第3章 野生のエドリック

前頁より



 音楽と舞踏が止んだ。
 頭に銀色のティアラをつけた女性が騎士に向かって手をあげ、大き
な声をあげた。

「エドリック卿、こちらえいらっしゃい!」

 木陰に隠れていた騎士は驚いた。
(この俺が夜目に分かるのか?何故俺の名を知っているのか?)
いつ現れたのか、黒装束を着けた二人の男がエドリック卿と呼ばれた
騎士と馬の側にいた。

「さあ、向うへ参りましょう。ご心配なされるな、われらは殿に危害は加
えませぬ」
と、一人が騎士を促した。

 騎士は白衣の女性たちと黒衣の男たちの前に出た。
ティアラを着けた中年の女性が、再び口を開いた。

「エドリック殿、茂みにいたあなたに遠くから声をかけ失礼しました。私
の名はクリスティーナ。私たちは『白い妖精たち』と呼ばれていますが
決して怪しい者ではありません。祖先はしかるべき血筋のケルトとアン
グロサクソンの民です。ここにいる者はいろいろな民族の血を受けて
います。平地は今あなた方アングロ・サクソンに支配され、私たちは森
を住いとして自由気ままに動いています」

 彼女は言葉を続けた。
「満月の3日間、あちこちに点在している仲間が集まり、月に祈り、歌と
踊りを恵みの森の精霊に捧げているのです。あなたが今日一人で狩り
に出られたこともすべて承知のことです。どうですか私たちとひとときを
過ごしてみませんか」

「あなたが『妖精の女王』でしたか。珍しい妖精の宴に出会い、いかが
したものかと窺っていましたが、お招きをえて光栄です。これはほんの
手土産代わりに」
と、豪胆なエドリック卿は馬の背から獲物の鹿や山鳥を下ろして差し出
した。

「早速頂きましょう」
妖精の女王クリスティーナは部下に調理を命じ、再び歌舞音曲が再開
された。

 エドリック卿は、出されたケルトの酒や珍しい山菜料理を食べながら
美女たちの素晴らしい舞踊に目を奪われた。
とりわけ一人の女に惹かれた。女性もまたエドリック卿に熱い視線を返
していた。

 隣に座っていた女王クリスティーナが、エドリック卿に囁いた。
「彼女の名はエリーナ。気立てのよい娘ですよ」

 その日から3日間、エドリック卿とエリーナは恋に燃えた。
宴が終わりエドリック卿は馬の背にエリーナを乗せて館に帰ってきた。
二人は夫婦となった。



 これが機縁となって、エドリック卿は時折『白い妖精たち』の宴に参加
した。
 エドリック卿は、妖精の女王クリスティーナと、ノルマンに征服されて
圧政に苦しんでいるイングランドの政治や社会も語りあった。エドリッ
ク卿は彼女の情報の豊富さに内心驚いた。

 妖精の女王クリスティーナは語った。
「いろいろな民族が、平和に交易し友好的に接すればよいのですが、
侵略や略奪、戦争といった暴力的に争うこともあります。その時必ず
犠牲になるのが女性であり、生まれてくる混血の子供です。私たちは
居場所のない宿命を負って生まれてきた乳幼児たちを引き受け育て
ているのです。それぞれが素晴らしい才能をもっています。音楽・舞
踊・武芸・文才・工芸・狩猟・農業それぞれの個性を伸ばすよう育てて
います。ここにいる者たちはその一部です。こちらからは人を殺めませ
んが、男女を問わず護身術には長けています。どこでどう生計をたて、
幼児を育てているかは申せませんが、森や山は温かくやさしく包容力
がありますよ。国中の情報は森を巣立った仲間によって手に取るよう
に森に入ってきます」

(ケルトの民は、森で全国土に繋がっているのだ!)とエドリック卿は覚
った。

 騎士のエドリックたちには、新しい異邦人の支配者ノルマンの残酷な
統治にたいする不満があった。
同時に、戦わずしてずるずると家臣に組み入れられた騎士としての鬱
屈もあった。

 女王クリスティーナはエドリック卿の心を見通すようにに、さりげなく
提案した。

「征服者に従順すぎると為政者は傲慢になります。為政者が怖いのは
人心の背離です。抵抗は血の犠牲を伴いますが、抵抗によって為政
者は政治の修正をしましょう。それは騎士の勤めでしょう。われらの祖
アーサー王や円卓の騎士たちが、侵略者に抵抗したように。アングロ
サクソンの騎士たちも、ノルマンの征服者たちが横暴であれば、その
非を糾(ただ)してはいかがですか」

「もし宜しければ、隣国ウェールズのブレディン王子やリワロン王子と
懇談されてみてはいかが?一人で考え悩むよりよいと思いますよ。ご
紹介の労はいといません」



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