だけはデンマーク王に気づかれ
ぬよう身に隠し持つように」
「分かりました」

 サクソニーと呼ばれていたドイツ北西部の地帯は、かってサクソン人
の居住していた地域である。ブレーメンはその中心都市であり、ドイツ
皇帝から商業特権を賦与されて繁栄していた。
 北ドイツでは最も景観の美しい町であり、ブレーメン大聖堂は古くか
ら大司教座のある由緒ある教会であった。



 ランフランク修道院長からアデルバート大司教への書状には、「政
治・経済・軍事力を含む教会勢力を動員して、デンマーク王スウェイ
ン・エストリスサンがデンマーク領内からしばらく動かぬように工作し
てほしい」と書かれていた。

 アデルバート大司教は、使者の僧にデンマーク王への牽制に努力
するとを約束した。僧は、無事大役を果たし帰国した。

 イングランド侵攻を狙っていたデンマーク王の軍団は、出港を取止め
た。事前工作は成功した。

 しかし、スウェイン・エストリスサンはイングランド侵攻を諦めたわけ
ではなく、また一方ウィリアム王も、スウェイン王がこの程度の賄賂で
矛を納める男ではないと承知していた。

 これでウィリアム王は軍団をエクセター鎮圧に向けることが出来た。



第6章 エクセターの抵抗

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