第2部 反 乱

第3章 野生のエドリック



 ウェールズに国境を接するヘレフォード州西部の夜空に、満月が晧
晧と輝いていた。初秋の野道には、時折心地よいそよ風が吹き渡っ
ていた。
叢に集(すだ)く虫の音のほかは、少し離れた森の方から聞こえてくる
梟の鳴き声しか聞こえない静かな月夜である。

 ゆったりと歩く一頭の馬の足音がした。馬上には狩りの身なりをした
騎士が、少し微醺(びくん)を帯びて乗っていた。がっちりとした体格の
若者であった。辺りに目を配りながら、手綱をとっていた。鞍の後ろに
は獲物の若い牡鹿や山鳥数羽が括られていた。
 騎士は、ウェールズ国境を侵してブラック・マウンテンズと呼ばれる
深山での狩りからの帰途であった。

 突然、馬が脚を停めた。
「どうしたのだ」
 愛馬は左前方に少し開けた野原を凝視していた。500メートルほど
の距離になろうか十数個の白い物がうごめいていた。

「何だあれは」
 と馬に話し掛けた。
「ひょっとすると、最近ウェールズとの国境で噂になっている『白い妖
精たち』かもしれないな。そっと近づいてみよう」
騎士は馬を下り、足音を忍ばせた。

 笛やハープの音が流れてきた。その音にあわせて『白い妖精たち』
が集まったり散ったりして踊っていた。
 さらに近づいた。
 『白い妖精たち』は、白い裸身に純白の薄絹をまとったような若い乙
女たちのようであった。
 瞳を凝らして見ると、その周囲の木陰や叢に潜むように、真っ黒な
衣装に身を包み、腰を下ろして音楽を奏している者たちがいた。豪胆
な騎士だからこそ見分けられた。それでも、尖がり帽子に覆面姿であ
るから、年の頃や性別はわからない。

『白い妖精たち』は踊るだけではなかった。空中回転し、倒立し、空高
く投げた棍棒や球を受けた。
そう、現代の体操や新体操の選手が、月夜に薄絹をまとい演技する
姿を思い浮かべれば、もっとも近いであろう。

さらに50メートルほど近寄り、馬の口を抑え跪かせた。騎士は、音楽
に合わせ自由闊達に踊る妖精たちの姿に見惚れた。





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