二つの教科書
(前頁より)



余談ながら、どうしてそんなに働くのかと疑問に思われるかもしれない。
そんな方に、「時差の影響」による不可抗力をちょっと説明しておこう。

日本と英国では9時間の時差がある。日本の夕方18時(午後6時)は
ロンドンの朝九時である。日本の本店から流されてくる連絡や指示の
テレックス(当時はまだファックスはなかった)あるいはロイターのテレッ
クス情報を、ロンドン・マーケットの営業開始の前に知らなければなら
ない。したがってテレックス当番は8時に、その他の者も8時半には出
社して事前準備にとりかかる。
サマー・タイムでは8時間の時差となる。

ロンドンとニューヨークの時差は6時間。午後3時はニューヨークの午前
9時である。

ニューヨーク支店へ為替売買の手配をするディーラーたちが、殺気立
つ時間である。
そして午後5時営業が終了すると、各部門から本店や関係する支店に
テレックスの原稿を書き、発電しなければならない。
ロイターのテレックス・オペレーターであったジョンをスカウトするまでは、
日本語のローマ字原稿を若手駐在員が慣れぬ手つきで打っていたか
ら大変な時間がかかっていた。




昭和16年12月8日(米国では7日)、アメリカ政府に対する日米開戦
の通知が遅れ、「だまし討ちの奇襲」と不名誉な国の汚名をかぶったの
は、タイピストに打たせずに、大使館員がタイプを打ったために、時間を
食ったためとも言われている。

「餅は餅屋にまかせましょう。アルバイトのジョンをスカウトしましょう」
という富井代理の意見を憶良氏は容れて、専門化に踏み切っていた。
国際金融取引の増加と比例して激増した原稿を、さしものジョンが機関
銃のように打っても、発電後のチェックがいるからどうしても退出時間は
夜遅くなる。

このようにシティで帰りの遅いのはジャパニーズ・バンカーと決まってい
た。
だから子女教育はついつい細君任せになりがちとなる。


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