ロンドン憶良見聞録

王室外交 アスコット



お隣のカーン小父さんが丹精込めた薔薇の花が咲き誇り、再び初夏
が巡ってきた。
山歩きの好きな美絵夫人が窓を開けて、「夏が来れば思い出す、遥
かな尾瀬遠い空・・・」と歌っている。
剽軽者の憶良氏が早速、「夏が来れば思い出す、走れタチバナ、アス
コット」
と茶化した。

「アラッもう一年が経ったのね、早いわねえ。今年も行ってみたいわね
え、あなた」
「そうだね、賭け事に溺れる訳ではないから、また行ってみるか。でも
帽子は去年ので我慢してくれよ」



というようなことで、1976年6月17日木曜日、二人は再びアスコットの
グランド・スタンド下段の席に座っていた。

一年前アスコットの競馬見学を薦めてくれたヒギンス氏から、オックス
フォード大学訛りの少し鼻にかかった吃りっぽい話し方で、自分の取っ
ているボックス席に来ないかと誘いがあったが、シルクハットは御免蒙
りたいと丁重にお断りして、昨年同様のんびり楽しむことにしていた。

どうも遊びの話が多いので、仕事はどうなってんだと呆れる読者諸氏
もいようが、憶良氏は一年365日結構よく働いているから、たまには堂々
と休めるのである。

人生時には命の洗濯をしなければ、仕事馬鹿になってしまうと読者諸
氏も思うであろう。
それに仕事の話は、機密保持のため棺桶にまでもって行かなきゃなん
ないのがバンカーの宿命である。そうペラペラとはしゃべれない。
しかし仮に金融の話をしても、当たり障りのないものとなるから、読者
諸氏は眠くなるだけだろう。

という屁理屈で余暇の善用の紹介となることをご容赦願いたい。


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